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僕たちの正義へようこそ  作者: 末広 有夏
26/31

また行きなよ

 昨日の夕方の活動にはコートが必要だったが、今朝は寒さが落ち着いて、秋らしい暖かな陽気になっている。久し振りに窓を開けて部屋の空気を入れ替えていると、脇田から電話がかかってきた。

『もしもし遥ちゃん?あのさ、今からお使い頼めないかな。購買に置いてないものなんだ』

「はい、大丈夫です」

『和紙なんだけど、大きくて特殊なやつで紙屋さんにしか無いんだよねぇ。』

「分かりました。紙屋さんって、」

『取りあえずロビーに来てくれる?お代渡すよ。あ、折角のお出かけだからぁ、目一杯お洒落してきてね。』

「……お急ぎでは、」

『今日中に手に入れば良いよ。それより可愛くなって来てねー』

「あの、そ……」

一方的に電話を切られた。よく分からないが、身だしなみを整えてロビーへ。脇田の姿があるが、隣には白瀬がいる。近づくとまた、ほのかな良い香りがしている。今日も華やかなフローラル系だ。

「おはよー遥ちゃん、急にごめんねー」

「いえ。おはようございます、白瀬さん」

「おはよう、神谷」

「今白瀬には言ったんだけど、2人で紙屋さんに行って和紙を買ってきて欲しいんだ。1人じゃ大きくて持てないと思うから2人で行ってねー」

「和泉、それはどういう主旨の」

「お代は余分に渡すから少し遊んで来たら良いよー。じゃあねー」

「説明しろ和泉」

脇田は不敵な笑みを浮かべて封筒を白瀬に押し付け、風のように去っていってしまった。封筒を開けてみると、紙代にしてはあまりに大きい額の紙幣と「遠足のしおり」と書いた紙が入っていた。

「和泉に『1人や3人以上で行こうとしたり、しおりに逆らう行動をした場合九分殺し(くぶごろし)にする』と言われた。全く、意味が分からない」

九分殺しにするとは、半殺しより重いということだろうか。90%も殺されたら殆ど死んでいる気がするが。

「……紅野に電話をしてみる。出なければ部屋に行ってみよう」

白瀬が溜め息をつきながら電話をかけている。

「おはよう、紅野。朝早くにすまないな。……ああ、実は……何だ、聞いているのか。……ああ、そうだ。」

少し離れていても、紅野が電話の向こうで大笑いしているのが聞こえてくる。

「笑い事ではない。……いや、……微妙な時期とは……ああ、……だからそれはどのような……切れているのか。全く……神谷、紅野は既に和泉に話を聞いて了承しているらしい。すまないが、今日はその『遠足のしおり』通りに行動しようと思う。朝の活動の延長だと思ってついてきてくれ」

「分かりました。」

 しおりの指示通り、西螟蛉駅から電車に乗る。

「……困ったな」

「どうしました?」

「しおりに『白真由しらまゆ駅で下車、DoDoジョイランドで遊ぶ』と書いてあるんだ。正直、ああいう遊園地やテーマパークの類いは面白いと思ったことが無い」

「分かります。遊園地には数えるほどしか行ったこと無いですけど、いつも荷物持ちになっちゃいますね。」

「……実は、白真由駅の1つ手前、蚕谷かいこだに駅のすぐ側に小さな美術館があるんだ。今は小規模ながら、世界の宝石を集めた特別展をやっている」

「へぇ、素敵ですね。DoDoジョイランドより面白そうです」

「では蚕谷で一度降りて、和泉に電話してみよう」

 蚕谷に着き、白瀬が脇田に電話をかける。

「もしもし、……ああ、今蚕谷だ。……いや、……ああ、それでしおりに書いてあるDoDoジョイランド……いや、実は俺も神谷もそのような所が得意ではなくて……ああ、だからそれをやめて蚕谷美術館に行きたいんだ。……それはどういう……ああ、分かった。じゃあな。……和泉に確認したが、蚕谷美術館で問題無いそうだ。全く、何がしたいんだろうか……とにかく、蚕谷美術館に行こう」

 蚕谷美術館は小さいながら趣のある赤煉瓦の建物で、周りに植えられた植物の緑が色鮮やかだ。建物の中も絵本に出てくるお城のようで、つい立ち止まって眺めてしまう。

「気に入ってくれたようで良かった。ここは昔ある裕福な商人が建てたらしく、本来は住居だったものを改築し、部屋毎にテーマを決めた展示をしている。」

「素敵ですね。よく来るんですか?」

「ああ、暇を見つけては来てしまう。まずは通常展示から見ていこう」

 通常展示はよく知らない芸術家の絵画や彫刻が多かったが、建物の雰囲気に合った作品ばかりで楽しめた。次は特別展の会場だ。

「……凄い」

特別展の会場は小さな部屋だったが、所狭しと宝石やアクセサリーが置いてある。中でも、部屋の中央に飾ってある宝石が散り嵌められた短剣は、いつまでも見ていたくなるような魅力的な輝きを放っている。

「これは世界一の何かではないし、歴史のターニングポイントに登場したなどというものではないが、そのようなことだけが物の価値を決める訳ではないと改めて感じさせられるな。」

「そうですね。ここの展示は全部にそういうメッセージが込められている気がします」

 ゆっくり特別展を楽しんで、お昼になった。

「しおりではDoDoジョイランド内で昼食になっているが、ここで昼食で良いんだろうか。」

「和泉さんは何ておっしゃってたんですか?」

「『白瀬が思う通りに楽しみなよー』と言っていた。しおりの通りに行動しなければ九分殺しにすると言っておきながら……まあ、昼食はここの隣のレストランにしよう」

 隣のレストランもお洒落な建物で、静かで落ち着いた雰囲気だ。メニューは洋食中心で、写真に写る食器が綺麗で見とれてしまう。

「お勧めとかありますか?」

「俺はいつもクリームコロッケを頼む。乳製品はあまり好まないが、ここのクリームコロッケは絶品だ」

「じゃあ、私もクリームコロッケにします。……白瀬さん、結構乳製品召し上がってる気がしますけど」

「実は、乳製品の味が嫌いな訳ではないんだ。乳製品を食べると、食後顔回りに香りがまとわりついている気がしてな。歯を磨いたり顔を洗ったりしてみたが、どうしても駄目だった。ここのクリームコロッケは不思議なことにあまりそれが無いので気に入っている」

「ガーリックとかならありますけど、乳製品ですか……」

「ああ。肉類やネギ、生姜を好んで食べないのも同じ理由だ」

「だから食べない訳ではないって曖昧な言い方だったんですね。」

 クリームコロッケが運ばれた。メニューの写真と同じく美しい模様の食器に盛られているが、それでいて気を使うほど繊細な感じではない。

「いただきます」

コロッケを割ってみると、中からバターの香りが溢れだしてきた。口に入れるとサクサクの衣に包まれたクリームが口一杯に広がる。

「とっても美味しいです!」

「良かった。食べ物を人に勧めるのはかなり緊張するんだが、安心した。」

「ダックワーズをいただいた時も似たようなことをおっしゃってましたけど、私は今まで白瀬さんが味音痴だと思ったこと、ありませんよ。購買の味が落ちた時もすぐ気づいていらっしゃいましたし、私より敏感なのかなーって羨ましくなります」

白瀬の顔が赤くなっている。また「誉められ慣れていないだけだ」と言われるんだろうか。

「すまない。誉められ慣れ……いや、ありがとう、神谷。」

「えっ、……あ、すみません。どういたしまして」

「今朝、和泉に誉められた時の対応について注意されたんだ。誉められた時、遠慮や謙遜をするのも大切だが、嬉しいなら素直に嬉しいと相手に伝えることも必要だと言われた。創作物ではあれだけ読んで知っていたのに、自分では気がつかないものだな」

 食事が終わり、しおりで次の行動を確認する。

「しおりでは、午後もDoDoジョイランドでイベントを見ることになっていますね。」

「それなんだが、昼食の間に和泉からメールが来ていたようだ。『午後は1時間程度蚕谷〜白真由駅周辺で自由行動』だそうだ」

「自由行動……!」

普段雑談を殆どしない白瀬が「自由行動」をすると、どんな風になるんだろうか。正直今は、図書館や本屋に連れて行かれて難しい本を勧められるんじゃないかと心配だ。

「その反応を見越してなのか、『雑貨屋や香水のお店でショッピングとかすれば?』と補足がしてある。」

読まれていた……。取りあえず「すみません」と頭を下げる。

「そういえば白瀬さん、いつも近くに寄ると良い香りがしますよね。お部屋にお邪魔した時にも微かに香って素敵だなーって思いました。」

「いや、まあ……ありがとう。香水は好きで時々付けるんだ。人混みでは鼻がやられることもあるが、付けておくと随分良い」

「お部屋にも香りって付けられるんですね。」

「あれは直接部屋に撒くのではなく、コットンやティッシュペーパーに香水を染み込ませたものを置いておくんだ。最近は芳香剤も便利になったが、なかなか気に入る香りのものが見つからなくてな。」

「肌に付けるだけじゃないんですね。」

「香水は以外と用途が多い。他にも同じようにしたものを財布に入れたり、材質によって向き不向きはあるがハンカチや扇子、団扇、カーテンなどに振りかけて香りを楽しむ方法もある。食事をする時や冠婚葬祭の時に強い香りは好ましくないが、それ以外なら派手にならないお洒落として楽しめる」

「へぇ……私もやってみたいな」

「ではこの後、香水店に行ってみよう。……しかし、こういうことになるなら今日は付けなければ良かったな」

 蚕谷から白真由方面に少し歩いた所に香水店があったので、入ってみる。

「今まで、芳香剤やバスグッズ等で気に入った香りはあったか?」

「そうですね……フルーツ系よりはフローラルの方が好きでした。グリーン系は相性が悪くて、香りがしてる筈なのによく分かりません」

「では、フローラル系から見てみよう。無難にバラの香りから試してみるか」

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

店員が近づいてきた。化粧も髪型も派手だけど、話し方や声のトーンが柔らかく話しやすそうだ。

「こちらの女性に合うものを探しています。フローラル系が好みのようですが」

「お客様、今までお使いのものはございますか?」

「いえ、初めてで……」

「でしたらまず、沢山の種類をお試しください。『この系統は苦手だなー』と思っていても、以外と合うものが見つかったりするんですよ。」

店員が用意してくれたテスターを幾つか嗅いでみるが、段々香りが分からなくなってきた。

「お客様、こちらをどうぞ。」

「……コーヒー豆ですか?」

「はい。人間の嗅覚はずっと使っていると疲れたり麻痺してしまうことがあるので、鼻をリセットするためにこうした全く違う香りのするものをご用意しております。」

確かに、コーヒー豆を嗅ぐとまた香りが分かるようになった。コーヒー豆を使いながらテスターを試していると、一つだけ驚くほど良い香りのものが見つかった。

「良いものがあったようだな。」

「こちらは比較的お求め易いものだと思います。パッケージと瓶をお持ちしますね。」

店員が持ってきたのはアクアブルーの綺麗な瓶で、小さな白い羽根の飾りがついている。

「可愛い……」

「気に入ったようだな。では、これを一つください」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

「あっ……けど、」

今はあまり手持ちが多くない。「お求め易い」とはいえ、一つ4000円くらいするものだ。

「これは和泉の奢りだからな。気にしなくて良い」

今のは冗談だったんだろうか。白瀬は柔らかく笑うと、レジに向かった。

 会計を終えて店を出ると、丁度1時間くらい経っていた。

「先程和泉からまたメールで指示があった。この後は喫茶店で休憩、店を出たら目的の紙屋に行って帰宅だそうだ」

 蚕谷方面に戻り、大通りを少し外れた所にある小さな喫茶店へ。私は「ミルキーウェイの恋路ホットココア」、白瀬は「異邦人の瞳(紅茶) ブランデーの香りを添えて」というメニューを注文した。

「変わったメニューだな」

「そうですね。白瀬さん、普段お酒は呑まれるんですか?」

「多少は呑むが、あまり強い方ではない。酒のフレーバーがついた菓子は好んで食べるな。特に、ブランデーやラム酒、コニャックなど洋酒のフレーバーが好きだ。乳製品と違って、香りが残っても不快感はあまり感じない」

 飲み物が運ばれてきた。ココアの甘い香りとブランデーの香り、店内に漂うコーヒーの香りが絶妙に混ざりあって、幸せな気分になる。

「和泉からメールだ。『折角だから恋愛の話でもしなよ』……何だこれは」

変な間があってから白瀬と顔を見合わせてしまい、恥ずかしくて顔を背ける。……老夫婦と目が合って、会釈をすると笑顔で会釈を返してくれた。

「……『恋愛の話』と言われても、俺は殆ど経験が無いからな。」

「私もです。……『殆ど』って、」

「僅かな期間だが、和泉や紅野に連れられていわゆる『女遊び』めいたことをしていたんだ。まあ、俺は3人以上で喋るのも難儀な性格だし、そういうものは性に合わなくてすぐにやめてしまったが」

「ああ……ですよね。でも、素敵な声ですし……そんなに遠慮されること、ないと思いますけど……」

先細りの声はココアの香りに混ざって消え、また変な間があってから白瀬と顔を見合わせてしまった。恥ずかしくて顔を背けると老夫婦と目が合って、会釈をすると笑顔で会釈を返してくれた。もう、横を向くのは止そう……。

 暫く黙って飲み物を飲んだが、不思議と間を埋めなければならないという焦燥感は無く、穏やかに時間が過ぎた。

「和泉からメールだ。『そろそろ話も尽きたと思いますが、ここで思いきってお互いタイプの異性を発表しちゃいましょう』……安っぽい深夜番組か女性向け雑誌みたいだな」

「和泉さん、超能力とかあるんですかね……」

「ああ、和泉は第六感がよく働くらしい。霊感は無いと言っていたが、和泉が『危ない!』と叫んだ先で事故が起きたり、突然『来週の水曜日は休むから』と言われて当日部屋に行ったら40度近い熱を出して倒れていたり、かなり特異なエピソードがあるようだ」

「へぇ……和泉さんって、」

「和泉からメールだ。『そろそろ話題がずれてきたと思いますが』……まさかあいつ、どこかから見ているのか」

「えっ?」

辺りを見回すが、脇田らしき人影は見当たらない。

「……どうしましょう」

「参ったな。……タイプの異性と言われても、この間和泉に殆どばらされてしまったからな。何せ無趣味な人間だから、数少ない楽しみである哲学や読書を一緒に出来たら、と話したことがあるんだ」

「でも、そういうのって素敵ですよね。自分の大好きな本を一緒に紐解いて、お互いの考え方を確かめたり……」

白瀬の顔が熟れた桃のような色になっている。

「大丈夫ですか?」

「あっ……ああ。問題無い。……かっ、神谷は、その……理想の男性像とか、持っているんだろうか」

「いえ、まだ明確なビジョンは持ってないんです。嗣彦さんや紅野さんにも行きたい所とか訊かれるんですけど……うまく答えられなくて」

「俺が言うのもなんだが、今すぐに無理して考える必要は無いんじゃないだろうか。腹が減っていない時に『次の食事で食べたいものは何か』と訊かれても答えられないからな。必要だと思った時に求めれば良いし、目の前に出されて『どうぞ』と言われたなら食べられれば食べる、今は無理なら『すみません』と言う。『すみません』と言った人間に無理に食べさせるのは、人としてどうかと思う……いや、これでは青山を非難しているようだな。あいつはあいつのやり方でやれば良いが、俺はああいうやり方は理解し難い。紅野が『俺たちのペースで』と言っていたが、それが自然な形だと思う」

「あの……紅野さんって結構オープンなんですね」

「……ああ、いや、確かにあいつはオープンな方だが、別に神谷と何をしたか話していた訳ではない。酒の席で青山に神谷とのことを訊かれて、出来るだけ抽象的に答えた結果らしい。」

安心したと同時に、青山の行動力に寒気がする。

「……大丈夫か」

「えっ?あ、はい。大丈夫です」

「まあ、口出しする気は無いが……青山も完全に悪気があってやっている訳ではないと思うんだ。ただ、考え方ややり方が独特過ぎるのを理解していないんだろうな。青山も俺の話なら少しは聞くだろうし、何か困ったことがあればいつでも、遠慮無く言ってくれ。」

「ありがとうございます。」

 喫茶店を出て、しおり通りに紙屋に向かう。脇田はメールで『取り置きをしてもらっている』と言っていたので、店員にそれを伝える。

「和泉様ですね。少々お待ちください」

2分ほど経って、店員が3人かがりで大量の紙を持ってきた。

「お代は事前に頂戴しておりますので、このままお持ち帰りください」

「えっ……あ、はい」

 両手に一杯の紙を抱えて電車に乗る。空いているとはいえ、少々申し訳無い。

「和泉さん、こんなに沢山何に使うんでしょうか……」

「和泉は時々、和紙で服を作るらしい。」

「紙で服をですか?」

「ああ。和泉曰く、『チュールレースが使えるなら和紙も問題無く使える』そうだ。実際和泉がスカートに和紙を付けたものを着ていたが、普通に町に着て出るくらいなら問題無さそうだった」

「へぇ……意外です」

「昨年は、平安装束の『狩衣かりぎぬ』のようなものを仕立てていたな。流石に何度も着られるものではなかったらしいが」

 マンションに着き、脇田をロビーに呼ぶ。

「お疲れー。そうそう、これだよ。ありがとう」

「和泉、どういうことなんだ。紙の支払いは終わっていると」

「じゃあ僕はこれでー。本当にありがとうねー」

「和泉、」

脇田は紙を受け取ると、白瀬が止めるのも聞かずに帰ってしまった。

「何なんだ、あいつ……。神谷、今日は……ありがとう。」

「こちらこそ。楽しかったです」

「そうか。俺も楽しかった。……じゃあな」

その時、白瀬の携帯がメールの着信を知らせた。

「和泉からだ。……いや、これはもう良いだろう」

「何て書いてあったんですか?」

白瀬が暫く迷ってから、私に携帯を見せる。


 『また行きなよ』


 「……紅野のこともあるし、俺うわっ!」

白瀬が一瞬視界から消えた。消えた方を見ると、紅野が白瀬と肩を組んで笑っている。

「何だよ白っさん、水臭ぇな」

「紅野っ、」

「俺だってまだ微妙な時期なんだから、白っさんが神谷と出掛けるのだって全然大丈夫っス」

「しかし、」

「白っさんだって性欲持つ権利くらいあるっしょ。ゲス山と違って白っさん優しいしな。」

「いや、そ」

「良いから白っさんがしたいようにしてくれよ。神谷も、遠慮せずに微妙な時期を楽しめ。良いな」

「……えっと、」

「じゃあ白っさん、今から呑み行こうぜ」

「なっ、……まだ夕方」

「じゃあな神谷。ほら行くぞ白っさん」

「っ、じゃあな神谷」

「はい、お疲れ様でした……」

 部屋に戻り、教えてもらった通りコットンに香水を染み込ませて部屋に置いてみる。

『遥チャン、良い香りだね』

「流星、香りとか分かるの?」

『この部屋のことはお任せなのです。お出かけは楽しかったですか?』

「うん、とっても……。」

『何かあったのです?』

「ううん、ただ嗣彦さんとのことがあったから、今日の紅野さんや和泉さんの行動がちょっと不思議だったって言うか……」

『遥チャン、この間僕は信頼が凶器になり得るという話をしましたが、だからって信頼を怖がる必要はないのです。その人はきっと遥チャンを信頼しているし、遥チャンに信頼してもらいたいのです。遥チャン、その人が「信頼して」と言っているなら信じてみても良いと思うのです。大丈夫、遥チャンはもう無闇に人を傷つけることはないのです』

「けど……」

『遥チャン、一人で解決出来ないことは人に頼るのです。誰かに訊いてみると良いのです』

「そうだね。今度ゆっくり和泉さんと話してみるよ」

 淡い香りに包まれながら、今日の出来事を思い出してみる。

「……楽しかったなぁ」

また行ければ良いのに、と頭に浮かんできて、慌てて掻き消す。私の先細りの思考は、香水の香りに混ざって消えていった。


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