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8 皆でチャリで行こうぜ目的地まで

 後で松崎に聞いた話である。



「入部、ですか?」


 阿部は控室に揃ってやってきた男子三名に、思わず目を見張り、眼鏡を拭き直した。


「はい。もっとも、運動部のほうと掛け持ちで申し訳ないんですが…」


 代表のあいさつは松崎にまかせた。

 彼が一番そういうことが得意そうに思われたのだ。高橋はどうにも嘘は苦手そうだったし。森田が言うとやや冗談じみている。


「しかしまた何で」


 阿部はなかなか信じられないようだった。彼が知る限りでは、彼ら三人は、決して地学が得意という訳でもないし、熱心でもない。


「や、実は同級生の遠山くんから熱心に誘われまして…」


 へへへ、と笑いながら言うのは、高橋の役目だ。語尾はぼかせよ、というあたしの諸注意は律儀に守ったらしい。


「ほぉ。彼と仲良しだったのですか。それはよかったよかったよかった」


 うんうん、と阿部は笑いながらうなづく。


「…と言うことは、君たちも彼が申請している採集旅行への参加を申し込むつもりですか?」

「採集旅行?」


 そこであえて、三人とも知らないふりをしてみる。


「いや、最近彼、鉱物の方にも興味があるとかないとか。それで、その興味がある鉱物が、この管区内で採れるようだから、採集に行きたい、と先日私に申請してきたのですよ」

「いいんですか?」

「まあ彼が申請してきたのが一週間という長い時間だから何ですが… しかし、後で規定の報告書を作って合格すれば、それはそれで授業に出たこととして認められますからね。君たちもそれに参加しますか?」

「ちょっと… 考えさせて下さい」


 そう言ったのは、高橋だった。


 後で彼は遠山に食いついた。


「何だよ遠山、報告書が必要なのかあ? お前そんなこと言わなかったじゃねーか!」

「ったりめーだろ! ちゃんと勉強の一貫ってことで出してもらえるんだからな。それともお前、高橋、それが怖いのかよ」


 見込み違いだったかよ、と遠山は手を広げる。


「出すよ! ああお前以上のもの出してやらあ」


 そしてあたしはその様子を黙って笑って見ていた。


   *


『…お前なあ…いい加減その恋人です、って言って呼び出すのよせって言ったろ…』


 疲れた声で、電話線の向こう側の久野さんはぼやいた。

 管区内だけに掛けられる公衆電話は、この名古屋だったらあちこちにある。

 特にあたしが今暮らしているところは、わりと官庁街のある、お城のあたりに近いから、何十メートルおきに幾つ、の割合で置かれてたりする。

 もっとも、置かれていると言っても、本当に電話がぽん、と木の箱に入れられているだけだ。雨に降られたらたまったものではない。


「だってそれが一番向こうさんが」

『だから! 俺も延々嫌みを言われるんだぞぉ』

「だったら、出なければいいのに」


 あたしは何気なく言う。

 しばしの沈黙。

 こういう反応が来るとは思わなかったから、少し焦って、次の言葉をあたしは大急ぎで探す。

 だけどそれを口にする前に、こんな言葉が返ってきた。


『お前、それ本気で言ってる?』

「…え?」


 思わず問い返していた。頭の中が、一瞬まっ白になる。


『…や、いいよ。で、今日は俺に何の用なんだ?』

「…あ、そう、久野さん、一週間くらい後に、東永村にもう一度、車出してくれないかな、と思って…」


 ふうん? と語尾上がりの言葉が返ってくる。少しだけ不安が走る。


『それで、俺に何をさせたい?』

「何を、って」

『俺とお前はもう何度も何度も顔を合わせてきたよな。そのたびに何かしら事件が起きて』

「そうね」


 どき、と心臓が飛び跳ねるのが判る。


『…で、俺がお前にこの間会った時な、あん時は、結構厄介なことが起きてたろ?』

「そーよね。確か、関東管区の横浜地区で、ハマの少年愚連隊と、確か地元の組と、それと密輸出入のことで、かなり厄介だったよね」


 確かその時も、結果的には助けてくれたのだけど。このひとはそういう点では頼もしい腕を持っている。立ち回りとか捜査とか、部下の導入とか。


「…その時、俺は上から命令を受けたんだが』

「上から?」


 まさか。


『この事件において、森岡さつきと名乗る少女には全面的協力をすべし。そんな文面だった。まあそれはいい。だけど、その出先がな』


 あたしは目を細める。


『俺はお前も知っての通り、内務省の管轄の組織の人間だ。だけど俺に来た命令は、特警局でもなく、その上の内務省からでもない。そのまた上だ。内閣総理大臣からだった』


 あのおっさんは! あたしは舌打ちをする。


『お前は一体誰だ?』


 とたんに、むっとする自分を感じる。


「久野さん、それ最近よく聞くけれど、あなたそれが、そんなに重要なの?」

『重要だよ』

「じゃああなたは、あたしがただの女の子だったら、何も協力しなかった、って言うの?」


 口にしてしまってから、少し後悔する。

 違う、そういうことを言いたいんじゃないのよ。

 だけど。


「だったら言ってやるわよ。あたしは」

『さつき?』

「あたしだって公務員なのよ? ええそれもね、特別国家公務員っていう名のね!」


 正式には、そういう名称がついている。たぶんこの名称なら特警なら判るだろう。

 あたし達越境生十二人、それにあたし達を支えてくれる、各地の人々。今の居場所になっているじーさんとおばーさんもそうだ。

 皆ひっくるめて、内閣総理大臣の直属の部下。

 総理が唯一自由に動かすことができる存在。それがあたし達だ。

 もう一つ名前があるが、それはまず知られていない。


『それって…』

「聞いたことあるの? あるんでしょ」


 受話器の向こう側は、黙ったまま。


「知ってるなら、話は早いじゃない! 協力、今回もしてよ! あのおっさんからそんなことわざわざ言わされる前にによ! あたし達これから、東永村に向かうの。一週間は掛からないとは思うけど、かかるかもしれない」

『さつき?』

「お仕事、なんでしょ?!」


 あたしはそう言って、がちゃんと受話器を置いた。頭に血が上っているのが判る。どうしてだろ。

 判ってる。彼が、いかにも仕事だから、と言ったように思えたからだ。

 だけどじゃあ、どうしてあたし自身が、こんなにいきり立ってるんだろ。判らない。

 心臓がまだ飛び跳ねてる。手がじっとりと汗をかいてる。夏なのに、それが冷えて気持ち悪い。

 ミキさんがここに居たら。

 総理の秘書の彼女は、あたし達越境生の連絡係をしてくれている。訓練の時には、数少ない女の子だから、とずっとあたしには親身になってくれた。

 彼女に聞きたかった。

 何で今あたしは、動揺しているの。何が悔しいの。それはどういう意味なの。

 だけどここには誰もいない。あたしは大きく手を振り上げて、電話の木の箱を思い切り叩いた。

 手が痛かった。 



「暑いよなー」

「暑いーっ!」

「こるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ! 判ってることをいちいち言うんじゃねーっ!」


 巻き舌発音が上手いな、遠山。

 前方を抜きつ抜かれつしながら、野郎三人は走る。

 そしてそれを後ろで呆れて見ている三人。あたしと若葉と森田。元気やねえ、などとのんびりした声を上げながら、森田は平然とペダルを漕いでいる。

 出発したのは、まだ夜明け頃だった。

 涼しくていいなー、などと口々に言っていたのだが、太陽が上がるにつれて、口から文句が飛び出してきた。

 かごがあるあたし達の自転車には、その中に一週間分の軽い食料、野郎どもは背中に荷物をくくりつけての出発だった。

 水だけは一日分だった。途中で補給が必要だった。


「…となると、今日中に豊橋に着けないと辛いなあ」


 松崎は出発前、地図を見ながら頭をかいた。

 東永村に行く道はいくつかあった。山側を通っていく方が、地図上では楽そうに見える。


「だけど迷うかもしれないぜ?」


 そう言ったのは高橋だった。そうだな、と松崎も同意する。


「車じゃないから、迷って引き返したりすると、その分時間と体力が消耗する。若葉お前、一週間かかったって言ったろ?」

「うん」

「距離的には、一週間もかかる距離じゃあない。この地図にある旧国道を、旧県境の静岡地区からこっちの名古屋地区まで行くのに、三日四日で済ませることもできるっていうし」

「それは自転車で、か?」


 遠山は厳しい目で問いかける。


「や、徒歩。もちろんそれはほとんど平地だってこともあるし、でも、昔、うちの部の先輩が、耐久訓練か何かで、そういうことやったことがあるって言ってた」


 なるほど、と皆でうなづく。


「だから、目標は三日、かな。とにかく最初の日に、豊橋まで行く。で、水やら体力は蓄えて、あとの二日で東永村まで行くように。着いてしまえば、俺や若葉が村で食料とか水とかは何とかできるし」

「…どう見ても、二日目三日目はきつそうだよなあ」

「上りやしな」

「けど、行かなきゃならない」


 あたしはそう締めくくる。男達もそれにはうなづいた。

 そして今、旧高速道路の上を走っている。この道が一番単純で、迷うことなく愛知地区の東端である豊橋あたりまで行けるのだ。

 行ってこいよ、と手を振る級友達を後にして、あたし達は夜明けとともに、東へと向かった。

 けど三日か。あたしは内心つぶやく。

 結局あれから、久野さんに電話をしていない。

 もちろん、行ったからすぐにその場所が見つかるとも思っていないけれど、もしその時に何かが起こったら。ふと不安がよぎる。

 いや、仕事上で必要なんだから、電話しなくちゃならないはずなんだけど。

 いかんいかんいかーん!

 ぶるぶる、と頭を振る。下手な考えは休むに似てるんだよ。ほら若葉が不思議そうな顔してる。とにかく前!


 時計を見ながら、三時間に一度くらい休憩を取る。

 昔はサービスエリアとして使われていたところがちょうど良かった。使用者は滅多にないとはいえ、水道が死んでいないのが助かる。

 ただ、トイレの水洗は生きてるものも死んでるものもあって、ほとんどバクチ状態だ。下手に死んだものに当たってしまうと、野郎どもはともかく、あたし達は辛い。

 ほこりまみれになったガラス。割れているのが大半だ。

 例えば台風。例えば地震。飛んできた石ころに割られたり、振動でひびが入ったり。時には飛んできた鳥が勢いよくぶつかって壊れたのかもしれない。

 そんな天災に襲われても、もうそこを維持管理しようとするところはない。

 水道が生きてるのは、そこをごくごくたまに通る、あたし達みたいな自転車や徒歩の者のためだろう。そう思いたい。

 そんなサービスエリアの、屋根があるところへ入り、日陰でほっと一息つく。


「誤算だったのは、これだよなあ」


 松崎はやや悔しそうに言う。


「旧高速ってのは、全然木陰のように休めるとこがねーんだよなあ…何つーか、退屈だしさ」

「そりゃあそうだよ。だいたいこうゆう道路ってのは、速く行くためのもので、景色を楽しんだりするものじゃないから」

「高橋はよぉ、車作って、何したいんだ?」


 手持ちのコップに入れた水を、ごくごくと喉を鳴らしながら遠山は呑む。一息ついて、首から下げていたタオルで口をぬぐいながら、そう問いかけた。


「へ?」


 いきなり何だ、と言いたげに高橋は口を曲げる。


「何で?」

「や、作ることができたとしてもよ、乗るのって、それこそどっかのお偉い連中だけじゃねーか、と思ってさ」

「いいじゃねーか。俺の勝手」

「や、そういうことを言ってるんじゃねーよ」

「じゃあどういうこと言ってるんだよ」


 何だろう。遠山自身、何を高橋に聞きたいのか、よく判っていないように、あたしには見えた。

 止めようか。そう思っていると、森田がふらりと立ち上がり、水筒に水をいっぱいくんできた。そしてその中身を二人の頭にぶちまける。


「…何するんだよ!」


 二人の声がそろった。


「暑いんやから、頭冷やし。疲れるだけや」


 ふうん、とあたしは感心する。

 正直、森田がいてくれて助かった。彼は別に何かを率先してやるということはないけれど、すぐに一触即発の雰囲気になりそうな二人の間を、よく和らげてくれる。

 実際、ふてくされた様な顔はしつつも、二人ともとりあえず頭は冷えたようだ。


「…お前、技術部だろ? そこで毎日楽しそうに部員連中と、車の研究とかしてるじゃねーか」

「お前だって、地学部でやってるじゃん。俺は知らなかったけど」

「部員はお前のとこの様にはいねーよ」

「そうなのか?」

「いねーよ。星やら石ころやらの研究よりは、皆お前らの様な機械関係に行っちまう」

「だけど仕方ねーだろ。皆それが好きなんだから」

「それが悪いとは言ってねーよ。ただ」

「ただ?」


 ごろん、と遠山は冷たいコンクリートの上に寝ころぶ。そして何でもねえよ、と付け加えた。

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