赤毛と巨人と妖精と
「いった〜!」
「おっ、おい。大丈夫か、ボウズ?」
ドアを開けた途端、何かが飛んできて、僕の顔面に直撃した。
固く、茶色いそれは、当たるとものすごく痛かった。
目の前に星が浮かぶ中、僕はフラフラとよろめいて、その場に尻もちをついてしまう。
そんな僕に声をかけてきたのは赤毛を持つ男だった。
心配そうな顔で僕の顔を覗き込んでくる彼は、やがて顔をあげて、広間全体に響き渡る声で叫んだ。
「誰だよ。靴なんてもの、投げたの。」
くっ、くつぅ!?
靴なんてそうそう投げるものではない。
そんなものがどうして…。
痛みよりも、そっちに気がいきかけて、思わず痛みで伏せていた顔をあげる。
そこで、挙手したのは実験失敗した博士…ではなく、モジャモジャのヒゲを顔中にはやした、山男のような人だった。
その人は横に広い巨体の持ち主だったが、僕の前に出てくるなり、申し訳なさそうに大きな体を縮める。
「すっ、すまない。悪気はなかったんだ。ただ、賭けで負けてしまって、ムシャクシャしてしまってな。気が立っちまった。本当にわざとじゃないんだ、許してくれ。」
「いや、そういうことでしたら大丈夫です。僕は無事ですし…。謝らないでください。」
本当は少し…いや、かなり痛かったのだが、こんなに謝られると何も言えない。
僕が彼を許すと、男はヒゲの中でホッと表情を緩めた。
そして、最後に一礼すると、席に戻って行った。
「いや、悪かったな。でも、悪く思わないでくれよ?彼らは、皆根はいい奴ばっかだしな。」
「大丈夫です。今ので、悪くない人だってことは分かりましたから。」
「そう言って貰えると助かる。ところでアンタは?入団希望者か?だったら…。」
「いっ、いえ。違います。確かに名誉ある騎士団ですから、入りたくないなんてことは無いですが、今回は色々事情があって…。フィラ様についてのお話を聞きに参りました。」
僕がそういうと、男は怪訝そうな顔をした。
無理もないだろう。
女騎士、フィラ・エーレルは誰もが知る有名人だ。
その人の話など誰でも知っている事なのに、わざわざ聞きにくる者など、まずいない。
「お前さん、スパイか何かか?」
「いえ、そんなつもりでは…。」
何も言えずに口籠っていると、男はまじまじと僕の顔を見つめてきた。
そしてしばらくして、何かに気がついたのか、「あっ。」と声を上げた。
「なにか?」
「お前さん、もしかして…エディスとかいう奴じゃないか?」
「えっ?ああ。そうですが…あっ、もしかして、噂をお聞きに?」
「ってことは、そうか!なるほど、訳がわかったぞ。いいだろう。その代わり、俺と仲がいい連中に会ってくれないか?奴ら、きっと喜ぶぞ!」
「えっ…と。」
そう言うなり、男は僕の返答も待たずに、僕の腕を引いた。
それには少し戸惑ったが、この際、フィラ様のことも聞けるし、着いて行くべきだろう。
僕はそう自分を納得させると、赤毛の男について行った。
そうして着いたのは、広間の一番端のテーブルだった。
そこには二人の人が腰掛けていて、一人は女、もう一人は男のようだった。
「よぉ、戻ってきたぜ。」
「遅いですわよ、コール。」
「で、どうだったんだ。お客さんは?」
振り向いた彼らは、とても容姿にインパクトがあった。
男の方はスキンヘッドの厳ついおじさんで、立てば2メートルは超えるだろうというほど大きかった。
黒々とした肌に、ムキムキに鍛え上げられた身体…まさに、巨人だ。
そして、女の方というと、こちらは驚くほどに美人だった。
でも、フィラ様とは違った美人さで、可愛らしいという表現の方が相応しい。
白い長い髪をポニーテールにしていて、ピンク色の瞳をクリクリとさせている。
まるで妖精のようだ。
思わずあまりに違いすぎる二人が一緒にいるところを見て、ポカンとしていると、赤毛のーコールというらしいー男は僕に椅子をすすめてくれた。
「おい、どうした?」
と聞かれて、やっと我に返ると、お礼を言って席に着いた。
向かいにはコールが腰掛ける。
そして、ひと段落ついたところで、自己紹介が始まった。
「紹介しよう。彼は噂のエディス…エディス…。」
「エディス・ユーテスです。苗字持ちの貴族ですが、それほどえらい階級でもなく。若く、未熟ですから、普通に接してください。堅苦しいのは昔から苦手で。」
そう言って笑うと、女騎士の方は驚いたように僕を見た。
でもそれも一瞬のことで、数瞬後にはニコリと笑い返してくれて、手を差し出してきた。
「あら、奇遇ですこと。わたくしも同じですの。名前も似ていますから、あなたとは気が合いそうだわ。わたくしの名はエフィ・アナトリア。よろしくお願いしますわ、エディ。」
「よろしくお願いします。エフィ。」
今度はスキンヘッドの男の番だった。
彼はツルリと頭を撫でてから、その容姿からは想像出来なさそうな、人の良さそうな笑みを浮かべた。
「俺の名はロイジ。いつもこの容姿で怖がられるんだが、怪しいやつじゃないぜ。よろしくな。」
「よろしくお願いします。」
と、そこまで終えたところで、不意に肩に重みがかかった。
気がつけば、向かいに座っていたコールがいなくなっていて、その正体に予想を立てて振り返る。
予想通り、僕の肩に凭れかかっていたのは右手には酒の入ったグラスを持った、コールだった。
「さっきエフィが言ったから知っていると思うが、俺の名前はコール。まぁ、仲良く行こうぜ。こっちもタメ口なんだ。だから、そっちもかたっくるしいのはなしだ。」
「じゃあ、そうさせてもらう。コールもよろしくね。」
こうやって互いの自己紹介を終えると、コールは唐突に本題に入った。
「で、お前さんの噂だけどよ。団長が笑ったり、怒ったりってのは本当か?そもそも、あの方とどういう関係なんだ?」
「えっ、えっーと。」
全く無防備だった僕は、ちょっと戸惑ってしまう。
それでも、何とか立て直すと、再び口を開いた。
「皆、大袈裟なんじゃないかな?そんなにフィラ様はポーカーフェースなワケ?いくらポーカーフェースっていっても、笑ったり、怒ったりくらいは…。」
「「「しない。」」」
「うっ…。」
僕よりも彼女の事を知っているであろう三人に、ここまで否定されては何も言えない。
好奇心に目を輝かせる三人を宥めるにはもう、事実を話すしかないようだ。
「確かに笑ったり、怒ったりはしたよ。実際に、今さっき怒られてきたところ。でも、断じて特別な関係ではない。僕は森でドラゴンに襲われていたところを助けてもらっただけだよ。」
「成る程。状況は理解出来たぞ。」
「これは、団長も苦労しますわね。」
「それって、どういうこと?」
意味しんな会話を繰り広げる三人に、僕だけがついていけない。
一体、何をフィラ様が苦労されるのだろうか?
「まぁ、それは自分で気がつくべきだな。俺たちの力ではこれ以上、どうにも。」
「ええっー。ホントに、何なんだよ?」
これ以上は何回聞いても答えてくれなかった。
笑ってはぐらかされて。
はたまた、ニヤニヤしたり。
「でも、しっかし。どうしてフィラ様のことを俺たちに聞くんだい?そんなの、本人に聞けばいいだろ?」
「それが出来てたら苦労しないよ。」
「はっ?どういう…。」
今度は彼らも理解出来なかったらしい。
僕はフィラ様とのやり取りを思い出して、再びゲンナリしながら話した。
「実は、フィラ様を怒らせてしまったんだ。ほら、さっき言ったろ?それでさ、謝っても謝っても許してくれなくて。だから、フィラ様のことを知れば、理由の糸口も見つかるかもしれない…と思ってね。」
「ふーん。いい案ではあるな。」
「それなら、お安い御用ですわ。フィラ様も内心ではきっと、仲直りされることを望んでいらっしゃるハズです。私たちも力になりますよ。」
こうして、コール、エフィ、ロイジの三人はフィラ様を怒らせてしまった理由探しを手伝ってくれることになった。
だが、理由を知った時、僕は激しく後悔することとなった。
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