開花
騎士達の間をすり抜けるようにして小部屋から出た後
しばらく、狭い通路を走っていると赤い甲冑を纏った兵士に出くわした。
ビランが思っていた通り、数は二人だった。
甲冑の兵士は角から曲がって出てきたこちらを視認すると、二人とも手に持っていた剣を構える。
ビランもここにくる途中ですでに剣を抜いていた。
お互い狭い通路を通るのといつ敵に出くわしても対応できるようにするためだ。
ビランは二人の赤い甲冑の兵士を視認するとさらにその速度を上げた。
気を隠して探知できない人間がいないことを目視で確認することで敵の脅威が減ったからだ。
その上、速度を上げることで相手に考える時間を減らすこともできる。
ビランが近づくと前方にいた甲冑の男は右手に持った剣をビランの顔面目掛けてまっすぐに突いた。
ビランは顔を右に倒すことで突きを回避し、その上で逆に右手に持った剣を甲冑の男の首に平突きを放った。
その突きは甲冑の男の首に突き刺さり骨まで届き、次の瞬間には男の首の裏側から剣の先が抜け出た。
剣が首から抜け出ると首から大量の血液が噴出する。
前方にいた男は首から大量と血液が出たのち、膝から崩れ落ちる様に倒れた
それを目にして後ろにいた男は口を開けてその姿を傍観していた。
しかし、次の瞬間には倒れた男の首から剣を引き抜いたビランを見て剣を振り上げた。
「うわぁ~~!」
後方にいた男は動揺と恐怖の余り雄叫びを上げながら剣を振り上げたのだが・・・
天井の低い狭い通路では振り上げた瞬間に天井に剣先が当たり突き刺さる。
「え・・・?」
剣を振り上げた男は剣先が天井に突き刺さり情けない声を上げた。
次の瞬間にはビランの剣は男ののどを貫いていた。
男の体はのどを貫かれると、全身から力が抜け崩れ落ちる。
ビランは崩れ落ちる男の体を手に持っていた剣を離すことで回避した。
ドッ! と地面に崩れ落ちた。その衝撃で剣が傾き男の首にはさらに大きな傷口ができる。
その傷口からは大量の血液が噴出した。
ビランはそんなことを気にも留めず、先ほど男が振り上げた際に天井に突き刺さった剣を手に引き抜く。
(さっきまでのやつよりはいい剣だな・・・ これなら、三人ぐらいなら問題ないか・・・)
刀身の研ぎ具合を見てビランは出口に向かおうと歩き出した。
「ぅおうっ!?」
ビランが歩を進めようとしたとき後ろから驚いたような声がした。
振り返るとそこにはカルキオ、その後からレイチェルが曲がり角から顔を覗かせる。
二人が狭い通路の角を曲がると、そこには大量の血液を流した二人の男の死体が転がっていた。
大量の血液は通路の天井から壁、床を蹂躙するかのように紅く血で染めていた。
その中を一人の少年が立っていた。
少年の正体はビランだったのだが、二人のよく知るビランとは雰囲気が大きく違っていた。
全身からは暗殺者の様に何の気配も感じることができず、その顔は無表情でまるで人形のようだった。
いつもの弱弱しく頼りない感じと違い、冷徹で怖かった。
(ビラン・・・ あなたに一体何があったのですか・・・)
心配そうにレイチェルはビランを見つめる。
ビランの変貌ぶりにその身を案じているのだ。
逆にカルキオは興奮した。
大量の返り血を浴びてまるで虐殺を繰り広げたかのように佇んでいるビランの変貌振りに、『本物の天賦の才』への期待が高まったのだ。
ビランは二人のことを一瞥するとくるりと二人とは逆方向を向く。
レイチェルはそれを見て右手を前に差し出し何かを言いたそうに見つめる。
「ここの出入り口を敵に占拠されたので突破してきます。 危ないですのでレイチェル様はお下がりください。 ・・・カルキオ、姫様を頼む・・・」
ビランはそれだけ言い残してまた歩き出した。
「あ、おい・・・!」
カルキオが制止の言葉をかけようとするが、その言葉を聴くよりも早く姿を消した。
ビランはここからの脱出の最優先事項として隠し通路出口の確保のために全力で走り出した。
今は外の状況の説明よりもこの狭い通路から一刻も早く出なければならない。
(窓の無いここでは毒ガスを撒かれただけで全滅は必至・・・)
そんないやな考えが頭の中で過ぎったのだった。
細い一本道を最速で駆けていると出口の前の通路に出た。
見ると入り口には赤い甲冑の男が一人。
出口の外から中に視線を向けて槍を左手に持ち仁王立ちしていた。
(気配は三人分あった・・・ あとの二人はこちらの死角にいるのか・・・)
三人のうち二人が視認できる位置にいなかったため先ほどと違いビランは一度足を止めて様子を伺う。
槍を持った男はそんなビランを警戒することなく一歩踏み出す。
「この先にいるのは一人か?」
槍を持った男は荒々しい口調でビランに問うた。
「・・・」
その言葉にビランは沈黙で答える。
気配探知により死角に隠れている二人の位置を探っているのだ。
(気配を探れ・・・ 少なくともあと二人・・・ 出口の先で待機しているはずだ・・・)
男は無言のまま立ち尽くすビランを見てニタリと口元で笑うと左足を前に踏み出し両手で槍を構えて半身になる。
「おいおい、まさかビビッて声も出ないか?」
男は自分の腕前によほど自信があるのだろう。
自信に満ち満ちた声でそう告げた。
しかし、ビランはそのような声を一切気にせず探知を続ける。
(死角にいる相手の位置はわかった・・・ あとは体勢と武器、実力・・・ そして、新手の情報を徹底的に探る・・・)
いつしかビランは気配探知の精密さをあげるため、目を閉じていた。
その上、一歩ずつゆっくりと前に進んでいく。
その光景に男は(戦いを放棄したのか・・・ つまらんやつだ・・・)
と思いながらも手に力をこめて槍の切っ先に神経を集中する。
どんな雑魚相手にも手を抜くな。
それが戦場に生きるものの鉄則。
この鉄則を忠実に守るところからこの男の実力と経験の高さが伺える。
事実、生きることを放棄した人間が戦場では一番怖い。
死ぬことに恐れをなさないため、ありとあらゆる予想が通用せず、何をしてくるのかがわからないからだ。
一歩また一歩とビランはゆっくりと歩みを止めることなく進み続ける。
そして、ついに槍の間合いに入る。
間合いに入った瞬間、男は殺気を放ちビランの心臓に向けて槍を放つ。
ビュッ 風を切り裂きながら槍はビランの心臓に向けて一直線に進む。
しかし、その切っ先は何も捕らえることなく虚空をきった。
ビランは男の殺気を感じると目を開き右足を踏み込み半身の姿勢になりながら右肩を前に出し前進しながら槍の切っ先をかわしたのだ。
切っ先を交わしたビランはそのまま前進を続ける。
それを見て男は手に持った槍を腰から左に回転させることで横から叩きつける。
ビュッ ガゴン! 真横に振るわれた槍の風きり音のあとに壁に激突した音が重く響く。
槍を叩きつけられた壁には大きなひびが入り衝撃で破片が飛び、砂埃が舞う。
しかし、そこにビランの姿は無かった。
その姿を探そうとした瞬間。
男の左足に激痛が走る。
左足を見下ろすが砂埃でよく見えない
すると砂埃の中から白く輝く何かがきらめき・・・
次の瞬間、視界が真っ赤に染まり、槍使いの男は絶命した。
ビランはあらかじめ攻撃を察知して下に潜り込んでいたのだ。
そして、潜り込みながらも前進し剣の間合いに入った瞬間。
前方にあった槍使いの男の足を切りつけ、次にしたから上に上体を起こしながら剣を振り男の顔を一刀両断したのだ。
槍使いの男が倒されると出口の左右に分かれて潜んでいた敵兵が二人。
その男たちは目の前で仲間を殺されたことに驚きながらもビランに向けて手に持っていた剣を向けて立ち向かう。
ビランは気配探知であらかじめ二人の敵が左右に潜んでいたことを知っていたため槍使いの男の死体を使い片方の敵の死角に潜り込んだ。
ビランの体が仲間の死体の死角に入ったことにより右側にいた男の剣がわずかに動きを止めた。
死角に入ったビランを視覚に捕らえるために移動するためだ。
その一瞬の隙を突きビランは左側にいた男を切り伏せた。
急に視界に現れたのを咄嗟に切ろうとした男の対応は早かったが、すでに視界に入る前から相手の位置を把握していたビランはさらにその上を行く速度で剣を振り左側にいた男の首を飛ばした。
首が飛ぶと同時に大量の血液がまだ動き続ける心臓により送り出され、血柱があがる。
右側にいた男はその血柱に一瞬目を奪われる。
その隙にビランは後ろにあった槍使いの死体を背中で押し込み血柱に目が移った右側の男の方に倒した。
男は血柱からまた視界を下のほうに戻すとほぼ同時に死体が自分の方に倒れてきたことに気づく。
咄嗟に剣を右に振り反動をつけて死体に剣を叩きつけ左に退けようとする。
が、死体は重く不意のことだったので体勢と腕の振りが不十分だったためにうまく押し返せなかった。
そうして、体制が崩れ身動きできなくなった時を見定めてビランはその男の首をはねた。
首、顔に攻撃が集中しているのはそこに鎧が無いからだ。
槍使いの男の足を切ったときもビランは甲冑の隙間に剣を走らせていた。
長期戦に備えて余計な力を使わず剣を磨耗させないためだ。
出口の敵を倒し終えると隠し通路から人の走る足音が聞こえだした。
おそらくレイチェル様達だろうとビランが隠し通路を見ると案の定、カルキオを先頭にレイチェル様と護衛の騎士達がやってきた。
ビランはそれを見て安堵したような顔を見せる。
それを見てカルキオとレイチェルがビランの元へ駆け寄ろうとしたとき、ビランの顔が急に強張った。
「来るな!」
表情が強張るとほぼ同時に発せられたその言葉にカルキオはいち早く反応した。
出口から外に半分でかかった自分の体を押しとめ、後ろから来るレイチェルに体を覆いかぶさりながら後方の騎士たちに叫ぶ。
「危ない!下がれ!!」
バン! バン! バン! バン! バン!
その言葉とほぼ同時に銃声が鳴った。
銃声を聞き騎士たちの動きが止まり一、二歩下がる。
銃弾はビランと出口から出掛かっていたカルキオに向けて放たれたものだった。
幸い、カルキオはビランの叫び声にすばやく反応したおかげでかすり傷ひとつ負わなかった。
一方のビランは新手の気配はすでに感知していたのだが、まさか銃を持っているとは思わなかったため油断していた。
おまけに、カルキオたちの姿を見て一瞬油断してしまったのだった。
本来ならば、このミスは致命的であり、ビランは敵の銃弾により死亡していた。
しかし、ビランは敵の遠距離からの殺気に気づき、敵が遠距離武器を使ってくることを予測して銃弾をすべて叩き切った。
敵はこちらを向くことも無く銃弾をすべて叩き切るという離れ業を年端もいかぬ少年がいきなりやってのけたことに驚き動きが一瞬止まる。
(敵の数は五人。横一列の陣形で全員が拳銃を持っている。後方に新手の気配は無い。 なら、一気に距離をつめて倒すのが得策だ!)
その一瞬に状況判断を済ませたビランは新手の敵との距離を一気に縮めるべく走り出す。
走り出すビランを見て、新手の少数部隊の隊長格の男が声を上げる。
「怯むな!敵はたかが子供一人だ!撃て!!」
隊長格の男の激に反応して周りの兵たちも拳銃を構えて発砲を開始する。
バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!バン!
先ほどと違いそれぞれの兵が一発ずつ打って終わるのではなく、迫り来るビランの足が止まるまで何発も何発も打ち続ける兵達だったが、ビランは最小限の動きでその銃弾の雨をかいくぐり前へと進む。
避けることの困難な弾丸は剣で軌道を変え、当たらなくする。
そのため、ビランは一直線に敵へと突き進む。
敵はそんなビランの姿を見て焦りを見せる。
「足を狙え!! 動きを止めろ!」
隊長格の男があせりを振り払うかのように全員に激を放つ。
「は!」
隊長の激を受けより一層激しく打ち続ける隊員達だったが、ビランはそんなものをものともせず突き進み銃士達を剣の間合いに捕らえた。
シュバッ!!
ビランは剣の間合いに入るや否やもっとも近くにいた男の銃を構えている腕の手首を切り落とした。
切られた手は手首から先が宙を舞い血が噴水のように手首から舞い散る。
「ぎゃぁ!!」
腕を切られた男は悲鳴を上げながら残った手で手首を押さえ出血を止めようとするが、血の噴出す勢いは衰えることはなかった。
その姿を見て周りにいた兵たちが銃を捨て腰に下げていた剣に手をかける。
敵がそんな行動をしている合間にビランは腕を切り落とした男の左右にいた兵達、二人をきった。
一人は銃を捨てた瞬間に首を、もう一人は先ほどから檄を飛ばしていた体長格の男で剣に手をかけた瞬間に手首を切り落とした。
その動きは流れる水のように淀みなく風のように速かったため切られた兵達もその周りにいた兵たちも何が起こったのかわからないという様子だった。
「かひゅ・・・」
「ぐあああぁぁ!!!」
やがて首を切られた男の言葉にならない断末魔と腕を切られたことを激痛により悟った体長格の男の悲鳴が上がった。
「このクソが!!」「はぁぁ!!」
悲鳴を聞いて隊列の両端に立っていた二人がビランに向けて剣を振るう。
右から来る兵は突きで左から来る兵は上段から剣を振り落とす。
ちょうど二人の攻撃はビランの左右から挟撃する形になった。
ビランは体長格の男と先に手首を切った男の中間に立ち身をかがめると体長格の男の足を切りつけて体制を崩させ、左手で先に手首を切り落とした男の首を捕まえて締め上げる。
グサッ! ザシュッ!
すると、体制を崩した体長格の男は前方に倒れて左から来る男の突きが胸に突き刺ささり、首を締め上げられた男は右から来る男の剣に頭を二つに割られた。
胸を貫かれた男は絶命しその体を左側の男に預けるように倒れ込み。
頭を割られた男は全身から力が抜ける。
ビランは左の男が絶命すると同時に左手を離した。
左右からせめた二人は互いに仲間を攻撃してしまったことに驚き口を開いた。
ズバッ!!
男達が驚きを顔の前面に出したその瞬間だった。
頭を割られた男の死体が脳天から血と脳みそをぶちまけながら崩れ去る。
それとほぼ同時にビランの刃が死体の頭上を駆け左にいた男の首を切った。
刃は首の左半分を切り裂き、大量の血が男の首から飛び出した。
右側の男がその光景を見るのはもたれ掛かって来た体長格の男の死体をどけたすぐ後だった。
「う、うわぁあああ!!!」
その光景を見て男は死体から引き抜かれた血まみれの剣を振りかざしビランへと勢いよく振り下ろした。
その刃は空気を切り裂きビランの脳天に向けてまっすぐに振り下ろされた。
しかし、その刃がビランに届くことは無かった。
振り下ろされた剣は途中から宙を舞い、やがて建物の壁に当たり
カン・・・ カラララン・・・
と小さく音を立てて床に落ちた。
決して男は剣を手放したわけではなく、すっぽ抜けたわけでもない。
それどころか剣は両手でしっかりと握られていた。
ただ、その手は手首から後ろがなく。
また、男の振り下ろした両腕は手首から先が無かった。
男は振り下ろした手の先から血が噴出すのを見た後、ゆっくりと顔を上げビランを見た。
そこにはまるで感情の無い人形のような無表情な顔の少年が立っていた。
グサッ・・・
そして、男は痛みを感じる暇も無く、ただ目の前の少年との力量差に絶望し、あっけなく首を貫かれて絶命した。