第5話 死のルール
カッターナイフを片手に笑みを浮かべる真の王。
「試してみるか?」
そう言って次郎の首にそっと刃を近づけていく。
一方で人質となり刃を向けられている次郎の表情は無表情。
「そうだ。おそらく、解放者であるお前たちもコントラクトのルールは一通り確認していることだろう。覚えているか?」
左手でスマホを手にして述べる。
『第五章 契約の更新並びに破棄及び契約条文一部の破棄。
・契約が関係して結果的に契約者が大けが又は死亡しかけた場合、その瞬間に契約は解除され、大けが及び死亡しない最善の行動が行われる。』
確かにそんなルールがあった。最初のころ、次郎とこの効果をいろいろ確かめようとした。
「……むろん、覚えているが……それがどうした?」
「おや? 分からないのか?」
真の王は次郎の喉元からカッターナイフの刃を離し、代わりに刃の腹部分で次郎の頬をペチッと叩いて見せる。
「まぁおそらく、この西田次郎もまた解放者の一人なのだろう。直接表に出ないでサポート役ってところか。だが、一員であることに変わりはない。
つまり、こいつもまた解放者に関する一定の権限を持っていると見た」
次郎は何一つ表情を変えることなく前を見続けている。だが、どこを見るという感じでもなく、ただ意識なく空を見ている感じ。
「コントラクトの契約は死に直面した場合、無効になる。それはすなわち、その瞬間は契約上、解放者の制約なくなるということ。
そうすれば情報はこちらに漏れる。アリスの正体も分かるし、やり方次第では西田次郎を完全にこちら側に引き込むことも可能か……」
……こいつ……正気なのか? あまりにばかげているし……正直、状況を踏まえて冷静に見ても、ジョークにしか聞こえないレベル……。
「カッターナイフで人が殺せるとでも? ただの女子高生一人が人を殺せる度胸を持っているとは到底思えないし、カッターナイフなどなおさら……。
そもそも、このルールは本気で殺意を持たないと発生しないのはすでに確認済みだ。
もうちょっとアドレナリンを抑えたほうがいい策を思いつくと思うぞ?」
圭は自分の頭をつつきながら答える。だが、真の王はカッターナイフを離す気配など全く見せない。
「わたしが殺意を持つ必要はないぞ? コントラクトの基準は契約者本人だ。契約者が死ぬと思えばその瞬間、ルールは発動する」
……そう、言われたらそうか……。ルールを確認したときはまだコントラクトのことを理解しきれていなかったこともあって、勘違いしていた。
圭が次郎を殺すぞと脅してもルールは発動しなかったのは確認済みだ。これはてっきり、圭の殺意が足りない、本気で殺そうとしないと発動しないと思っていた。でも、実際は違う。次郎が本気で殺されると思えればそれでよかった。
次郎は本気でビビったと言っていたから、自然とその可能性を除去していたが、そもそも友人相手にして本当に殺されると思えるはずがない……。
「その反応は少し想定外の話だったと見ていいのか?」
「……そもそも、そんな物騒なことを真剣に考えること自体、サイコパスすぎる。お前、狂ってるぞ」
事実、後ろにいる藤島の顔はあからさまに真っ青になっている。状況が分かっても受け入れられないのだろう。森は仮面をかぶっていることもあり、どんな感情を抱いているのか分からないが。
「狂っている? それは理解しているさ。田村零士を打倒し、キングダムを乗っ取ろうと考え始めたときから、自部は狂ったのだと重々に承知している。
そして、そんな狂ったやつだからこそ、ここまでやるんだよ」
そう言って再び、カッターナイフを強く握りしめる真の王。今度は逆手にもってナイフの先を真下に向ける。
「それと、確かにカッターナイフで人を殺すのは難しいとは思うよ。でも可能ではある。喉の頸動脈を狙うとか……、太ももの大きな動脈を切れば出血死。さらには……」
これはまずい。
「黙れよ、屑が!!」
「……おっと、これは怖い」
あの説明は圭に対するものじゃない。次郎に対するものだ。次郎にわざと説明し、カッターナイフでも死ぬ可能性が十分あると思わせるんだ。そうすれば、ルールの発動はより確率を増す。
こいつはマジで狂っただけかと思ったが……違うらしい。いや、狂っていることに変わりはないが、それ以上に冷静だ。コントラクトの特性を正しく理解し、死に関わるルールでさえ、確実に利用しようとしている。
実際に人を殺す必要はない……。次郎にそう思わせさせすれば、……いい。
「だが、こんな説明をわざわざするまでもない。極端な話、心臓をカッターナイフで突き刺そうとすれば、たいてい死を予感するだろう。
絶対にさすはずがない友人ではなく、差す可能性が少しでもある人物が開いてであればな」
……。
「まずは、西田次郎の太ももを上から刺してみようか。これ死ぬことはない、ボブは安心して見守ればいいし、西田次郎も安心して刺されると言い。
そのあとは、心臓だ。一度本当に刺された後であれば、本気で死を実感できるだろう。楽しみだね、西田次郎くん」
真の王は逆手にもったカッターナイフを無表情貫く次郎の太ももの上にセットしてきた。
「さあ、選べ。友人を助け、ニューキングダムに全員が入るか。それとも、友人を見捨てて自らの保全を選ぶか。ただし、後者の場合も少なからずお前たちの情報が洩れる可能性が高い。
目の前で友人が苦痛に合わされた挙句、情報の一部をわたしに渡すか? みんな仲良く、わたしの仲間になるか。
どうする?」




