シロフクロウと彼女と僕
こんにちは、葵枝燕です。
久々の短編小説です。
ジャンル、迷ったのですが[恋愛(現実世界)]にしました。ゴールはそうなったので、それでいいかなと思いまして。
私の頭の片隅に引っかかった無駄知識を取り入れたい――そう思っただけの作品です。だから、その記憶が薄れた今、果たしてこれが事実だったのか、よくわかりません。
なので、あまり真剣に受け止めないでください。嘘八百だと、完全なフィクションだと、そう思って読んでいただければと思います。
「シロフクロウを飼ってみたいの」
と、彼女は言った。
「何で?」
と、僕は訊ねた。
彼女が突拍子もないことを言い出すのは、いつものことだった。登校中に「かくれんぼ、しようよ」って言ったり、外は暴風雨なのに「学校行こっ!!」と迎えに来たり――……。だから、そういうことには慣れていた。それほどの、長い付き合いだった。
「フクロウの中でも、シロフクロウって優雅だと思わない?」
「優雅、ねぇ」
確かに、あの白い身体には惹かれるものがある。しかし、彼女の言葉をそのまま受け入れるのは危険なのだと、僕は知っている。
彼女は頭はよかったが、根本的に何かが抜けていた。そこを考えれば、多分僕の方が普通かもしれなかった。
僕はこれから、きっと彼女の淡い願いを打ち崩すだろう。それでも、一つ一つ突きつけなければ、彼女は理解できないのだ。
フクロウは、羽のつくりが他の鳥類と異なるらしく、飛ぶときの羽音はほぼないという。そんなことを、いつか何かのテレビ番組でチラリと見聞きした気がするが、もう詳しいことは憶えていない。気流が何とかとか、風の抵抗が何とかとか、そういう話だったような気がする。
シロフクロウは、その名のとおりの見た目の鳥だ。英語でもSnowy Owl――雪に覆われた梟という意味を持っている。北極圏に住むためには、白い身体の方が都合がいいのかもしれない。
羽を拡げれば最大百六十五センチになるという。僕の身長と大体同じくらいの鳥が、たとえば自分に向かって飛んでくると考えると、さすがに僕は恐怖を感じる。まあ、つまりはシロフクロウは大型のフクロウに分類されるということだ。
シロフクロウ――雪に覆われた梟。確かに、美しいし、優雅だし、気品も感じられるだろう。白い姿は神々しく目に映る。
「ああ、シロフクロウってほんとに素敵」
彼女は恍惚とした表情だ。そんな表情を、そんな願いを、粉々にしてしまうのはさすがに心が痛む。
それでも、現実は突きつけておかないと。後で困るのは、きっと僕の方だから。
「期待いっぱいのとこ、悪いんだけどさ」
うっとりと目を閉じたまま、彼女が僕を見る。
覚悟なんて決めてはいない。それでも、彼女に関わり続けてしまう僕の――これは課せられた義務なんだろう。
「飼えないと思うよ、シロフクロウ」
「……え?」
ぽかんとした顔で、彼女は僕を見つめる。だから僕は、手を打ち続けた。
「日本では飼育が難しいらしいよ。寒くて乾燥した気候に適してる身体だから、湿気の多い日本だと生きていけなくなるみたいだし。内臓にカビが生えてしまうんだったかな、確か。それに、飼うとなれば色々許可も必要だと思うけど。フクロウって猛禽類だしね」
“らしい”とか、“みたい”とか並べていることからも、わかる者にはわかるだろう。僕の言葉のほとんどが、記憶の片隅に引っかかっているような微々な知識と根拠のない話だった。けれど、それでもそれを言葉にした。何かが抜け落ちてはいても頭のいい彼女なら、ある程度は理解できるだろうと踏んで発した。
それに、意外と彼女は他人の意見に左右されやすい。根拠のないことでも、信じてくれるかもしれないと思った。
「えーそうなの? 残念だなぁ」
上手く事は運んだようだ。彼女のこの言葉に安堵する。
「まあ、飼うのは無理でも本物を見に行くことはできるよ」
立ち上がる。不思議そうに僕の顔を見上げる彼女と目が合う。
「今日は、動物園にシロフクロウを見に行こうか」
彼女の顔が明るく輝く。
本当は、博物館にある剥製を見る方が、僕は好きなんだけどね――そんな言葉を飲み込んだ。
彼女の喜ぶ顔が、僕はやっぱり好きだったから。