救出
ビランは五人の敵をすべて全滅させると「ふぅ」と一息ついた後、隠し通路から顔を覗かせているカルキオに目を向ける。
カルキオはそれを見て戦闘が終わったことを後ろにいた姫様と騎士達に話した。
話が終わったところで通路からレイチェルが飛び出し、ビランの元へと駆け寄る。
ビランもまたそれを見てレイチェルに歩み寄る。
「す、すごいね!ビラン!!まさか、あなたがこんなに強いだなんて思わなかったわ!」
レイチェルはビランの元にたどり着くと剣を持っていない左手を手に取り驚きの表情を見せる。
ビランはそんなレイチェルを見るとにっこりと笑った。
「たいしたことありませんよ。それよりもお怪我はありませんか?」
レイチェルはビランの質問に「ええ、怪我はありません。」と応えた。
それを聞いてビランはレイチェルから視線を外して後ろにいた騎士達とカルキオを見る。
「大丈夫だ。こっちも被害は無い。」
その視線に気づいたカルキオが笑いながら応えた。
その後に、騎士の一人が一歩前に出てビランに尋ねた。
「一体どうしたというのだ? お前に何があった?」
急激に強くなったビランに対して率直な質問を述べる騎士に対してビランは首を横に振った。
「その話はまた後で。今はここからの脱出が最優先事項です。」
その言葉にみんなの顔つきが今までのようにどこか沈んだ表情ではなく、生き生きとした顔つきへと変わった。
(「ファントム。君は俺を呼び寄せるためにこの施設内の通路に明かりをともしたよね?」)
(「ああ、灯したが・・・ それがどうかしたのかい?」)
(「俺達の来た方の明かりを灯している通路は敵に発見されて続々と新手の兵が着ている。その反対側の通路にも明かりをともしてくれないか?できれば、こちら側からゆっくり導くように・・・ 出来るかい?」)
(「ああ、できるよ。 外側の施設に出られるようにすればいいんだね?」)
(「ああ、頼むよ。」)
ビランはファントムとの思考をしている間に皆に一つの提案を出した。
ここからは姫様と共に脱出を謀る部隊と敵の陽動に出る部隊の二部隊に分けて行動すること。
ただし、陽動部隊は自分ただ一人が行うこと。
この作戦には最初、レイチェルが大反対を行ったが作戦の成功確立をあげるためと、戦力の分散をできうる限りしないためという理由から賛成多数で可決した。
「ビラン・・・ 決して無理はしないように、気をつけて・・・ あなたにもしものことがあったら私はララに合わせる顔がなくなってしまうわ。」
レイチェルは心配そうにビランの顔を見ながらつげた。
「大丈夫です。では、気をつけて。」
最初はレイチェルに、後からはレイチェルと護衛の騎士達、カルキオに視線を向けてビランがそういうと、ファントムは指をはじいて「パチン」と音を鳴らせると、ビランたちが来た方とは反対側の道に明かりが灯った。
「姫様たちはあちらに進んでください。向こうの道にはまだ敵はいません。明かりを頼りに進めば外側の建物に出られるはずです。外側の建物に出たら裏に回って馬車か馬で逃げてください。」
ビランはそういうとレイチェルの手をやさしく振り払い背を向けてもと来た道へと進んだ。
レイチェルはララベルとの約束からビランと共に行動していたかったが仕方なくビランを見送った。
ビランの姿が見えなくなった後に、レイチェルたちは明かりを頼りに外へと向かった。
~護衛騎士『クラリス』~
レイチェル様がビランを追いかけるとなった後、ビラン追跡と敵の陽動に二部隊の計三隊に部隊を分けることになった。
私は護衛騎士隊の副官、ラグロス中士と先輩のカッシュと同期のマリア準士と共に陽動部隊となった。
私たちは敵の包囲網の形を探るためもう一つの陽動部隊とは逆方向に外側の建物を進み、半周した反対側の位置で一旦合流ことが決まった。
これは敵の陣形確認のためだ。
敵包囲の突破は陣形確認後にレイチェル様の部隊と合流後、考えることになったのだ。
方針決定後、二隊はそれぞれ逆方向に走り出した。
その後、遭遇した敵と戦いながらも敵の包囲陣形の確認をしながら我々は逃げ回っていた。
しかし、敵の予想以上の追跡能力の高さと巧みに一方向のみへの誘導により、我々は包囲されてしまった。
私たちは壁を背に中央にラグロス副官、左右にマリアと私、正面をカッシュに陣形をとり、
ラグロス副官の銃撃とカッシュ先輩の槍術、マリアと私の剣術でなんとか敵に対抗しようとするも、甲冑の意外なほどの硬度に致命傷を与えられず、突破口が見つからなかった。
それでも、持ちこたえてはいたのだが・・・
「ぐはっ!」
その悲鳴から我々の陣形は瓦解を始めた。
中央にいたカッシュ先輩が敵の攻撃を受けて倒れたのだ。
そこから敵はラグロス副官に突撃を仕掛け、中央から我々を分断した。
私とラグロス副官は共に右端へと逃れたが、マリアは一人、左端に追いやられた。
そこから敵はこちらを牽制しながら一人になったマリアに集中攻撃を仕掛けた。
そこから先、マリアとカッシュ先輩がどうなったかはわからない。
ただ、敵の更なる増援が我々の下へと走ってきているのは敵が大声で呼び合っているので確かだった。
それは、私とラグロス副官はこの絶望的状況になすすべも無く敗れ去るであろうことを予感した。
その予感はただしく、私たちは敵の猛攻にあい跪いた。
(もうだめだ・・・)
そう思った時だった。
密集する敵の合間から小さく揺れる人影が見えたのは・・・
それはゆっくりと近づいてくるのだが足音一つどころか気配すらなかった。
目には映っているのにそこに本当にいるのかも定かではない。
まるで音声のない映像を見ているような感じだった。
そしてそれは、まるでろうそくの炎のように一瞬揺れたかと思うと消えた。
(あれは・・・なんだったのだろう・・・? ・・・見間違い?)
そんなことを薄れていく意識の中考えている合間に、敵の剣が私の頭上に振り下ろされた。
バシュッ!!
そして、血の雨が降った。
それは生暖かく、私の上に降り注いだ。
(これが私の血・・・? こんなに出ているのに・・・ 思ったより痛くないな・・・)
私は大量の血を浴びながら、痛みが全くないことに驚いた。
(死ぬ瞬間の痛みってないんだ・・・)そう思った。
途中、なにやら周りが騒がしかったが死を受け入れた私の耳には最早それは雑音とでしかなかった。
ピチャ・・・ ピチャ・・・
やがて、雑音が消えると水の上を誰かが歩く音がした。
それは、ゆっくりと私の方へと近づいてきた。
止めを刺しに来たのか・・・
(死にぞこないの私にわざわざそんなことしなくても・・・)
そう思っているとそれは私の前で止まり、身をかがめてこういった。
「何を寝ているんですか? ここは戦場ですよ? 早く起きてください。」
それはまるであきれたように言った。
(なんで私にそんなこと言うの?)
私がそんなことを考えていると
「起きろ!クラリス!!」
と聞き覚えのある怒声がなった。
「は、はい!!」
その声に驚き私は顔を上げて起き上がった。
そして、声の方を見上げるとラグロス副官に肩を借りながら立ち上がっているマリアの姿があった。
「マリア・・・ マリア!!」
私はマリアの顔をゆっくりと見ながら立ち上がり、マリアに駆け寄った。
「だ、大丈夫だったの? ていうか、あの包囲の中どうやって生き残ったの?」
「あんたは・・・」
マリアに質問攻めをする私をみてマリアは怒りとあきれを混ぜたようにいった。
「我々は彼に助けられたんだ。」
その様子を見てラグロス副官は私に彼の方を見ながら言った。
私はすぐさまその方向を振り向くとそこには一人の少年が立っていた。
その少年はどこか見覚えがあった。
「ああ! 君は落ちこぼれの!!」
そう、それはレイチェル様が追いかけていったドルキス家の落ちこぼれ君だった。
マリアは「あんたは・・・」いいながら、とクラリスのビランへの呼びかけを聞いて眉をしかめて「失礼な奴だ」と目で訴えた。
「な、何よ~いいじゃない事実なんだし・・・」
クラリスがマリアの言葉に振り返り答えると、次は横からカッシュ先輩が壁に身を寄せながら前に出てきた。
「すまんな。こいつは昔から口の利き方がなってないんだ。それより・・・」
「カ、カッシュ先輩! 生きてたんですか?!」
カッシュの言葉を遮り、クラリスがカッシュに向けて声を上げて詰め寄る。
「フン!」 ゴツン
話の腰を折るクラリスにマリアが拳骨をくらわせる。
「あたっ!」
マリアの拳骨に小さく声を上げたあと、振り返ったクラリスの目には「お前は黙っていろ」と眼で訴えてくるマリアの姿が映った。
クラリスはマリアの眼光に押されて押し黙った。
その横でカッシュとラグロスは苦笑する。
そんな彼らを見てビランは唐突に話を切り出した。
「端的にですが、現在の状況を手短にお話します。」
その一言で全員がビランに眼を向けて真剣な顔つきになる。
「現在、レイチェル様と護衛は脱出のためにおそらく裏の馬小屋に向かっていると思います。みなさんはそちらに向かって下さい。」
ここでビランがおそらくと付け足したのは現在、レイチェルとその護衛騎士達が向かっているだいたいの方向はわかっても確実にそこに向かっている保証がないためだ。
それにもし途中で足に使えそうなものがあればそれを奪取して逃げる可能性は十分にある。
「わかった。君はどうするのだい?」
ラグロスはビランと共にいることが彼への枷になると思い素直に了承した。
と同時にビランのこの後の行動について聞いた。
ビランはさっきまで持っていた剣を捨て床に転がっているまだ真新しい武器を拾い上げながら言った。
「敵の残りがあと100人ほどのはずなので殲滅しだい、そちらに合流します。 では・・・」
彼はまるでこれから買い物にでも行くような感覚でそういって姿を闇に溶かすように彼らの前から消えた。
その言葉にラグロスにカッシュ、マリアは恐怖し声が出なかった。
クラリスは周りのみんなが何に畏怖いているのかまだわかっていない様子だった。
しかし、クラリスが歩こうと前に出した足に当たったものを見て彼女はようやく現状を把握した。
今自分たちの立っている場所には、無残に惨殺された屍が大量の血液を噴出し赤黒い絨毯
(じゅうたん)が広げられていたのだ。
それは先ほどまで自分たちが戦って誰一人として倒すことができなかった赤い甲冑の兵たちの死体だった。
(いったい誰が???)
一瞬そんな疑問が頭をよぎるが答えはすぐにわかった。
ビラン=ドルキスだ。
彼以外に現状こんなことができる人間は想像できなかった。
だから先ほどの言葉でみなが恐怖したのだとようやく彼女は理解したのだった。
~護衛騎士隊 副官 『ラグロス』~
包囲され、分断された後、私とクラリスは二人で応戦したがもはや抗うだけの気力も体力もなく、私たちは地に伏した。
そして、敵の凶刃がクラリスに振り下ろされ血飛沫が舞った。
私はそれがクラリスのだと思った。
なぜなら、彼女が倒れたのは血飛沫が上がるのとほぼ同時だったからだ。
(次は私の番か・・・)
そう思ってあきらめて下を向いているときだった。
敵の後方がやけに騒がしいのに気づいた。
「何なにぃ・・・」
「ど、どうしt・・・」
言葉が途中途中で切れていて何が起こっているのかよくわからなかったが何かが起きているのは確かだった。
顔を上げてみると大量の血飛沫があちこちで上がっていた。
おまけに、敵は後方を向いて誰一人こちらを見ていない。
それを見て(今がチャンス)だと、脱出のために足に力を入れるとほぼ同時に敵の間を縫って走る黒い影を見た。
それは近くにいるものの首を刎ね、近寄るものすべてを切り刻んでいた。
大量の血飛沫が上がっている理由は敵が何者かに切られているからだった。
自分も何かしようと動くよりも早くその影は敵を切り裂き続けた。
甲冑の兵たちは影に向かって剣を振り下ろしたり銃を打ち込んだりといろいろとしているがそのすべてが無駄だった。
剣を振り下ろしたものは手首から先を切り落とされ、銃を構えたものは懐に入られて上半身と下半身を甲冑の隙間から真っ二つにされた。
やがて影はその場にいる甲冑の兵士を全滅させるとその動きを止めた。
影の正体は若い少年兵だった。
少年兵は私の前に立ちこういった。
「大丈夫ですか?」
一瞬、なにをいっているのかわからなかった。
その言葉を理解しようと努力しているうちに少年兵は倒れ伏した仲間たちの下に行き何かをしていた。
まず、カッシュのそばで屈んで左手を差し出した
すると、左手に巻いてある包帯がひとりでに動き出しカッシュの傷口に向かって伸びると淡い光を放った。
光が消えると包帯は少年兵の左手にまた戻っていった。
包帯が少年の手に戻るとカッシュは目を覚まして少年兵を見上げた。
カッシュと眼が合うと少年兵は立ち上がり遠くの方で倒れていたマリアのそばに屈んでカッシュと同じことをした。
マリアに光を当てて立ち上がると私のことを呼び、マリアに肩を貸すように言った。
なんでも、彼女の怪我が一番ひどいらしい。
私はマリアの元に駆け寄り先ほどまで気絶していた彼女を起こして肩を貸して立ち上がった。
私が立ち上がるとカッシュは壁にもたれながらゆっくりと起き上がってきた。
立ち上がるとカッシュとマリアはあたりを見渡し床に転がっている大量の死体に驚いた。
何が起こったのか訴えてくるような二人の視線が私に向けられたので私は視線で彼がやったと訴えた。
少年兵である彼がやったという以外に私にわかることは何もなかった。
そんなことをしているうちに少年兵はクラリスの元へといくと気絶している彼女を見てあきれながら言った。
「何を寝ているんですか? ここは戦場ですよ? 起きてください。」
ここからはクラリス証言と同じのため以下略。