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過去の予兆

「こっ、これはっ!」


久しぶりに晴れた、エフィと会った数日後の午後。

俺は自らの姿を見下ろしながら、顔が赤くなるのを感じていた。

黒く膝下までの丈のスカートに白の清潔なエプロン。

腰のあたりに結ばれた白いリボンとふんわりと可愛らしく膨らんだ袖。

紺のハイソックスに、襟に施された銀色の蝶の刺繍。

俺が今、身にまとっているのはそんな可愛いと評判のエーレル家のメイド服だった。

母さまが考案したというそれは、王都でも人気が高い。

俺も可愛いと前から思っていたし、母さまの考えた服が褒められるのは正直鼻が高かった。

だが、それを自分が着るとなったらそれは別問題だ。

事実、それを着て街を歩かされている今は、直ぐにでも穴があったら入りたい気分だった。

時折、すれ違う人は俺を見るたびに、興味深そうに振り返っている。

どうせ、似合わない事はわかっていた。

女の子らしさの欠片もない俺が着たって、不相応なのは重々承知の上だった。

それなのに、隣の銀髪の女騎士はそれを脱ぐ事を許してはくれない。

ユナは今にでも鼻歌を歌いだしそうな様子で、楽しそうに歩いていた。

その上機嫌さは余程のようで、先ほどから俺の言葉を耳にすら入れてくれなかった。

正直、部下としてこの態度はどうかと思うが、今はそういう「設定」なので、仕方がない。

そんな理不尽さに、俺は今日何度目かもわからないため息をついた。


「くそ、ユナ。なんで俺はこんな格好をしなきゃならない」

「ルーン、口が過ぎるぞ」

「調子にのるな! いい加減話を聞け!」

「だから、さっきから言っているだろう。その服、よく似合っているって。お前も『設定』を受け入れたんだから、おとなしく従え」

「わかっている。でも……後で覚えてろよ」


しかし、幾ら「設定」といえども、ユナは少し調子に乗りすぎだ。

普段こき使っている事に対する意趣返しなのか、それを利用して偉そうな口ばかり叩いている。

俺は後で、コテンパンにしてやる事を心に決めながらも、この場では一応退く事にした。

これ以上騒ぐのは悪戯に注目を集めるだけで、あまり得策ではなかった。

とはいえ、このまま黙っているのも、周りの目が気になり、落ち着かない。

という事で、こうなってしまった理由を思い返してみる事にした。


まず、事の初めは白銀の蝶が王都に来たことだった。

両親の命令で俺を守りに来た彼らは、こう言った。

「これからは、外出を控えるように」と。

また、どこから聞いたのか悪魔に関わる事も止めろと言ってきた。

当然、彼らとしては任務を遂行するため、その必要があるのだろう。

俺も王子の護衛に向かった時に同じように思ったのだから、その気持ちは良くわかる。

しかし、俺としてはそうやすやすとそれに従うわけにはいかなかった。

何しろそれに従うということは、俺の大切な人を守るという信念を裏切る事になる。

また、師匠やミルネの仇もとりたいという思いもある以上、頷くわけにはいかない。

自惚れるつもりはないが、俺の強さはかなりのものだと自負しているし、未だ誰も勝てていない悪魔を討つのに、適任なのは多分俺だ。

エフィのおかげでようやく捜査にも進展が出てきた事だし、今はますます悪魔の件から手を引けなくなっている。

よって、俺は彼らを説得する事にした。

自分の身は自分で守れるし、この国の為にも俺は戦わなくてはならないのだと、何度も必死に訴えかけた。

やりたい事があるのだと、守りたい人がいるのだと、心の底からの思いをぶつけた。

ユナをこちら側に引き込み、時には権力さえもちらつかせながら、語り合う事、三日三晩。

堅物な白銀の蝶騎士団長は遂に折れた。

妥協点しては、外出の際は変装し、護衛をつけて出来るだけ目立つ事を避ける事。

また、きちんと門限は守る事などの条件付きで悪魔の捜査続行は可能になった。

そして、今日。

俺は今、護衛のユナを引き連れ、ユーテス家へと向かっていた。

エフィからもたらされた情報とユーテス家に関連がみられたからだ。

だが、今日の設定は、ユナは倒れた弟子の見舞いに行くというもの。

ちなみに俺を苦しめているのは、この設定だ。

なんと、俺は変装し、彼女の従者としてユーテス家を訪れる事になったのだ。

それが白銀の蝶の騎士団を頷かせる条件。

だからつまり、今の俺はユナに従う「演技」をしなくてはならないわけで。

ユナはその設定を使いたい放題にして、俺にこんな格好をさせた挙句、随分と偉そうな言葉を放ってくれているのだ。


俺はそれを思い返している内、再び強い憤りを覚えた。

しかし、これ以上その「設定」を壊すわけにもいかないので、帰った後のお仕置きの量を倍にしておく。

相当今回はイラついているので、数週間は酒が飲めなくなるくらい、追い詰めてやる予定だ。

俺がユナの後ろで、怪しく笑っていると、やがてユーテス家が見えてきた。

三階建ての、そこそこ大きな家だ。

白い壁が太陽の光を受けて眩しく輝き、低級貴族にしてはかなり立派な物である。

昔はもう少し高い位を賜っていたのかもしれなかった。

俺はユーテス家を前にして、改めて自分の身なりを確認した。

いつもは黒くおろしている髪が、今日は金色に染まり、後ろを赤いリボンで結んでいる。

恥ずかしいと思う一方、これならば俺だとわかる可能性も低くなりそうだった。

魅了体質も抑えているので、そんなに関わりの深くないユーテス家の者にはまず気付かれないだろう。

隣のユナを見てみると、彼女は神妙な顔をしていた。

やはり、あれから明るく振舞っていたが愛弟子のことが気になるのだろう。

俺もあれから彼に会っていない為、容体が変わっていないか心配だ。

青バラやエーレル家に連絡がないあたり、まだ無事ではありそうだが。

そんな不安からか、ここからでも僅かに感じられる邪悪な魔力は、心なしか前よりも強くなっている気がした。


「お嬢様、いいですね?」

「ああ、開けろ」


さっきまでふざけていたユナも、真剣な表情で聞いてくる。

俺はそれに頷くと、ユナがノッカーをに手を伸ばした。

すると、しばらくして召使らしき女性が出てきた。

まだ二十過ぎくらいに見える彼女は、どこか少し疲れた様子だった。


「ああ、ユナ様」


ユナは今まで何度もエディのうちを訪れているので、女性はユナを見るなり、すぐに納得したように頷いた。

大体の用件はあらかじめ伝えてあったので、交わされた会話は軽い挨拶のみだった。

それから、女性はチラリとこちらを伺うように見た。

こちらも俺が一礼すると従者だと察してくれたらしい。

特に詮索することもなく、ユナと俺を中に通した。

どうやら、今の所変装は上手くいっているようだ。

取り敢えず、第一段階はクリアといってもいい。

俺は内心、ホッと安堵していた。


「では、こちらに。すぐに奥様を呼んで参りますので」

「えっと、エディは?」

「エディス様は未だ体調が優れない為、面会には奥様直々の許可がいるのです。申し訳ありませんが、少々お待ちください」

「わかりました」


何か、事情があるのだろう。

女性の挙動に少し不自然さを覚えたが、忙しいせいだと納得することにした。

何はともあれ、夫人に会ってみるしかない。

俺は従者という立場から、ユナとは同じ席には座らず、後ろに控えた。

俺自身にはいないが、うちにも従者はいる。

従者に必要とされることは大体把握しているので、ミスはないだろう。

まぁ、実のところエディが死んだとか聞けば冷静でいられる自信はないが。


しばらく待っていると、やがてドレスを着た女性が現れた。

年は四十近いだろうか。

見た目はまだ若々しさが残るが、シワがそろそろ目立っていた。

髪も白いものがチラリと見えた。

彼女は丁寧なお辞儀をすると、ユナと挨拶を交わした。


「久しくお目にかかります、ユナ様。私はユーテス家当主の夫人、アリスでございます。何時も我が子がお世話になっているようで。あまり機会もなく、自己紹介が遅れてしまいました。本日はようこそいらっしゃいました」

「どっ、どうも」


一応、ユナは中級貴族のお嬢様だ。

そのせいか、エディの母君であるアリス様の態度は堅い。

こういうことに関して、滅法弱いユナは頭を掻くことしか出来ないでいた。

彼女も家柄が良いだけに、礼儀作法は学んできた筈なのだが、これを見る限りでは最悪といっても過言ではなかった。

当主様に見離されたというのもわかる気がする。

幸い、彼女の家にはユナの兄にあたるしっかりとした跡継ぎがいるから、問題はないのかもしれないが。

流石は現代に追放されかけただけのことがある。

実際、俺が追放のことを知っていたのも、実は彼女のおかげだったりするのだ。

今、何とかユナが実家と繋がっていられるのも、剣の才能をうちが買ったからに過ぎない。


コレは流石に人選ミスか。

ユナのあまりの酷さに思わず、そう考えていると、アリス様はそっと笑った。

随分と優しいお方らしく、気分を害した様子も、それを隠す素振りも見当たらなかった。

こういうのを気にしないあたり、エディに似ている。

それどころか、次第に二人は打ち解けていた。


「で、ですね。エディのやつ、ファボルの王をこうズドンッと」

「あらまぁ」


といった具合である。

どちらもエディの話をして、盛り上がっていた。

それは聞いていても楽しいものであったが、それゆえにユナは当初の目的を忘れていた。

そこで、俺はユナに向けて一瞬だけ殺気を向けた。

それ相応の戦士でなくば、到底気がつけない本当に小さなもの。

案の定、ユナはそれに反応してブルリと肩を震わせた。

そして、こちらを振り返ってくる。

俺は目線でエディのことを示すと、ユナはようやく思い出したらしい。

明らかに、しまった、という顔をした。

俺の殺気で本気で怒っていると思ったのか、慌てたようにエディのことを聞き出す。


「あのですね、そういえばエディのことなんですけど」

「ああ、そうでした。お見舞いに来てくださったのでしたね」


すると、途端にアリス様は悲しげな顔をされた。

その急な表情の変化に、俺はまさかと不安になる。

ユナも、落ち着かぬ様子で身じろぎした。

アリス様は俺たちの反応に、少し申し訳なさそうに言った。


「エディは、その。今は体調が安定しなくて。どうにもお客様に会えるような状況ではなくて。すみません。せっかく来ていただいたのに」


体調が安定しない?

俺は思わず、聞き返しそうになって、グッとそれを抑えた。

アリス様がこんな顔をするなんて、何かあったに違いない。

俺には漠然とした確信があった。

胸の内に不安が積み重なっていく。

しかし、今は俺は従者の設定だった。

ここでそれを台無しにしたところで、エディが如何にかなるわけではない。

俺は咄嗟にそれを判断して、冷静になろうと努めた。

代わりにユナが質問してくれる。


「一体、エディに何が」

「ユナ様は、エディが半年以上前……もう一年にもなるのですか。その頃、病気を患っていたことを知っておられますか」

「ええ、それは彼の友人から聞き及んでいます」

「それと、似た症状がまた」


そこでアリス様は顔を伏せた。

その肩が微かに震えている。

俺もその言葉を聞いて愕然としていた。

エディの病。

それは確か、高熱を出し、意識が朦朧としてしまうというものだったハズだ。

何年間もの間、エディはそのせいで外へ出られず、初対面で俺のことを知らなかったのもそのせいだった。

だが、俺はもう既に完治したと聞いていた。

なのに、まさか再発するとは思いもよらなんて。

一瞬、目の前が真っ暗になった。

もしかしたら、あの邪悪の魔力の所為なのだろうか。

だとしたら、俺が招いた災厄なのかもしれない。

エディもまた。


「守れないのか?」

「レイ!」


しかし、ユナに肩を揺すられて、ハッと我に返った。

レイ、というのは裏名の零姫からとった俺の今の仮の名だ。

俺はそれを聞いて、ようやく悪循環しだした思考回路から抜け出すことが出来た。

そう、俺は零姫だ。

ルーンだ。

フィラ・エーレルなのだ。

ふうっと息を吐き出して、心を落ち着かせる。

いけない、また責務を放り出してしまうところだった。

俺はゆるゆると首を振って、ユナに謝った。

随分と取り乱してしまったようだ。


「すまない。少し取り乱した」

「大丈夫ですか、お嬢様」

「ああ。もう平気だ。ありがとう」

「あのっ、大丈夫ですか?」


そこで、アリス様が少し戸惑ったように声をかけてきた。

俺たちはそれでハッとする。

うっかりいつも通りのやり取りをしてしまっていた。

設定がガラガラと音を立てて崩れていく。

もう、限界だった。

演技はこれ以上はもちそうにない。

俺たちは顔を見合わせた。

そして、目で意思疎通を図ると、ユナも席を立ち上がる。


「すみません。今日はこれで」

「大丈夫です。心配をおかけしてしまって、本当に申し訳ございません」


俺たちが選んだのは一時撤退だった。

これ以上、ここにいてはいつボロが出るともしれない。

今は一時退くのが、無難だと判断した。

アリス様には申し訳ないが、騎士達との約束を守らないわけにはいかない。

俺は頭を下げた。


「今日はこれにて、失礼させていただきます」

「アリス様も気を落とさず。エディは必ず良くなります」



ユナは最後にアリス様を元気付けるように言って、部屋を出た。

アリス様は快く許可をくれたが、どこか浮かない表情をしていた。

俺たちの行動を妙に思ったのだろう。

まぁ、当然だ。

当の本人である俺たちでさえ、不自然きわまりない退出だと思っている。

申し訳ないが、今は事情は話せない。

きっと、俺の正体を知られてしまえば、引き出したい情報は引き出せないだろうから。

俺もユナに続いて出ようとしたところで、その心境なのか小さな呟きが聞こえた。


「エディ、一体あなたは」


その先は上手く聞き取れなかったが、多分俺たちのことを疑っていたのに違いなかった。

俺は心の中で謝罪を繰り返し、このときは一度ユーテス家を後にしたのだった。


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