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僕たちの正義へようこそ  作者: 末広 有夏
19/31

初回限定版だな

 それから数日は、白瀬と一緒に電車に乗ったり、橙乃について町を回ったりした。意外にも、橙乃は私の名前を覚えてくれていた。恐らく今後は優秀な警備員として町をパトロールする回数が増えるんだろう。

 お盆の時期に入り、今日は紅野と約束していた日だ。ロビーに行くと、紅野が団扇をばたつかせながら待っていた。

「あっちーなー。よう、神谷」

「こんにちは、紅野さん。」

「しかし、本当に寺で良いのかよ」

「はい。パンクバンドのCDみたいなお寺って、見てみたいので。」

「まあ、墓参りがてら顔出してみるか」

 寺は電車で30分程のところだった。駅前のアーケードを抜けて暫く歩くと、眩い光を放つ門が見えた。

「こりゃあ、初回限定版だな」

寺に入ると、庭に掃き掃除をしている僧侶が数人。殆どが地味な薄緑の服だが、1人だけ真っ黒な着物に赤と金を基調とした派手な袈裟を着けている。

「おっ、斎道さいどう!」

紅野の声に、派手な袈裟をした僧侶が振り返った。

「やあ浅葉君、久し振りだね。」

「おう。元気してたか?」

「お陰さまで。今日は彼女と一緒?」

「ばっ……違ぇよ。お前が金ピカにした寺を見たいっつーから連れてきた。尚道しょうどうさんの墓にも寄らせてもらうぜ」

「ありがとう。尚道さん、きっと喜ぶよ。あ、お供え物は持って帰ってね」

「あいよ」

 墓に行く前に、本堂で仏様を拝む。中も金が至るところに散りばめられていて、荘厳で別世界に来たみたいな感覚だ。

「まあ、悪いとは思わねぇけどな。これはこれで斎道が思う極楽を表してるんだろうし、こういう方が拝みやすいって人もいるだろうからさ。ただ、俺はここを母校の一つみたいに思ってて、前とはあまりにも違ってるからちょっと複雑なんだよな。」

 墓に続く道には、「お供え物は持ち帰ってください」「護美ごみは所定の場所に捨ててください」と書いた看板が3枚あった。墓の前に着くと、紅野は墓石に水をかけて軽く拭き掃除をし、お供え物を置いて線香に火を点けた。

「俺は偉い坊さんの墓はもっとでっけぇやつだと思ってたが、坊さんらしいよ。まあ、神谷も拝んでやってくれ」

私も線香を立て、合掌した。遠くの車の音と蝉の声がいつもより大きく感じられる。

「さて、貰ってくぜ、坊さん」

 寺を出て、紅野に勧められて近くのベンチに座った。ちょうど建物の陰になっていて、隣の店の扉が開く度クーラーのひんやりした空気が流れてくる。紅野は近くの自動販売機で冷たいお茶を買ってきてくれて、お供え物のお菓子を開けると1つ私にくれた。

「坊さんの好きだった菓子だ。まあ、供養だと思って貰ってくれ」

包装紙を開けると、一口大の餅のような菓子が入っていた。

「牛肥っつー餅みてぇなやつに梅の風味の白餡が入ってる。食ってみろよ」

口に入れると梅の風味が広がり、後からとろけるようなほんのりとした甘さが感じられた。とはいえ甘さはかなり控えめで、飲み込んでからも少々粉っぽさが残る。

「あの……こちらに来る切っ掛けって、」

「ああ、たまたまこの辺を歩いてて、その日もクソ暑かったんだ。んで、通りかかった寺の表に『冷たいお茶と和菓子があります』って貼り紙がしてあって、まあ世の中には坊さんが飯屋とかやってるのもあるし、そんなもんだろうと思って入ったんだ。そしたら、確かに茶と和菓子は出てきたんだが、坊さんがずーっと俺にへばりついて話しかけて来てさ。変な坊さんで、仏がどうの、経がどうのって話は全然しなくて、終いには『仏を信じてもらおうと思って話している訳ではありません』とか言うんだ。で、1時間もしたらファンになってた」

「話の内容はどういうものだったんですか?」

「『人を笑わせるにはどうしたら良いか』」

「えっ、」

「どうしたら良いと思う?」

「……面白いことを言うとか、一緒に楽しいことをするとか……くすぐるとか」

「俺もそんな風に言った。で、坊さんはそんな俺の話を馬鹿にせずに長ぇこと聞いてから、答えを教えてくれた」

「何だったんですか?」

「『無理に笑わせないこと』だとさ」

穏やかに笑って見せた紅野の顔に、長い髪が影を落としている。

「坊さんが言うには、別に人が楽しいっつってるから自分も楽しいと思わなくても良いんだと。人間、無理に笑ってるとさ、面白いかどうかじゃなく人が笑ってるかどうかで判断するようになって、そのうち本当に面白いかどうかなんて分かんなくなっちまう。俺はその日から、人に合わせて笑うのをやめたんだ。はじめは辛かったけど、今思えばどんだけ人に振り回されてたんだって馬鹿馬鹿しくなるよ。」

紅野は話しながら、お菓子を殆ど食べ尽くしていた。

「もう1つどうだ」

「いえ、大丈夫です」

「そっか。……今考えると、人間なんか2人いりゃあ絶対にどっか違うところがあるんだよな。それを無理に全部同じにしようって方が間違ってんだ。」

「それじゃあ……法律とか、」

「いや、法律はむしろ、そういう自由を保証して、その上で最低限守るべきルールなんじゃねぇかな。ぶっちゃけ、俺や脇田さんは悪いことをしたいと考えるだけなら問題ないと思ってるんだ。勿論本当にやっちゃ駄目だが、自分に歪んだ欲求があるって知って、それを無理して忘れたことにするのは辛いからさ。そうやって嘘に嘘を塗り重ねていくと、いつか自分がどんな形だったのか分かんなくなって、終いには坊さんが言ってたみたいに、本当の自分が何を考えてたか思い出せなくなっちまう。そうして自分を見失ってどうでもよくなって、人の道を踏み外すような行動に出たり、自分を傷つけるのが平気になったりして、周りの人まで傷つけながら壊れていってさ、そういう奴を見てると悲しくなるよな。だからそうならない為に、周りの人間がそいつの歪んだところを認めてやって、そいつが間違った道に進まないように……」

紅野は急に話をやめてうなだれると、深い溜め息をついた。

「……悪いな、俺じゃうまく説明出来ない。こうやって感情を混ぜて話しちまうから駄目なんだよな」

「いえ、そんな」

「まあ、詳しくは脇田さんか白っさんに訊けよ。話すのがうまいから」

「嗣彦さんや橙乃さんは駄目なんですか?」

「まあ橙乃さんは論外だが、青山さんな……青山さんも話は上手いが、俺らと違って悪は考えるのも駄目だって感じだと思う。聞いてはくれるし返事もしてくれるが、理解しようとは微塵もしてくれねぇんだ。あ、食べ終わった紙寄越せよ」

紅野はお菓子を全部食べてしまって、箱を解体し始めた。

「一度、俺と脇田さんで独立したらどうかって言われて、まあ青山さんも酔った勢いなんだろうが……で、その時青山さんの説法を聞いて、俺はここにいなきゃいけねぇんだって思ったんだよ。俺は世界を変える力なんて無ぇが、俺の手が届く範囲の大切に思う人は守りたい。その為に、俺はこの人を、青山嗣彦を説得しなくちゃなんねぇってな」

紅野は解体した箱を小さく畳んで、近くの「護美箱」に捨てた。

「さて、……折角だし、デートらしいことでもするか」

 紅野に連れられてアーケードへ戻る。着いたのはゲームセンターだ。建物にはかなり年季が入っていて、3階建てだが面積はかなり小さく見える。

「ゲーセン来たことあるか?」

「中に入るのは3回目くらいだと思います……」

「ハハ、怖がんなって。まずはあれだな」

紅野に手を引かれて、クレーンゲームの前に来た。脱力系の顔をした白くてふわふわのアザラシの縫いぐるみが山のように積まれている。

「まあ、見てろよ」

紅野はコインを入れると、あっという間に縫いぐるみを取ってしまった。

「ほら、やるよ」

「ありがとうございます。凄いですね」

「慣れれば簡単だけどな。やってみるか?」

何回かやってみたけど、結局1つも取れなかった。その後も幾つかクレーンゲームを回って、2階に上がってアーケードゲームをした。私は音楽に合わせるゲームがとんでもなく下手だったが、紅野は笑わずに、丁寧に教えてくれた。ゲームとはいえ出来ないことには悔しさもあるけど、同時に楽しいとも思えて、今までに感じたことの無い感情に驚きと、何故だか少し安心感を覚えている。

 3階に上がると、私の嫌いなあの機械が幾つか並んでいた。

「撮ったことあるかよ?」

「多分ありますけど、隅っこにいて操作は人任せだったと思います。ちょっと怖いっていうか、苦手っていうか……写真うつりも悪いですし」

「ま、この手のやつはどうやったって良く写るんだから、記念だと思ってやってみよう」

紅野に習いながら、なんとか操作を進める。

『ファンデの色を選んでね!』

「えっ?」

紅野が吹き出した。

「まあ、そうだよな。あんまり白いと気持ち悪いから、この辺にしとくか」

『目の大きさを選んでね!』

「えっ?」

紅野の笑いが止まらない。

「分かったと思うが、これはまことを写す写真じゃねぇよ。何でも真や本音なら良いって訳じゃねぇし、これはそういう、ある意味良い偽り(いつわり)、建前の綺麗さに金払ってんだ。こういうもんだと思って楽しもうぜ」

「……嘘も必要ってことですか?」

「まあ、嘘と偽りと建前ってのは全く同じとも言い難いけどな。ただ、建前を『本音だ』って言い張るより、『建前ですがどうぞ』って方がよっぽど本音っぽいよな。……って、お前どこまで真面目なんだよ。ほら、続けるぞ」

その後も不可解な質問が続き、やっと撮影に辿り着いた。

『ハートマークに向かってポーズをとってね!はい、チーズ!』

緊張でおかしな顔になってしまった……。

『次は猫のポーズ!』

「えっ?」

紅野が笑いながら、私の腕を取って猫のポーズを作ってくれた。

『クールに決めてね!』

『可愛くアピール!』

『思いっきり変顔で!』

次々出される難題を何とかこなし、隣の機械に移動する。

『自由に落書きしてね!』

紅野がペンを持ち、日にちを入れたりスタンプを押したりしている。

「神谷もやってみろよ」

恐る恐るペンを持ち、画面の前へ。……私の顔に髭が描いてある。

「猫だからな!耳もつけておいたぜ」

「うさ耳とふさふさの顎髭じゃないですか!」

お返しに、紅野にちょび髭と悪魔の角をつける。

「ハッハッハ、やるな神谷。あっ、何だこのスタンプ。可愛くねぇなー」

「って言いながらおでこに押さないでください!」

2人で大笑いしながら落書きを終え、数分で写真が出てきた。

「いやー、酷ぇ出来だな」

「紅野さんが変なスタンプ見つけ過ぎなんです!」

ゲームセンターを出るまで笑って、息が切れてしまった。多分人から見ると何が面白いのか分からないんだろうし、自分で後から思い出しても会話の内容は全然面白くないのかも知れない。今まではそういう会話の必要性は分からなかったけど、今なら分かる気がする。

「ちょっと休んでから帰るか。飲み物買ってくるからそこに座ってろよ」

紅野はすぐに飲み物を持って戻ってきた。

「ありがとうございます、紅野さん」

「……おう」

紅野は私の隣に座り、大きな伸びをした。

「いやー、マジで楽しかった」

「私もです。」

「本当か?凄ぇ嬉しい」

まだ日は高いが、視界が赤みを帯びてきた。蝉が激しく鳴いている。

「あのさ、……少しでも嫌だったら止めてくれて構わねぇけど、」

「はい」

「青山殿と何があったんだよ。脇田さんがえらく心配してたが」

鞄に入れておいた録音機を取り出す。

「それ、よく青山殿が団員にプレゼントしてるやつだな。『皆僕の話を聞く時メモ取るから』って言ってたっけか」

巻き戻して、あの時の会話を再生する。

「……何だこれ。犯罪とニアミスしてんじゃねぇか」

「いえ、そんな大事おおごとでは」

「大事だろ。ったく、青山殿も懲りないっつーか……」

「以前にもあったんですか?」

「何か、恋愛に不慣れな女を見ると遊びたくなるらしくてさ。時々こういうことがあるんだよな」

「和泉さんは『団員に泣かされた人はいない』っておっしゃってましたけど……」

「今まではうまく行ってるか、うちを辞めるかのどっちかだったからな。結果、団員に『泣かされた』って証言する奴はいないんだろ」

初めてのことはそれに興味があればあるほど最初に聞いた意見に影響されやすく、その意見に完全に従うか、アンチになるかの二択が多い。脇田の言葉が思い起こされる。

「ま、お前は大丈夫だよ。元々そんなに繊細過ぎる方じゃねぇし……それにさ、」

紅野の腕が優しく肩を包む。

「知ってるとは思うが……大切に思ってる人が傷つけられて放っておくようなこと、俺はしたくないから。」

今の「知ってる」は「大切に思ってる」と「したくない」のどちらに対して言ったんだろうか。考え過ぎなんだとは思うけど、一度考え出すと恥ずかしくなってきて、肩に回された腕から伝わってしまいそうなほど、心臓が大きな鼓動を打っている。

「まあ……何だ、」

私の異変に気づいたのか、紅野が少しだけ距離を取ってくれた。

「今すぐ付き合えとか、そんなのは無理だと思うけどさ。だからこそこうやって、遊びに行ったり、話をしたりして、少しずつ距離を縮めていければ良いなぁって思うよ。結果うまくいかなかったらそれは仕方無ぇし、やってみなきゃ分かんねぇからな。」

「はい。ありがとうございます」

「おう。んじゃ、暗くなる前に帰るか。」

 帰りの電車の中で、私は恐らく人生で初めて、もう少し電車が遅く走れば良いのにと思った。

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