揺らぎ無い想い
ガタゴトと揺れる馬車の中。
そこにはなんとも重苦しい雰囲気が漂っていた。
馬車の中にいるのはジオス、アリエ、そして今も眠っているエディと俺の四人。
今回の帰還の旅は怪我人やこうして目を覚まさぬ者がいるので、ガウルで新たに二台の馬車を手に入れた。
そのせいか、行きのような窮屈さはない。
しかし、息苦しさでいえば、行きよりも酷いことは間違いなかった。
多分、俺がこうしてエディのそばを離れずに、ジッと黙り込んでいるのが原因だと思う。
わかってはいるものの、この不安を押し隠すのもまた、無理な話だった。
やはり長年の付き合いであるジオスや他人の機微には鋭いアリエにはわかってしまうようで。
今更隠すな、痛ましいと言われて、今の状況に至っていた。
最近はどうも感情を隠すのが上手くいかないらしい。
俺は二人に甘えて、取り敢えずエディの側にいることにした。
どうせ、ウォルティにつけばしばらくは会えないのだ。
自分はただの「友人」でしかないというのに、あまりに自分が過保護なのはわかっている。
だが、それでも少し目を離した隙に彼が息を止めてしまったらと思うと、気が気でなかったのだ。
相変わらず、邪悪な魔力は取り憑いたままだし、いつそれが発動するかなど予想も出来ない。
その結果、俺はエディの側を離れられずにいた。
「なぁ、ルーン」
「なんだ」
ずっとこの三日間、こんな調子だったのだが、もうすでにウォルティは近い。
出発から九日目の今日は、こうしていられる最後の日だった。
ちなみに外はウォルティに入ってからというもの、ずっと雨続きである。
二人は何も言わずに見守っていてくれたが、そろそろ夜という段階になって、ジオスが声をかけてきた。
その表情は長旅の疲れからか、イライラしているように見える。
彼はエディを睨みつけるように一瞥すると、アリエには聞かれたくないのか、低い声で言った。
「ルーン。お前、こいつに言っていなかったそうじゃないか。例の件の『容疑者』のこと」
「……ッ!」
ジオスは知らない内にエディにそんなことまで確認していたらしい。
おそらく、エディが魔力のコントロールについて調べていた時だろう。
エディの場所を教えたのは俺だし、二人きりになる機会はその時以外にない。
予想はしていたが、ジオスがまさかここまで動くとは思わなかった。
彼も渋々ながらこの件を俺に任せてくれると言ってくれていたため、手を引いてくれていたとてっきり油断していた。
だが、今になって考えれば、簡単に予想出来たことである。
ジオスもまた、少なからず悪魔に対して憎しみを持っているのだ。
俺のことも良く気にかけてくれるので、ルリア様から監視の役目を任されていたことも、想像に難くない。
ましてや、俺が「容疑者」に対して、過度な接触を取っていたら、彼が気づかないはずがなかった。
「……ああ。下手に警戒されても困るからな。嘘をついてまで伝えるくらいなら、何も教えない方がいい、と判断した」
「悪魔に対する抑止力にはなる、とは考えなかったのか?」
「俺は最近、上手く感情を操れない部分があるからな。あえて危険な綱を渡る必要はないだろう」
「それだけか?」
「それだけだ」
ジオスはそう答えた俺に、尚も訝しげな表情をしていた。
俺の内心はまたもや見透かされているらしい。
本当に感情のネジが駄目になってしまっている。
彼は納得がいかないのか、再度念を押すように、質問を繰り返した。
「情が移った、何てことはないよな。いつ死ぬかもわからない立場で、そんなものは判断を鈍らせるだけだぞ。前に酒場でも言っただろうが」
「情……か」
そう言われてみて、俺はエディに対する思いについて考えてみた。
まず、エディは友人だ。
副団長のジェイドは俺がエディに特別な思いを持っているなどと抜かしていたが、この事実はきっと変わらないだろう。
これでも、自分の立場はきちんと弁えている。
俺は上位貴族の令嬢であって、そう遠くない将来に何処ぞの貴族に嫁がされるのは承知の上だ。
いや、うちの場合は男子がいないから、多分こちらに婿養子として誰かしらが来ることになるのだが。
まぁ、そういうわけで、俺とエディの関係は永遠に友人のままだということは確定だ。
こればかりは明日にでも没落しない限りは、変えられそうもない。
うちは堅実な政治や領地運営を心がけているので、そんなこともまずありえないだろう。
でも、エディがただの友人かと問われれば、そのまま頷くことはできない。
俺の事情がどうであれ、彼が俺にとって特別な存在であるのは確かだ。
好きとか嫌いとかそういう感情を抜きにしても、彼は大切な存在だ。
もし、過去に俺を救ってくれた師匠のように目の前から消えてしまったら、しばらくはあの時のように塞ぎ込む自信がある。
それどころか、再び立ち直れないかもしれない。
今、こうしているだけでもたまらなく不安なのだから、間違いない。
彼は唯一腹を割って話せる存在だ。
もちろん、彼自身を守るために話していないことはあるが、それだって必要に迫れば教えられる。
今は亡き大切な人と比べても、その存在は大きい。
何よりあいつは、身分を知って一度手のひらを返したものの、謝りに来てくれた。
俺のわがままに付き合い、再び同じように接してくれるようになった数少ない人間だ。
それも、ジオスやエフィのような義理などではなく、本物の友人としてあろうとしてくれる。
いつも必死で努力し、俺を守りたいとさえ言ってくれる。
こんなことは、もう長いことなかった。
俺を俺としてみてくれる、それだけで俺は嬉しかったのだ。
最近、そのせいで少し彼に依存しすぎているのは、わかっている。
その証拠に感情のネジがガタガタだ。
でもそれも、今彼がいるからこそのことだ。
仕事では不便になるが、感情を押し殺して生きるのは正直辛い。
今こうしていられるのは、まだ幸せを感じていられるから。
だから、俺は。
俺は口を開いた。
親のようによく見守ってくれたジオスに、このことは伝えておかなくてはならない。
でなければ、彼はきっとエディを殺してしまうかもしれないから。
彼は俺に少し過保護だ。
だから、思いをきちんと伝えて、信じてくれるように説得しておくことが必要になる。
ジオスの信条は疑わしきは罰せよ。
もし、少しでも俺に逆らう素振りを見せれば、エディを切る可能性もなきにしもあらずだ。
例え、それがあっていようが間違っていようが彼は気にしない。
自分が正しいと思ったことを愚直にこなす。
少なくとも、彼はそうやって生きてきた。
だから、俺はエディを守るために、きちんとした意思表示をすることにした。
「ジオス」
「なんだ?」
「俺はエディのことは何一つ疑っちゃいないよ。アイツは純粋で、いい奴だ」
「確かにそうだろうな。だが、俺が聞いているのはそんなことじゃない」
「わかっているさ。でも、お前にはあいつのこと、きちんと分かってもらいたい。お前の切るべき相手はあいつではないことをな」
「つまり、お前はあいつに情があると、そう言いたいんだな」
「情、などという安いものじゃない。俺はエディにはそれ以上のものをかけている。だから」
ガタン、と突如として大きく馬車が揺れた。
俺は感じ取った異常な気配に、思わず言葉を止める。
同乗者のアリエ、ジオスと顔を見合わせて頷く。
この邪悪な気配は数日前に感じたばかりだから、よく分かる。
これは魔物だ。
街道にも結界が張られているため、近い位置にいるわけではないが、そう遠くもない。
稀に街の近くまで現れる魔物もいるので、そう珍しくもないし、街の中に住む人間には驚異でもないが、それでも危険なのは危険だ。
少しでも道を逸れてしまったり、冒険者が近くにいれば、命を奪われる可能性は高くなる。
にわかに騒がしくなった外の様子を察して、俺たちは馬車の外に出た。
外は相変わらず雨がしとしと降り続いており、雨粒が頰に落ちてくる。
外に出ると、ちょうどこちらに御者が駆け寄ってくるところだった。
「騎士様、大変です」
「ああ、魔物だろう。誰か襲われているのか?」
「はい、そのようでございます。冒険者と見られるもの達がこちらに向かって走っているのですが、急がなければ追いつかれてしまうかと。危険です。彼らは助けを求めています」
「なるほど。では、俺が行こう。ジオスは他二台の馬車を先に行かせろ。結界が破れることはないだろうが、念のためだ。アリエは冒険者の保護とエディのことを頼む」
「わかった。伝えてこよう」
「了解です。エディのことも、冒険者のこともまかせてください」
俺は返事を返す二人にうなずき返すと、結界の外に飛び出した。
1.5Km程先では、冒険者が死に物狂いで逃げているのが見て取れた。
その後ろを黒い熊のような魔物が追いかけている。
追いつかれるまで、そう時間に余裕はない。
俺は身体に魔力を通すと、強く地面を蹴った。
その瞬間、周囲の景色が一気に背後へ流れる。
普通ならそれなりに時間がかかりそうなこの距離も、俺ならばこの距離をすぐに走り抜けることが出来た。
体力と魔力量には自信がある。
冒険者がまさに魔物の爪にかかろうとするその瞬間、その間に割り込むことに成功した。
鋭い魔物の爪と俺が抜いた剣が目の前でぶつかり合う。
そして、剣に魔力を通し、己の数倍もの大きさの身体を持つ魔物の攻撃を弾き返した。
それにより、魔物は足を止めざるを得なくなる。
俺は足を止めた魔物に向かって、更に突撃した。
アリエが冒険者を逃がすにはまだ時間が必要になる。
そのため、もう少しこいつの相手をしておく必要があった。
幸い、こいつは牙の巨狼と同じような下位の魔物だし、倒すことも出来そうだ。
魔物は先ほどの攻撃を防がれて、足を止めたものの、次の攻撃をそのまま食らうような馬鹿でもなかった。
俺が攻撃を仕掛けてきたと見ると、その進路から外れるように一度横へ飛んでから、俺に襲いかかってくる。
俺は素早く地面を蹴って、方向転換し、それを迎え撃った。
剣と爪が互いに拮抗し、火花を散らす。
このまま押し切ってやろうと思ったところで、魔物の方が不利を悟ったのか、一度後ろに下がった。
それを見逃さずに、俺は追撃を仕掛ける。
「雪波!」
氷の衝撃波は魔物の足元に向かって放たれた。
少し押されていた魔物はバランスを崩していて、それを完全にかわすことは不可能だった。
致命傷となることを避けようと、飛び上がったところで、魔法が魔物の足元に着弾した。
その魔力の余波が魔物の足先に触れる。
「氷錠」
「グルゥ?」
と、魔物は戸惑ったような唸り声を上げた。
まぁ、それもそのはず。
いつの間にか自分の身体を動かせなくなっていたのだから。
魔物の足元は氷に覆われて、地面に繋ぎとめられていた。
魔物はその氷を力任せに砕こうとするものの、氷は大きくなるばかりで、砕ける気配がない。
今日は運のいいことに雨が降っているため、雨を凍らせるだけでいい。
あとは氷が雨を吸収して、大きくしてくれるため、魔力の燃費が良かった。
俺は魔物に近づくと、剣先を魔物の鼻面に突きつけた。
すると、警戒するように唸ってくるものの、手出しはしてこない。
魔物は怯えていた。
自分の敵う敵では無いと、この魔物は本能的に察知して、動けなくなっていた。
俺はこんな光景を何度も見たことがある。
人間にしろ、魔物にしろいつだって俺はこの大きな力のせいで怯えられてきた。
いつもご機嫌を伺うように、腫れ物にでも触れるように扱われてきた。
「お前も、か」
その度、何度落胆させられたか、もうわからない。
頭をヘコヘコと下げられて、時には逃げられて、俺はいつも孤独だった。
もちろん、そんな俺の内心を察して優しくしてくれた人もいる。
けれど、そんな人は次々と死んでいった。
自分が「災厄」という存在であるせいで、それに触れるたび壊されていった。
でも。
「彼は違う」
幾らこれからどうなるかわからないとはいえ、まだ生きている。
俺の最後の希望はまだ、小さな光を宿して、輝いている。
エディはまだ手の届くところにいるのだ。
ならば、やるべきことは一つ。
俺の中で決まっていた。
「俺は、あいつを守る。絶対に、死なせやしない」
剣先からアイスブルーの光が放たれた。
それは、魔物を貫き、その命を一瞬にして消し飛ばす。
凍らせたのだ。
魔物の存在自体、全て。
俺の最後の希望を守る為、俺はこの力を振るった。
迷いなど、もう無い。
希望が絶たれたら、そこで終わりなのだから、俺は残された道を行くしかない。
「氷華」
動かなくなった魔物の鼻先には、一輪の氷の華が咲いた。
これで、最後。
これからは俺のこの力は人を守るために使う。
大切な人も、この世界も全て守ってみせる。
だってそのために、俺はこの力を持って生まれてきたのだから。




