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僕たちの正義へようこそ  作者: 末広 有夏
13/31

今日はこの辺にしとく?

後書きに参考資料を書かせていただきました。併せてお読みください。

 それから暫く、青山は忙しそうにしていて話しかけられなかったので、紅野と脇田の活動に参加させてもらった。

 夕方、購買に行くと青山が係の女性と話をしていたので、終わりを見計らって近づいてみる。

「こんばんは、嗣彦さん」

「遥さん、こんばんは。」

「今、お忙しいですか?」

「ううん、ちょっとなら。」

「あの……先日、宴会の時におっしゃっていた善悪についてのお話を、詳しくお聞きしたいと思って」

青山はそれを聞くと、サプライズでプレゼントをもらった時のような顔になった。

「嬉しいな。うん、是非聞いて欲しいです。今週はちょっと立て込んでるけど……来週の水曜日、夕食をご一緒しませんか?」

「はい、……けど、」

「都合が悪かったら、別の日にしますよ。」

「いえ、あの……勝手なイメージなんですけど」

「ああ、紅野から聞いてるよ。別に、ごく普通のカジュアルなレストランですから、気にせず気軽に来てください。」

「ありがとうございます。……他の方は、」

「そうだな……少し込み入った話もすることになるだろうし、良ければ2人でいかがですか?」

「…………はい」

「では、水曜日の夜に。」

 翌日、図書館で青山に薦められた本を探してみたが、3ページで諦めた。とても一週間で読めるとは思えない。

「あっ、遥ちゃんこんにちはー」

脇田は両手に抱えきれない程の本を持っている。

「こんにちは、和泉さん」

「その辺見てるってことは青山君に説法されたの?」

「いえ、来週の水曜日に善悪について伺う約束になったので予習をしようと思ったんですけど、私にはとても無理そうで。」

「ふーん。……遥ちゃんさ、僕もお話し聞いて欲しいってゆったら聞いてくれる?」

「えっ?……あっ、はい。嬉しいです……けど、」

「勿論2人じゃ恐いだろうからー、部屋に誰か待機させとくよ。心配だったら防犯ブザー持ってきてね。明日はアレだからー、明後日の午後で良い?」

「はい。よろしくお願いします。」

 翌々日の午後、脇田の部屋に行ってみると、脇田に手を繋がれて紅野が待っていた。

「持つべきものは友よねー」

「すみません、わざわざ」

「まあ、良いけどな……俺はそこら辺で本でも読んでるから、気にせず思う存分問答してくれ」

「ありがとうございます。」

 机には大量のお菓子、ジュースやお茶、2つのグラスが置いてある。席につくと脇田は、

「おやつの時間ー。あ、遥ちゃんも遠慮なく食べてねー」

と言いながら煎餅を割った。

「和泉さん、凄い量召し上がりますよね」

「僕燃費が悪いんだよねー。女の子に言うとめっちゃ嫌われるんだけどさぁ、全然太れないの」

嫌いになると言うより、羨ましくてつい嫌味の一つでも言ってやりたくなる。

「さて、本題の前に枕を一つ。あ、枕っていうのは前置きのことね」

脇田はもう煎餅を食べ終わり、チョコレート菓子の包みを破った。ここからはメモを取った方が良さそうだ。

「今回来てもらったのはぁ、遥ちゃんにはリテラシーを身につけてから青山君の話を聞いて欲しいと思ったからなのよねー。」

「リテラシーって、具体的には何ですか?」

「リテラシーは訳すと読み書きのことだけど、僕的には情報に騙されない為の防御力みたいな?青山君の説法の時にも話したけど、要するに『書き手の意図を探る努力』かなぁ。リテラシーの意味を詳しく知りたかったら、白瀬に訊いたらすっげぇ分かりやすく解説してくれるから是非聞いてみてね」

「分かりました。」

「さて、本題ね。青山君が正義の話をしたから、僕も僕の正義から。僕の……メモ取ってるの?」

「あっ、はい。私は頭が良い方ではないですし、後で復習出来るようにしておかないと」

「ふぅん。……僕の正義は3つ。1、自分の意見を持つこと。2、人の話を聞くこと。3、変化するべき時が来たら速やかに変化し、またその為の準備は常にしておくこと。」

「…………えっ?」

「もっかい言う?」

「あ、いえ、」

突然のことで理解が出来なかっただけだ。思っていた正義とはかけ離れ過ぎていて、何を言われたのか良く分からない。

「例えば、法律は『私は法律です。だからあなたを裁きます』じゃなくて、『私は法律でこういう意見を持っています。裁判であなたの話を聞きます。私の権限であなたを裁きますが異論があるなら特定の機関に申し出てください』が正しい運用じゃない?」

「あぁ……」

「個人でも、ろくな意見も持たずに『私は私です、放っておいてください』なんて言うよりも『私はこう思いますがあなたはどうですか?なるほど、ここはあなたが正しいですね』みたいにする方が良さそうじゃない?」

「ええ……」

「この正義が適用されればさぁ、どんなに意見が違う人も一緒の所で暮らせると思うんだよねー。だって、最初から意見は違うものだっていう前提の上に立ってるもんね。らぶあんどぴーす、ね」

「あの……それじゃあ、善がばらばらになっちゃいますよね。」

「だからぁ、それで良いんだよ。あ、念のために言っておくけど、善と正義は僕の中では全くの別物ね。正義の中の『自分の意見』の所が善かな。正義が適用されている世界において、法律は正義であるべきだけど、正義であれば必ずしも善でなくても構わない。」

「善じゃない法律……」

「悪であれとは勿論言わないし、今から言うのはむしろ法律は守るべきだという事実を僕が解釈して、文章化したものだと思ってね。あくまで例えばの話だけどさ、僕が殺人を善だと思っているとするじゃん?」

「はい?」

「で、遥ちゃんに『あなたを殺させてください』って言うの。」

「はあ……いや、駄目です、絶対!」

「って言われたら、僕は遥ちゃんを殺せない。何故なら、僕の意見と遥ちゃんの意見は違うから。同じ人間同士、持っている権利は同じの筈だもんね。じゃあさ、もし遥ちゃんが『私も殺人は善だと思っているので良いですよ』って言ったとするじゃん?」

「ええ、……えっ?」

「すると僕が出来ることは2つ。1つは、遥ちゃんを殺してから警察に逮捕されること。もう1つは、政治家になるとかして法律を変えること」

「善だと思っているのに、逮捕はされるんですか?」

「だから、法律は善でなくても構わないの。自分の善と法律の善が食い違っているとき、人間が出来るのは法律を変えてしまうこと、あるいは破って罰を受けること。何故なら正義の名のもとに法律には人間を裁く権利があるし、僕たちには法律を変える権利があるからさ。逆に、法律には変わる義務、僕たちには裁かれる義務があるしね。法律が善じゃない、不満だ!って思うなら、法律には自分を変える用意があるんだから変えるべきだし、そうじゃないなら大人しく法律に裁かれるしかないよね。さらに言えば、素直に裁かれるから破っても良いだろっていうのも心情的には物凄く良くないことだと思うけどね。あ、念のために繰り返し言っておくけど今の話全部、正義が完全に適用されている世界の出来事ね」

「……何か、」

「知っていることと信じていることとはイコールじゃないんだから、これを信じるかどうかはまたゆっくり考えたら良いよー。質問があればいつでも電話してくれて良いから」

「ありがとうございます。」

「じゃあちょっと休憩。お腹すいたー」

さっきからあれだけ食べていたのに、脇田はまたお菓子の袋を開けた。紅野を見ると、言った通り本を読んでいる。タイトルを見ると、有名な恋愛ドラマの原作のようだ。

「あー、浅葉はこういうドロドロ系好きだもんねー」

「ああ、テレビドラマもこんなやつばっか見てるしな。神谷はテレビ見るかよ?」

「いえ、高校の時は殆ど見ませんでしたし、今はつけてみることはあるんですけど、中々ピンと来ないと言うか……ニュースばかり見てしまいます」

「ニュースでお気に入りとかあるのー?」

「えっ?ニュースはどれもあまり変わらないと思いますけど……」

「いやいやー、ニュースも色々だよ?ある党を批判するだけのやつもあるし、公平な報道を求めたばっかりにつまんない番組になってるのもあるし、とにかく与党を批判したり、逆に野党を批判しまくるのもあるし。ニュースも人が作ってるんだから、違って当たり前よねー」

「脇ぐはっ……和泉さんがずーっと言ってるリテラシーっつーのは、今言ったみたいな作り手の意図を探ることだな。」

「だって知らずに与党批判のニュースばっか見てたら無意識のうちに世間より与党批判しちゃう人になるに決まってんじゃん?『これは与党批判のニュースだなー』って思いながら見ればそんなことにはならなくて済むからさぁ」

「つまり、無意識のうちに何かに染まっちまうよりは、意識的に良いものを選んで染まる方が良いんじゃねぇかってことだ。その為には、まずは何にどういう色がついてんのか見極めるのが大事だろ」

「……、」

「今日はこの辺にしとく?」

「えっ?あ、いえ。折角ですから、たくさんお話を聞きたいです。青山さんとは善についてのお話をするって約束していますし」

「そうだねー、じゃあ次は僕の善について。繰り返しになるけど、僕にとって善っていうのは、正義の中の『自分の意見』のことね。」

「はい。」

「僕っていわゆるエピキュリアンなんだよね。エピキュリアンって知ってる?」

「エピキュリアン……快楽主義者ですか?」

「おぉ、よくご存じ。あ、誤解の無いように言うと、語源になったエピクロス本人は今でいう快楽主義者ではなかったみたいだけどね。(※1)エピキュリアンはエピクロス主義の信奉者を、快楽主義者と揶揄する言葉として使われたみたい(※2)」

「エピクロス……聞いたことないです」

「まあ、エピクロスよりエピキュリアンの方が有名?軽ーく触れておくと、エピクロスはアタラクシアー、心の平穏を求めていたんだよね。心の平穏はそのままの意味で、心が穏やかな状態、プラスマイナスがゼロの状態ね。(※1)僕の解釈を言えば、『お腹すいた!苦しい!助けて!』って思うなら食べた方が良いし、『お腹一杯だけど美味しいからもうちょっと食べちゃおうかなー』だったらやめといた方が良いってこと。悟りに似てるなーって僕は勝手に思ってる」

「……エピキュリアンは快楽主義者でエピクロスはちょっと違うんですね?和泉さんはどっちなんですか?」

「うん、じゃあここからはエピクロスとは関係無く、僕個人の善の話ね。僕はお腹すいたんなら食べれば良いし、お腹一杯なら食べなければ良いと思うけど、人間はどうやったってお腹すいちゃう生き物よねー」

「それだと、欲望を満たし続けて、結局三大欲求バンザイになりませんか?」

「だから自称エピキュリアンなの。けどね、僕は飢えて苦しくて仕方がなくて、そんな時に満たしてあげられるのがエピキュリアンだと思ってるんだ。禁欲主義とは違って、人間が欲望を持つことは異常ではないし、適度に満たしてやっても良いんじゃないかなーって感じね。」

「ま、俺からしたら満たしてゼロにするより満たさないでゼロにする方が簡単なように思えるけどな。」

紅野はそれだけ言うと、欠伸をして読書に戻った。

「まあ、そもそもゼロが良いかどうかから考えてみると良いよー。修行僧みたいにマイナスの方が良いって人もいるし、逆にプラスの方が良いって人もいるからねー。ゼロの定義にも色々あるし」

「ゼロの定義ですか……」

「そ。赤ちゃんみたいな状態がゼロなのか、遥ちゃんみたいな無欲な生活がゼロなのか、山奥の修行僧みたいな禁欲生活がゼロなのか。プラスとマイナスでも、貧しいけど自然溢れる生活はプラスなのかマイナスなのか、あるいは都会で時間に追われながら物質的に満たされるのはどうなのか。物質も精神も満たされて初めてプラスでも良いし、どんな状況であれ本人が幸せだと考えていればプラスでも良いし。満たされるっていうのは何なのか、それは善なのか、悪なのかってことだね。僕や浅葉が遊んでみろって言ってるのもさ、つまりは満たされてみないと満たされることを理解出来ないよねってことなんだ。遊んだら満たされるのか、遊びをやめたら満たされるのか、どちらでも良い、他のことで満たされるかどうかが決まるのか。勿論法律とか守るべきものは守っての話だけど、やってみなきゃ分からないでしょ?」

「そう……ですね」

「ってことで遥ちゃん、ちょっとだけ僕とランデぶはっ」

紅野の蹴りで脇田が吹っ飛んだ。

「今日は終いだ。ったく、ちょっと目を離すとこうだからな……。神谷、何か質問とかあるか?」

「えっと、……帰って、よく考えてみます。」

「ああ。本当、電話とかいつでもしてこいよ。俺も脇田がふっ……和泉さんも質問は大歓迎だ」

「はい。ありがとうございます」

部屋に帰って、大量のメモを整理してみる。……今日中には無理そうだ。青山との約束を考えると、先に白瀬にリテラシーのことを訊いてみた方が良いかも知れない。早速、白瀬に電話してみる。

『もしもし』

「白瀬さん、こんにちは。」

『ああ。どうした?』

「今、和泉さんから正義や善についてのお話を伺ったんですが、リテラシーについては白瀬さんに訊いてみてくれと言われたので」

『俺にか?……明後日の午後ならあいているが』

「はい。よろしくお願いします」

(※1)

三省堂 スーパー大辞林3.0 「エピクロス」の項目

三省堂 スーパー大辞林3.0 「アタラクシア」の項目


ブリタニカ 国際大百科辞典 「エピクロス」の項目

ブリタニカ 国際大百科辞典 「アタラクシア」の項目


以上は電子辞書で引きました。



(※2)

三省堂 スーパー大辞林3.0 「エピキュリアン」の項目


ブリタニカ 国際大百科辞典 「エピクロス主義」の項目


以上は電子辞書で引きました


世界の名著49より「道徳および立法の諸原理序説」ベンサム著、山下重一訳、1979年初版、中央公論者

筆者が読んだのは1997年の7版、全体を参考にしましたが特には第二章 功利性の原理に反する諸原理について です


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