第13話 「みんなを解放する」
圭はニコリと笑って長井に視線を向けた。
「なるほど、先輩の意思は良く分かりました。あなたは田村先輩を本当に大切な友人だと思っておられるのですね? そして信用している」
その分、裏切られたことを知ったときのダメージは大きいが、今はそこを利用しない。
「そうだよ。そしてその友人を騙した小林くん、君を許すわけにはいかないんだよね。だから、君の言葉にこれ以上、耳を貸すわけにはいかない」
「では、あなたはこれからどうされるおつもりですか?」
ここで、少し田村の雰囲気をまねた口調で話してみた。不敵な笑みを浮かべ、長井に迫るように言葉を吐く。
「これからも黙って田村先輩についていく……とでも言うおつもりですか?」
「……それもあるけど、まずは君を阻止しないといけないのかな。これ以上、好き勝手させるわけにはいかない」
「果たしてそうでしょうか? この俺を追求し続けることが、そこまで重要なことなのでしょうかね……。そんなことをしても、結果得られるものはたかが知れているとは思いませんか?」
「……言ったはずだよ。もう、耳は貸さない」
耳を貸す貸さないという話はない。どうやっても聞こえてくるものなんだよ。それを頭ごなしに否定することは出来ても、耳には入るんだよ。
「先輩は今まで、田村先輩の指示を仰いできました。確かに田村先輩はすごい方です。先輩の言うようにみんなを救える力を持っていた。真の王を倒すことができる大きな存在であったことは間違いないでしょう。
ですが、その状況は変わりました」
ほら、すぐに耳を傾ける。少し田村のことを肯定すれば、少しは聞いてみようかという余地が生まれてしまう。
「田村先輩は騙されたんです。落ちたんです。敗北したんですよ。それはあなた自身もはっきりと分かっていることでしょう。なんなら、あなたからそう言ったほど。
では、あなたはそんな騙され負けた田村先輩を信用し、なおもついていくというのですか?」
長井の表情を確認するが、特に変化はなし。
「当然だ、と思ったようですね。なぜなら、友人だから。理屈はない、そういう事なんでしょうね。ですが、それが果たして本当に友人のためなのか。
ニューキングダム率いる藤島さんに敗北した田村先輩……、もともと知名度もなかった田村先輩の信頼度は、ことごとく落ちてしまいました。キングダムに支配されている人たちからは認知されてもいません。
そう、今の田村先輩には策が……力が失われたんです」
「違う、それは君が奪ったんだ」
残念だが、話の論点はそこではない。
「では、ここで一つ問いを出しましょう。あなたは一体、どんな目的を持っておられるのですか?
田村先輩の友人として、田村先輩にひたすらついて回ることですか? 田村先輩の指示を受けることですか?
それとも、田村先輩が提示した「みんなを解放する」という目的を共に遂行するために、田村先輩と協力することですか?」
両手を広げ目的の一と二を提示。
「もし、前者が目的であるというのならば、それで結構です。どうぞ、田村先輩の指示のもと、そのまま俺を追求し続ければいい。
しかし、後者が目的だというのであれば、このままでは意味がない。敗北し、信頼を失ってしまった田村先輩に付き続けても成果は得られない。「みんなを解放する」という、田村先輩の、そしてあなたの目的は残念ながら成しえないでしょう」
そうだ、長井自身も田村が負けたという事実はしっかり把握している。圭によって騙されたということをはっきりと聞いて理解している。
だからこそ、この言葉は長井にとっても事実でしかない。
「では、その目的を遂行できる人物とは一体誰なのでしょうか? 「みんなを解放する」という目標を成し遂げられる人物は……誰なのでしょう?
学校中の生徒に影響し、キングダムをも揺るがす大きな知名度。みんなからヒーローと称えられる可能性がある信頼。そして、目的に向けて……策を立てて実行することができる頭脳と行動力。
それは長井先輩……あなたなんですよ」
「……は?」
ゆっくりと長井の横に付きそっと手を広げる。
「みんなを救うことができる人物は……周りから見た本物の解放者たる人物、今やあなたを置いてほかにいません」
「……いや……分からないな。小林くん、君は突然なにを言い出す? 君の意図はなんなんだい?」
「俺の目的もまた「みんなを解放すること」、ずっとそう言っていますよ。
今やニューキングダムはそれなりの大きさに成長しました。真の王が率いるキングダムとの二大勢力が現状でしょうか。
しかし、現状のニューキングダムのトップ、藤島さんは、ニューキングダムを引っ張り上げるだけの器は残念ながら持ち合わせていない。このままでは藤島さんは敗北し、再びバラバラとなってしまうでしょう。
いまや、藤島さんの信頼もかなり強い。ここで先輩が必要以上に田村先輩の肩を持つような言動をとれば、ニューキングダムのメンバーは、あなたにあった信頼すら、藤島さんのところへ移しかねない。
そうなれば、ますます藤島さんが率いるニューキングダムの未来は破滅になってしまいます」
藤島がリーダーとなれるような人物ではない。それは側近として見てきた長井自身もしっかり理解しているはずだ。そもそも、解放者によって騙されたと思うのならば、それを助けるべく行動すべきだ。
「一時の感情に身を任せ、田村先輩が作り上げた力を、組織を崩すのは、それこそ田村先輩への裏切り。すぐそこにあったみんなを解放するという目的がさらに遠ざければ、それこそが裏切りでしょう。
田村先輩への友情、信頼、忠義。素晴らしいことです。しかし、その結果、本来の目的を……田村先輩と長井先輩が抱いていた思想を見失っては元も子もありません」
「……よくそんな話をべらべらするね。騙した身でありながら」
「確かに、先輩からしたら俺は友人を騙した奴でしかないのでしょう。しかし、それをいくら追及したところで、現状は変わらない。友人が敗北してしまったという事実がそこにあるだけ。この事実は決して覆られない。
ならば、あなたがすべきことはおのずと見えてくるはずです。
俺は「みんなを解放する」という思想をもとに、それを脅かす田村先輩を負かししました。では、あなたは? その友人を打った俺を倒すのですか? それとも、「みんなを解放する」とう友人と立てた目的を遂行するのですか?」
今の長井が向ける矛先は決して圭ではない。牙を向けるのはあくまで真の王だ。それを見失わせるわけにはいかない。させない。
「あなたの手で……あなたのニューキングダムを作り上げてください。もう一度、準備が整ったとき、友人を迎え入れてあげればいい。あなたの手で、みんなの解放への一歩を踏み出すのです。あなたが解放者なんです」




