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追放されし一族


「やっぱり、か」


どんよりとした黒い雲が空に垂れこむ、ウォルティの午後。

空から落ちる雫が地面を叩き、俺の足元を濡らしていた。

何時もは大勢の人で賑わう大通りも、今日は雨のせいか人気が少ない。

時折すれ違う人は、鬱陶しい雨にウンザリしたように足早に去っていった。

まぁ、彼らの気持ちは分からなくもない。

雨続きだと農作物にも影響が出るし、店に来る客も減る。

たまに降る恵みの雨は良いが、これが一週間も続くと、ただの迷惑でしかなかった。

そして、それは俺も同じだ。

俺も彼らと同じようにこの雨に嫌気がさしていた。

こうも雨続きだと、なかなか悪魔の捜査が捗らないのだ。

一々移動するのに面倒だし、雨は人の気分を重くする。

幾ら俺がエーレル家の令嬢といえど、死んだ家族のことは話したくないと断られることもままあった。

俺は片手に黒い傘、もう片方の手には手紙を握りしめ、大きなため息をつく。

今日でウォルティに戻って一週間が経っていた。

俺はここ最近、連日続く雨と仕事のせいで酷く憂鬱な気分だった。

ここ数日は色んなことを気にしすぎて、精神的にかなり疲弊している。

しかしそんな中でも、今日は格別に気分が悪かった。

それは、手にしている手紙のせいだ。

送り主はエーレル家当主、つまりは俺の父上である。

封筒にはそのことを示す、エーレル家の紋章が刻まれており、俺の名前がその下に並んでいた。

内容は短く、単純だ。

王都は危険だから、今すぐ領地に帰って来いというもの。

俺としては当然、悪魔の調査のあるため、帰るわけにはいかない。

エディのことも未だ心配だし、俺は王家を守る騎士だ。

王都が危機に瀕しているのに、それを守る青バラの団長がここを離れるなど考えられなかった。

もちろん、俺が離れたとしてもエーレル家の令嬢ということで、責められやしないだろう。

それでも、俺は大切な人を守ると誓っている。

後からこっ酷くは叱られるとは思うが、従うつもりは無かった。

だが、問題はここからだ。

それを聞いた母が如何にか俺を戻すよう、父に頼んだらしい。

父は俺の今の俺の地位にある程度の理解がある為、困惑したが、流石に泣きつかれると断れなくなった。

何度かの討論の末、最終的にこちらへ白銀の蝶をよこし、家から出さないという条件で、俺の王都滞在は許された。

明日、どうやら白銀の蝶が来る予定だそうだ。


「はぁ、母さまは心配性というか、なんというか」


心配してくれるのは嬉しいが、軟禁などされては俺としてはたまらない。

閉じこめられたら、王都にいる目的が果たせなくなってしまう。

それこそ、領地に戻った方がマシというものだ。

母も賢い人なのでそれをわかって、頷いたのだろうが。

手紙には父からの謝罪文が書かれていたが、謝るくらいならもう少ししっかりして欲しいものである。


でもまぁ取り敢えず、決まってしまったことらしいので、今後の方針としては、騎士達を説得しようと思っている。

家の騎士団長は頑固なので、そこが心配だが、ユナをこちら側に引き込めば如何にかなるかもしれない。

あれは性格こそ残念だが、白銀の蝶の輩には信頼されているのだ。

副団長という地位を任せられているのもその為だ。

時間はかかりそうだが、最悪の状況は回避する鍵はある。

これを上手く使って、なんとかしてみせるほかないだろう。

どちらにしろ、今日は暫く動けなくなることを考慮して、出来るだけ動かなくてはならない。

というわけで、今は最初の悪魔が引き起こした事件現場であるヴェルエーヌ家跡地に向かっていた。

場所は小さい頃よく訪れていたので、把握済みだ。

貴族の為の高級住宅街の一角に今も焼け跡として、残っている。

暫く歩いていると、程なくしてたどり着いた。

未だ屋敷があった面影が伺えるのは、焦げ跡のついた大きな門だけだ。

五年前、俺がここに駆けつけた時は既に炎に包まれており、崩れる寸前だった。

中にシャロンが残っていると聞いて、慌てて俺が屋敷全体を凍らせたのだが、それでも王子の救出後には崩れ落ちてしまった。

今は多くの瓦礫が撤去され、ギリギリ柱の残る一角だけが佇んでいる。

ボロボロのそれはなんでも魔法がかかっていたようで、撤去できなかったのだとか。

恐らく、その部屋は金庫か何かに使われていたため、頑丈にされていたということらしい。

まぁ、それでもあの業火と俺の氷には耐えられなかったようだ。

中の宝物は国によって回収されて、俺が再度訪ねた時には中はすっからかんになっていた。

後は目につくものといえば、その広々とした土地の端に置かれた墓石だろう。

ヴェルエーヌ家はエーレル家に並ぶ、王族への貢献度が高い上位貴族だったので、この土地を永久にヴェルエーヌ家のものとすることになっていた。

そのため、こんな王都のど真ん中にミルネ達の墓は置かれているのである。

一族は全員滅ぼされてしまったので普段、人が訪れることはないが、今は一人先客がいた。

白い髪をポニーテールにし、墓の前で手を合わせる姿はまさに聖女そのものだ。

エフィ・アナトリア。

ちょっとした縁もあるレベル5の彼女が今日、ここへ俺を呼び出した張本人だった。

彼女は俺が来たのに気がつくと、笑顔で振り返った。

ピンク色の瞳が、穏やかに細められる。


「お待ちしておりましたわ、ルーン様」

「エフィ、お前、悪魔のことを調べていたそうじゃないか。あれだけ深入りするなと言っていたのに」


そうなのだ。

俺は以前、過去を視る瞳を持つエフィに一度だけ調査を頼んだことがあった。

悪魔があまりに尻尾を掴ませなかったので、他者を巻きこみたくない俺としては苦渋の決断だった。

結果、彼女には少しだけ悪魔のことを伝えていたのだが、彼女は俺の言いつけを守らずにさらなる調査を進めていたとのこと。

エフィは俺の指摘に、申し訳なさそうな顔をしたが、反省の色は見せなかった。

自分の選択を間違ったつもりはない、とでも言いたげだ。

俺は一向に納得しないエフィに深いため息をついた。

ここまで頑固なら仕方があるまい。

取り敢えず、状況を聞く他なかった。


「で、何処まで知ったんだ」

「恐らく、ルーン様が知る以上のことを。まぁ、背景にはかなり面倒くさいものが見えてきましたが」

「暗躍しているのはロエル家か」

「あら、知っていましたの」


エフィは少し意外そうに、眉を持ち上げた。

でも、余裕が伺える辺り、まだ俺の知り得ない情報を持っていそうだ。

俺の調査状況まで知っているとは、相当な情報力だった。

確かに、最近は調査に対してなりふり構わないところがあったから、何処かで漏れていてもおかしくはない。

それにしたって、感心する。


「ああ、一度踏み込み方をしくじってな。刺客を送られた」

「それは災難でしたね。今、こうしていられるということは返り討ちに?」

「いや、あちらが引いた。なんでも、俺は敵に回したくはないんだとさ。あれは警告のつもりだったらしい。……そういえば、奴らあれ以来、来ないな。あまり調査が進んでいないからか?」

「いえ、ロエル家は最近何やら忙しいようで。こちらには構えないようですわ」

「ほう」


それは何かあったとみていいのだろう。

しかし、それ以上を告げる気はないのか、エフィはひたすらニコニコと笑うのみ。

俺も興味はあったが、今大切なのはロエル家ではなく、悪魔だ。

任されている仕事の専門外だし、下手に首を突っ込んで殺されかけようものならたまったもんじゃない。

俺はひとまずここらで引くことにした。

それをエフィに目線で伝え、話の先を促す。


「ちなみに、俺の情報は何処から?」

「番犬、からですわ。あの人、あなたのことを持ち出したらすぐに教えてくれました。まぁ、詳しいことは省きますがね。流石はあなたの第二の親を名乗るだけのことはあります」

「ジオスは俺の師匠代わりを努めようとする節があるからな。あの人の代わりは誰にも務まりやしないのに。第一、あれは過保護だ」

「それは、あなたが上位貴族の令嬢らしからぬ、態度だからではなくて?」


エフィはクスクスと笑ったが、俺としては微妙だった。

やっぱり、俺は令嬢……つまるところ、女の子らしくないのではないだろうか。

エディはああ、言ってくれたが、俺は小さい頃から騎士団に育ってきたせいか、イマイチ女の子らしさというものを掴めない。

騎士服だって、一応動きやすいスカートを着用しているし、髪だってキチンと伸ばし、せめてもの抵抗をはかっている。

でも逆にいえば、それらが無くなった瞬間、俺は完璧に女の子らしさというものを失うことになる。

つまり、俺はそんな張りぼてが無ければ、女の子ではいられないのだ。

今の状況もかなり女性として見られる最低限のラインなのだと思う。

エフィはそんな俺の心境を見透かしたかのように、柔らかく言った。


「でも、最近は随分とあなたも女の子らしくなられましたね」


エフィは少し寂しそうな表情をした。

いつも、そうだ。

彼女は幾ら俺が感情を隠していても、その時に言って欲しい言葉をすぐに見つけてくれる。

そして、今のように寂しげな顔をするのだ。

それは、何となく子供を見守る母を連想させる。

慈愛に満ちた表情とでもいうのだろうが、俺は時折それが気になった。

俺の為になら、彼女はいつも動いてくれるが、それにはやはり理由がある気がする。

それはいつも教えてはくれないのだが。

俺が思わず言葉を失っていると、エフィは顔を引き締めた。


「さて、本題に戻りましょうか」

「あっ……ああ」


俺は先程の表情に意識を引っ張られながらも、なんとか頷いた。

最近は疲れているせいか、注意力が散漫だ。

俺は頬を叩いて、気を引き締め直す。

これではいつ悪魔が襲ってきてもおかしくはない状況であまりにも危険だ。

明日は騎士達との討論という名の休暇を取ってもいいかもしれない。

俺は心にそう決めると、エフィの話に耳を傾けた。


「まず、ヴェルエーヌ家に関連する一族がまだ生きているかもしれない、ということはご存知ですか?」

「いや、知らない。ヴェルエーヌ家に関わり深い人物で残っているのは王子と俺だけだと聞いているが」


いきなり飛び出した、思いもよらない情報に俺は困惑した。

俺もその方向には調査を進めていたことがあったが、やっぱりその中でも今残っているのは俺とシャロンのみだ。

しかし、エフィの表情は真剣そのもので、嘘を言っている様子はない。

信じられないが、本当のことらしい。


「それは、初耳だな」

「ええ。彼らはだいぶ昔に『追放』されたそうですから。だから事実上、幾ら探してもその情報は無いのです。追放とはそういうことですから」

「つまり、俺が見つけられなかったのらその為か」


エフィは深く頷いた。

それで、俺もようやく納得する。

成る程、確かに『追放』ならばあり得る。

追放は一族で罪を犯した人を一族との縁を切る、というものだ。

その昔、一族での恥とはなるが、命を取るには惜しいという場合にその処分が下された。

勿論、その後は一切その家に関わることも、同じ街に住むことも禁止されたが、それでも命を落とすよりはマシだ。

今では司法が出来、あまりあまり取られなくなった手段なので、完全に盲点を突かれた。


「でも、追放が忘れられつつある今、彼らはこのウォルティにいます。ヴェルエーヌ家とも確かに繋がりがあったそうです。よく調べてみれば、特にヴェルエーヌ家が滅ぼされる数日前までは関わっていたとか」

「ふむ。それは、何かありそうだ。悪魔もそれを見逃している、ということだな」

「おそらく」

「よし、調べてみる価値はありそうだ。その家のことを教えてくれ。こうして来たということは、その気があるのだろう?」

「ええ、まぁ」


悪魔については中々調査が進まなかった為、こういう情報はありがたい。

どうなるかはわからないといえど、進む道が鮮明になったことで、俄然やる気が湧いてきた。

しかし、意気込んで聞いてみると、エフィは急に歯切れの悪い返事を返してきた。

その表情は苦虫を噛み潰したかのように、歪められている。

何か問題があるのだろうか?

俺は首を傾げてしまった。


「どうした」

「いえ、勿論教える気はありますよ。その為に調査していましたし、ここにも来ていただきました。ただ、調査結果が私自身驚くものだったので」

「つまり、どういうことだ?」

「その狙われなかった一族、あなたの知る人ですよ」

「えっ?」


ーー家、です。

直後、エフィからもたらされた意外な家の名に、俺は言葉を失った。

無意識に放った、驚きの声も雨音に紛れて消えていく。

まさか、な。

俺は漠然とした嫌な予感を覚えつつも、それを否定するように首を振る。

そして、その場で暫し呆然と立ち尽くした。


雨はまだ降り続いている。


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