第5話 愚策だったチーム分け
教室の入り口でにこやかな笑顔を見せたのは長井敏和。一歩教室の中に入り戸を閉める。
「二人とも随分と早いんだね。もしかして、僕遅れた?」
田村は一度長井に向けられた視線をふたたび、圭のほうに向けてきた。そこまで次郎とのやり取りの内容のほうが気になるのかな?
どちらにしても、長井もいるこの場に言うつもりはないが。
確かに、田村と圭は視線が合っていたが、田村はふと何事もなかったかのように長井に顔を向けた。
「いえ。ピッタリ時間通りでしたよ。では、さっそくお話のほうを進めていきましょうか。敏和くんもこちらに来てください」
長井と圭を並ばせた田村がゆっくりと、交互に視線を移し替えてきた。
「で……進捗のほうですけど……敏和くんの話を聞く限りは、あまり好ましい感じではなさそうなんですよね?」
「そうだね。こっちにコンタクトを取ってこようとする人物はまだ表れていないよ。小林くんも……まだだよね?」
「えぇ、何の変りもありませんね」
すると田村は少し顎に手を当てうなって見せた。
「そうですか……簡単ではないと思っていましたが、本当に何も起きないですか……。やはり……真の王側から見たら、バレバレの罠。考慮したとしても攻め入るのは難しいと考えられているのでしょうか……。
しかし、藤島さんが着々と勢力を広げ始めているのも同時に真の王は理解しているはずです。この状態でこれ以上の放置をするのでしょうか……。別に藤島さんのほうに真の王からの接近もないことですが……」
「まぁ、この策じゃ基本的に後手。こちらから動く手段がないのも問題なのかもしれないけどね」
「……それはまぁ、……言えてますけど」
そう呟きながら、田村は圭のほうに視線を泳がせた。
「このままただ待つだけでは、君たちのチームで何か成果が得られるかといえば、難しいでしょう。もう少し、積極的な行動にそろそろ切り替えていくところかもと考えているんですが……。
圭くんは、なにか案でもありますか?」
「……なぜ俺に? パッと言われても思いつかないですけど」
そもそも本来の小林圭ならこの状況すらすべて把握できていないはずだ。そんな奴が提案などできないし、しても大した価値にはならないはずだ。
「そうですか……では、ヒントです」
「……はぁ?」
思わぬ方向のセリフに思わず間抜けた声が漏れる。隣にいた長井も一瞬不思議そうな顔を示したが、すぐに表情を元に戻した。
「君は今、周りからみたら非常に妙な存在なんですよ。今まで解放者と名乗るのは三人だけ。ずっと演説も三人だったのに、前回の演説で突然新たに加わったのが圭くん、君なんです。
しかも、圭くんに関する紹介は一切ないまま演説も終わりましたしね。そんな君がいる敏和くんチームに出来ることと言えば、何かありませんかね?」
……そこまで言うなら、自分で考えて結論を出せばいいだろう。
「……俺にアイデアを出させて、責任を負わせるおつもりで?」
「いやぁ、まさか。あくまでこの場での決定権はわたし、あるいは敏和くんです。責任はむろんわたしたちで取りますよ。だからこそ、安心して提案をしてください」
……この田村はマジで何を考えているのか……。これももしかして面白いから……だったりして……な。少なくとも、解放者の可能性が十分すぎるほどある圭を揺さぶって面白がっている、と考えてしまえば、案外今までの言動は筋通っていたのかもしれない。
「……アイデア……ですか」
まぁ、せっかくだから、少し考えてみようか。
今の小林圭がいるチームだからこそできる、真の王にたどり着き、倒す道となれる策……か。
いや……このヒント……ヒントじゃねえか……。大体、圭だってすでに思いつき、行動に移し始めていたことなんだ。
「……ないですね。今の俺たちに出来ることはありません。というより、先輩のそのヒントを大きく利用した策は俺には思いつけませんね」
「……へぇ。でも、その口ぶりだと、ある程度の説明ができそうですね」
……。
「考えは単純、こちらが真の王のことを知らない以上、手が打てないと思ったからですよ。受け身で待つしかないのに、かかってこないのならばどうしようもないじゃないですか」
そもそも、この状況でこのアリスらここにいないのも含めたメンバーに真の王からの接近が確認できていないのだとすれば、これ以上待つのは意味がない。もし、真の王が動くのだとすれば、藤島が勢力を拡大していく前に行うのがベストだ。
展開が早くて手を打てなかった、なんて可能性はバッサリ切り捨てる。考慮する意味がない。
「その先輩のヒント事態、悪趣味なミスリードだったんでしょう。今の俺の立場など大して関係ない。今必要なのは、どうにかして真の王を食いつかせる方法なんですよね?」
もう、圭も前から十分察していた。
「今の真の王からすれば、いわば敵が分散した状態。確かに個々に叩いていえば有利に事が運べるでしょうか。それは十分罠だと考えられます。
真の王はどれかを攻めて、あとから来る別動隊のカウンターを嫌った。
おそらく、先輩がチーム分けした狙いの一つでもあるはずです。どれかのチームが真の王に狙われた場合、そのチームがするべきことは、真の王の正体をつかみに行くこと。
それができれば、あとは別動隊が、真の王に後方から近づけるわけです。具体的な策までは分かりませんが、概要はこんな感じでしょう」
「なるほど。いい推測ですね。で、あればわたしたちがするべきことは?」
「……いくら罠を張っても敵にばれたら意味がない。であれば、待つ側である以上、策は変更するしかない。さしあたっては、現状宙ぶらりんな長井先輩と俺のチームを、残り二チームに分散することでしょうか。
とにかく、真の王にニューキングダムを脅威に思わせないと。相手にとっての敵を一本化する。そうすれば、真の王から動いてくれるはず。少なくとも、今の状況では、真の王から動いていくメリットがあまりに薄いんじゃないんですか?」
ここまで推測を説明すると、田村は満足したように手をたたいた。
「いやぁ、お見事だと思います。わたしもその考えがありました。その考えを採用させてもらいましょう。具体的なことはわたしが決めておきましょうか」
……他人の案をさも自分が思いついたかのように振る舞う感じ。普通の人がやれば気に入らない話になるだろうか……、圭から見たら田村は別だ。こいつは本当に思考した内容の一つだったはずだ。
その上で圭にこの考えを提示させてきた。
しかし、この思考によって一番厄介だと思えるのは、圭の本来の策がやりにくくなることだ。圭の策はチームが三つになっているからこそできる話。長井と藤島が同チームになるのは……あまりに厄介。
しかし、だからと言って圭がこの策を提案しなかったら、何も変わらなかったかといえば違う。代わりに田村か長井が指摘して、チーム編成を変えてきただろう。どうせ、厄介な話になるなら、こちらから提案したほうがまだマシだ。
圭のきな臭さが少しでも薄れてくれるだろうよ。