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第7話 交渉の先……

 真の王の握るカッターナイフの先、銀色の刃が次郎の太もも目掛けて振り下ろされる。その瞬間を見ていられず、無理やり瞼を閉じた。

 もう必死に閉じて時が過ぎるのを待つ。


 そしてしばらく時間が進んだが、不穏な音が聞こえることはなかった。恐る恐る瞼を挙げて視線を次郎の顔に向ける。

 次郎の表情は何も変わっていない。


 そのまま視線を下にずらしていくと次郎の太もも、制服の布の数センチ先で停止している銀色の刃が目に映った。


 体中に湧き上がる汗、バクバクとなり続ける心臓を抑えて、息を整えていく。きっと次郎はこれ以上のショックをもらっているはず。

 先に圭が参るわけにはいかない。


 やがて真の王がカッターナイフを次郎の太ももから話した。


「お見事……さすがに人を殺すのはもちろん、カッターナイフを人に刺す勇気もわたしにはなかった。にしても……大概の人はこの脅しで屈服するんだがな……さすがと言ったところか、解放者」


 芝居がかったように、両手を上げる真の王はカッターナイフを床に投げ捨てた。音を立ててカッターナイフが床を転がる。


 圭は安心を隠しきれず、大きな息を吐いた。

「とにかくこれで交渉は決裂だ。今度はこっちからの要求だ」


「何を言っている? 状況はさして変わってなどいないぞ? 依然、西田次郎はわたしの手の中にあるんだ。そのことを忘れてもらっては困る」


「……さっきのやり取りで十分に分かっただろう。それは大した意味にもならないんじゃないのか?」


「それはどうかな?」

 真の王は次郎の顎に手を当て少し上に引き合えた。


「もういいぞ。表情を崩してよし」

 ふと、そんなことを真の王が言った。


 すると、刹那、無表情だった次郎の顔が一気にゆがんだ。姿勢よく座っていたがそれもガクリと崩れ落ちる。


「……なっ!?」


 まるでさっきまで体内に押し殺していた感情が一気にあふれ出したかのよう。荒い呼吸が何度も繰り返される。

 そんな次郎の視線は非常に鋭いもので、完全な敵意をもって真の王を見上げだした。


 だが、真の王はそんな次郎の顔に怯み一つ見せず手ではじく。

「分かっていると思うが無駄口は依然禁止だからな。黙って自分の感情をお仲間に向けているといい」


 真の王はそう言って腕を組み、圭を見てきた。


「さて。わたしとこいつとの契約で、わたしの合図とともに、無表情を貫くという契約は解除されることになった。その結果がこれだ。

 しっかりと見ておくんだな。お前の友人の苦しんでいるさまを」


 ……こいつ……結局クズであることに変わりはないというわけか。


 次郎がハッと冷静さを取り戻したらしく、荒い呼吸を押し殺し圭のほうを見てきた。口は開かないが、それはまるで「自分は大丈夫だ」と伝えているように見えてしまった。


 どっからどう見てもやせ我慢だ。圭だって、狂ったやつに刃物を突き付けられて、平気でいられる自身は絶対にない。次郎は今、決して圭には知りきれない恐怖に駆られている。


「よく状況を理解しろ。これ以上、友人を苦しませたくないなら、こちらの話に乗ったほうがいいぞ?」


 向こうの有利には変わらずか……。だが……最初の交渉は決裂させたんだ。完全な弱腰になってたまるか。

「……エンゲームだ……。エンゲームによる決着をつけるというのならば話に乗ってやる。無条件で降伏しろ、と言い続けるのであればさすがに断る。悪いがこれだけは譲る気はないぞ」


 そもそも、完全降伏すれば結局次郎は救えないんだ。ここで次郎の一時的な苦痛を避けることにしても、結局の意味はないんだ。

 それでもと言うのならば……覚悟する。


 次郎は無表情の制約を解かれているはずだ。だけど、大きく表情を変えることなく圭を見ている。


 しばらくすると、真の王軽く笑いながらキツネの仮面の位置を直した。

「なるほど、確かにそこは譲る気ないらしいね。わたしは君のことをよく知っている。そこに嘘偽りはないとはっきりわかった。

 であるからこそ、それを踏まえたうえで交渉しよう」


 そっと仮面から手を離す。

「と言っても内容はシンプルだ。お前が訳していた通り、明日だ。明日の約束の日時を、エンゲームの開始時刻としよう。ゲーム内容はこちらが決める。

 だが安心しろ、全力で公平を期するゲームにすることを約束する」


 すると真の王はスカートのポケットからスマホを取り出した。それを手にゆっくりと圭に近づいてくる。


「事前契約として、わたしは公平なゲームの選択を。そしてお前は指定した場所時間に必ず来てエンゲームすることを約束してもらう。

 異論は認めんぞ。お前に異論を述べる権限はない」


 ……エンゲーム……。相手に日時も内容の提案も持っていかれた状態……。あまりに不利すぎる。だけど、現状がすでに不利なんだ。

 ……選択肢は……一つしかないわけか……。


「……いいだろう。それを受けよう」

 どの道、エンゲームにもっていかないと勝ち目ないんだ。それしかない。


「交渉設立だな。では……契約を……言いたいところだが……、この場合は……“契約の更新”になりそうだな」


「……は?」

 スマホを手にして受けようとしたときだった。真の王のセリフに一瞬、思考が停止してしまう。


「契約しようとすればバレてしまうのだから、もういいだろう。ここでわたしの正体をさらすことは、お前に対して精神的優位に立てる。直接エンゲームで対立する以上、仕方のないことでもあるしな。


 それになにより、お前とわたしの仲だ。お前が仮面を取って素顔をさらしたんだ。わたしも答えないと」


「……何が言いたい? ……お前は」

 誰だ? そう言おうとしたが、それにより先に圭のスマホに通知が来た。あるアカウントから契約の更新要請が来たと。

 そのアカウント名は……『AAフラワー』。


「……AAフラワー……?」

 このアカウント名……どこかで見覚えがあった気がする……だけど、誰だったか……。


 すると真の王はあきれたようにため息を吐いてきた。

「……おいおい、アカウント名を見てもすぐに気づかないのかよ。前の三つ巴戦の時、アカウント名をばらさないよう契約から逃れようしていた努力を返してほしいレベルに……ガッカリだね」


 真の王は自分のうしろ髪に手を当てた。すると後ろで髪を束ねていたのであろうシュシュが外される。それに伴い、引き上げられていた髪が重力に従い流れ落ち、黒髪のストレートヘアへと変貌を遂げる。

 さらに、キツネの仮面へと手をかけ、そっとその仮面を外した。


 そして、思い出した。AAフラワーは……圭が初めて契約を交わしたアカウント。

「じゃぁ、明日が決戦だね。待ってるよ、圭」

 そう、真の王と違い、緩やかな声で言ったのは、圭の幼馴染、泉亜壽香だった。

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