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僕たちの正義へようこそ  作者: 末広 有夏
27/31

もう誰も知らない

 ここ数日はまた寒い日が続いていたが、今日は比較的暖かい。カーテンを開けて穏やかな日差しに微睡んで(まどろんで)いると、インターホンが鳴った。

「はい」

「隣のサクラさんです」

ドアを開けると、相変わらず派手な格好をした二ノ宮が立っていた。

「今大丈夫?」

「はい。……ご用件は、」

「実はアタシ、最近遊び過ぎて活動全然出来て無いんだよねー。パトロール、今から行けない?」

「分かりました。すぐに用意しますね」

いつも通り動きやすい服にウエストポーチ、念のためコートも持って出る。

「えっ、遥いつもそんな格好なの?もうちょっとお洒落すれば良いじゃん!」

「今から、パトロールなんですよね……」

「うん、そうだよ?……ま、いっか。寒くなる前に済ませちゃおうね。」

 町に出ると、二ノ宮は西螟蛉駅の方に進んでいく。こっちは商店街方面だ。

「あっ、」

「サクラさん、何かありましたか?」

「あの服可愛くない?」

二ノ宮が指す方には、たっぷりレースがあしらわれた服が並ぶ服屋がある。二ノ宮はエンブレムのカメラを止めると、服屋の方に歩いていく。

「サクラさん?」

「ほら、遥もカメラ止めてこっち来なよ」

「今、パトロール中ですよ」

「だからカメラ止めるの。ほら、早く早く」

「いえ、私は……」

「えーっ……じゃあちょっと待ってて。すぐ戻るから」

この通りは日が当たらないし、立っていると風の寒さが身にしみる。コートを持ってきて良かった。

「お待たせー。また買っちゃった」

結局30分くらい待たされた。その後も二ノ宮は服屋や靴屋、菓子屋の前で立ち止まってはカメラを止める。荷物が増えると歩くのが遅くなるし、遅くなるとお店に目が行って立ち止まる回数が増える。終いには私にも荷物を持たせ、二ノ宮は随分「パトロール」を楽しんでいるようだ。

「遥って買い物とかしないの?」

「あまりしないですね。服のこともよく分かりませんし」

「興味無いなんてことないよね?女の子は可愛くしなきゃ!なんだったら、サクラさんが教えてあげる!」

「正直な話、お金が……」

無い訳ではないが、マンションの購買では大概の服が注文出来る。それも「シャツ」みたいなシンプルなものではなく、「襟にビジューが付いたブラウス」とか、「総レースのフレアスカート」とか。勿論世の中の服が全て手に入るということは無いけど、頼めば外部から取り寄せてくれることもあるみたいだし、実はオーダーメイドらしき服を注文している人も見たことがある。

「まさか購買のダサい服で十分とか言わないよね?バイトは?」

「以前はしてましたけど、今は自警団を一生懸命やりたいので」

急に二ノ宮の表情が変わった。まるで今まで見たこと無い生き物を見るような、完全に理解の範疇はんちゅうを超えていると言わんばかりの顔だ。

「……っていうか、遥って誰推し?」

「推し……?」

「ちょっと、とぼけても駄目なんだから。ちなみにアタシは最初瑞希君推しだったんだけど、最近嗣彦様にシフトしたの。」

「嗣彦『様』……」

「そ。嗣彦様っていろんな女の人と一緒にいるところを見るけど、それがまた王子様っぽくて良いのよねー。始めに聞いた正義の話もすっごく分かりやすくて、尊敬しちゃうなー。で、遥は誰推し?」

「いえ、私は……」

「当ててあげる。遥は、そうだな……白瀬さんとか?あ、でも逆に浅葉さんっぽいかなー」

「……そろそろ商店街が終わりますね」

「本当だ。今日も平和でよろしい!じゃ、帰りますか」

 マンションに戻ると、青山が購買の女性と話をしていた。購買の女性はいつもはロボットみたいなのに、今は生き生きとしていて楽しそうだ。

「あっ、嗣彦様だ。様って呼ぶと怒られるのよねー。遥も行こ?」

二ノ宮に腕を引っ張られる。

「すみません、私は」

「何で?折角嗣彦様と話すチャンスじゃん。」

今、青山が笑った気がする……。何とか逃げ口上を探していると、脇田が突然目の前に現れた。

「遥ちゃん、この間の活動報告のことでちょっと話したいなー」

「分かりました。すみません、サクラさん」

「ううん、じゃあまたね。嗣彦さーん……」

 急いで脇田の元に駆け寄る。

「ありがとうございます、助かりました」

「全然良いよーってゆーかサクラちゃん声でかっ。すぐに離れるとバレちゃうからちょっとお話ししよ。そうだなぁ……遥ちゃん、天国ってどんな所だと思う?どうやって行くかとかは別にして、今ここに天国が現れます!って言われたらどんな世界が現れるかな?」

「天国……考えたこと無かったですけど、貧しさや戦争が無くて、皆が平等に笑顔で暮らせる所でしょうか」

「ふーん、なるほど。実は僕ね、天国を考えることは自分がどういう人間なのか考えることだと思うんだよー。」

「天国って言うと宗教色が強いように思いますけど、それ以外にも影響を受けるってことですか?」

「そ。だって天国っていうのは言ってみれば、その人が考える理想郷な訳でしょ?だったら、天国がどんな所かイコール自分が理想とする世界はどんな所か、更に言えばイコール自分が持っている一番強い欲求は何か、だよねぇ。」

「自分が望むものがそのまま反映されるんですね。」

「そーゆーこと。遥ちゃんは飲み会で嗣彦様に説法された時にも似たようなこと言ってたし、『平等』っていう結構ブレない信念があるのかもねー。」

「和泉さんの天国はどんな場所なんですか?普通に『快楽主義』っていう言葉だけ聞くと、贅沢で満たされた所を想像してしまいますけど」

「酒池肉林的な?うーん、それも良いけど、物質的にはまあまあ満たされてれば良いかなー。それより、自分の愛する人たちに囲まれて、飢えや戦争が無い世界で楽しく暮らしたいと思う。隣に愛する恋人がいて、周りに愛する友達がいて、その周りに愛するその他大勢の人たちがいて。」

「その他大勢……」

「ま、その他大勢にもいろいろあるけどねー。全然知らない人よりは近所の美味しい中華料理店の店員さんの方が近くだし、生理的に無理な奴は遠〜〜〜〜くにいてもらうし」

 いつの間にか、購買から青山と二ノ宮の姿が消えていた。購買の女性はまたロボットみたいな笑顔に戻っている。

「いなくなったみたいだねー。良かった良かった」

そういえば、今なら紅野と白瀬のことを訊けるだろうか。でも、脇田に訊いて良いものなのか……。

「そーゆー時は?」

「……『話してみれば良いんだよ』」

「さんきゅー」

コールアンドレスポンス……。

「最近心労が溜まる感じだもんねー。浅葉のお陰でメロドラマは回避出来てるけど」

元はといえば、なんて言いそうになって、慌てて口を押さえる。

「ま、僕のせいだけどね。責めても良いよ」

「責めはしませんけど、不可解っていうか……私には理解出来なくて」

「浅葉は放っておいても勝手に告白したり他に好きな人作ったり出来るけどさぁ、白瀬はあんなに渇望してるくせに、自分からは何にも出来ないからねー。これだけ手伝ってやっとイーブンか浅葉がやや優勢じゃない?」

「あの、私が言うことじゃないですけど……これじゃまるで、お二人を戦わせてるみたいな」

「だって僕、どっちとも友達なんだもーん。」

「……そうですよね、すみません」

これ以上何か訊いても空気を悪くするだけのような気がする。何か適当な用事を見つけて帰った方が良さそうだ。

「……僕ね、」

脇田が急に近づいて来た。慌てて体を引いたが、脇田はお構いなしに迫ってくる。とうとう壁際に追い込まれ、逃げ場が無くなってしまった。

「こんなこと言うの自分勝手だって分かってるけどさぁ、やっぱり辛いから言っちゃうね。これが最後のお願い……だと思う」

「はい?」

「僕も……僕、遥ちゃんが好き」

「…………えっ?」

「遥ちゃんも、浅葉も白瀬も悪くない。自分の気持ちを冗談でしか言えなかった僕が悪い。青山君はいつものことだけど、その後浅葉がああなって、白瀬も僕が知ってる中では初めて自分の気持ちに向き合おうとしてる。けど僕は……僕は、遥ちゃんを一目見た時からずっと……」

冷たい風がロビーのドアや窓にぶつかり、ガタガタと音を立てている。

「浅葉は色魔なんて言ってたけど、僕だって誰でも良い訳じゃない。一度に一人にしか言わないんだ。諦めが早すぎるだけで……。こんな僕のこと、遥ちゃんも好きにはならないんだろうね。それで良いんだよ、きっと」

手の甲にぽつ、と何かが落ちた。脇田との距離が近過ぎて、何なのかは確かめられない。

「僕エピキュリアンだからさ、信じられないのもよく分かる。僕ね、こういう僕から逃げる為に、愛のグループ分けをやめたんだ。これが自己愛か遥ちゃんへの純粋な愛かは僕自身にも分からない。快楽を求めているだけかも知れない。けど最近の僕ったら、遥ちゃんのことで頭がいっぱいなんだ。浅葉にも白瀬にも幸せになって欲しいのに、僕も遥ちゃんの心が欲しくて欲しくて堪らない」

「和泉さん、」

「青山君が言ってることなんて、結局綺麗事なんだよ。皆自分が一番になるのが良いに決まってる。どんなに他人の為を思ったところで、僕みたいな人間は欲望に逆らえないんだ。だから、」

その時、脇田の携帯が鳴った。着信音はすぐにやんだが、脇田は私から離れて行った。

「……遥ちゃん、今のは忘れてくれて良いから。あれだよ、冗談だよ、じょーだん。」

見ている方が辛くなるような笑みを浮かべて、脇田は顔を隠すように前髪を直した。

「僕の気持ちはまだ誰も知らない……そして、もう誰も知らない。言ったでしょ?僕は浅葉にも白瀬にも幸せになって欲しい。僕みたいな欲の塊なんかより、浅葉や白瀬の方がずっと」

「どうしてですか、」

つい怒鳴るような声が出てしまった。けど、そんなの間違ってる。

「私が言うの、おかしいって分かってますけど……けど、和泉さんが和泉さんだからって一歩引くなんて、間違ってます」

「遥ちゃん……」

「和泉さん、ご自分でおっしゃってたじゃないですか。飢えて苦しくて仕方がなくて、そんな時に満たしてあげられるのがエピキュリアンだって。私、和泉さんがただ欲望の奴隷になっているだけの人なんて思ってません。和泉さんだって……和泉さんだから誰かを愛する権利が無いなんて、そんなのおかしいです!」

「……遥ちゃんさぁ、時々凄い(自 粛)みたいな発言するよね」

「……はい?」

「けどさぁ、」

脇田に痛いほど抱き締められる。また脇田の携帯が鳴っているが、脇田は私を離さなかった。

「嬉しいよ、遥ちゃん。どうしよう、また好きになるじゃない……」

深い溜め息の後、脇田は突然私の耳たぶに噛みついてきた。びっくりして脇田を突き飛ばすと、脇田は魔女みたいな妖しい笑顔を見せた。

「流石に耳を噛まれるのは初めてだよね?」

「はい、まだ……はい?」

自分で言うのもどうかと思うけど、「まだ」って何だ。

「遥ちゃんの初めて、ひとつもーらい」

脇田は今度は悪戯っ子みたいに笑い、それから急に真剣な顔に戻った。

「ありがとう、遥ちゃん。僕、これからのこと……僕のこと、少し真剣に考えてみるよ。答えを出すのは簡単じゃないだろうけど、遥ちゃんが僕たちの為に傷つくことだけは絶対にさせないから。だから……待っててくれるかな」

「勿論です。」

「良かった。……じゃあね」

脇田が去っていって、購買の女性と目が合った。……「ガンバレ!」とガッツポーズをされた気がするけど、何を返したら良いんだろうか。


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