プロローグ
興味がある方一読よろしくお願いします。よろしければ感想や評価もよろしくお願いします。
運動部の掛け声が遠くから聞こえる。
赤く染まった室内に自分以外の人影はなくて、私を照らす夕焼けが長く、長く影を伸ばす。
ひとつ。
深呼吸。
それで高鳴る鼓動が収まることはないのだけれど、そうでもして自分の中で暴れる熱を逃がさないと立っていることさえも難しい気がする。
落ち着かない。
私はついつい髪を何度も手櫛でほぐしてしまう。
何かしていないとどうにかなりそうで。
金属音の残響と共に、白球が空に吸い込まれていく。
野球部の誰かがいい当たりで打ったのだろう。それを目で追う私の背から、扉を開ける聴き慣れた音が響いた。
静かな教室にいやに響き渡る音が、待ち人の来訪を教えてくれる。
心臓が跳ね上がるのを感じながら、必死にそれを表に出さないようにして。
私は普段の表情を思い出しながら、平常心を心掛けて振り向いた。
だめだ。
顔が赤い。
真っ赤になっているのが鏡を見なくても察せられる。
「ごめん、待たせたかな?」
「そ、そんなことないよ。私もいま来たところだよっ」
嘘だった。
三十分以上は待っている。
でも、それは時間を指定しなかった私が悪い。
机に忍ばせた一通の手紙。
内容は、大事な話があります。放課後、夕方の人気のない教室で待っています。というもので、誰がどう見ても告白の為のラブレターだった。
そう、これから私は告白するのだ。
彼、十五夜一翔くんに。
一翔くんは正直、あまり目立つ生徒ではない。
顔も髪型も平凡で、学業の成績も平均で、運動神経が特別良い訳でもなくて、普通に仲の良い友人が何人か居て、けれども特別仲の悪い人もいなくて。
人当たりが悪くなく、断ることを知らない性格の為に頼まれごとをされることが多い。
私の友人曰く、お人好し。なのだそうだ。
彼と出会ったのは中学校の入学式だった。
初対面の印象は地味で根暗という感じだった。正直、あまり良い印象ではなく、当時から男子に人気があった私は、どこか心の底で彼を下に見ていたのだと思う。
我ながら酷い性格だ。
根暗というイメージは割と早くに消えてしまった。
なにしろ彼は見た目や雰囲気とは裏腹に人と仲良くするのが上手い。おまけに行事にも積極的で、表立って活躍することはないものの、気付けばいつの間にか中心近くにいて皆をまとめる人間をサポートしていた。
そんな彼を意識して見るようになったのはとある事に気付いてからだ。
私、立花飛鳥は容姿が整っている。
自分で言うのも変な話だけれど、幼い頃より街を歩けばスカウトだの、ちょっと異性に優しくすれば告白だのを日常的に経験してきたのだから疑いようもない。
生まれながらの顔つきはもちろん。私自身、自分磨きの手を緩めたことはなくて、体型維持や体の手入れを欠かさずに過ごしていた結果、気付けば雑誌を彩るモデルに引けを取らないレベルを常に維持する自分がいた。
人間は中身。
そんな綺麗事もあるけれど、やはり人は人を見た目で判断する生き物だと思う。
見た目だけで得をしてきた私が言うのだから間違いない。
実際は得だけでなく、それ相応の損もしているのだけれど。それを口に出しては僻まれるだけだし、言っても言わなくても僻まれるのならば、言わないほうが精神衛生上よろしいという私の持論により、口に出すことは滅多にない。
気を許した友人にはたまに愚痴ってしまうけど。
話が逸れてしまった。
つまり何が言いたいのかというと、一翔くんは私に気がある素振りが一切ない。
というか興味を抱いていない、そう言った方が正しいだろう。
基本的に彼は平等であり、誰かを特別扱いすることはない。それは人として普通ではないと思うし、そんな彼を優柔不断。八方美人と評価する声も確かにある。
けれど、私はそんな彼を知って、ただ純粋に興味を持った。
彼という人となりを知りたいと思ったのである。
その時点で、あるいは既に私は敗北していたのかもしれない。――何に、とは言わないけれど。
そして現在。
高校二年生となった私はもう既に彼に恋をしていて。
伝えなければ心が壊れそうな程に想いを募らせていたのだ。
「どうしたの? ぼーっとして」
ゆっくりと、もう一度だけ深呼吸をした。
「大事な話があるの」
「うん、手紙に書いてあったね」
友人曰く、成功率は百パーセント。
これだけ容姿が優れていて、性格に問題がある訳でもない女の子を振る男子はまずいないだろう。とのことだ。
そういう意味では自信はある。
見た目は一級品だという自負。
一翔くんを振り向かせようと、性格さえも美しくあろうと努力した日々。
その影響で興味ない男子からの告白が激増した。そうじゃない、君たちじゃないと振り続けて今日まで来た。
それにしても告白とは緊張するものだ。
なけなしの勇気を振り絞ってようやく立ち向かえる。
人生初の告白。
この緊張と恐怖を知っていれば、告白してきた男子をもう少し優しく振れば良かったと反省する。
一気に言う。
決めた。
余計な言葉を極限まで省き。
必要なことだけを、真っ直ぐと。
「ずっと貴方のことが好きでしたっ、私と付き合って下さいっ!」
一翔くんの姿をずっと目で追っていた。
休み時間、友達と話す君。
通学中、バスの中で文庫本を読む君。
授業中、手で遊ぶペン回しが異常に上手い君。
「ああ、またか……」
不思議なことに。
一翔くんは驚くことも、照れる様子もない。
まるでこの告白を知っていたかのような反応だった。
逆に私が驚いてしまう。
どうしてそんなにも冷静なの? と。
「ごめん、立花さんとは付き合えない。というか本当にごめん、きっと明日になったら正気に戻るから」
まるで用意された台詞を音読するように。
作業のような無感情さで、私の初恋の人は私を振った。
「本当にごめんね」
そう言い残して一翔くんは教室を出る。
「――え?」
どうやら、
――私は失恋したらしい。