表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/65

氷姫と悪魔


「待てっ!」


俺は屋根の上を全速力で飛んでいた。

夜のウォルティに俺の叫び声が響き渡る。

多分、その声は目の前を飛ぶ影にも聞こえているに違いない。

しかし、その人物は足を止めることはなかった。

それどころか、レベル5の俺が身体強化魔法を使っているというのに、俺たちの距離が開いていく一方だった。

悪魔の魔力量は信じられないことに、俺の魔力量を凌駕していた。

俺はそのことに驚きつつも、必死に邪気を纏うその背に追いすがる。

このまま悪魔をシャロンの元に行かせるわけにはいかない。

もしそうなれば、大量の死人が出るに違いなかったからだ。

幼馴染みシャロンはもちろん、彼を守る大切な青バラの部下たち。

更に陛下にまで命が危険があるかもしれない以上、俺は騎士としても個人としても奴に追いつかなくてはならなかった。

俺は全身が悲鳴をあげるのにもかかわらず、魔力を振り絞った。


雪波(せつは)!」


氷の刃が悪魔の背に向かって飛んでいく。

それに対して悪魔は振り返らないまま、身を屈めるだけで避けてしまう。

バランスを崩すこともなく、次の屋根に足をつくと、そこからさらにスピードを上げた。

もう素晴らしいとしか言いようの無い、身のこなしと魔力量だった。

俺は逸る気持ちを押さえつけながらも、チッと舌打ちをする。

王城までの距離は後もう僅かだった。

それまでにはどうにかして悪魔には止まってもらわなくてはならない。

俺は新たな策を必死に練りながら、瞬間移動魔法を使うことを思いついた。

普段なら正確に座標を設定しなくてはならないため、戦闘ではあまり使うことの無い魔法だが、追いつくにはそれしか無いだろう。

幸いウォルティは小さい頃から走り回っていた俺の庭だ。

イメージするのは簡単だし、上手くいくかもしれ無い。

俺はそう考えに至ると、すぐにその魔法を行使した。

可能性は五分五分だったが、魔力を解放した瞬間、すぐに視界の景色が切り替わる。

俺は王城と悪魔の間に立ちはだかった。

今度は正面から雪波を撃ち放つ。

そして、同時に悪魔に向かって叫んだ。


「止まらないか! 俺はフィラ・エーレルだ。お前の殺したい奴のうちの一人だろう」

「フィラ、エーレル?」


ようやく俺の言葉が届いたのか、悪魔は俺の目の前で足を止めた。

同時に疑うような小さな呟きを零す。

俺はそれにコクリと頷くと、変装を解いて見せた。

マントを取り払い、髪を黒に戻し、衣装替えの魔法で騎士服になる。

そうすれば、エーレル家のメイドでも、銀髪の騎士の従者でも無い、元の俺の姿に戻った。

腰にはいつもの剣がぶら下がっている。

俺はそれを抜き放ち、もう一度名乗った。


「ああ。俺が、フィラ・エーレルだ」


今度は悪魔も納得したようだった。

フードの奥から赤い瞳が覗き、こちらを興味深げに観察している。

俺はそのことに居心地の悪さを感じながらも、奴からは決して目を離そうとはしなかった。

何しろ、相手は今まで何人もの人を殺してきた凶悪な殺人鬼なのだ。

少しでも気を抜けば、俺とてただでは済まないだろう。

それは先ほどの追いかけっこからもわかっていた。

悪魔は間違いなく強い。

それも多分、俺が今まで出会ってきた誰よりも。

直接悪魔を目の当たりにしたのは初めてだったが、これならば師匠を殺せたのも頷ける話だった。

俺はフツフツと湧き上がってきた怒りの感情をぶつけるように、悪魔を鋭く睨みつけた。


「だから、ここから先は通させやしない。極悪非道の殺人鬼よ」

「ほう。お前は自分の罪も、真実も何一つ分かっちゃいないようだな」

「なんのことだ、悪魔」


悪魔は魔法で変えられた声でクックッと笑った。

俺はその笑いがバカにされているように思えて、不快だった。

言葉の意味がわからずに聞き返してみると、悪魔は呆れたように肩を竦めた。

その様子からは落胆がうかがえる。

俺の質問には答えずに、奴は言った。


「残念だ。答えることは出来ない。俺はお前自身に気づいて欲しくて、最後まで待ったというのにこのザマだ。やっぱり、俺はお前を殺さなくちゃいけないようだ」

「殺されてたまるか。最後に死ぬのは貴様の方だ。幾人もの命を奪ったその罪は重い。死んでも逃げ出せると思うなよ」

「殺るか?」

「無論だ」


俺たちの視線が交錯した次の瞬間、同時に足を踏み出した。

手加減無しの全力を込めた、一閃。

悪魔はそれに真っ向から立ち向かってくる。

その手には二本のナイフが握られていた。

その素早さはやはり、凄まじい。

追いかけっこでそれなりに魔力を消費しているかと思ったのだが、その動きに衰えは一切なかった。

剣がぶつかり合い、悪魔の攻撃の重みが俺の手を痺れさせる。

こんなのは師匠と戦った時以来のことだった。

悪魔の攻撃は苛烈で、俺は思わず後ずさってしまう。

奴はそんな俺の隙につけ込むように、追撃を繰り出してきた。

俺は剣でそれをなんとか流しながら、攻撃に転じる。

守りに入っても勝てる相手ではないことはわかっていた。

雪波を牽制に放ち、そのかわしたところを剣で攻め立てる。

悪魔は雪波をどうやっているのか、軌道を逸らせながら、俺の攻撃を防ぎきった。


「ほらっ!」

「クウッ!」


恐るべきことに、相手にはまだ余裕があるようだった。

こちらが全力なのに対し、悪魔は遊んでいるようにも見える。

次々と攻撃を放ちながら、奴は笑顔を浮かべていた。

そして、挑発するように、挑戦的な言葉を投げかけてくる。


「最強と謳われる騎士様の実力はこんなものか?」

「舐めるなっ!」


俺は強引に悪魔の間合いに入り込んだ。

悪魔の剣を身を捻って紙一重でかわすと、喉元を狙って突きを繰り出す。

しかし、先ほどふるったナイフとは逆のナイフで打ち払われてしまった。

そうしている間にも、次のナイフが襲いかかってくる。

それをステップを踏んでかわすと、今度は体当たりした。

悪魔はそれをスッと避けて、俺の左手首を引いた。

勢いづいていたためか、そのままつんのめりそうになって、俺は慌てた。

咄嗟にそこから背後に体をひねり、蹴りに転換する。

蹴りはなんとか悪魔の肩口にあたり、着地した後の追撃は免れた。

お互いに距離を取って、向かい合うと状況はまた振り出しに戻った。

悪魔は感心したように呟く。


「あそこから、蹴りを出すか。予想外だ」

「貴様の動きもな」


俺は軽く切れた息を整えるように深呼吸する。

悪魔は蹴られた肩をさすりながら、状態を確かめていた。

どうやらなんともないらしい。

しかし、俺の実力が想像以上だったらしく、目つきが変わっていた。

赤い瞳には剣呑さが表れている。

奴はスッとナイフを持ち上げて、今更ながら臨戦態勢を取った。

俺はその様子に警戒心を高めながら、剣を構えなおした。

そのコンマ数秒後にはまた剣とナイフがぶつかり合う。

攻撃を受け、かわし、反撃。

皮膚が浅く切り裂かれながらも、気にせずに攻めに入る。

受け流し、魔法を放ち、ステップを踏む。

でも、このままでは少し難しい。

今のところ、悪魔が俺を押していた。

攻め数が圧倒的に向こうが多く、有利だった。

俺は流れを変える為に一度距離をとると、悪魔に向けて手を突き出した。

何をするのか瞬時に悟ったであろうはずなのに、悪魔はそれでも俺に向かって接近してくる。

余程、俺に勝つ自信があるようだ。

俺はそのことに悔しさを感じながらも、自らの力を見せつけるように魔法を放った。

それは普段は使わない、俺の中でも上位に属する魔法。

俺は魔力を練り上げると同時に、その名を叫んだ。


「氷精霊の舞」


その瞬間、猛吹雪が悪魔に襲いかかった。

それも、ただの雪ではない。

一つ一つが刃となった氷の風はが悪魔の全方位を取り囲み、一気に襲いかかった。

その魔力の大きさと、肌を穿つ氷の刃は大抵の敵を粉々にする。

中級の魔物でも、これをモロに食らえばひとたまりもなかった。

俺の魔法のレパートリーの中でも極めて凶悪度は高い。

幾ら先ほどまで余裕ぶっていた悪魔とはいえ、無傷ではいられるはずがなかった。


だが。


「……なんて魔法だ。よっぽどお前が悪魔を名乗った方が良い」


カリンカリン、と氷が地面に落ち、砕ける音がした。

俺はそれを目を見開いて、ただ眺めることしか出来ない。

悪魔という存在は俺の想像の遥か上をいく存在だった。

今まで、これを防がれたのは師匠くらいしかいない。

逆に言えば師匠なら防げたのだから、それに勝った悪魔にも防げるとは思っていた。

それくらいのことは予想済みだ。

だが、こんなことまでは予想できなかった。


「嘘だろうっ……」


悪魔はほぼ無傷だった。

ほぼ、というのは頰に切り傷が入っているし、フードは破れてボロボロになっていたからだ。

俺は露わになった悪魔の顔を凝視し、固まっていた。

色素の薄い、茶色い髪。

気の弱そうな目元は、今は挑戦的に細められ。

最近少し焼けた肌は、月の光を浴びて光っていた。

見慣れたはずの顔が、エディス・ユーテスの顔がそこにはあった。


「そんな、馬鹿な」

「おい」


震える声でそう零す俺に、エディは乱暴な口調で呼びかけてくる。

その言い方はは、ちっともエディらしくなかったが、その顔は何度見てもエディだ。

幾ら無の魔法が便利とはいえ、顔そのものを変える魔法は今の所存在していない。

その証拠に、俺の変装も髪色と服装を変えるだけにとどめていた。

だから、今目の前にいるのは間違いなくエディのはずなのだ。

しかし、その仕草が、口調が、俺の思いがその現実を拒絶する。

こんなのはエディじゃない。

悪魔がエディだなんて、嘘だ。

俺はそう、信じたかった。


「おい、何を惚けている」


悪魔も俺の態度がおかしくなったことに気がついて、怪訝そうな顔をした。

その周囲には俺が放った氷の刃がフヨフヨと浮いている。

今、それらを放てば俺を殺せるというのに、彼はそうせずにその理由を尋ねてきた。

完全に平静を失っていた俺は、それに対してうわ言のように、嘘だとしか繰り返せない。


嘘だ、嘘だ、嘘だ。

俺が殺したかったのは、彼なんかじゃない。

殺したいのは極悪非道の殺人鬼たる悪魔だ。

なのに、なんで目の前の者はみたことのない魔法を使うのだ?

なんで、赤い瞳をしているのだ?

どうしてこうも乱暴なのだ?

わからない。

幾ら考えても分からなかった。

一体どうしてこんなことになってしまったのか、俺の理解できる範疇を超えていた。


「俺に勝てないと諦めたのか。おい、なんとか答えないか」


エディの皮を被った悪魔は俺に近づいてきた。

そこにあるのは、軽蔑と、憐れみと、嫌悪の感情。

目の前にいるのはエディのはずがないのに、そんな顔をされると彼に蔑まれているような気分になった。

思わず、俺は震えた。

止めてくれ、そんな目で俺を見ないでくれ。

俺はもう、そんな風に見られたくはない。

それも、今まで大切だった人に、見る目を変えて欲しくない。

だから、だから。


「止めてくれっ!」


俺は剣を抜いた。

そして、悪魔に向かって一直線に突撃した。

悪い夢なら覚めて仕舞えばいい。

こんな残酷なこと、受け入れられるはずがないのだ。

俺はもうそれ以上のことを何も考えられずに、ただ目の前にいる敵を打ち倒すことだけを考えた。

悪魔は一瞬、驚いたかのように眉を上げたが、すぐにそんな俺の攻撃を受け止めた。


「なんだ、その攻撃は」


と、次の瞬間、俺は大きく吹っ飛ばされていた。

屋根の上から突き落とされて、地面に激しく背中を打つ。

身体強化魔法で守っていたから無事だったものの、肺の中の空気が無理やり吐き出させられて、俺は咳き込んだ。

空気を求め、蹲って喘ぐ。

その喘鳴はいつの間にか嗚咽に変わっていた。

どうやら、また雨が降ってきたらしい。

俺の頰が濡れていた。


「なんで、また」


俺は何もかも失ってしまうのだろう。

そう呟いた俺のそばに、悪魔が降り立った。

倒れたままの俺にはその足元しか見えない。

悪魔は、エディの声で言った。


「お前が何も知ろうとしないからだ」


心が竦んだ。

脳裏にボロボロのワンピースを纏った少女の姿が映し出される。

ああ、多分そうなのだろう。

俺は何も知ろうとしなかった。

失ってしまうことが怖くて何度も何度も逃げてきた。

全てのことに目をそらしながら生きてきた。

そして、それは今日もまた。


「お前が何も知ろうとしなかったから、あの子は逃げ場を失った。一人で戦うことしかできなかった。お前たちの無知があの子を殺したんだ」


視界の端で鈍い銀色の光が俺の目を射抜く。

その光の先には赤い瞳が見えた。

そこに秘められた感情は、俺にはわからない。

最早、自分のことでさえわからないのだから、当然だ。

俺は小さく、笑った。

嗚呼、俺はまた逃げるのだ。

死という暗闇の中に逃げていくのだ。

かつて、エディという光に魅せられた時のように、今度は暗闇にその魅力を見出していた。

俺はそんな自分を滑稽だと思った。

何が、世界最強の騎士だ。

こんなに心をかき乱されて、闇に落ちていく私がそんな眩しいモノであるはずがないではないか。


銀色の星(ナイフのひかり)が流れ落ちるのを確認して、俺は目を閉じた。

これで、全て終われるはずだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ