不平等な神様
「あー。そりゃお前が悪いわ。」
「同感だ。フィラ団長がかわいそうなくらいだ。」
「怒るのも無理ないですわ。」
僕の話を聞き終えた三人はそれぞれの感想を口にして、冷ややかな目で僕を見た。
全く理由のわからない僕は、ただ苦笑いを浮かべているしかない。
コールはそんな僕を見てか、ハアッと大きくため息をついた。
「お前って奴は。まぁ、協力するって約束したもんなぁ。」
すると、コールはエフィに意味ありげな目配せをした。
それを受けて、エフィは一瞬顔をしかめたが、やがてやれやれと首を振って、僕をジッと見つめた。
「ねぇ、エディ。私の目をしっかり見て頂戴。いいわね。」
「えっ?」
訳が分からないながらも、言われたように、エフィのピンク色の瞳を見つめた。
だが、一つ言っておこう。
エフィはとても美人である。
そんな人と見つめあっていたら、ドギマギしてしまうのが男の常であって。
段々気恥ずかしくなってきて、目を逸らしてしまいそうになった、その時だった。
不意にエフィのピンク色の瞳はフッと妖しげに揺れた。
とたん、辺りは真っ白な霧に包まれ、ロイジの厳つい顔も、コールの眩しい赤毛も見えなくなる。
「えっ、えっ?どういうこと?ちょっ、皆!」
慌てて、目の前にいるはずのエフィの肩を掴もうとするも、その手は虚しくも空を掴んだだけだった。
と、その伸ばした手の先から、パッと霧が晴れて…。
「はーい!安いよ、安いよ!」
「お嬢さん、こちらのお召し物はいかがでしょうか?」
「奥さん、聞きました?この間、うちの主人がね…。」
まず耳に届いたのは、そんな声だった。
ざわめきは段々と辺りを埋め尽くしていき、すぐ横を人が通った。
「わわっ!」
ドン、と肩をぶつけられて、僕はバランスを崩してしまった。
石畳の道の上に尻もちをつき、顔をしかめる。
どういうことなのだ?
ついさっきまでは「青きバラの騎士団」の本部に居たはずなのに、いつの間にか街のど真ん中にいたのだ。
僕がしばらく呆然としていると、不意に目の前に差し出された。
顔を挙げると、そこには金髪に緑色の瞳をした美少年が立っていた。
「大丈夫かい?」
その整った顔立ちに、しばし見とれていると、少年はニコリと笑ってそう言った。
ハッと我に帰り、その手を取って立ち上がると、僕はサッと頭を下げた。
「ありがとうございます。助けていただいて。」
「いやいや、君みたいに『綺麗な女の子』が倒れてたら、誰でも手を差し伸べるよ。」
「そんなこと…って、ハッ?」
今、この少年は何と言った?
確か、僕の記憶が正しければ「綺麗な女の子」と言ったはずだ。
この少年は何を勘違いしているのだろう。
「あの〜、僕…。」
と言いかけて、自分の服装を見てギョッとした。
その見覚えのある軽装備。
間違いなく、あの方のものだ。
そして、何よりも驚いたのは、肩にかかる、艶やかで長い黒髪。
それも間違いなく、あの方のものだ。
「どういう…。」
よくよく聞いてみれば、自分の声も普段より少し高めで、でも普通の女の子よりも少し低めの声だ。
では、今の自分は…。
「あれ、君。何処かで会ったかな?見覚えがあるような気が…。確か…。」
次の瞬間、僕は自分でも気がつかぬ間に駆け出していた。
背後からは、あの美少年の「そうだ、フィラ様だ!」という声が追いかけて来る。
まわりの人々は、途端に僕の姿を探そうとしだし、どんどんその喧騒は広がっていった。
通りすがる人も僕を一瞬不思議そうな目で見たかと思うと、五秒後には僕を追う、民衆達の一員になっていたりした。
「どーしよー!」
僕はひたすら走りながら、考えを巡らせた。
さすがフィラ様の体とあってか、軽いし、足も驚く程に速い。
息も全くと言っていいほど、乱れていなかった。
でもそれも、時間の問題。
これだけの人数を相手にしていれば、いつまで持ちこたえられるか分からない。
「フィラ様。」
そんな時、隣に現れたのは一度会ったことのある、茶髪の青年。
そう、ジェイドだ。
「ジェイドさ…。」
「何をしていらっしゃるんですか?普段ならこんな騒ぎ、起こしやしないのに。気配の消し方を忘れてしまったとでも?」
「いや…ちがっ!」
「とりあえず、彼らの相手は僕がします。その間に、フィラ様は森へ。」
ジェイドは有無を言わせぬ調子で言って、追って来る民衆の中へと突っ込んで行ってしまった。
本当ならば、今にでもこの状況を打ち明けてしまいたかったが、今のこの状況では、ジェイドの言われた通りに行動するのが賢明だろう。
僕は全速力でこの街にきた時にフィラ様に連れられた道を逆走した。
どうなっているかは未だに分からない。
でも、フィラ様に関して一つだけ分かったことがある。
それは、有名だというのはとても皮肉であるということだ。
彼女は別に有名になるために有名な貴族に生まれてきたわけでも、剣技を磨いてきたわけでもない。
貴族に生まれてきたのは僕だって、ルーンだって単なる偶然に過ぎない。
ましてや、彼女が剣技を磨いたのだって、彼女が騎士になった上で身につけてきたものだ。
どちらも、彼女は望んでいたわけじゃない。
なのに、だ。
こんなに大変な目に合わなくてはならないのは、なんだか不平等な気がする。
これを言ったらキリがないが、そう思うと、チクリと胸が痛んだ。
神様は意地悪だ。
込み上げて来る苦い思い。
これから、何度もそう考えてしまうことになる思い。
僕はそれを噛み締めながら、石畳の道を蹴った。
そうして、僕は森にたどり着いたのだった。