襲撃
来客用の客室についたビランは扉を開けてレイチェルとその護衛の騎士達数人を迎え入れる。
客室といっても質素で、テーブルとイスが四脚あり、給湯室が隣接された小さな小部屋だ。
室内には護衛の騎士全員は入りきらず、何名かは部屋の外で待機することになった。
室内に入った騎士達はレイチェルの背後で警護をするものと給仕をするものとに分かれて二人の話を見守る。
ビランは椅子にさっきまで着ていたマントを被せて「汚いですがどうぞ」とレイチェルに席を用意し、レイチェルが席についいたことを確認してからその反対側の席に着く。
椅子に座ると居心地の悪さと椅子の意外な冷たさを気にしてそわそわと落ち着かない。そんなビランの様子を見てレイチェルは唐突に告げた。
「ララから聞いたのだけれど、ここの警備が終わったら軍をやめて出家するって本当?」
その言葉にビランはうつむきながらも目線だけはレイチェルの方に向けて答える。
「・・・はい。僕は軍に向いていないので・・・その方が家のためにもなるし・・・」
弱弱しく答えるが決して聞こえないような声ではなかった。
それは、その決断を否定されることを恐れてはいても決意ははっきり持っている証だ。
その言葉を聴きレイチェルは肩の力を抜き、残念そうに言い放つ。
「そうですか、我が国としては優秀な人材が失われるのは惜しいですが、あなたがもうそのつもりなら私たちにはどうすることも出来ませんね。」
その言葉を聴いて、苦笑いを浮かべるビラン。 周りにいる護衛の騎士達はレイチェルの「優秀な人材」の部分を聞いて鼻で笑う。皆、ビランが『落ちこぼれ』と呼ばれていることを知っているのだろう。
ビランは騎士達の表情を見て苦笑いをやめて顔を伏せてしまう。
が、すぐに顔をあげ立ち上がり窓の方を見て停止する。
その表情からは驚きが前面に出ている。
(窓の外・・・ 森の中に人の気配?! 10,20・・・ こんな大人数なら遭難ではないのは確かだ。なによりこの異質な気配は・・・ 人じゃない何かまでいる!)
急に立ち上がったビランの様子を見て周りにいた騎士たちが窓の外に注意を配るが彼らにはビランが何を見ているのか見当もつかない。
「マット。外に何かあるか?」
体調らしき女性騎士が部下に気配で外の様子を探るように命じる。
マットと呼ばれた男は目を瞑り外の様子を気配で探るが何も感じることはできない。
マットは首を横に振り、何も感知できないことを告げる。
ビランの動揺ぶりに騎士達の中には腰の剣に手をかける者が多くいたが、マットの言葉を信じて安堵したのか剣から手を離した。
それだけ、マットという男の気配察知能力が評価されていることだろう。
そのマットが感じ取れなかったためか、騎士達は混乱を表示させた張本人、ビランに不審な目を向ける。
だが、ビランの表情が一向に元に戻らないことをレイチェルだけは心配そうに見つめていた。
急遽立ち上がったビランの奇行に困惑するレイチェルと騎士達。
しかし、ビランの思考は止まらない。
ただ、今何が起こっているのかを正確に把握しようと、ただただ必死になって気配を探り思考する。
(なぜ、こんなに多くの人間が森の中に?! いや、それよりもこっち側にこんなにいるってことは、まさか・・・?!)
ビラン=ドルキスは周囲を警戒するようにあたりを見渡す。
もっとも客室の周囲は壁に囲まれており扉も閉まっているため外が見えるわけではない。
ただ、外の気配をより察知しやすいようにしているだけで、実際に周囲のものを見ているわけではない。
ただ、はたから見ている姫や騎士達には何をしているのかが理解できないでいた。
それも当然のことだった。
森に潜んでいる者達は明かりがついていることに気づくと気配をなるべく消すように勤めている上に、向こうから廃墟の中の様子が見えるギリギリの距離をとっているのだから、訓練された兵士でもそう簡単には見つけられはしない。
もし見つけられるとすれば、気配探知能力の高い暗殺者ぐらいのものだろう。
それも、その道の達人の域に達していでなければ見つけることは不可能に近い。
それを当然のようにやってのけるビランの実力は底知れなかったがそのことに気づく人間は近くに存在しなかった。
そして、周囲の気配探知の終了したビランは両手を机について顔を伏せてしまった。
その理由は簡単なことだった。
周囲がすでに取り囲まれているのだ。
それも、20人ほどの部隊が約10組に分かれて周囲に散らばっている。
数にして200人余り・・・・・・二部小隊と見て間違いない。
それに引き換えこっちは警備と給仕を合わせても30人余り・・・
今現在は姫と護衛の騎士たちが十数名ほどいるがそれでも50に満たない人数だ。
おまけに警備と給仕の30人でまともに戦えるのはおそらくカルキオただ一人・・・
200対実質十数名・・・
数的には圧倒的に不利な状況だ。
そんな中、レイチェル様を何とかして逃がさなければならない。
その思考にビランがようやくたどり着いた瞬間だった。
正門の方に隠れ潜む者達から殺気が放たれた。
その殺気に反応してビランは身をかがめて机の下に潜り込んだ。
それとまったく時を同じくして正門に砲撃が行われた。
ドゴォン!!
当然のごとく、姫のいる客室にも轟音は鳴り響いた。