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親の心と過ち


「ふうっ、ようやく終わったか」


おれは深くため息をつきながら、肩をぐるぐると回した。

周りに人気はなく、俺の声は虚しくも広い廊下に響き渡る。

それも、そのはず。

ここは、王城にある地下牢にほど近い場所だった。

牢獄に近い、こんな場所に人が好き好んで近寄るわけがなく、いつもは使いの者たちが忙しく歩き回る城のなかでも珍しく、ここは静まり返っていた。

もちろん、警備している青バラの騎士とはすれ違うが、大抵が顔見知りなので遠慮もない。

というわけで、俺は先程意見という名の文句を垂れていたお偉いさん方を盛大に愚痴り倒していた。


「一体、何なのだあいつらは。口を開けば、一から十まで嫌だの一点張り。何かしら、理由を述べるとかあるだろう。馬鹿なのか、あいつら。この国の未来が思いやられるわ」


そうなのだ。

一応、先程終わった証言の場ではなんとか、処分の延期を勝ち取ることが出来たのだが、これがもう、それまでが大変だった。

悪魔に自分が殺されると思っているのか、奴らは早くしろ早くしろとばかりで、頑なに延期を認めようともしなかったのだ。

どいつもこいつも自分の身ばかり優先して、俺のような小娘の意見には耳をかそうともしなかった。

お陰でどれだけ俺が苦労したか、お偉いさん方が気にしてくれるわけがなく。

最終的には俺の言葉をきちんと聞いてくれていた、陛下の「お前たちはまだ罪人と決まったわけでない奴を裁いて、国の名に泥を塗りたいのか」というお言葉のお陰でどうにかなったのだった。

全く、これだから老人は頭が固くて嫌だ。

と、もう何度ついたのかもわからない、ため息をつきながら、俺は更に地下牢へ続く道を急いだ。

あれでも、彼らはきちんと領地は治めてくれているのだ。

間違いなく幾らかは懐に入っている分はあるだろうが、取り敢えずはこれ以上文句を言っていても仕方がない。

と、そんなことを考えていると。


「団長、いらっしゃいましたか」


ふと声をかけられて、振り返ると、そこには爽やかな笑みを浮かべた副団長、ジェイドが立っていた。

彼はニコニコとしながら、手にした鍵を掲げる。

俺は今まで悪口を言っていたために少々、苦い顔をしながら、お使いを済ませてきてくれたらしい彼を労った。


「ご苦労だったな。ありがとう」

「ご命令の通り、鍵を持ってきました。当然のことをしただけですから、礼はいりませんよ。それに、そんな顔しなくても、俺はお偉いさん方に告げ口したりしませんし」

「悪かったな」


地味に痛いところをサラッと突いてくるあたり、彼も俺との付き合いは長かった。

ニコニコといつも笑っているせいか、腹の中が読めないし、これで裏ではあり得ないほど大きな情報網を持っているのだからタチが悪い。

今のところ、副団長として俺を支えてはくれているが、次の日起きたら敵に回っていた、なんてこともありそうだ。

いや、まあ実際はないと思うくらいには俺も彼のことを信用しているし、頼ってもいるので、大丈夫だろうが、敵に回したくないのは変わらない。

多分、悪魔のこともそれなりに知っているから、今回は色々手伝ってもらっている。

彼は俺がそんな感想を持っているとは露知らず、颯爽と歩き出した。

俺はその後に付いて行きながら、これから向かう相手のことに思いを馳せた。


これから向かう、地下牢にいるのはエディのお父上である、オード様とお母上であるアリス様の元だった。

彼は悪魔の容疑者の家族であるために、現在この王城の地下牢に入れられていた。

この国では、昔から一人が罪を犯した場合、家族も同時に裁かれるのが基本だ。

最近では市井の者たちが罪を犯したところで、個人の責任となりつつあるが、立場のある貴族は大抵そうもいかない。

今でも家族で牢獄にぶち込まれたり、処刑されたりというのは稀ながらもあることだ。

無論、地位も剥奪される。

とはいえ、エディは容疑者段階だし、アリス様とオード様は特に危険人物でもない。

よって、青バラ地下のあの気味悪い牢獄でなく、まだ現段階では比較的綺麗な王城の牢に入れられていた。

今歩いている地下牢へ続く階段も明るく、不気味な唸り声も、ジメッとした感じもない。

俺はそんな周りの様子にホッと安堵していると、やがて階段の終わりが見えてきた。

小さくも頑丈な扉の前にはベテランの青バラの騎士が二人立っており、彼らは俺を見るなりサッと慣れた動きで敬礼した。

俺もそれに労いの言葉を返すと、ジェイドが開けた扉を潜り抜けた。


「あら」


中もまた、階段と同じように明るくなっていた。

部屋の中央には四角い机とそれを取り囲む四つの椅子。

隅には上質とも劣悪とも言えない、ごく普通のベッドが置かれている。

壁際には数人の騎士が立っており、警備に勤しんでいた。

俺はそれらを確認した後、もう一度中央の机に目を向けた。

椅子は全て埋まっており、そこには見覚えのある顔が。

青バラの騎士二名と、アリス様、オード様がそこにいた。

彼らは俺とジェイドに気がつくと、騎士たちは椅子を開けて、直立不動の姿勢で敬礼。

アリス様は可愛らしく首を傾げ、オード様は訝しげな表情でこちらを見るという、それぞれ異なる反応を示した。

俺はまず、周囲の騎士たちに下がるように指示を与えてから、エディのご両親に軽く頭を下げて挨拶をした。

ご両親は少し戸惑いながらも、それに対してお辞儀を返してくる。

俺たちは許可も求めずに、空いた椅子に座った。

一応、罪人なので丁寧なやりとりもそこそこにしておかなくてはならない、というのは暗黙の了解だ。

彼らも気分を害した様子もなく、当然のようにそれを受け入れた。


「ご機嫌いかがですか、ユーテス卿、アリス様」

「お初にお目にかかります、フィラ様。このような場で申し訳ありませんが……」


俺は敢えて、初めまして、というニュアンスの言葉は使わなかった。

オード様には気付かれていないようだが、俺はユーテス家に入り込み、会っている。

もちろん、姿も声も違うし、顔も見られていないのだから、当然のことなのだが。

と思って安心していたら、不意に他方から声をかけられた。


「その声、どこかで」


ポロリと零された、小さな声。

俺はハッとして声のした方……つまりはアリス様の方を振り向いた。

その瞬間、アリス様と俺の視線が交錯した。

何もかもを見透かすようなアリス様の青い瞳には驚きに目を見開く俺の姿が映っていた。


「アリス様、お気づきで?」

「ええ、何処かで会っているようです。確か……」


そこで、アリス様は指先でトントンと己のこめかみを叩いた。

必死に思い出そうと、眉間に皺を寄せている。

その隣で、オード様は妻の横顔をキョトンとした様子で見守っていた。


「お前、フィラ様とお会いしたことがあるのか?」

「いや、ないはずです、あなた。でも、何処かで会った気がするのです。ええ、そうよ、確かに」


アリス様はもう一度、ううんと唸った後で、ようやくハッとしたように顔を上げた。

どうやら、思い出したらしい。

俺は見破られると思ってなかっただけに、思わず苦笑を漏らした。


「どうやら、気付かれてしまったようですね」

「そのようですわ。まさか、あの時の従者が貴女様だったとは」

「すみません。あの時は俺がフィラ・エーレルと知られるわけにはいかなかったので」

「何かしら事情のある従者だとは思いましたが、これは想像以上でした」


そう言って、アリス様はくすくすと笑った。

こんな状況だというのに、マイペースな方である。

いや、顔色があまり良くないから、これは多分空元気なのだろうが。

それでも、楽しそうな声音はここが牢であることなど忘れさせた。

俺も肩の力を抜いて、いつの間にかその場の雰囲気に馴染んでいた。

これが普通なら相手のペースに乗せられている、ということになるのだが、そこはジェイドがいるし平気だ。

彼は嘘を見抜く、良い目を持っている。

確認するため、視線をむけてみれば、彼は呆れたように笑っていた。

つまりは、任されてくれる、という意味で。

それを察すると、俺はエディのご両親との会話に集中することにした。


「さて、その話はここまでと致しましょう。楽しいお話をしたいのは山々なんですが、生憎時間もないのでね」

「はい、どうぞ。とは言っても、話せることなど何一つありませんが」


やはり、黙秘するというのは俺に対しても同じようだった。

オード様も、アリス様も途端に表情を険しくする。

でも、それも当然のことだ。

息子が捕まって、処分されると言うのだから、彼に不利益な情報などもたらしたくないだろう。

俺だって、証言したくなかった。

だが、他の騎士とは違い、俺の目的はエディを救うことにある。

目的は彼らと同じなのだ。

今、悪魔の目的が分かりつつある以上、知っていることは話して貰わなくてはならなかった。


「ユーテス卿、アリス様。俺は別にエディを処分したくて、このようなことを聞くのではありません」

「フィラ様、それは一体どういうことで?」

「つまり、エディを助けたいのは俺も同じということです」


すると、オード様とアリス様は不思議そうに顔を見合わせた。

俺がエディと部下と上司以上の関係だとは思いもしないらしい。

エディは俺の話を家ではしていなかったようだ。

それに俺は一抹の寂しさを覚えながらも、事情を説明した。


「俺とエディは青バラでの関係以前に、個人的な友人でもあるのです」

「エディが、フィラ様と?」

「ええ、団長はどうも、エディ殿にご執心のようで」

「おい。ジェイド! 誤解を招くようなことをっ!」


ご両親の前でそんな風に思っているとはあまり思われたくない。

第一、俺は彼の友人で、守りたいと思う人、というだけである。

俺は半ば言い訳がましくそんなことを考えながら、顔を真っ赤にして、ジェイドのからかいを止めた。

オード様や、アリス様はまだ上手く飲み込めていないようで、目を白黒とさせていた。


「えっと、つまりフィラ様はエディの友人で、助けたいと思っていると」

「そういうことです、ユーテス卿。俺は悪魔の彼とも剣を交えましたが、あれが俺の師匠や幼馴染を殺した相手とは思いたくなかった。だから、真実を確かめ、彼を救いたい。そう思ったのです」


俺はオード様の瞳をじっと見据え、自分の思いを伝えた。

オード様は裏を知っている人間特有の、深い闇を抱えたような、瞳でこちらを見返してくる。

俺のことを、測っているのだ。

それはすぐに分かった。

だからこそ、そのまま目は逸らさずに確固たる意志を見せつける。

ここで引けば、彼は今までと同じように知らないと答えてしまう。

そういうわけには行かなかった。


「あなたは、どれほどまで覚悟がありますか?」

「何もかもを犠牲にしてでも。俺は彼を諦めるつもりはない」

「……そうですか」


オード様はフゥと深い息を吐き出した。

どうやら、答えは出たようだ。

俺はゴクリと唾を飲み込みながら、彼の口から紡がれる言葉を待った。


「いいでしょう、お教えします」

「あなた」

「オード様、ありがとうございます」

「ただ、これだけは分かっていて下さい。私たちは、ただエディを守りたかっただけなのだと。我々のしたことは間違いなく、罪ですが、それだけの覚悟があったことを」


俺は頷いた。

ここでもまた、守りたいという思いは、良くない結果を生み出してしまったようだと、少し悲しい思いと共に、頷いた。

オード様の隣で、アリス様が震えているのを見る限り、その話が悲劇ということは容易に想像出来たから。

オード様はそんなアリス様の背を宥めるように撫でてから、ゆっくりと話し出した。


「まず、今のエディはエディであって、エディでないのです」

「と、いうと?」

「つまり、エディの肉体には二つの意志が宿っています。まさか、あんなことになるとは思いませんでしたが、あれは私がかけた魔法が原因です」

「二つの意志というのは、悪魔の意志と今まで接してきたエディの意志ということですね。そして、ユーテス卿の魔法で今の状況になってしまったと」

「間違いありません。正確には、どちらの意志もずっと彼の中に潜んでいたのですが」


すると、オード様は徐に手を机の上に翳した。

オード様の手からは僅かに魔力が発せられ、隣のジェイドが咄嗟に警戒する様子を見せた。

俺はそれを制して、何をするのか見守る。

ここで、攻撃魔法を使うのは、今の状況をさらに悪くするだけだ。

何もメリットがない以上、攻撃魔法の可能性は低い。

注意深くその手を見つめていると、やがてオード様の手の下には一冊の書物が現れた。

禍々しく、邪悪な魔力を纏った、赤い表紙の本。

オード様はそれをスッと俺の方に差し出した。

読んでみろ、ということなのだろう。

俺はそっとてを伸ばし、それに触れた。

その途端、無機質であるはずのそれから背筋が凍るような冷気が襲った。

しかし、それ以外の反応はないようで、俺は恐る恐る表紙を開く。


「これは……」


中身は何も書いていない。

つまり、白紙のページが続くだけだった。

俺は予想外のことに、もう一度閉じ、開いてみる。

当然だが、結果は変わらなかった。


「それは使用済みの契約書です。『あの日』、彼がそれを握っていた」

「あの日?」

「そう、あの日です。全ての根源。血に塗れた悪夢の日」


「全ての始まりは、ヴェルエーヌ家に」


アリス様がポツリと呟いた。

ああ、ヴェルエーヌ家はまたここで繋がっていくのだ。

俺は暫し、彼らの知る『あの日』のことに耳を傾けた。

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