裁きの時
ねぇ、どうして僕に真実を語らせてくれないのさ?
『なにも、何もわかろうとしなかった奴らに、教えてやる義理は無い。それは、甘えだ』
でも、それじゃ何も動かないよ。
こんな事をしても、意味なんて無い。
『意味なんて必要無い。ただするべき事を成し遂げて、死んでいく。それだけで充分だ』
本当に?
君はこんな結末に納得しているの?
『納得なんて、していないさ。あの結末は理不尽極まりない』
じゃあ、まだするべきことがあるんじゃ無いの。
君のやり方は間違ってる。
だから、もっと他の方法で戦うべきでしょ?
『いや、これが最良なんだ。これで、全て終わる。俺はこうなる運命だった』
そんなこと、わからないよ。
運命なんて、当てにならない。
そんな不確かなことに君は、振り回されるべきじゃ無い。
『でも、もうどうにもならないだろう。俺は殺される。それだけだ』
確かにそうかもしれないけど。
僕は嫌だよ、君まであの悪夢を辿るなんて。
そんなの、納得いかない。
『お前は俺なのに、か? 馬鹿だな。どうして、こうも反抗する?』
僕は君じゃ無いからだよ。
君と違って、この世界の光を知ってる。
光を与えてくれた、素敵な人を知っている。
『それは儚く、脆いのに?』
うん。
儚いからこそ、尊いんだ。
僕はそれを守り抜くと誓った。
だから、それを達するまでは納得出来ないよ。
『その甘い考えは、いつかお前の心を滅す』
それでもいい。
大切なのはあるかもしれない未来じゃなくて、今だから。
『揺るがないな?』
揺るぐわけがないよ。
失ってしまうその時まで、僕は諦めない。
『そうか。なら、最後の時くらい、お前に体を返そう。ただ、変な気は起こすなよ。俺の意思はもう既に、ギリギリだ』
わかってるよ。
ありがとう。
僕はフッと目を覚ました。
久しぶりに見る世界は暗い牢獄という、あまりにも殺風景な光景を目の前に広げてた。
今日は遂に、処分が決まる日。
意識はなくとも、そのことは体が覚えていた。
あれから、ルーンが動いてくれでもしたのか、随分とその日は遅れていた。
とはいえ、僕はその時間の殆どを悪魔との対話に費やしていたため、特に何かあったわけではない。
幸い、最期くらいは身体を返してくれることになったが、悪魔の言う通り、今から状況をひっくり返すのはかなり難しい。
真実を語ろうにも、それは悪魔自身が止めてくるし、話せたところで信じてくれるはずもない。
一つの体に二つの意思があるなんて、前代未聞のことだ。
簡単に戯言だとか、気が狂っただとか言われてねじ伏せられてしまうだろう。
だから、どう頑張っても処分を逃れる可能性はゼロに等しい。
それでも、あきらめるつもりは毛頭ないが、打てる手はどうしようもなく少なかった。
「さて、どうしようかな」
ところで、ルーンはどうしているだろうか。
僕は高い魔力に浮かされて、ボンヤリとする頭で大切な人のことを考えた。
前に会ったのは、十日前のこと。
たまたま悪魔から身体の主導権を取り返せた日のことだ。
ルーンは今にも泣き出してしまいそうなほど、弱々しい目でこちらを見つめていた。
僕を心配していたであろう、その様子に僕は安心してと声をかけたかったけれど、今の状況ではそんな無責任なことは言えなかった。
せめて、彼女の憂いを払うことが出来たのなら。
どうしたらいいのかはわからなかったけれど、とりあえずは話をしたいと思って、今日のために悪魔との交渉を続けた。
彼はやっぱり、ルーンや王子を殺したいみたいだったけど、ほんの少し待ってくれることになった。
「ルーン、元気だと良いんだけど」
優しい彼女のことだから、僕のことを心配して無理をしているに違いない。
前にここへ来た時も怪我をしていたみたいだし、相当窶れていた。
彼女は僕が殺されることになったら、泣いてくれるだろうか。
僕はそんなこと望んでいないし、笑っていて欲しいと思うけど、僕たちの仲を思えばきっと彼女は悲しんでくれる。
今だって、きっと僕を救おうと奔走しているはずだから。
「おい」
不意にかけられた声に顔を上げてみれば、そこにはジオスが立っていた。
彼は無表情のまま、こちらを見つめている。
用件は言われなくたってわかっていた。
悪魔の存在を知る者は早々いない中、ジオスは悪魔を捕らえる側として動いている。
ならば、僕を前にしてすることは一つ。
王の前に、或いは処刑台の上へと連れて行くのだ。
ジオスの実力は騎士団を一つ纏めているとあって、相当なものだし不足はない。
よく見れば背後にはジェイドも控えているし、逃げ出すことは出来なさそうだ。
いや、正確には出来るけれど、彼らを傷付けたくはない。
彼らがどう思ってくれているかはわからないが、少なくとも僕自身は彼らを仲間だと信じていた。
「ジオスさん」
「エディ、気分はどうだ?」
「あまり。これからどうなるかくらい、わかってますから」
僕は苦笑したが、ジオスは表情をピクリとも動かさない。
怒っているのだ、というのは以前見た、ジオスの目に黒々とした感情が渦巻いているのに気がついて、すぐにわかった。
あの恐ろしいその目はそう簡単に忘れられるはずもないのだから。
彼は僕の言葉から一呼吸おいて、低い声で聞いた。
「お前はわかっていて、こんなことをしたのか?」
「それは、つまり?」
「ルーンの大切なモノを奪い、それでいて素知らぬ顔で彼女に近づいたのか? 奴を……ルーンを殺すために」
「……いや、まさか」
そんなわけはない。
と答えても、彼は信じてはくれなさそうだ。
僕が悪魔でないという証明をするのはとても難しい。
仮に本当のことを話そうとしても、悪魔に止められるし、何より信じて貰えないに違いない。
でも、これだけは言える。
僕はルーンを守りたい、そう思い続けてきたことは揺るぎない事実だと。
傷つけたいと思ったことなど、あろうはずもない。
たとえ、わかってもらえないとしても、それだけは伝えておきたかった。
「僕はそんな風に思って、彼女の隣に居たいと思ったわけじゃありません」
「どうだかな、お前は悪魔なんだ。口ではなんと言おうと、信じられるわけがない」
「わかっています。だけど、これだけは確かです。僕が、ルーンを守りたいと思ったこと」
僕が、の部分をあえて強める。
ジオスにその意味が伝わることはないだろうが、それでも意地だった。
悪魔もこれくらいなら、自己主張したって怒らないだろう。
彼もまた、大切なモノを守りたいと願い、そして失った。
僕の気持ちは痛いくらいに知っているはずだ。
事実、悪魔はなんの制限もかけてくる様子はなかった。
ジオスは微妙な表情をしていたが、僕は立ち上がって彼の思考を遮った。
この話は、もう終わり。
話していても虚しいだけの「もし」の話はもうしたくはなかった。
ジオスも僕が動き出したのを見て、顔を上げた。
そして、魔力封じの手錠をかけて、牢獄の外に出る。
途中、虚ろな目をした罪人を何人か見たが、僕の頭に強く残ることはない。
僕はもうすぐ死ぬ。
そうなれば、何も関係ないことだったから。
それでも、階段を上がり、青バラ本部を見たときはどうしようもなく泣きたい気分になった。
せっかく、ここまで来たのに。
そう思うと、胸が締め付けられるほどに痛かった。
不幸中の幸いは、馬車に乗り込むまでの間に顔見知りの騎士達に会わなかったことだが、馬車の扉が閉められるとそれも後悔に変わった。
どんな形でも良いから、もう一度だけアリエやルイ、コールにエフィに会ってみたかったな。
そんなことを夢想しながら馬車は城へと向けて、カラカラと走り出した。
「エディ」
「なんでしょう?」
やがて城に近づいてきたとき、ジオスがもう一度声をかけてきた。
こちらを見ない、その横顔はこの社会の裏を語るときのようなものではなく、一つの騎士団の団長の顔をしていた。
「後悔、しているか?」
「後悔、ですか」
僕は一瞬答えに戸惑ったが、意外なことに答えは勝手に口から飛び出ていた。
わかりきっていたことだからかもしれない。
僕はハッキリと告げていた。
「後悔はしていません。どれも、理不尽が積み重なって起きただけの悲劇ですから。どうしようも、なかったんです」
僕に悪魔の意思があることも、悪魔が生まれてしまったことも。
なんの巡り合わせか、ルーンと会ってしまい彼女を酷く傷つける結果になってしまったのも、すべては偶然。
不運な運命だったのだ。
そう考えれば、今更どうこう言えるはずもない。
あとは神のみぞ知る。
それに身を委ねるだけだ。
別に諦めるってわけじゃない。
これから行動を起こそうがおこさまいが、そしてそれが成功しようがしまいが、それはどうにもならないこと。
未来へと道がどれほど枝分かれていても、最後に選ぶのはたった一つのなのだから。
少し冷静になった今なら悪魔の意見もわかる気がする。
けど、だからこそ未来は自分で変えてみせるしかないのだ。
僕の答えに、ジオスはそうかとだけ頷いて、再び外を眺め出した。
城の門をくぐったようだ。
外が騒がしくなり、何人かの騎士に囲まれる。
その中には当然知った顔もいて、彼らは驚いていた。
僕は気まずく俯きながら、裁きの間へと連行される。
裁きの間。
それは重大な罪を犯した者が裁かれる場所だ。
城の地下にあり、罪人が魔力が使えないように特殊な結界が張られている。
地下は牢獄のように薄暗く、ポツポツと光る松明の明かりだけが裁きの間へと続く通路を照らし出していた。
重い扉に描かれているのは罪の重さをはかる神の天秤。
その両側で相対し睨み合う、天使と悪魔。
しかし、形勢は天使側に偏り、悪魔は火で焼かれていたり、胸に矢が突きたっていたりした。
これが、僕達の末路か。
僕はその扉を見上げながら、自嘲の笑みを零した。
逃げ道は今の所見つかっていない。
あれから様々な手を考えてみたが、誰も傷つけないハッピーエンドなんて見つからなかった。
もし、あるとしたら、今この瞬間時が戻って全てやり直すことだろう。
それくらい、悪魔のしたことは残酷なことだし、許されないことだ。
かといって、僕達が易々と死ぬのも僕としては納得がいかない。
悪魔だって被害者の一人だし、僕もまだやりたいことがある。
逃げ出すことは許されない、しかし死にたくない。
そんなジレンマに追われながら、僕は裁きの間へと足を踏み入れた。
そこには十人ほどの人がいた。
まず目に飛び込んできたのは手を縛られて跪く僕の両親。
それを見下ろす豊かな髭を蓄えた壮年の威厳のある人物、つまりはこの国の王、アラルド様。
その両脇を挟むのは臣下の中でも権力者である、ルーンのお父上、エーレル卿とナルシストな新人騎士のお父上、ラフォード卿。
更にRMKの最高責任者のルリア様など、権力者の面々が勢ぞろいしていた。
僕はそんな方々から集中した視線に一瞬気後れしながらも、両親の元へ足を進めた。
父上と母上は僕を不安げな瞳で見つめている。
「エディ」
「父上、母上」
「あなた、エディなの?」
「ええ、今の所」
そういう風に聞くのはやはり、両親はこのことを知っていたからなのだろう。
思い出しかけた記憶を思い出すなと言ったのも、きっとこうなる事を知っていたから。
なんで、どうして。
そう思えば聞きたいことが沢山、ムクムクと湧き上がってきた。
どうして、悪魔を騎士に突き出さなかったのか。
なんで、僕を息子として騙し続けていたのか。
しかし、この場でそれを聞くことは許されない。
僕はこの場ではただの殺人鬼。
陛下が咳払いをされると、僕達は黙り込む他なかった。
今更ではあるが、決定権を握る陛下の心象を悪くするのはあまり得策ではないからだ。
裁きの間が静寂に包まれると、陛下は深々と頷かれると厳かに告げた。
「これより、エディス・ユーテスの審判を行う」
僕は地面に跪かされた。
これから、尋問が始まる。
僕の前に出てきたのは、黒いマントをまとった「断罪者」と呼ばれる人物だった。
白く短い髪に、幾重もの皺を刻んだ老夫は細く厳しい目でこちらを見据えた。
「貴様は、ヴェルエーヌ家にまつわる一族を惨殺し、五年もの間その悪魔の如き所業を重ねた。手にかけた人の数は百はくだらない。間違いないか」
「この手で犯したことに違いありません」
「では、何ゆえそのような罪深き行為に出たのか」
「それは」
答えようとして、思うように口が動かなくなった。
頭の中で悪魔の「借りるぞ」という声が響く。
言わないつもりだ、と即座に悟った。
僕の口は悪魔によって、言葉を紡ぎ出す。
「俺の復讐のためだ。この世の理不尽へのな」
「……具体的に説明せよ」
「ハンッ、頭の固いお前らに話して何になる。平和だなんだと騒いでばかりで、本当に助けを求めるものなんざ見ちゃいないお前らに、話してやる義理はないね」
「殺人鬼風情が、口を慎め」
悪魔の無遠慮な言葉に、ラフォード卿から叱責が飛ぶ。
僕も内心でため息を吐きたくなった。
もう、態度ではどうにもならない。
周りへの心象は最悪だ。
「断罪者」の目も更に冷たいものになった。
「もう一度だけ、聞こう。なぜ、多くの罪なき人を殺した」
「何度聞こうが、答えは同じだ。お前らに真実を伝える気は毛頭ない。さっさと殺せばいい」
「貴様ッ! 本当に首を飛ばすぞ」
「お待ちください」
ラフォード卿が立ち上がりかけたところで、不意に背後から聞き慣れた声が響いた。
アルトの落ち着いた涼やかな声。
僕は弾かれたように振り返った。
大きく開かれた扉の先には、ルーンが立っていた。
その後ろにはエフィとアリエもいる。
僕は込み上がる感情を抑えきれずに、その名を呼んだ。
「ルーン」
「エディ」
ルーンは僕と目が合うと、そっと笑った。
そして、こちらに向けて歩いてくると僕を庇うようにして、断罪者の前に立つ。
彼女はよく通る声で、言った。
「悪魔が、いえ。ディオ・ヴェルエーヌがその人々を殺したことにはワケ。俺がお話し致しましょう」
零姫はようやく真実にたどり着いたようだな。
そんな声が頭の中で響いた気がした。




