表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/65

地下牢と再会

コツ……コツ……とブーツの底が石階段にぶつかる音が響きわたる。

肌にはじっとりした重たい空気がまとわりつき、暗がりの中で蜘蛛の巣が揺れた。

何度来ても不気味なところだ、と俺は周囲を見回しながら思った。

この場には前方に青バラ副団長のジェイド、後方にユナ、隣に俺を支えるエフィという面々が揃っている。

俺は痛む腹を押さえながら、薄暗い中、階段を一段一段慎重に下りていた。

時折踏み外しそうになるのをエフィに支えられながら、俺は懸命に歩き続ける。

周りはそれを注意深く見守ってくれていた。

俺は額の汗を拭いながら、一度後方を振り返った。

まだ多少明るい、その先では部下たちの忙しない声が飛び交っている。

先ほどより小さく聞こえることから、それなりに進めたのだろう。

俺は壁に手をつきながら、深いため息を吐いた。


「すまない。歩くのが遅れたな」

「いえ、大丈夫ですわ。(わたくし)たちは気にしていません。それよりも、お身体の方は大丈夫でして?」

「まだ大丈夫だ。あと、少しだな」

「そうです。団長、頑張ってください。無理があったら言ってくださいね」

「ああ。ありがとう」


俺はそんな会話を交わして、また一歩踏み出した。


ここは、青バラ本部の地下にある牢に続く道である。

地下には青バラの強力な魔術師による結界が幾重にも張り巡らせており、強固な牢として有名である。

長い歴史を持ちながら今のところ、脱獄者はゼロという数字は団長として俺も誇らしい。

ただ、そんなところであるから何人もの凶悪犯や強い魔術師が収容されている為、居心地の良いところではない。

四六時中、其処彼処から呻き声や悲鳴が聞こえるので、中に入った者の中にはトラウマになる者もいる。

俺も団長であるから、何度か訪れているのだがその日は必ずと言っていいほど眠れない。

初めての時はナーバスな状態が三ヶ月ほど続いた。

今となってはだいぶマシになったものの進んで行きたいと思えるところではない。

その為、周囲の面々も浮かない顔をしていた。

俺には必ず遂げなくてはならない目的があるが、彼らは巻き込まれただけだ。

そこには申し訳なさを感じるも、それを言えば彼らは今以上に気を使う。

だから、俺は心の内で謝りながら、黙々と足を進めた。


しばらく歩くと、ようやく階段が終わった。

その先には暗闇がポッカリと穴を開けている。

暗闇の奥からは風が唸るような音が聞こえた。

俺は忘れていた恐怖心が湧き上がるのを感じ、思わず身震いした。

心なしか生暖かい空気が肌を撫で、ネットリとした暗闇が触手を伸ばしてくる。

俺はゴクリと唾を飲み込むと、ゆっくりと足を進めた。

周囲も少し遅れて、同じように歩き出す、わ

中に踏み込んでみると、すぐに鉄格子の並ぶ廊下が見えた。

まだこの辺りは罪が軽い者が多いせいか、不気味な感じはまだあまり受けない。

奥から流れ込んでくる空気のせいで気分は幾らか重いが、眠れなくなるほどではない。

罪人達もガラの悪い者達ばかりでなく、やつれていながらもまだ落ち着いている。

彼らは俺たちが通ると胡乱な目を向けてくるだけで、特に騒ぐ様子もなかった。

この分なら、近々出してもらえる者もいるはずだ。

俺は罪人達を横目にひたすら足を奥へ奥へと運んだ。

やがて鉄格子の中にいる者達の罪も段々重たくなってくる。

次第に呻き声も近づき、耳の奥に響くようになった。

ここまで来ると、暫くは呻き声が聞こえ続けることになる。

エディはまだ容疑者段階ということもあり、この辺りに収容されているはずだった。

俺がキョロキョロと辺りを見回していると、ふとジェイドが足を止めた。

俺もそれに合わせて立ち止まると、振り向いたジェイドと目が合う。

彼はチラリと牢の中を一瞥して、言った。


「ここが彼のいる牢です」


俺はエディの顔を見た。

見慣れた色素の薄い茶色の髪と、気の弱そうな顔。

彼の目は閉じられ、熱でもあるのか頬が赤く染まっていた。

零れ出る魔力はあの悪魔と紛れもなく同じで、やはり彼が悪魔だったのだと再度思い知らされる。

少しの希望を打ち砕かれ落胆する気持ちと、彼が無事という安心感が綯い交ぜになって、俺は複雑な気分を味わっていた。

しかし、時間が経つにつれ、負の感情の方が大きくなる。


やはり、彼だった。


その事実は冷静になった今も受け入れ難いことで。

俺は鉄格子を握る手が痺れるのも関わらず、手に力を入れた。

感情に呼応して、現れる魔力はさほど大きくはなく、俺の魔力は悪戯に結界に吸い込まれていくが、動揺は抑えきれない。

俺はそれを眺めながら、エディから視線を逸らした。

受け入れたくない。

けれど、受け入れなくては先には進めない。

理性でわかってはいても、俺は俯くことしか出来なかった。

浮かんでくるのはどうしようもない疑問ばかり。

どうして、こうなってしまった?

俺が災厄だから?

それとも、運命だからか?


「違う、そうじゃない」


そんなことを考えるのは止めにしたはずだ。

今考えるべくはこの絶望的な状況をひっくり返す打開策。

また負のループに陥ったところで何も変わらないと、ユナに教わったばかりではないか。

俺はふうっと大きく息を吐き出した。

目を閉じて、一度気持ちを落ち着かせる。

これからが重要なのだ。

ここで塞ぎ込んでいてはいけない。

俺は再び目を開けると、ゆっくりと顔を上げた。

視界にエディの姿が映り込む。

彼は少し前と変わらず眠り続けていた。

時折、苦しげな顔をするものの、それ以上の変化はない。


「エディ」


話がしたい、どうか目を開けてほしい。

俺は心から願った。

唯の希望観測かもしれないが、そうすれば彼はまたいつものように微笑んでくれるような気がした。

俺は鉄格子にしがみつきながら、食い入るようにエディを見つめる。


エディ、俺は知りたいだけなんだ。

お前が悪魔である理由、もしくはそうでない事実を。

もう二度と、過ちは繰り返さない為にも、お前の身の為にも俺は聞きたいのだ。

そうでなくては、諦められないし、前にも進めない。

その先にあるのは居心地の悪い停滞だ。

そんなこと、お前も望んじゃいないだろう?


ひたすら心の中で語りかけながら、俺は首からさがるネックレスを握った。

彼がくれた、俺の大切な宝物は今も変わらない輝きを放っている。

それはまるで、エディの存在を主張しているかのようで。

少なくとも、俺にはそのように見えて、その輝きに縋った。

情けないことだが、俺にはそれくらいのことしか出来ない。

戦うことにしか能がない俺は、これだけが精一杯だった。

何分も立っているうちに、腹の傷が痛みを訴えるも、俺は無視してた立ち続けた。

周りが戻ろうと言っても、頑として動かない。

そのうち、周りも俺が動きそうもないことを察したのか、何も言わなくなった。

静かにこちらを見守りながら、時折体を支えてくれるようになる。

俺はそれに感謝の言葉を述べながら、数時間ほど立ち続けた。

エディ、目を覚ましてはくれないか。

それだけを思いながら。


「ルーン、そろそろ限界だろう。もう戻った方が良い」


ユナがそう言いだしたのは既にもうどれほど時間が経ったのかわからなくなった時だった。

俺の傷がある体は既に限界を迎え、膝が震え、立っていられるのが不思議なくらいだ。

この調子だと、帰るのは背負ってもらわなくてはいけない。

俺もそろそろ粘り続けるのは難しいと判断していた。

話せないのは嫌だが、これ以上の我儘も許されない。

ユナの言うことは最もだった。

俺はユナの言葉に渋々ながら頷くと、もう一度檻の中に目を向けた。

彼は寝台の上で、小さく身じろぎする。

それに少しだけ期待を込めて、眺めてみるも目を開く気配は無い。

やはり、ダメだ。

俺はため息をついて、彼に背を向けた。

そして、歩き出そうとする。


「うっ……」


だが、その時呻き声がした気がした。

俺は慌てて、振り返る。

仲間たちにもそれは聞こえたのか、互いに顔を見合わせていた。

牢に飛びつかんばかりに、中を再度見ると、そこではエディがもぞもぞと動いていた。

目はまだ閉じられているが、眠りは浅いようで頻りに動いている。

俺は思わず大きな声で呼びかけた。


「エディ、聞こえるか? 目を覚ましてくれ! お願いだ」


すると、ピクリと瞼が動いた。

そして、ゆっくりと持ち上がり、燃えるように赤い瞳が明滅しているのが見えた。

唇が小さく動き、掠れた声が紡がれる。


「ルーン?」


フィラ・エーレルではなく、ルーン。

俺はその意味をすぐに理解した。

今の彼はいつものエディだ。

悪魔のように冷たい視線を向けてくることも、悪魔の強気な表情もそこにはなかった。

俺は安心すると同時に、歓喜した。

まだ、彼は悪魔と決まったわけでは無い。

鉄格子にしがみつきながら、俺は希望の光に縋るように答えた。


「ああ、そうだ。今の状況がわかるか?」

「あれ……確か、僕はファボルで魔物と戦って……ここは?」

「やはり、覚えていないのか。ここは青バラの本部地下にある牢だ。お前は悪魔である容疑がかけられ、ここに入れられている。心当たりはないか?」

「僕が……悪魔?」


彼はゆるゆると首を振って、身を起こした。

まだ頭がぼんやりしているのか、こちらを胡乱な目で見つめている。

彼は暫く黙りこくった後、戸惑ったように首を傾げた。

これを見る限りだと、悪魔と同一人物である可能性は低く思えるが、どうなのだろう。

俺は辛抱強くエディが落ち着くのを待った。

それに伴い、今の状況をポツポツと話していく。

全てを聞き終えた後、彼はどこか納得したように頷いた。


「なるほど。そういうことか。僕の中には悪魔が。だから、あの記憶を」

「記憶? なんのことだ? それとも、何か知っているのか? 教えてくれ」

「ルーン、聞いて。実は悪魔の正体がっ……つぅ」


エディは大切なところで突如、頭を押さえた。

頭が痛むのか、その額には汗が浮かび、苦しそうである。

口を開こうとするたび、その痛みを感じるようで、中々何を言おうとしているのかわからない。

何やら、ブツブツと「わかっている」だとか、「お願いだ」とか呟いているようだが、詳しいことはわからないままだった。

俺は心配になって、声をかけた。


「エディ、大丈夫か?」

「平気。ちょっと悪魔の力が強くて、中々言いたいことが言えないだけ。何もしてなければ大丈夫。けど、ゴメン力になれそうにない」

「そうか。残念だが、無理はしないで欲しいしな。今日はこれくらいにしよう」

「うん。ありがとう。けどね、これだけは言えるよ」

「なんだ?」


そこで、エディは赤い瞳のまま言った。

それはまるで悪魔とエディが同化したかのようで。

刹那、エディがどこか遠くに行ってしまったかのような錯覚に陥った。

彼は強い光を宿しながら言った。


「俺はただ、大切なものを守りたかった。それだけだったんだ」


エディ……否、悪魔かもしれない彼はそう言って、ふと糸が切れたかのように寝台に倒れこんだ。

中をよく覗きこんで見れば、既に寝息を立て、眠っていた。

おそらく、久々に目が覚めたことや、悪魔を体に宿していることが疲労をきたしたのだろう。

俺は受け取った言葉の意味を咀嚼しながら、鉄格子から離れた。

もう暫くは目を覚ますこともないだろうし、用は済んだ。

出来れば悪魔について詳しいことも聞きたかったがそちらは初めから期待していなかったし、問題ない。

むしろ、エディと会話できるとは思っていなかったので、運が良かったと言える。


大切なものを守りたかった、か。

それは今の俺の胸に深く突き刺さった。

俺はいつだって、その願いを叶えたいと思っていた。

いつも目の前で消えていく大切な人たちを守りたかった。

そして、それは今だって同じ。

エディを、あの平和な日常を俺は守りたかったのだ。

今、その為に出来ることをしている。

これで、少しは希望を掴めたような気がするし、エディを守り抜く決意は固まった。

ならば、もう決まっている。

次の一手がもうすぐそこに自ずと見えていた。


「エフィ」

「はい、なんでしょう?」

「エディの処分はいつ決まる?」

「ルーン様がご証言なされれば、何時にでも。しかしながら、一週間以上は引き延ばせないかと」

「その間、ロエル家を探ることはできるか?」

「……可能です。今、先方はゴタゴタしているそうなので。ただ、バレることは考えられますし、そうなればルーン様にも危険が及びますが」

「構わない。俺はどうとでもなる」

「ルーン!」


ユナは怒ったような声を上げた。

まぁ、当然だろう。

危険な真似はしないと、悪魔には関わらないと約束したばかりなのだから。

無論、それを破る気は更々ない。

もう二度と破らないと誓ったばかりだ。

『俺自身』は動かないと、そう誓った。

だから、エフィや、ユナという他人に頼る方法をとるのだ。

屁理屈と言われればそれまでだが、そうでもしなくては大切なものはまた俺の手の中からすり抜けていってしまう。

ならば、動かないわけにはいかない。


「大丈夫だ。俺は屋敷からは動かないよ。そうすれば、お前たちが守ることは出来るだろう。もちろん、処分を決めるときには出ないといけないが、そこは白銀の蝶や青バラを信頼している。ならば、何も危険なことはあるまい?」

「それはそうだが……」


ユナはまだ納得がいかないようだが、何かをいうことも出来ないようで、最終的には口を噤んだ。

俺はそれを確認して、ジェイドにも命令を出した。

こちらは主に青バラ関連のことだ。


「ジェイド、シャロンの状態は?」

「安定しています。今のところは心配ないかと」

「面会を申請してくれ。話がしたい」

「わかりました」


シャロンは悪魔が捕まったとはいえ、まだ護衛を外していない。

悪魔だけでなく、ファボルで襲ってきた魔物のこともあるからだ。

城に行くにはユナたちに迷惑をかけることになるが、城まで行けば結界は二重にかけられているため、あそこより安全なところはないだろう。

暫く匿ってもらうことも出来る。

どうせ、エディの処分決定も城で行うのだから、その時にでも話せればいい。

シャロンにはミルネのことに関して、話したいことがある。

悪魔に繋がる情報を得られるかもしれないし、これを無くすことは出来ない。

ユナもそのあたりを察したのか、もう何も言わないとばかりに口元を引き結んでいた。


「ユナ、すまないな」

「ルーンのことだ。もう決めたらテコでもうごかねぇんだろ? なら、もう何も言わねぇよ。だがな、忠告はしたからな? 忘れんなよ?」

「ああ、わかっている」


俺は笑顔で頷くと、その場から踵を返した。

腹の痛みなどは忘れて、力強く足を踏み出す。


「ここから、だな」


と、これからの計画を頭の中で練りながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ