第12話 第二段階
藤島とニューキングダムの独立を決めたその翌日。田村にまた面倒なことをされるより策に手を打つべく、長井と会うこととなった。
作戦の第一段階はおおむねクリアと見ていいだろう。ひとまずの目的であった田村とニューキングダムの勢力を切り分けることに成功したのだから。
となれば、あとはもう一人知名度という意味で大きな影響力を持つ長井をどうにかすると言うことになる。
長井と藤島をまとめ上げれば、真の王にとって大きな敵はニューキングダム一つとなる。そうすれば、敵の行動範囲も絞り込めるはず。
であれば、どうやって長井をうまく誘導させていくか。
待ち合わせの教室で待って居ようと少し早めに教室へたどり着く。だが、そんな圭よりも先に長井が教室の中で待っていた。
圭がお辞儀して挨拶をしようとしたが、それよりも先に長井が口を開く。
「小林くん。君が……やったのかい?」
長井の表情は相変わらず爽やかなものだ。だけど、その声にはいつもより遥かに強い迫力を感じ取れた。演説のときともまた違うそれ。
「どういうことですか?」
圭は一応誤魔化しから入っていく。ケータイをポケットから取り出し、画面を見る動作をして見せる。
「俺も田村先輩から例の話が来て……、それで先輩と今後のことについて話し合おうとしたのですが……」
実際は田村から連絡など来るはずもない。ただ、それっぽい雰囲気を出そうとしてみる。
だが、長井はそんな圭に惑わされるような感じがなかった。
「零士くんから話は聞いているよ。君がはめたんだよね? 零士くんを騙したんだ」
やはり、田村はあの後長井に状況報告はしていたらしい。まぁ、当然だよな。ならば問題は……田村がどこまで長井に事を話しているかだ。
田村の正体……いわゆるゲーム狂という素性まで長井は元から知っていたなら、そしてそれを受け入れていたのだとすれば、今回の話は本当にすべて伝えられているだろう。
逆に、素性は長井に隠されているのだとすれば、伝えられる情報には限りがある。そしてそれは誘導できるタネとなりうる。
しかし、今の長井から見れば圭は敵に移っていることだろう。素直に「どこまで知っている?」と聞いても答えは返らない。
「はめたって……そんなのは言いがかりですよ……。俺は……みんなを救うためにはどうすればいいのかを考えて行動しただけです……。
それに……俺は田村先輩を裏切ってなどいません」
「……あんまり分かりきった最低な嘘はつかないほうがいいよ。僕は零士くんから話をすべて聞いている。君が一体誰なのかも分かっているんだ。
これ以上嘘をついても、自身を追い詰めるだけだ」
すべて聞いている……か。長井自身もそう思っているならありがたい話だ。
「俺はキングダムに支配されている人たちを解放したい……解放するための手伝いをしたい。それは嘘偽りない、本当の気持ちです。俺の行動はすべて、それをもとにしているんです」
ここにきて長井の表情が爽やかなものから少し険しいものへと変わっていった。
「君は……なぜ、分かりきった嘘を平気でつき続けられるんだい? 解放するための手伝い……? なら、なぜ零士くんを裏切ったのか、そこの理由を教えて貰おうか!」
「理由も何も……根本が間違っていますよ。言っていますよね、俺は田村先輩を裏切っていません。俺は田村先輩の目的の手助けをしようとしていたんです。
そもそも先輩は「すべてを聞いている」と言いましたが、それは果たして本当なんですか? 本当に田村先輩からすべてを聞いたのですか? 本当のことを言っている俺からすれば、あなたのほうが裏切られているように聞こえますよ?」
長井は「あきれた」とつぶやきながらため息を吐く。
「前に、僕と零士くん、そして君の三人で話をしたことあった。そしてそのあと、君は零士くんと二人きりになった。君はそこで零士くんの声を録音し“信頼を崩す”セリフを“編集で”作り上げた。
それを解放者アリスに渡し、藤島さんに流したんだろう? それで藤島さんは君たちに騙され、零士くんへの信頼を奪ったんだ。すべては零士くんを陥れるための策。君は……最低だ」
……なるほど……そういう話で通しているわけか……。音声ファイルを編集して落とし込むセリフを作り上げたと……。ということは、さしずめ田村が長井には本性を隠していることは明確か……。
しかし、だからと言ってさらにダメ押し手「騙されているのはお前だ」と言い続けても意味はない。長井の信頼は田村に完全に向いている。これを覆すセリフにはなりえないか。
「君はね、みんなを救うために、みんなを解放するために動いていた零士くんや藤島さんと騙して陥れたんだよ? その行動が……なぜ、みんなを救うことにつながる? 君はむしろ、それを阻止しようとしているようにしか思えない」
いい感じだ。ここからは嘘ではなく本心で語っていくとしようか。
「……そうですよね……すみませんちょっと、俺……一部嘘をついていました」
「……一部? すべての間違いだよね?」
「まず間違いないのは、田村先輩を騙したことは間違いないという点です。田村先輩の手助け……というのも嘘です。実際は……田村先輩の思想を……ということになるんです」
「……言い回しはいいよ。はっきり言ってほしいな。中途半端な言葉で僕を騙そうとするのはやめてほしいな」
長井の言葉に対し、それもそうだと言うように首を縦に大きく振った。
「俺が手助けをしたのは田村先輩が表向き掲げていた『みんなを解放する』という目的であり、思想です。だけど、田村先輩は自らその思想に裏切りを見せ始めた」
ここで敢えての表現に切り替えてみた。圭が田村を騙しているのではない。長井が田村に騙されているのでもない。田村が田村自身に裏切っていると。
「……ごめん……何を言っているのか分からないな」
「簡単な話ですよ。田村先輩と田村先輩が持つ思想……いえ、長井先輩が田村先輩に求めているのであろう思想は別物であると言うことです。
長井先輩……あなたは、田村先輩に……何を求めているのでしょうか? あなたはなぜ、田村先輩に手を貸そうとしたのですか?」
「友人だからだね」
「あぁ……確かに大きな理由の一つであることには違いないでしょう。ですが……本当にそれだけですか?
ならば、その友人が『犯罪を犯すから手伝ってほしい』と言われても、なお手伝いますか?」
「……それはまた卑怯な言い方だね。誘導的すぎる。いくらなんでも論点がずれすぎていると思うね」
「確かに卑怯であるとは思います。ですが、大げさに言っただけで、決して論点がずれているわけではありませんよ。
要は、あなたが田村先輩に協力し指示を仰ぐのは、友人だからという理由だけではない。ほかに、その目的も少なからず影響しているということです」
長井の険しい表情が少し変わる気配がした。圭の言葉を理解し、思考しようとし始める。
「つまり……零士くんに協力しようと思ったその思想が……実は違った……。その思想が……零士くん自身によって裏切られたと……」
「そうです。そもそも田村先輩は自分の立場を追われた真の王に復讐しようと……きれいな言い方をすれば再戦を望んでいるのは、あなたも察していることでしょう。そのさらに奥の真意を見ていけば、田村先輩の素顔が隠れていることに気付けるはず」
だが、長井は難しそうな表情をすぐに戻し、再び最初の爽やかな笑みを浮かべだした。
「君の言いたいことは良く分かったよ。でも、さすがにこの状況で僕まで君に騙されるわけにはいかないんだよ。僕はあくまで零士くんの友人だ。
ならば、僕は無条件に零士くんを信じなければいけないんだよ。そこには……理屈なんてない。これはね、そういうものなんだよ」
「……っ」
ここにきて思考を放棄したか……。これ以上圭と会話と討論を続けたら飲み込まれると判断した結果かな……?
こうなれば人は固い。友人というのを糧にして盲目的に人を信用すれば、それを動かすのは相当に難しい。本人は理屈ではなく感情と私情で決めてしまったのだから。それを動かさないといけなくなる。
が、それでいい。そうやって意思を固めてくれれば、誘導はさらにしやすくなる。そういう誘導を用意してきたのだから。




