第15話 真実は……
この後、しばらく音声ファイルが壁越しに聞こえてきた。内容は藤島と田村が会話していた内容。田村が自身の思考を告白したもの。
その音声ファイルが終了したあとも、しばらく二人の会話は出てこなかった。
これ以上は待っても無駄だと判断としたのだろう。藤島の声が再び隣の教室から聞こえてきた。
「これが真実です。長井先輩は、これが編集された偽物の音声だとお思いですか? 少なくとも、あたしは実際その場で相対し話をしましたが」
長井の返事は聞こえてこない。少なくともこれを偽物、編集されたものだと言い張った場合、すなわち藤島もアリスら解放者と完全にグルになっていることを実質認めるようなもの。
と、なれば認めるという方向にいくだろうが、すると田村の発言もまた認めることになる。
「田村先輩はこの状況を楽しんでいました。いや……今もなお、あたしと長井先輩で相対しているのを陰から楽しんで見物しているのかもしれません。田村先輩は普通じゃない。少なくとも、純粋にみんなを救おうという気持ちはなかったように思えます。
先輩は、田村先輩のことをどういうようにとらえていたのですか? みんなを救うために立ち向かう素晴らしい方だと?
それとも、この音声ファイルの発言をするような人物だとあらかじめ知っておられて、なお協力をされていたのですか?」
「……僕はただ……手を貸してほしいと言われたから貸したまでだよ。だって僕と零士くんは友人だもの。それ以上のものはない」
「そうですか……。では、この音声ファイルを聞いてもなお、友人に協力をし続けようと思うのですか?」
「……その音声ファイルはおそらく本物だろうね……。編集されたものだとすれば、あまりにきれいすぎる気がする……。でも、その零士くんのセリフが本心であるという証拠にはならないじゃないか」
「……それを認めれば、少なくともあたしには、田村先輩が嘘を付いたと言うことになります。……どういう意図があったのでしょうか?」
「君がアリス側に騙されているのだから、それを打開するための策であったと考えることはできる。僕たちには零士くんの考えすべてを理解するのは難しいからね」
……これはダメだな……。藤島では確固たる証拠をもってしても長井を言いくるめるのは不可能だろう。そもそも、長井に信頼を置いている藤島では分が悪かったのもあるが……埒が明かない。
想定よりは早い段階ではあったが、さっさと隣の教師の扉を開けた。当然、藤島と長井の視線はこちらに寄せられるが、特に気にも留めず中に入っていく。
「長井先輩。もう、状況を素直に受け止めたほうがいいですよ。俺が先輩に助言したように、今の先輩は田村先輩に付くか、解放の道を進むかのどちらかしかないんです。
少なくとも、藤島さんを説得して田村先輩に再度付くという選択肢はありません。それはもう、その音声ファイルを聞いて明らかになっているのでは?」
長井の中で音声ファイルが編集されたものではないというのはほぼ確定しているはず。となれば、田村の発言自体が何か裏があるものかどうか、考えていることだろう。
しかし、アリスや圭に対して発した言葉ならまだしも、藤島相手となれば、その線も危ういものになってしまう。その発言をすることは、騙されている藤島を説得するのとは真逆の効果になるからだ。
長井も田村に対して疑心暗鬼が生まれてきているころだろう。そこに付け込めんで、一気に黙らせに行く。
「待っていたよ、小林くん。いつ隣の教室から出てくるのかと」
長井もまた、圭が入ってくるのも待ち望んでいたらしい。というより、隣にいられるよりはさっさと出てこいと思っていたのか……。
チラリと藤島のほうに視線を向ける。藤島は少し戸惑った様子を見せていた。
「藤島さん、君とこうやって話すのは実質初めてだよね。でも、君は僕の声を聞いているはずだよ」
そういうと、藤島は思い出したように目を見開いた。
「小林……圭……くん。あなたは……本当に……アリスさんと?」
「……一応ノーコメントで通させてもらうよ……。でも、実質答えは分かっているはずだよ……。むろん、先輩も……そうですよね?」
圭の言葉に対して長井はニコリを笑う。
「ええ。もちろん。そして藤島さん……ちゃんとこれを見たよね?」
長井は再度、藤島に視線を向ける。
「彼はこの会談に合わせて隣の教室で待機をしていた。そのうえでこうして僕たちの前に来た。アリスと彼はつながっている……、すなわち解放者。
分かるかい? 藤島さん、君は解放者の手によって良いように踊らされているんだよ。おそらくこれは、解放者が描いている筋書きに過ぎない……。このままだと……どうなるか分からない」
そういう形で説得をしてくるだろうと思っていた。そしてそれに対する回答も準備済みだ。
「それに関しては特に否定するつもりありません。少なくとも解放者は藤島さんを利用しようとしていることに間違いはないでしょう」
「はっきり認めてしまうんだね。藤島さん……、これを聞いてもなお……その立場を貫くつもりなのかい?」
藤島は少しうつむいた。しかし、すぐに顔を挙げて長井と目を合わせる。
「あたしは当然、理解しています。そのうえで、あたしはアリスと協力しようと思いました。先輩にお聞かせしたあの田村先輩の言葉を直接聞いたときには、あたしはこの選択で間違ってはいないと確信しました。
少なくともアリスさんたちは長井先輩とは違う、もともとの……本物の解放者です。グループ:ネイティブを解体した本物。そんな彼らが目指すものがみんなを解放することにつながるはずだと思っています。
田村先輩についていくよりは、アリスさんに利用されているほうが……まだみんなを解放できる可能性があると踏んでいます。しかし、あたしはあくまで長井先輩の思想に賛同した身。
もし、長井先輩が田村先輩との協力を断ち切ると言っていただけるなら、あたしはアリスとは手を切り、あなたのそばへまた行くつもりです。これはアリスさんの指示ではなく、あたしの思いです。
どうか、ご検討いただけたらと思うのですが」




