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僕たちの正義へようこそ  作者: 末広 有夏
30/31

せめて2文字にしてよ

 昨日から何回か、青山から電話がかかってきている。活動に関することなら他のメンバーから連絡があるだろうし、今回は絶対に出るものかと思っていたが、繰り返しかかってくるので仕方無く出てみる。

『もしもし、遥?』

「……こんにちは」

『明後日、僕と遥ともう一人で遊びに行かない?この間のお詫びもしたいし、今度は明るいうちに、人目のある場所で』

「はあ……」

面子めんつを見て、嫌だったら帰ってもらっても構わないから。』

「はあ……」

『じゃあ、明後日の朝10時にマンションのロビーで待ってるから。気にし過ぎないで欲しいんだけど、出来たら動きやすい格好で来てね。あと、手袋を忘れずに』

「はあ……あの、」

まだ行くとは言っていないが、一方的に電話を切られてしまった。

 気が進まないが、翌々日、言われた通りの格好でロビーへ。青山本人はいつも通りシャツにジャケットを着ているが、手袋は防寒用のものらしい。青山の隣に立っているのは……紅野だ。

「おはよう、遥。浅葉なら安心でしょ?」

紅野が凄い形相で青山を睨み付けている。

「はい、怖いくらい……」

「良かった。じゃあ、行こうか。」

 青山に連れられて、町の外れにある「ローリング1」という施設へ。スポーツ施設とゲームセンターが合体したような所だ。

「嗣彦さん、こういう所来るんですね……」

「浅葉に合わせたんだよ。僕が戦いを挑む訳だから、僕に有利な所だとフェアじゃないでしょ?」

「神谷は景品じゃねぇだろ」

「さて……バドミントンのコートが空いているみたいだね。」

「無視かよ」

「遥、バドミントンはどう?苦手だったら他のスポーツにするけど」

「この野郎……」

「あの、嗣彦さん?」

「バドミントン、やったことある?」

「体育の授業で少しだけやったくらいですけど……」

「じゃあ、僕が教えてあげるよ」

紅野の背後に黒い炎が見える……。

「浅葉も側にいるんだから良いでしょ?行こう、遥」

あやうく青山に手を取られるところだったが、紅野が自然に間に入ってくれた。

 バドミントンのコートに着き、青山が道具を借りてきた。

「まずは軽く打ってみようか。行くよ、遥」

青山がジャケットを脱いでコートに立ち、紅野に睨まれながらシャトルを打ち合う。5分もするとラリーが続くようになったが、体力が落ちているのかすぐに息が上がってしまった。

「遥、大丈夫?」

「すみません、少し休憩しても良いですか?」

「勿論だよ。……浅葉、久しぶりにどう?」

「望むところだ。ゲス山殿には負けたことが無いからな」

「じゃあ、今日が初めての勝利になるね」

「毎回言ってんな。ま、かかって来いよ」

 2人がコートに立つと、空気が一変した。

 青山のサーブからゲームが始まり、打つ度にシャトルの速度が上がっていく。カンフー映画かと思うような打ち合いになり、最早シャトルが見えないくらいだ。

 ゲームは1点取ったら取り返す白熱の展開になり、いつの間にかギャラリーが集まっている。人が人を呼び、コートから離れた所に追いやられて試合の後半は遠くから観戦する羽目になった。

 結局僅差で紅野が勝利し、盛大な歓声と共に試合は終了した。

 ぐったりしている2人に、冷たい飲み物を買ってくる。

「……ありがとう……遥……」

「ああ……サンキューな、神谷……」

 2人の汗が引いたところで、次のアトラクションへ。今度は冬季限定オープンのスケートリンクだ。

「遥、スケートはしたことある?」

「いえ、リンクを見るのも初めてです」

手袋はこの為に必要だったようだ。何とか靴を履いてリンクに降りてみるが、案の定立つこともままならない。

「掴まって。」

青山が両手を差し出してきた。……横から黒い炎が迫ってきている。

「浅葉の足元の氷、溶けちゃうんじゃないかな」

「俺が得意じゃねぇの知ってて来たんだろうが。神谷に怪我させたら承知しねぇぞ」

「分かってるよ。浅葉もリンクに穴を開けないように注意してね」

つい、声を出して笑ってしまった。

「お二人って、何か……思ったより仲良さそうですね。」

「あぁ?俺がゲス山殿と仲良い訳ねぇだろ」

「僕も嫉妬に狂うガサツ野郎と友達になった覚えは無いね」

やっぱり、仲は良さそうだ。恐る恐る手を伸ばすと、青山が急に私を引っ張り、抱きつくような格好になってしまった。慌てて離れようとしてバランスが崩れ、紅野に抱き止められた。

「クソ山、テメー今言ったことも守れねぇのか」

「今のは事故だよ。それに、浅葉もおいしい思い出来たじゃない。」

「毎回助けてやれるとは限らねぇし、テメーはたった今『怪我させないように努力する』っつってただろうが。神谷は玩具じゃねぇんだよ」

「僕が遥『で』遊んでる?とんでもない、僕は遥『と』遊んでるんだよ」

「くだらない論理ゲームに付き合ってる暇は無ぇ。神谷、仕方無ぇから俺の手に掴まれよ」

 練習していくうちに、何とか一人でまっすぐ滑れるようになった。

「遥、上手くなったじゃない。今度は一緒に滑ろうよ」

「はあ……」

青山と少し距離を開けて並ぶと、紅野がまた自然に間に入ってくれた。

「もうしないよ。」

「信用出来るかよ」

「それもそうだね。……滑りながら考えていたんだけど、僕は浅葉にお礼を言わなくちゃいけないよ」

「何だ急に」

「だって、浅葉がいなければ僕はこうして遥『と』遊ぶことが出来なかったからさ。玩具じゃないよね、確かに」

「あぁ?そりゃどういう」

「そろそろお昼にしようか。」

「おい、ちょっと待て……ったく、今度はナゾ山かよ」

 フードコートは家族連れやグループデートの団体で込み合っていたが、運良く3人分の席が空いていた。

「僕が適当に見繕って来るので良い?」

「はい、お願いします」

「うん。浅葉、僕一人じゃ持ちきれないから一緒に行こう」

「仕方無ぇな……神谷、席頼む」

 15分ほど経って、青山と紅野が両手に一杯の食べ物を持って戻ってきた。内容は、ごく普通のお好み焼きやたこ焼きなど軽めのメニューに、甘いものもある。

「本当、浅葉って良く食べるよね。」

「キザ山殿みたいにお洒落な体してねぇからな。」

「ねぇ、お洒落な体って何?」

「神谷、こんなもんで良いか?」

「無視しないでよ」

「アイスもあったんだが、混んでて行けなくてさ。欲しかったら空いてる時を見計らって行ってみても良いけど」

「ちょっと浅葉、」

「アイスならテメーで行けよ。さ、食べるか。いただきまーす」

「もう。あ、遥これ美味しいよ」

青山が指したのはごく普通のお好み焼きだ。

「キザ山殿にも下々の食べ物の味が分かるんだな」

「一緒にファミリーレストランにも行ったでしょ。はい遥、あーん」

「あっ、テメー何してやがる」

「何って、あーんだよ。ほら遥、口開けて?」

「あの……流石に人前では、」

「大丈夫だよ。家族連れやカップルばかりだし、僕たちのことなんか誰も見てないから」

「俺が見てんだろうがゲス山」

「はい、あーん」

「無視すんなよ。つーか神谷が困ってるだろ」

「嫌だなぁ、それが可愛いからやってるんじゃない。」

「ったく、とことんクズだな」

「Sっぽいとはよく言われるけど、クズとは違わない?」

「Sっつーのは本来、Mの気持ちを察してMがして欲しいことを……って何言わせるんだよ」

「浅葉が勝手に解説し出しただけじゃない。それに、Sでもクズでも良いけど、僕は遥の可愛い所を引き出してあげたいだけだよ。浅葉も可愛いと思うでしょ?」

「なっ……う、うるせぇな。そんなことしなくたって十分可愛いだろ」

「浅葉こそ、遥を困らせてるじゃない。真っ赤になって、遥ったら本当に可愛いんだから……あ、それとも浅葉はこれを狙って言ったのかな?」

「うるせぇな食事に集中しろよ!」

「食事中にしか出来ないことをしてるんだから良いじゃない。さあ遥、あーん」

「やめろっつってんだろ!」

もう、恥ずかしさと笑いで食事どころではなくなってしまった。

「僕たち、そんなに面白いかな?進んでないみたいだけど」

「えっ?あ、すみません。食べてます」

「ま、楽しんでるんなら良いけどな。……神谷、口に付いてるぞ」

「えっ、何処ですか?」

「フフ、取ってあげる」

青山がティッシュで私の口許を拭ってくれた。

「すみません……」

紅野の煮えたぎるような視線が痛い。

「そんな顔するくらいなら、自分でやれば良いじゃない。」

「まだ微妙な時期だからな。神谷を困らせるようなことはしねぇよ」

「ふぅん、やっぱり僕には分からないな。男女の関係なんて、恋愛が始まっていない、始まっている、終わっているのどれかだと思うけど。ちなみに今は僕が遥を好きだから『始まっている』ね」

「人間関係をそんな風に区別出来る奴とは永久に分かり合えねぇな」

「まあ、僕には微妙な時期が分からないのと一緒だよね。」

 食休みを充分取って、ゲームセンターのフロアに行ってみる。ここにはあまり人がいないみたいで、エアホッケーのゲームの前には誰もいない。エアホッケーの台は古いもののようで、至る所に傷やへこみがある。

「遥、興味ある?」

「いえ、私は見てるだけで」

「……浅葉、」

「やるか、クソ山」

2人の視線がぶつかり合い、火花を散らしている。打ち合いは凄まじく、ゲームも一進一退の攻防だ。

「危ない!」

青山の打ったパックが紅野の手に当たり、勢いで外に飛び出した。パックは壁や他のゲーム台に当り、あらぬ方向に飛んでいく。……嫌な音だ。

「青山殿、今ヤバそうな音がしなかったか?」

「うん……ちょっと見て来ようか」

音がした方に行ってみると、クレーンゲームの下にパックが落ちている。幸い、ガラスは割れていないようだ。

「危ねぇ……」

「……別のゲームにしようか」

その後はアーケードゲームやクレーンゲームをメインにプレイした。私も幾つかやってみたが、やはりあまり向いていないようで、大した成績は残せなかった。それより、青山がゲームをしていることに驚きを隠せない。

「遥、僕のことどんな人だと思ってたの?」

「えっ?」

「『青山嗣彦がゲームするなんて驚きだ』って顔に書いてあるよ」

「……すみません」

「別に、怒ってる訳じゃないから。ただ、ひとつひとつ誤解を解けたら良いなとは思ってる」

「前にも言われましたよね。」

「うん。僕、見た目や言動で誤解を与えがちだから」

「大体はわざわざ与えるように行動してんだろうが。」

紅野が青山の頭をコツンと叩いた。

「自分を良く見せようと思うのは自然なことでしょ?」

「さらっと何言ってんだコイツ……ま、どんなキザ山殿でも腹ん中には欲望が渦巻いてるってことだな。神谷はもう分かってると思うが、コイツは聖人君子じゃねぇし、自分の欲望には一途な野郎なんだ」

「……浅葉が僕のフォローをするなんて珍しいね」

「あぁ?フォローなんかしてねぇよ。キザ山殿も人間だってことを言っただけだ」

「フフ、やっぱりフォローしてくれてるじゃない。優しいんだから」

「悪かったな。次行くぞ」

 卓球の台が空いていたので行ってみる。少しだけ青山に教えてもらったが、何回打っても距離感が掴めず台の外に出てしまうので紅野に場所を譲る。

「今度こそ勝つよ、浅葉」

「やってみろよキザ山」

 予想通りと言うべきか、ゲームは壮絶な打ち合いに発展した。激しすぎて目が回る。

「あの人たち、元プロとかなんですか?」

隣で見ていた中年の男性に話しかけられた。気づけばまたギャラリーが集まってきている。

「いえ、違うと思いますけど……」

「そうですか。勿体無いなぁ」

 手に汗握る展開が続き、一時は青山がリードしていたが、試合終盤には紅野が底力を見せた。試合はついに紅野のマッチポイントだ。

「これで終わりだなキザ山殿」

「まだ分からないよ?」

回転がかかった紅野のサーブに青山が見事に対応し、その後はスマッシュ合戦になった。周りからはどよめきと拍手が起こっている。……ついに青山が力尽きた。

「ハハ、よっしゃあ!」

「……、」

拍手は最高潮に達し、2人はやっとこの状況に気がづいたようだ。

「……浅葉、少し休憩にしようか」

「ああ」

 自動販売機の前に行き、冷たい飲み物を買ってベンチに座る。

「ったく……キザ山殿がいちいち前髪掻き上げるせいで目立っちまっただろ。美形なんだから加減しろよ」

「浅葉こそ、本気出し過ぎなんだよ。キザ山相手なんだから手加減しても良かったのに」

「キザ山殿が美形のくせに意外と食らいついてきたからつい本気になっちまっただけだ。スポーツしながら美形振り撒けるなんて恐れ入る」

「スポーツは格好つけるより一生懸命やる方が良く見えるんだよ。」

「テメーのこと『良く見える』とか流石キザ山殿だな」

橙乃と「油虫」「潔癖」と言い合っていた時と違って、青山の言葉は熱を持っていて気楽に聞ける。

「ほら、また遥に笑われるじゃない。」

「キザ山殿のくせにクソ真面目に卓球なんかするからだろ」

「今のは卓球選手に失礼だよ。」

我慢出来なくなって、大声で笑ってしまった。

「何か……今日、来て良かったです」

青山が柔らかく笑う。本当に、黙って立っていれば綺麗な人だ。

「あ、遥が僕にときめいてくれたみたい」

「笑い過ぎて赤くなってるだけだろ自意識過剰山」

「せめて2文字にしてよ。」

もう涙が出るくらい笑っているのに、また笑ってしまう。

「神谷、大丈夫か?」

「ハハハ、すみません、つい……苦しい、」

「ま、楽しそうで良かったよ」

「そうだね。……ねぇ、遥」

急に青山がシリアスな雰囲気になった。

「この間は、本当にごめん。あんな風にして……反省してるよ」

「……えっと、」

「今すぐ許してくれなんて言わない。けど、これから少しずつ僕を分かってもらって、誤解やこの間みたいなことが無くなっていったらって思ってるんだ。さっき浅葉に『玩具じゃねぇ』って言われてやっと気づいた。僕の女性に対する愛し方は多分これからも変わらないけど、遥に対する接し方は遥に合わせなくちゃいけないよね。だから……今度こそ、僕にチャンスをくださうわっ」

紅野が青山にヘッドロックをかけている。

「神谷、こういうクズに騙されんじゃねぇぞ。本気のクズほど謝るときは真面目に謝るんだからな」

「真面目に謝って何が悪いのさ。遥、僕は真剣に謝罪をし痛たたた」

もう、笑いと涙が止まらない。

「もう……良いです。嗣彦さん、私、今度は『許します』なんて言いませんから、許しよりもっと……信頼出来るような関係を築けたら良いですね。」

「……遥、嬉し痛たたた、痛いってば浅葉!」

「うるせぇなクソ山!次に神谷泣かせたらこんなんじゃ済まさねぇからな!」

「分かったから離してよ!」

 ひとしきり笑って呼吸を整えていると、青山の電話が鳴った。

「ちょっとごめんね。……はい、うん……本当に?うん、……分かった。……遥、『Tracker dogs』の黒木さんから正式に会談の申し入れがあったみたい。来週の土曜日、場所は『あい』っていう料亭で、こちらはルドベキア全員と遥、向こうは黒木さんと『Tracker dogs』の幹部3人、遥を退団処分にした宮下さんの5人で来るみたい」

「何考えてんだか……大丈夫だよな、神谷」

「はい。皆さんと一緒なら、絶対に解決出来ると思います。」

「うん。じゃあ、この会談は受けることにするよ。来週の土曜日、決着をつけよう」


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