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僕たちの正義へようこそ  作者: 末広 有夏
23/31

自分の生活に戻りましょうねー

 翌朝、目が覚めると流星がこちらを見つめていた。

「おはよう、流星。大丈夫だった?」

『ご心配おかけしました。昨日は遥チャンのせいじゃなく、映像効果の使い過ぎで処理能力が低下していたようなのです』

「そっか。良かった」

 朝食の支度をしていると、インターホンが鳴った。

「はい」

「紅野だ。朝早く悪い」

「おはようございます。ど……」

急に突き飛ばされて、その後は何が起きたのか分からない。気がつくと部屋の奥まで来ていて、すぐ前に紅野の顔があった。

「紅野さ……」

抵抗する間もなく唇が合わさる。微かにお酒と煙草の匂いがして、口に甘苦さが残っている。

「……紅野さん?」

「俺だって、嫉妬くらいするよ」

逆光になって顔は見えなかったけど、その声は重く、暗い響きを含んでいた。

「すみません、私……、」

私が泣くなんて身勝手過ぎるのに、涙が溢れてきて抑えられない。

「……いや、こういうのは狡いな」

紅野は急に立ち上がり、「邪魔した」とだけ言って出ていってしまった。暫くぼーっと座っていたが、流星の『遥チャン?』という声で我に返る。

『遥チャン、大丈夫?』

「…………あ、卵が焦げてるね」

火を止めなければいけないと分かっているのに体が動かない。何とか立ち上がって火を消すが、安心した途端にその場に座って動けなくなってしまった。

『遥チャン、僕は現実逃避と後悔の必要性について考えているのです』

「何、突然……現実逃避と後悔?」

『辛いことがあった時、どうしても「前を向かなきゃ」と考えがちなのです。けど、僕はそうでない可能性を考えているのです。』

「けど……後悔なんて、」

『これから言うのは僕の偏った見解なので、あくまで機械が勝手に考えた1つの説として聞いて欲しいのです。遥チャン、僕はこれから現実逃避、後悔、前を向く、乗り越えるという言葉について考えるのです。現実逃避はある事象を忘れて現実から目を背けること、後悔はある事象を忘れずに現実から目を背けること、前を向くのはある事象を忘れて現実に目を向けること、乗り越えるのはある事象を忘れずに現実に目を向けることなのです。これらは悲しいことが起きた時、段階を踏んで進んで行く心を表す言葉なのです。あくまで僕が自分の考えを言葉にする為の定義なので、元の意味は辞書など引いて欲しいのです』

返事をする気力も、メモを取りに行く元気も無い。

『僕が目にする限りでは、人はどうしても初めから前を向くことや乗り越えることに集中するのです。確かにそれは大切だし、最終的にはそのどちらかにならなければならないと思うのです』

そういえば、さっきから機械が「思う」とか「考える」とか、ちょっと面白い。

『けど、僕は現実逃避や後悔の必要性について考えるのです。すぐに前を向かなければならないと言うことは、すぐに前を向けない人を世界から置いていってしまうことなのです』

「……それって、現実逃避や後悔をしている人が勝手に置いていかれてるんじゃないの?」

『そうとも言えますが、それは同時に現実逃避や後悔をする人は置いていっても良いと考えているということなのです』

「まあ、そう言えなくもない……のかな」

『僕はこのことに対して違和感を感じたのです。そして現実逃避と後悔の必要性について考えるのです』

「でも、それじゃ……生きていけないよ」

『あくまで一時的な手段としてなのです。最終的にはさっきも言ったように、前を向くか乗り越えるかにならなければならないのです』

「そんなの、いつ来るか分からないじゃない」

『そんなことはないのです。現実逃避の段階では、人は無理に忘れようとしてもがき、忘れようとする心が現実すら否定してしまうのです。そしてどうしても忘れられないと気づいた時、次の後悔に進むのです。後悔は苦しいのです。けど、ここで十分後悔しなければ自然に忘れるなんてとても出来ないのです。ここで目一杯後悔して自然に忘れてくれば、次の前を向くことに移行するのです。やっと悲しみから開放されて、現実に目を向けて生活が出来るのです。そして、悲しみを伴わずにそれを思い出せるようになる、あるいは悲しみを思い出しても生活を維持出来るようになれば乗り越えたことになるのです』

「現実逃避の時に無理矢理忘れちゃったら?後悔を飛ばすの?」

『それでも良いのです。けど、何か悲しいことが起きた時、それを無理に忘れようとするのは辛いものなのです。そして、忘れようとするほどそれは心に染み付いて取れないのです。忘れる方法はただひとつ、自然に忘れるのを待つことなのです』

確かに筋は通っているかも知れないが、今は考えたり反論したりする余裕は無い。

『遥チャン、今何も考えられないのは多分、遥チャンの心が現実逃避を欲しているからなのです。綺麗事を言うようだけど、遥チャン、休みを取れるなら休むのです。そして、何も考えずに出来る掃除や洗濯をすると良いのです。遥チャンならきっと大丈夫、いつか必ず乗り越えられると僕は信じているのです』

 何とか朝食を済ませ、言われた通り洗濯でもしようと洗面所に行くが、こんな時に限って洗剤が切れている。仕方が無いので購買へ行ってみると、青山が誰かと言い争っているようだ。

「もう僕、青山君の指示は受けないよ」

相手は橙乃のようだ。異変を聞きつけてなのか、ロビーに人が集まってきている。

「これが自警団である以上、僕たちの父親の仕事は関係無い。僕は僕の正義を貫くから」

「立場をわきまえなよ、油虫。お前が一人で何か出来るとは思えない」

「潔癖クズ野郎に言われたくないよ。そんなに遊んでたら自分で広報は出来ないでしょ?」

一触即発とはこのことだろうか。2人とも内容に反して喋り方は冷静なのが余計に怖い。見ていると、誰かが2人の間に飛び込んだ。

「はいはい、そこまでー」

「邪魔しないでよ、和泉君」

「そういう訳にはいかないねぇ。はい、皆さんは自分の生活に戻りましょうねー。あ、遥ちゃんこっち来て来てー。皆で僕の部屋にれっつごー」

 青山と一緒に行動するのは気が進まないが、私も今回の喧嘩の発端を見ているんだから仕方が無い。言われた通り脇田の部屋に来たが、青山と橙乃はまだ睨み合っている。

「あの……何か、すみません……」

「ううん、『遥ちゃんが切っ掛けである』ことと『遥ちゃんが悪い』こととは全然違うからねー。遥ちゃんには証人になってもらいたいだけだよー」

「証人は必要無いよ。青山君が何を言ったかは昨日エンブレムのカメラで全部撮ってたから」

「そーゆー使い方もどうかって思うけど、僕も見たよー。そうじゃなくて、今から2人が『らぶあんどぴーす』を約束する証人ね。」

「放っておいてよ、和泉。僕たちは喧嘩している訳じゃない。今後について話し合いをしていたんだ」

「周りに人が集まるくらいには喧嘩モードだったじゃん?そーれーにー、例え今そうだったとしても、これからことあるごとに『油虫』『潔癖』って言い合うのって不毛よねー。」

「……別に、お互いが平等に相手を馬鹿にしてるんだから良いんじゃないかな。青山君とは今後一緒に活動しなければ良いし」

「全く、人間が人間を人間という檻に閉じ込めて、何してるんだろうねぇ。」

「和泉、分かるように言ってよ」

「お互いに『お前にはこれしか出来ないだろう』って言い合って、可能性を潰しあってるってこと。確かにお互いを馬鹿にしあう関係もあるけどさぁ、そんな姿を見た団員はどう思うかな?」

「……つまり、少なくとも人前では青山君と仲良さそうにしろってこと?」

「そ。『なるべく多くの人が、どの神を信じていても同じ場所にいられて、笑いあえる』が青山君のモットーだし、瑞希君もそういう世の中にしたいと思ったからついてきたんでしょ?自分たちで説得力削りあってどーすんのさ。」

「……、」

「……、」

「仲直り……っていうか、仲良くなるのは無理だとしても、『Our Justice』の正義を社会に成す為に出来ることはしようよ。ね?」

「……ごめん、青山君。青山君の思想を全部は理解出来ないけど、これからも『Our Justice』の為に協力させて欲しい」

「こちらこそ。橙乃の言うことを全部は理解出来ないけど、橙乃は『Our Justice』に必要な人材だ。油虫は言い過ぎたよ」

「はい、『らぶあんどぴーす』ね。じゃ、2人とも帰って良し」

 青山と橙乃は握手をした後、別々に部屋を出ていった。

「和泉さん、凄いですね。私じゃ近づくことも出来なかったです」

「ううん、全然。僕たちよくこうなるんだよねー。」

「いつか訊こうと思ってたんですけど、『らぶあんどぴーす』って詳しくはどういうことですか?」

録音機を出すと、脇田は無言で頷いてくれた。

「そのままの意味だよー。お互いに愛を持って臨んで、違いが見つかっても戦争しない世界ね」

「違いが見つかっても戦争しないって、難しそうですね。」

「うーん、そうかもねぇ。けどさぁ、人間、全員に平等にっていうのは難しいじゃん?どう頑張っても絶っっっっ対生理的に無理な奴っているし、博愛主義者でもない限り好き嫌いは発生しちゃうよねー。人間が2人いれば絶対違う所がある訳で、だからこそ『お前は俺とここが違う!』って非難しあうより、『違うと思ってたけどここは一緒じゃん』ってお互いの認められるところを見つけ合う関係の方が平和よねー。」

「それが愛ってことですか?」

「そ。好きな人に対する愛も大切だけど、相手がどんな人間であっても最低限持つべき愛ってあるよねー。」

「それって、博愛主義とは違うんでしょうか?」

「博愛主義者は全ての人間に平等だけど、僕のは愛すべき人への愛とそうじゃない人への愛の質が違うからねぇ。……これはオフレコにして欲しいんだけどさぁ、」

脇田に促されて、録音機のスイッチを切る。

「青山君、お兄ちゃんがいることで随分苦労したみたいでね、『僕の人生は副社長止まり』ってお酒呑む度に愚痴ってたんだー。自警団をやるってなった時『警視総監になれるかも知れないぞ』ってお父さんにおだてられて、お父さんの真意はどうあれ『初めて一番を期待された』ってすっごい喜んでた。僕は友達としてそれを応援したいって心から思ったし、その為に出来ることなら何だってしようと思うんだー。青山君の夢には橙乃が必要だし、あるいは青山君自身を曲げてあげる必要があるんだったらぁ、僕は喜んで引き受けるよー。」

青山の活動への意欲は分かったが、橙乃が言う通りプライベートは最悪だ。そんなに自警団に一生懸命なら、どうしてあんな風に出来るんだろうか。

「『そんなこと言われても』かなー?」

「えっ?あっ、えっと……」

「……青山君ね、さっき浅葉に、昨日遥ちゃんと……何があったか話しててさ。立ち聞きする気は無かったけど、多分青山君、わざと僕にも聞こえるように話したんだ。浅葉の心をへし折って、僕に青山君が有利だって証言させる為にね。青山君自身は分かってないけど……いや、知ってるのかな。青山君には、人を傷つけるとか、良心の呵責とか、そういうことが分からないんだと思う。意味を理解してないんじゃなく、感覚的に持ってないんだ。何て言うか……人間関係のセンスが無い?」

シリアスな話の筈なのに、つい笑ってしまう。

「そう、それで良いんだよ。あんな奴笑うしかないよね。……浅葉は遥ちゃんが悪くないって分かってる。だから遥ちゃん、浅葉のこと、嫌いにならないであげて。」

「嫌いになんて……けど、どうしたら良いんでしょうか。」

「こーゆーのは時間が解決してくれるんだよー。大丈夫、浅葉の精神力は悟りを装備して昔の500倍くらいになってるんだから」

不覚にも、また吹き出してしまった。

「時期が来たら……ってゆーか、浅葉が立ち直ったら?またしれっとデートに誘ったりすると思うからさぁ、自然に、今まで通りに接してやってよー。」

「はい。」

意外と言うと失礼なんだろうけど、こんなに暖かい発言をすると思わなかった。これで、すぐに女性を捕って食おうとしなければ……そういえば、今日はそういうことは言われていない。

「見直した?じゃ、僕に襲われないうちに帰りなよ」

 追い出されるように部屋を出て自分の部屋に戻り、今聞いた内容をメモにまとめ直してみる。

『遥チャン、さっきより顔色が良いみたいなのです』

「私も和泉さんみたいになりたいなぁ。優しくて、毅然としてて、はっきり言ってるのに人を傷つけなくて。」

『遥チャンには遥チャンの良さがあるのです。良い所は真似すれば良いけど、遥チャンも誰かに真似される人になれるのです』

「ありがとう。……あ、洗剤忘れた」


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