第14話 事実の強み
その次の日のことだった。
圭のケータイに通話が入ってくる。相手は森太菜。
「うまく言ったようだね。今、藤島先輩から連絡が入ったよ。長井先輩と会う約束になったってね。今日らしい」
「……そうか……」
長井が藤島の説得を始める気というわけだろう。圭が促したように、自らが本当の解放者となるために。
「こちらもすぐに準備をしよう。藤島さん一人じゃ、すぐ長井に説得されてしまうだろうからな。手助けしてやってくれ。あとで俺も小林圭としてそちらに顔を出そうと思う」
ここまでくれば、次は藤島に長井を倒させる段階に入る。長井にけしかけて、それを藤島が返り討ちにする。そうすることで、ニューキングダムのリーダーは確実に藤島のものとなる。
藤島と長井なら間違いなく藤島のほうが操りやすい。そうなればニューキングダムは実質圭たち本物の解放者ものだ。
しばらくした後、圭は森が聞きだしてくれた約束の教室へ向かった。教室の中を覗くとすでに長井がスタンバイしている状態。一瞬長井がこちらに視線を寄せたが特に何か反応することはなかった。
向こうは今更どうこう言うつもりはないのだろう。藤島がアリスと、そしてアリスと圭もといボブがつながっていることは長井も承知している。当然、この場所が圭にまで伝わることも想定済みというわけだ。
ただ黙って待ち続ける長井をよそに圭もまた隣の教室へ入った。藤島にやらしたように、今度は圭が隣の教室でまずは話を聞こうというわけだ。
それを知って長井はどう動くのかな……。
ここで重要なのは田村の本性についてだ。藤島は田村の本性をそれなりに確信した状態で知っている。隣の教室で直に圭と田村の会話を聞いているし、目の前で本性らしき姿も唯一見ている。
対する長井はそんな事実は毛ほども知らない。そして、藤島からこの話をされたところで簡単には信用しないだろう。騙されている一点張りを張るか……とにかく目を覚まさせようとする。
この応酬の先が……今後の展開を決める。
次の展開を頭の中で描いているとき、廊下から足音が聞こえてきた。やがて、その足音の先に教室へ入っていく音が流れる。
「藤島さん、来てくれてありがとう。しばらくの間で、随分と事が動いてしまったみたいだね」
真っ先に話しかけたのは長井のほうだった。
隣の教室に聞こえないよう細々と話すのかと思いきや、想像以上にはっきりとした声だった。
「先輩……先輩がおっしゃりたいことはしっかり理解しているつもりです。ですが……これは仕方がないことだったんです。
今日あたしは、それを先輩に分かってもらいたいと思って、ここに来ました」
「……奇遇だね。僕も君には分かってほしいと思って読んだからね。君は騙されているんだ。それをしっかり藤島さんに理解してほしい」
長井は会話の内容を隠す気ないのか……? 聞いている圭をもまとめて説得しようとでも?
それか……ただの開き直りか……。……どちらにしても、藤島とアリスがつながっている以上、解放者に情報が流れるのは仕方ないと……いうわけか。
「……騙されている……ですか……。ですが、こうして今、先輩があたしに説得しようとしている時点で騙されているのは先輩のほうなんですよ。
これを……聞いてもらえますか?」
おそらく、藤島は例の下克上したとき、田村が本音を語ったときの声か。
「いや、それは聞くに値しないことだよ」
が、長井は聞くより先に止めに入ってきた。
「それは残念ながら解放者たちの手によって編集された作り物の声なんだよ。すべて君を騙して、零士くんを陥れるため、解放者が仕向けたことだったんだよ」
「それは違います。あたしはこの耳でしっかり直接聞いたことですから」
当然、藤島はそう言葉を連ねる。むろん、事実だ。
「……それも……アリスから言えと言われた言葉なのかい? アリスに踊らされて嘘をつくなんてことはやめたほうがいい。どうせ、僕を説得させるためについている嘘なんだろう」
田村のことを信じている長井は嘘を決めつけてきた。それは当然のことだ。だけど、その長井本人すら、違和感を持ったはずだ。
それを引き立てるための言葉が藤島から発せられる。
「先輩は……これが本当に嘘だと思っているんですか?」
「……」
思った通り、長井の口が閉じられてしまったらしい。そうだ、藤島の性格を考えれば、この状況で嘘を付くようなタイプではないはずなんだ。
たとえ、ほんとうに音声ファイルが編集されたもので、アリスが藤島に「実際に聞いた」と嘘を付けと命令しても、藤島は実行しなかったはずだ。嘘を付くようになった時点で藤島は疑問を抱き始めたる。
相手が田村より格段に信用に置いている長井ならなおさらだ。
「あたしは今でも先輩の味方でありたいと思っています。アリスさんはあくまで一時的な協力者にすぎません。あたしが信頼を置く人物はあなたなんですよ」
まだ長井からの返事は来ない。
「先輩は……ここで田村先輩かあたし、どちらを信用するかを決めなくてはなりません。ですが、感情や思い込みだけで決めないでください。先輩の決断は……みんなを解放できるか否かがかかっているんです。
あたしは先輩があたしたちの前で掲げてくれたみんなを解放するという宣言を指示したんです。先輩のその宣言だけは嘘ではなかったと信じています。
それを踏まえて……この音声ファイルを聞いてくれませんか?」
もう、長井から静止してくるようなことはなく、田村のセリフが音声として流れ始めた。




