来訪
現在より400年ほど前に大陸全土を教王 影信が平定。
これにより人暦の時代は終わりを向かえ、教王暦が始まったのだが、8年ほど前に第二十九代教王が死去。
その後の後継者争いで国は二つに内部分裂を起こし内戦状態に入る。
さらにその内戦時に一部の貴族が独立のために反乱を起こしたため、現王国への不満が爆発し反政府勢力が一斉蜂起。
これにより大陸は南北に二分化した「南部教国」と「北部教国」
さらに反乱勢力が立てた「アガルシア帝國」
反政府勢力によって作られた「サガルベル共和国」
上記の四カ国に分かれる形となり今現在はそれぞれの国が国の基盤を作成しながら、戦争の準備を進めている。
つまりは冷戦状態である。
冷戦に入って5年。
各国は戦争の準備を終え始めていた。
その戦争に備えてビッグウェル教国 通称「北部教国」では必要のない古びた施設の取り壊しを行っていた。
こういった施設は浮浪者が流れ着くほか、それに紛れ込んだ敵国の諜報員や暗殺部隊、強襲部隊の隠れ家に使われる恐れがあるからだ。
そして、その廃墟から物語は始まる。
そこは古き監獄 今はもう廃れてしまい使われることもなくなった場所。
そんな廃れた監獄に門番が二人。
一人は長身痩躯の黒髪に茶色い瞳の青年、もう一人は闇色の髪に紫色の瞳の少年だ。
「なんでこんなところの門番をせにゃならんかね~・・・」
ため息を混じりに言いながら門番をしている黒髪の青年は腰を下ろして便所すわりをし、闇色の髪の少年を上目遣いに見上げる。
「したかないよ。 取り壊しの決まったこの場所に最近あたりから流れ着いた浮浪者なんかが居ついてしまうんだから」
少年は苦笑いを浮かべ、闇が深まり光り輝く夜空を見上げる。
夏も近いからか、夜空には満天の星々が輝いている。
「だからってわざわざ門番を用意するは必要なくないか? 取り壊せば浮浪者どもはまた彷徨うんだからよ。 抵抗するなら瓦礫と一緒に潰しちまえばいい。」
男は少年を見上げながら反論する。
その言葉に対し少年は空を見上げたままつぶやいた。
「まぁ、そうかもしれないね・・・」
青年のいうことは非情で強引な方法だが、少年は空を見上げたまま肯定する。その瞳はどこか遠くを見つめている。
「おおい! 交代の時間だぞ~い。」
そんな話をしていると交代の時間になったらしく交代の門番がやってきた。
「おっと、やっと休憩かちょうど腹も減ってきたしな。」
男は立ち上がり体を大きく伸ばす。長いこと立っていたためか背骨がポキポキと音を立てている。
「そうだね。ぼ~っとしているだけなのに以外にお腹がすくものだね」
少年は相槌を打ちながらお腹をさする。すると、グゥ~・・・っと腹の音がなった。
「はっはっは!いいタイミングで腹も鳴ったことだし、食堂に行くか! 今日の晩飯は何かね~♪」
少年は顔を真っ赤にしながら伏せてしまう。
そんな少年を青年は笑いながら背中を押し、食堂へと向かう。
食堂に行く途中、不意に少年は青年に話しかける。
「そういえば、カルキオはどうしてこんな任務についたの?」
少年は青年にふとそんなことを聞く。
「ん? なんでだろうな~・・・ まじめじゃないからじゃないか?」
苦笑交じりに話すこの黒髪の青年はカルキオ=レイジェンド 階級は優兵。
優兵は小数部隊のリーダー格で10人まで下の階級の部下が持てる。
もっともこんな辺鄙な場所ではそんな階級は意味をなさない。
「そういう、ビランは?ドルキスの家の人間ならもっといい職場があるんじゃないのか?」
カルキオは何の気なしにそんなことを聞く。
ドルキス家の言葉辺りで少年、ビラン=ドルキスは食堂へと向かう足を止める。
それを見てカルキオは「・・・しまった」と思い、「ま、まぁ!人生遠回りも悪くないって!」と適当な励ましをいった。
「え、ああ。うん・・・ そうだね・・・」
ビランもまた適当な相槌を打ち、また歩き出した。
二人がお互いにもつ疑問は正直なところ正しかった。
この施設には警備として兵士や給仕として総勢30人余りがいるが、そのほとんどがもはや戦力にならない老人か負傷して実戦に出られない者ばかりだったのだ。
それに比べて二人は異様に若く、浮いた存在になっている。
いくばくかの沈黙の間にも足は進み食堂に到着すると、二人は話をやめて黙々と食事を始めた。
お互いに事情があるだろうとは思いつつも今まで聞かなかったことを聞いてしまい、バツが悪くなったのだ。
それはここに来て二人が初めて出会ってた者同士だから聞かなかったことであり、お互いに聞いてみたのはそこに少なからず友情が芽生えた証ともいえた。
食事が終わると二人は部屋に戻ろうと席を立つ、その時だった。
「お~い、坊主! お前さんに客だぞ!」
さっき交代した見張りの一人が食堂の入り口で声を上げる。
当然、坊主といえばここではビランしかそう呼ばれる存在はいなかった。ちなみにカルキオは「若いの」と呼ばれている。
「わかりました。今行きます。」
ビランはそう応えると少し不安げな顔をしながら玄関へと向かった。
それも見たカルキオはビランの肩に腕を回す。
「俺も一緒に行っていいか? お前の客ならお偉いさんだろ? 顔を売っておきたいからさ。」
カルキオはにっこりと笑いビランを励ました。ビランは「ありがとう」と言い頷き返す。
カルキオはビランの立場をよく理解してくれていた。
ビランにとってその申し出はうれしく、とても頼もしかった。
なぜなら、ビランへの面会に来るのはあまりいい人ではない。
その理由はビランの実家と立場に起因する。
ビランの実家は、武の名門と名高いドルキス家であり。その歴史は古く教王暦以前から存在している。
もっともドルキス家が有名になり栄えたのは教王 影信が大陸を平定した後である。
大陸が平定されて以降も各地での反乱や敵対は少なからず存在していた。
その反乱分子や敵対勢力を押さえ込んだのがドルキス家なのだ。
その功績を称えられ伯爵の地位を手に入れて以降、ドルキス家の当主達は将軍職を手放すことなく栄し続けていた。
教国がなくなった現在はビッグウェル教国の将軍職にあり、その子供たちも天才と称えられている。
が、ビランはその子供たちの中で唯一の「出来損ない」と呼ばれている。
そのため、多くのドルキス家を嫌うものたちの嫉妬や不満などをぶつける対象に選ばれることが多く。
事実、そういった者達の訪問はかなりの数に及んでいた。
ただ、表面上は叱責や励ましという形をとっているので、ビランに拒否権はなく。
家に迷惑をかけるわけにもいかないので、ビランにはそれから逃れる術はなかった。
きっと今回の訪問者もそういった類のものだろうと思いビランは少し憂鬱になる。
しかし、実際に外に出てみると違っていた。
そこには、馬車から騎士の手を借りながら降りてくる見目麗しき一人の少女がいた。
その少女は黄金の髪を揺らしながらゆっくりと馬車から降りてくる。
その姿はまるで地上に降り立つ天使のようで、彼女の容姿もそうだがその行動から仕草までもがとても美しく目を奪われるものだ。
二人はその黄金の髪の少女が馬車から降りるまでの一時、その姿に目を奪われ、我を忘れる。
そして、大地に降り立った天使のような少女の「ごきげんよう」の一言により二人は我に返った。
そんな黄金の髪の少女の顔には二人とも見覚えがあった。
「レイチェル様?!」
先に声を上げたのはビランの方だった。
それもそのはずだ。
彼女の名はレイチェル・マリアナ・ビッグウェル。ビッグウェル教国の第二王女にしてビランの姉である。ララベル=ドルキスの幼馴染なのだから。
「お久しぶりですね。ビラン。」
顔に満面の笑みを浮かべてそう応える彼女はとても美しかった。
「今日は、ララのお願いであなたの顔を見てきて欲しいと言われていたので伺いました。 ララがとても心配していましたよ。最近は手紙も来なくて寂しいと・・・」
レイチェルはビランの前に立ちその手をとりながらそう述べた。
「すみません。 その・・・ いろいろありまして・・・」
ビランはレイチェルから顔をそらしながら応える。
そんなビランの顔を見てレイチェルは不安げな顔をする。
ビランの顔には悲壮感が漂っているからだ。
そんなビランに言葉をかけようとレイチェルが口を開こうとしたところを後ろに控えていた騎士がその言葉を遮る。
「姫様、ここは少し冷えます。話は中に入ってからにしましょう。積もる話もあるでしょうし。私も少し所用がありますので・・・」
騎士の言う通り、もうすぐ夏とはいえ夜も遅い時間帯なので夜風は冷たい。
騎士は隣にいたカルキオに目を向け睨みつけるように見つめる。
カルキオはその視線から目を逸らしてビランを見る。ビランも視線に気づき小さくうなずく、ビランからの返事を受けてきびすを返しついて来いと騎士に合図を送る。
騎士はさらに後ろにいた数人の護衛の騎士に姫のことを任せるとカルキオのあとを追った。
ビランとレイチェルはそれを見送った後、「いきましょうか」とビランはレイチェルとお供の騎士を引き連れて中に入っていった。