第4話 第一段階の準備
「で、こんな感じになったけど……これで良かったのかな?」
スマホ越しに森の声が聞こえてきた。藤島が教室を出た音が入った後、それなりに時間が過ぎたときだった。
藤島に対して行った誘導。策通り、問題なく進んでいることを圭は確信した。藤島自身の性格も大きく功を奏したし、いい展開になっているはずだ。
「問題ないだろう。あとはこのままできる限り、すばやく畳みかけるとしよう。藤島に時間を与えてしまうと、冷静になってこの話に疑問を抱いてくるだろうからな。それまでに引き返せないところに追い込んでやる」
「次はどうしていくかも、決まっているわけ?」
「……ふっ、もちろんだとも」
「……そうか」
この流れから行くと、推測可能だろうが、田村零士に藤島をぶつけていくのが大筋だ。そして、田村のポジションに藤島を座らせるのが第一段階の策完了となる。
だが、森の口でいとも簡単に転がるような藤島が真正面から戦って田村に勝つのはまず無理だろう。たとえ森がそばにいたとしても結果は変わらないはずだ。
エンゲームの余地は与えない、交渉で黙らせに行くとしよう。
とにかく素早くこなしていくため、次の日からすぐに準備に取り掛かっていこうとしていた。
だが、そんな最中に長井からメッセージが届いていた。
『今日の放課後、少し時間をもらうよ。零士くんから実際にあって進捗状況と、今後の話をしたいと言ってきたんだ。いけるかい?』
……どちらにしても田村には一度接近しておきたいと思っていた。もう少し準備をしてからと思ってはいたが……この助教においては展開が早いに越したことはない。
時間場所をしっかり確認してその約束に了解の返事を送っておいた。そして、そのことをすぐに森にも送っておいた。これはしっかりと生かさせてもらうとしよう。
放課後、約束の時間からはまだ余裕がある段階で、約束の教室に入った。当然誰一人としていない。念のためボイスレコーダーをセットしておき、時間がくるまで待った。
そして約束の時間よりも十分強早いタイミングだった。教室の窓から田村の姿が見えたのだ。だが、その田村はこの圭がいる教室、すなわち待ち合わせ場所であるここのドアをスルーして、さらに奥のほうへと進んでいく。
この教室は南寄り、すなわち手前のほうにある教室だ。すなわち、奥にはまだたくさんの教室が並んでいる。
……正解だったな。
「先輩、こっちじゃないんですか?」
圭はドアを開けて田村に呼び掛けた。
田村が圭の顔を見て驚いた表情を見せてくる。
「ここが、待ち合わせの教室でしたよね? 違いました?」
さらに問いかけると、田村は「あぁ」と声を漏らしながら広角を大きく釣り上げた。
「そうでしたね。危うく教室を間違えるところでした」
そういって、クルリと体を待たしUターン。圭がいる教室の中に入ってきた。
「それと……圭くん……、随分と早いんですね。別に慌てて頂く必要はなかったんですけどね」
「別に……放課後、時間まで潰すのも面倒だと思っていたので、何も考えずここに来ていただけですよ。それに先輩だって早いじゃないですか」
「わたしは呼び出した側ですから、早めに行こうとしたんですよ。まぁ、圭くんに先を越されたのでまだ甘かったみたいですけどね。しかも、あのまま教室を間違えていたら、いつまでたっても会えなかったでしょうからね……。
まぁ、ひとまず、来てくれてありがとうございます。ですが、話は敏和くんが来てからということで、少し待っていただけますか?」
「もちろんですよ」
圭はニコリと笑って、田村から見て教室の外窓側にある椅子へ座った。横目で廊下のほうを確認する。“顔はまだ出していないか……”。
「ちなみに、あれから西田くんとはどうなりました?」
圭の視線がばれたのかは知らないが、田村がふと声をかけてきた。
「いや……どうって言われましても……ね。あれからって、昨日の今日ですよ? 別に無理に話題を振ろうとしなくてもいいですから」
田村はオーバーなリアクションのもと、右手こぶしで左手のひらをたたく。
「それはそうでしたね。失礼しました」
とまぁ、突っ込み交えた回答をしたが……どうだろう。この先のことを考えたら……もう少し別の回答を出しておくべきかも。
「まぁ、でも……実は昨日の夜、次郎と少しメッセージのやり取りはしましたよ。仲直りとまではいかないですが……ね」
圭の回答に対して、田村は露骨に驚きの表情を浮かべた後、笑顔を見せた。
「へぇ……それは良かったです。このまま早く仲を戻せるといいですね。ちなみに、どんなやり取りをしたんですか?」
……まぁ、来るだろうとは思っていた。普通ならその質問はぶしつけすぎて躊躇するだろうが、こいつはそういうキャラじゃない。そこに何か少しでも疑問要素があれば、しっかりと突っ込んでくる。
「あ、別に深い意味はないですよ。ただ、ちょっと喧嘩中で絶交に近い雰囲気で、どんなやり取りをするのか、興味があっただけです。ごめんなさい、さすがに空気読まなさすぎましたね。
話すのが嫌なら別に強要などしませんから」
……そして、圭が口を出すより先に、自分からそこまで言うか……。おまけに何が強要などしないだ。今の圭と田村の立場関係なら、話さないイコール怪しいにしかならないだろう。
まぁ、やり取りの内容を話してやってもいい。だけど、それは今のタイミングではない。
「その話は一旦置いておきましょう。長井先輩もご到着されたようですよ」
そういって、圭はドアを開けた長井のほうにそっと手を向けた。