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青きバラの騎士団〜氷姫と守護者の英雄譚〜  作者: 卯月 桜華
青いバラの紋章を刻む者たち
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掌返し

爆音と共に粉塵が辺りを舞う。

僕は団長の首に突きつけた剣をピタリと止める。

もう、決着はついた。

そう頭では理解しているのに、興奮は収まらない。

肩で呼吸しながら、ジッと横たわる団長を見つめていた。


「ルーン…。」


粉塵は完全に晴れた。

一人の少年の声が聞こえると同時に、呼吸もだんだん落ち着いてくる。


終わった。

そう確信出来た瞬間、歓声がワッと沸き起こった。

僕も表情を緩めて、ホッと息をつく。

倒れている団長も呆れたように笑っていた。

彼に手を差し伸べ、立ち上がらせると言葉を交わす。


「参ったよ。君は本当に強くなった。」

「ジオス、貴様も強かった。楽しかった、またやろう。」

「それは勘弁な。」


固い握手をして、観客たちに手を振って。

そこで、ようやく過去の僕は駆け寄ってくる。


「ルーン!」

「ああ、エディ。どうだ、勝っただろう?お前、どっちに賭けた?」

「そうじゃない!どうして、嘘なんてついたのさ?フィラなのに、ルーンだなんて…。」


理由は分かっているが、あえてキョトンとした驚いた顔をして見せる。

そして、数瞬後に納得したように頷いた。


「ああ、名前か。」

「そうだよ、僕に嘘つく理由なんてないだろう?」

「確かにないな。それは、俺自身わからん。だが、俺は名前に関して嘘はついていないぞ?」

「ハッ?名前に関して?」


今度は過去の僕がキョトンとする。

過去の僕は戸惑ったように考え込んでいた。


「俺の正式名はルーン・フィラ・エーレル。皆の間ではミドルネームのフィラで通っている。自惚れているつもりはないが、フィラ・エーレル。聞いたことはないか?」

「えっ…?聞いたことがあるような気が…って、ああっ!」


サッーと過去の僕の顔は青ざめていく。

さて、ここからだったか。

フィラ様を怒らせる事になったのは。


「ルーンって…ルーンって。」


うわ言のように呟き続ける。

そんな彼に、僕はトドメとばかりに結論を言い渡した。


「そう、俺は『あの』フィラだ。」

「うっ、嘘だぁ〜!」


途端、ペタリと過去の僕は座り込んでしまった。

そして、呆然としたように、僕の顔を見上げる。


「今まで…何という無礼を。」

「別に構わん。気にしてなどいない。」


そう言っても、僕は尚も首を振り続けていた。


「でっ、ですが…。」

「気に入らん。やめろ。」


ピシャリと跳ね返すも、過去の僕はかなり頑固だった。

めげずに頭を下げ続ける。


「そう言われましても…。」


急に態度を変えた自分。

先程までの親しさの欠片もなく、媚を売り続ける自分。

やっていた時は気づかなかったものの、酷く惨めで汚かった。

その姿に知らずと苛立ちが湧いてくる。


(こんなもの、望んではいなかった。)


不意にルーンの声が頭の中に響いた。

悲しげで、怒りに満ちた声だった。


(こんなもの…こんな姿などいらない。ただ、普通に話したかっただけなのに。どいつもこいつも、私にしてくれるのは敬うことと、媚を売ってくることだけだ。そんなこと、願っちゃいないのに。こいつだけはそんなことをしないと、何処かで信じていたのに。)


「馬鹿者!大馬鹿者!絶対に…絶対に許さない。」

「本当に申し訳ありませんでした。どうか、このご無礼を…。」


石畳の道に額を擦り付けてまで、謝る僕。

自然と注目が集まる。

僕も自分のしたことがこんなに残酷な事だったなんて、思いもしなかった。

彼女が…ルーンが伝えたかった事を感じることが出来なかった。


「とりあえず、うちの騎士団本部に来い。こんな所で謝られても困るからな。」


傷ついていたはずなのに、このセリフの冷静さはどうやったら、身につけることができるのだろう。

僕はもうほとんど自分の意思では動かない体で、乱暴に過去の僕の腕を掴みながら思った。

今までの戦の経験?

団長としてのカリスマ性?

どちらも違う気がする。

僕は思うのだ。

今まで、彼女の耐えてきた苦しみの副産物だと。

孤独に苦しんでいた彼女自身の強さだと。


ごめんな…ルーン。


相手の身分を知っただけで、掌を返すように態度を変えた。

媚を売った。

そして、君の気持ちを感じることが出来なかった。


怒るのも…無理ないよな。


ツッーと頬に何かが伝った。

冷たいような、暖かいようなそんなもの。

それに触れようとして、不意に天地がひっくり返ったかのような、感覚を覚えた。

それはグニャリ、と視界を歪め、街並みの風景を奪い去っていく。


「なんだ…これ。」


クラクラする中、シナリオなんか忘れて、そう呟いた。

途端、完全に街並みは消え去り、代わりに酒臭い匂いがツンと鼻をついた。

そう。

代わりに現れたのは、青きバラの騎士団の本部の広間だった。

目の前にはエフィが座り、こちらをジッと眺めている。


「おっ、戻ってきたか。」


どさっと肩に体重がかかって、酒臭い息と共に陽気な声がした。

視界の端には赤毛がちらりと見え、その正体を物語る。


「コール?」

「よっ、おかえり。」

「これはどういう…。」


未だに状況が掴めず、混乱してしまう。

自分の姿はすでに、自分のものに戻っている。

場所も時も移動した。

一体、どういうことなのだろう。


「エディ、ここが何処だか分かる?」

「ここは、青きバラの騎士団本部の広間?」

「ええ、そうよ。」


目の前に座るエフィは困ったように笑って、顔の前で手を合わせた。


「ごめんなさい。驚いたでしょ?」

「うん。まだ状況がつかめてない。」

「ハハッ、そりゃあそうだよな。」


コールは愉快そうに笑うが、それどころでない。

僕は必死に、エフィに説明を求めた。

すると彼女は、自分の目元をさして、そこをトントンと叩いた。


「さっきのは、夢…よ。」

「夢?」


もしかして、コールに酒を飲まされて、酔ったのだろうか。

それで、妙な夢を見てしまった、ということだろうか。

でも、それではおかしい。

第一、彼らが僕の夢を知るはずが無いのだ。

それに、さっきまで腰にぶら下がっていた剣重みも、石畳を歩いていた感覚も、まだ残っている。

そして、頬に何かが伝う感触も。

試しに頬に触れてみると、それは涙だった。


「涙…。」

「そう。いきなり泣き出すから驚いたぜ。」

「コール。からかわないであげて。これは、わたくしたちの責任でもあるのですから。」

「エフィ達の責任…?」


ますます訳が分からなくなってきて、頭を抱えてしまう。

そんな僕を落ち着けるように、ロイジは僕の肩に手を置いてくれた。


「まぁまぁ、落ち着け。これからエフィが教えてくれるんだからよ。」

「あっ…ああ。」

「わたくしの言い方が悪かったわね。そうね…いうならば、さっきのはわたくしの能力による、幻とでも言えばいいのかしら。」

「能力…ってことは、魔法?」


この世界でおける能力の意味。

それは、大抵魔法であることが多い。

ある者はそれを剣に宿し、ある者は魔法を用いた仕事につく。

大まかな例でいうと、団長は炎の魔法を剣に宿しているし、ルーンの場合は氷の魔法だ。

そうとなれば、エフィの言う能力は魔法である可能性が高いのだ。


「まぁ、そんなとこさ。相手の記憶の中から選んだ記憶を切り取って、それを幻として相手に見せる。それが、エフィの瞳に宿る能力。さっきのはそういうことさ。」


コールの説明でやっと状況を理解した。

つまり、僕はエフィの幻を見ていた。

ルーンを怒らせてしまった場面の記憶の。

それを思い出すと、苦い思いが込み上がってきた。

僕は最低の事をした。


「でも、そんなことよりもだな。」


突如、バンッと背中を強く叩かれて、よろける。

振り返ると、ロイジが腕組みをして立っていた。


「後悔してる間があれば、行って来いよ。団長の元へ。」

「そうですわ。わたくしたちも応援していますから。」

「ちゃんと反省したことを伝えれば、きっと許してくれるはずだ。」

「みんな…。」


僕は大きく頷いた。

そして、三人に背を向ける。


「ありがとう。謝ってくる。」


そう、今度こそはきちんと謝らねばならない。

彼女の辛さを知った今、それが唯一できることだ。

広間を出た僕は、心の中である決意を固めて団長室へと向かったのだった。

更新遅くなって、すみません。


不定期でマイペースな作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

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