第10話 あっけない降参
『……』
ピタリと田村の口が止まる。誘導されていたのを察したらしい。
『小林圭がボブだと思ったからでしょう? では、なぜあたしが解放者とつながっていると思ったんですか? 言うまでもないですよね、あなたがアリスとあたしと同じペアに仕立て上げたんですから』
『……』
『否定しないんですね……、どうしようもない真実ですからしょうがないですよね。では、あなたが敵だと思うような偽物を……あたしを騙そうとするような危ない人たちを、なぜチームに入れたんですか?
なぜ、ボブと思わしき人物をチームに迎え入れたんですか? なぜ危ない存在であるはずのアリスまで迎え入れ、あまつさえあたしとペアを組ませたんですか?
それはすべて、この音声ファイルの中にヒントがありましたね。
それが楽しいから……っていう最低な理由じゃないんですか?』
決定打は打てた。田村は藤島を操るアリスを悪にしようとした。だが、その悪を引き入れたのがまごうことなく田村自身なのだ。
実際にアリスや圭をチームに引き入れた真意は知らないがどうでもいい。これで、ニューキングダムのメンバーは田村に対する疑心をさらに膨らませる。
『……ですが……そんな危ない人物に実際に君が手を借りているのもまた事実でししょう。そんなあなただって、疑心の根は持たれている』
『……先輩はあたしが流した音声ファイルを聞いていましたよね? どんな内容でした? その中にはアリスと手を組んでいるという事実も述べられていませんでしたか?
ここにいるメンバーはすべてを承知したうえでここに来てくれているんですよ? それはあまりに今更の話でしょう。あたしを道ずれにしようとしているようにしか聞こえませんよ?』
そういう事だ。これが三日間かかった一番の理由だ。伝えられる範囲をできる限りギリギリまで広げて共有し、理解してもらう人を増やした。基本的に大きな嘘はアリスが偽物側で長井たちが本物側であるという点だけだ。
これは藤島自身の信頼に大きく影響するため、藤島に徹底させておいた。音声ファイルもその嘘がばれないことはしっかりと確認したうえで共有させている。
もともと藤島はみんなから信頼がある長井の側近として認知されていたのだ。これは、それを利用しただけに過ぎない。
『道ずれだなんて思っていませんよ。わたしはただ、君たちに誤解をされたくないだけで……。……いや……もういいですかね……』
不意に田村の言葉が止まる。しばらくの沈黙が続いた後、田村はさらに言葉を漏らした。
『無理です……参りました……、おそらく、どうあがいてももうわたしにこの状況を覆す手立てはないのでしょうね……、詰み……ですか……』
田村がそう敗北を認めたタイミングはあまりに唐突で、かつ無駄な足掻きをしようとすらしないものだった。
『これは……アリスさんと立てた作戦ですか?』
田村の質問に対して藤島が答えることはない。代わりに田村が続ける。
『まぁ、正直に認めますが、藤島さんがニューキングダムのメンバーを連れてこられた時点で負けを悟ってはいました……。
アリスさんがわたしに牙を向けるのは想定内でした。藤島さんを利用してくるのも考慮していました。そして、それを返り討ちにすることを楽しみとしていろいろとカマかけてきたんですよ。
しかし、相手は解放者アリスさんとボブさん。てっきり、エンゲームを挑んでくるものだと思っていたんですがね……。
こういう形で攻めてくるのは……はっきり言いましょう。想定外でした。
この敗因は……ゲームにわたしが固執しすぎていた……ということですかね。わたしはどんな策を立てても、最後はエンゲームに持ち込んで、決着をつける前提でした……』
それは確かに敗因の一つだろう。田村はおそらく、エンゲームを楽しみとしていたのは本当だったのだろう。ゆえに、どうやって持ち込むか、どういうエンゲームにするか、どうやって勝つかに意識した。ゆえに、この策にはで意識が回らなかった。
エンゲームは交渉を有利に進めるための一手段であって、目的ではない。対して田村は実質エンゲームが目的と化していたのが敗因か。
あとは自分がゲーム狂であるという疑いを持たせて、それを否定しなかったのも敗因の一つ。この行動による田村の真意は依然はっきりとはしていない。
田村の口ぶりを考えれば、こちらに揺さぶりをかけてエンゲームを仕掛けさせようとでもしていたのかもしれない。それとももっと何か別の楽しみのための前準備だったのか。
しかし、そういったことに気を取られ調子に乗ってしまった結果。
ある程度自分の首を絞めてそのスリルを楽しもうとしていたのかもしれないが、少し締めすぎたらしいな。
あと、挙げられる敗因としては、裏で暗躍する側であったという点か。
自分が表舞台に立たなければ安全。注目を浴びることなく目的を遂行できる。だが、注目を浴びると言うことは、信頼が集まる時もそこになる。
実際、信頼が集まったのは藤島。その藤島が田村を敵だと認識すれば、それに信頼する側も回れ右して田村を敵視する。そこで田村がいくら弁解しようが無駄だ。ずっと裏で暗躍していた田村に信頼が移ることはない。
結果がこの状況。田村はもうニューキングダムを奪われた。田村が王になることはない。
その点は圭と同じだと言える。違いがあるとすれば、徹底的に裏で回り裏から操作し続けた圭と、中途半端に顔を出した田村というところか。
いろいろな条件が重なった結果だと言えよう。




