シナリオ
「あーあ。大変な目に合った。」
僕は木に寄りかかると、そのままズルズルと座り込んだ。
手をパタパタと振って、火照った自分の顔に風を送りながら、木々の間からチラチラと見える日の光に目を細める。
体力的にはやはり、疲れてはいない。
けれども、精神的には疲れ果てて、グッタリとしていた。
あんな経験、二度とないだろう。
今はもう、僕を追う人々は見えないが、人々の必死の形相を思い出すと身震いしてしまう。
上手く片付けてくれたであろうジェイドには本当に感謝だ。
そんなことを考えながら、僕はもう一度自分の姿を見下ろした。
やはり、自分のものではない。
何度見ても、フィラ様の物だった。
もちろん、腰から下がる剣も団長と打ち合った剣だ。
「どれどれ…。」
試しに抜いてみると、剣は僕の腕…否、フィラ様の華奢な腕にに信じられない程の重みをかけてきた。
この体だからこそ軽々と持ち上げられるが、僕の本来の姿でこんなに重い物を振れと言われたら、肩が脱臼してしまうだろう。
だが、そんな剣の輝きに映るのも、こちらを見つめ返す美少女の顔だった。
「やっぱ、僕は本当にフィラ様になっちゃったのかぁ。さっきまではコール達といたのに、いつの間にかよく分からない状況になってるし。どうなってるんだよ…。おーい、コール!エフィにロイジ。返事してくれよ。」
やはり、彼らからの返事は返ってこなかった。
何となく予想していたことだが、いざそうなると、やっぱり落ち込んでしまう。
本当に、僕はどうすればいいのだろう?
と、そんな時だった。
ガキンッという、硬い金属音がすぐそばで響いた。
さっきまで追われていた身だった僕は、思わず肩を震わせる。
「うわっ!」
続いて、もたれかかっていた木が揺れ、その裏からは聞き慣れた声がした。
剣を手にしていた僕は、反射的に構えて、木の影から様子を伺う。
木の裏…そこにいたのは、こちらに背を向ける少年だった。
「くそっ、じれったいな。弱点がわかってるのに、つけないなんて。一人でくるんじゃ無かった。」
少年は悪態をつくと、ゆっくり立ち上がって、ぎこちない手つきで剣を構える。
その光景には見覚えがあった。
「えいやっ!」
少年は再び、これもまた見覚えのある標的に向かって、斬りかかりに行く。
そう。
標的とはあの、青い鱗と燃えるような赤い瞳を持つ…。
「うわっ!」
少年の攻撃は大きな「標的」の手によって阻まれ、またもや吹っ飛ばされてしまった。
幸い、まだ生きているようだが、もう持ちそうにない。
何故なら、次の攻撃は「炎」。
「炎を吐くつもりか!」
正解だ。
咄嗟に少年は逃げようとするが、運悪く、足には違う標的が巻きついていた。
もう、無様に倒れ伏す彼には、「死」が待つだけだ。
そんな中、僕は周囲に目を走らせていた。
ここで、「あの人」が助けに来てくれた。
ならば、もう近くにいるはずだ。
そう思って。
だが、その姿は一向に現れない。
それもそのはず。
だってその人の姿をした、僕はここにいるのだから。
「あっ…ああ。」
「団長、すみませんでした。」
少年の声…否、自分の声が僕の耳に届いた瞬間、僕はほとんど反射的に飛び出していた。
「標的」ことドラゴンの吐き出した炎に向かって、一気に突っ込んで行く。
息を大きく吐き出す。
剣と自分の体が一つになったような、一体感。
炎の熱が顔にかかる。
もう炎は間近だ。
「ハッ!」
掠れる、小さな声と共に、僕は剣を大きく横に薙いだ。
青く光り輝く刃は炎とぶつかり合った。
バリンッ
ガラスの割れるような、心地よい音。
その音と共に、辺りには冷気が溢れ、炎はシャラシャラと光を散らし、凍りついた。
二つ目の標的である、人食い植物も巻き添えを食らったのか、その姿は無かった。
それを確認すると、過去の自分である、少年を振り返る。
そして、バカにしたように笑った。
「バカだな、貴様。半人前にしてこの森にはいるなど、バカ以外の何者でもない。」
「君は…?」
呑気にそんな事を聞く、過去の僕。
ルーンである僕はそれを無視して、前に向き直った。
そして、あの時と同じ通り。
シナリオ通りの言葉を投げかけた。
「戦いは終わっていない。」
「えっ…?」
腰の横で剣を構えると、身を低くしてドラゴンに突っ込んだ。
剣は再び青く光り輝き、肩にかかる髪は首元から離れ、風に流された。
『さぁ、決めろ。』
何処からか、ルーンの声が聞こえた気がした。
多分、この体にはルーンの意識が残っているんだ…。
僕はそれに頷いて、大きく飛び上がった。
「氷晶撃」
そして…。
剣はあの時と同じく、ドラゴンの赤い瞳に突き刺さった。
グサリ、と正体が知りたくなくなるような、気持ち悪い手応えが返ってくると、ドラゴンは一瞬、時を止めたかのように動きを止めた。
「グルワァァ…。」
が、次の瞬間には断末魔の叫びをあげて、狂ったようにのたうち回った。
やがて静かになって、その場に身を横たえると、ピクリとも動かなくなった。
心の中で祈りの言葉を幾つか並べて、剣を鞘におさめる。
身を翻して、座り込んでいる僕の姿が視界に入ると、ようやく安心できた。
安堵のため息をつくと、過去の自分に近づいて、手を差し伸べた。
「立てるか?」
普段の自分じゃ、絶対に言わないようなセリフ。
でも、僕は理解したのだ。
この世界と今の状況においての役目を。
コール達が僕をここに送った理由も。
だからこそ、僕はルーンであり、フィラ様でなくてはならない。
自分がその身になって、理由を知ること。
それがこの得体のしれない世界での僕の使命だ。
エディが僕の手を取ると、力一杯引き上げた。
顔を赤くする過去の僕には悪いが、中身は男である。
こちらは反動を利用して、腰から任務の申請書を抜き取った。
「ふむ。報酬はハープ銀貨5枚。国民からドラゴン退治を願われたし…か。」
ここからは知っての通りだ。
シナリオ通りの言葉を使った、同じ会話。
そして、僕を惑わせたあの言葉も同じだった。
「俺か?俺の名は…ルーン。お前とは違って庶民の子だ。よろしくな。」
エディの言葉でフィラとルーンは意味があって、使い分けています。
決して間違っているわけではありませんので、ご了承ください。
では、これからもよろしくお願いします。