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瞳の奥の傷


「うわぁ、人がいっぱいだね」

「そうだな、今日はファボルで休日らしいし、そのせいだろう。祭りでもあるのかもしれんな」


僕たちが商店街を訪れると、そこは大勢の人々で溢れかえっていた。

大きな通りに髪の色も瞳の色も違う人々が入り乱れている。

その空気はどこか浮かれていて、とても賑やかだった。

露店が幾つも出され、着飾った娘達が談笑を交わし、楽しげな音楽が流れている。

街のそこかしこには紫と赤の花が飾り付けられ、目に鮮やかだった。

僕たちは思わず、その場に立って呆然としてしまった。

まさか、ここまで人がいるとは思わなかったからだ。

僕は病気をしていてここ数年、ウォルティの水精祭に出ていなかった為、こんなに人が集まるのを見るのは久しぶりだ。

ルーンも上位貴族の令嬢なので、多分こんな人混みを普段は歩かないに違いない。

時々お忍びには出るらしいが、それも大きなイベントの日は役割があるので、彼女がこうしたところへ出るのは叶わないことである。

それに、幾ら魅了体質を抑え込む魔法を使っているとはいえ、いつ解けてもわからないような未完成な魔法である為、危険だった。

今日は特殊な状況とはいえ、それは同じではあるのだが。

ちなみに前回のウォルティを歩いた時はあの衣装替えの魔法が同じような効果を持っていたらしい。

しかし、ルーンも僕もそれを気にしていられないほど今は浮かれていた。

そうして、しばらく目を輝かせていると、不意に肩を叩かれた。

振り返ってみると、そこには顔に奇妙なペイントを施した男が立っていた。

服装は実にカラフルなものを着ていて、頭には同様にカラフルな帽子をかぶっている。

男はコミカルな動きで手を振り回しながら、声をかけてきた。


「ハァイ、お兄さん。君たち、観光客かい?」

「あっ、と。えっ、はい。そうですけど」


彼の赤くペイントされた唇からこぼれてきたのはおどけた言葉だった。

僕はそれに戸惑いながらも、なんとか頷く。

ルーンも男に興味を示したのか、振り返った。

男は僕が頷いたのをみとめると、ニヤァと笑った。


「おお、そうかいそうかい。なら、幸運なお兄さん達にいいことを教えて上げよう。ほら、あれを見てごらん」


あれ、と男が指を指した方向に視線を向けてみるとそこには、紫と赤の花で飾られた舞台があった。

その上には紫の衣装を纏った少女達と赤の衣装を纏った大地の人(ドワーフ)の少女達が並んで立っていた。

彼女達は舞台の上で一礼すると、スッと足を踏み出した。

同時にシャラリ、と彼女達の衣装の袖が揺れた。


「さぁ、ショーの始まりダァ!」


男が叫んだ瞬間、楽しげな音楽が流れ出した。

それに合わせて、少女達が軽やかなステップを踏む。

クルクルと回ったり、トントンと跳ねたり。

彼女達はまるで蝶のように華やかに舞った。

その様子を見て、観客もつられたように手を打ち始める。

僕も知らず知らずのうちに足で拍子をとっていた。

軽快なメロディーは僕の心まで躍らせくれる。

ルーンも楽しそうに微笑んでいた。


踊りの輪は広がる。

ステージの周囲にいた人たちは手を叩くだけにとどまらず、少女達の真似をしてステップを踏み始めた。

当然、その技術はいつも練習しているだろう彼女達には及ばない。

でも、楽しむ気持ちは同じで、体を動かす彼らの顔は晴れやかだった。

少し離れた僕たちの周囲もその波にのまれて、僕も見よう見まねでピョンピョンと飛び跳ねてみる。

ルーンの方を見てみれば、彼女は舞台に登る少女達と遜色ない踊りを披露していた。

流石は天才というべきか、周りも彼女の上手さには驚いていた。

魅了体質を隠してはいるが、元が美しい彼女のことだ。

ルーンの笑顔は既に周りを虜にしていた。


僕はそれが少し悔しくて、彼女の手をとった。

途端、周りから少し鋭い視線が僕を射抜く。

それでも、僕は臆することなく、その手を離さなかった。

ルーンはそんな僕を少し驚いたように見た。

しかし、その数瞬後には僕の手を握り返してきてくれる。

彼女は少し悪戯っぽく笑いながら、言った。


「エディ、心配しなくていい」

「えっと、何を?」


僕は惚けて見せたが、ルーンは全てお見通しと言わんばかりに笑うだけだった。

すると、自分でもわかっているだけに、思わず顔が赤くなってしまう。

一瞬、何故だか変なことを考えてしまった。

ルーンは別に誰のものでもない。

ましてや、僕なんか側にいて良い存在ですらない。

なのに、今少しだけその笑顔を他の誰かに見せたことを、悔しく思った。

僕にはそんな権利があるはずないのに、図々しくも、そんなことを思ってしまった。


「僕は……」


最近、ちょっと変だ。

そんな思いを振り払うように、僕は足元の石を蹴った。

それをステップに繋げて、ルーンを手本に踊ってみる。

剣や魔法の鍛錬とは違い、ダンスは中々上手くいかない。

でも、体を動かすのは一時のモヤモヤとした感情を吹き飛ばしてくれた。


そうして、踊り疲れた頃には、もう殆どそのことは覚えていないほどである。

あるのは、確かな充実感と騒いだ後の余韻だけだった。


「はぁ、楽しかったな。エディ」

「うん、なんか今凄い気持ち良いよ」

「俺もだ」


僕たちは音楽がやむと、広場の端にある花壇のふちに腰掛けた。

踊っているうちにいつの間にか、舞台の近くまで来ていたようで、そこはそれなりに開けた広場になっていた。

街の中心地であるせいか、目の前を通る人々の数も多い。

しばらくは大勢の人々に揉まれて移動する気も起きず、僕たちはぼうっとしていた。

すると、視界の端に風になびく旗が映った。


「赤と紫の祭り、か」


どうやら、それがこの祭りの名らしい。

旗の端にはツルハシと剣が交わりあった紋様が描かれていた。

それで、僕はようやくこの祭りの意図を悟った。

赤と紫。

それはファボルの王、ゴルド王の瞳の色と大地の人の瞳の色と同じだ。

多分、この祭りは二つの種族が協力し合う関係を築いてきたことに関するものなのだろう。

そうなるとあの紋様もツルハシが大地の人を、剣がファボルの戦士を表している、と考えられた。


「そういえば、だが」


なるほど、この国もわりと平和に過ごせているんだなぁ、などと微笑ましく思っていると、同じように旗を眺めていたルーンに声をかけられた。

隣を見てみると、ルーンは屋台の一つを指差していた。

何か食べ物でも売っているのだろう。

そこからは香ばしい匂いが漂ってきていた。

すると、僕のお腹は思い出したかのようにグゥ、と空腹を訴えた。

空を見上げてみれば、既に太陽は高い位置にある。

もうそろそろ昼時とあってか、屋台には人が並びつつあった。

僕はそれらを確認すると、ルーンの言わんとしていることに気がついた。

そう、買うなら今のうちということに違いない。

それか、ルーンもあれが食べたいのだと思う。

僕は一人頷くと、立ちあがった。

そして、ルーンに一度この場を離れることを告げた。


「ちょっと、あそこに並んでくるね。戻ってくるまで、好きにしてて? ここ周辺にいたら見つけるから」

「すまない。ありがとう」

「ううん。ルーン、気をつけてね」


もし突然、魔法が解けでもしたらそれは大変だ。

それで、一応そんな言葉をかけたのだが、多分ルーンなら上手くやるだろう。

案の定、ルーンは力強く頷いた。

僕はそれを確認すると、屋台へと駆け出した。

急がなくては相当な列になってしまいそうだった。


そして、数分後。


「あれ……」


僕は屋台で買った肉串を両手に広場を右往左往していた。

最近は相手の魔力を検知し、場所を探り当てる魔法を覚えたのだが、いかんせん人が多いせいか、上手く反応しない。

よって、ルーンの大きな魔力を探し当てるのにも一苦労になってしまった。

何時もはもう少し早く見つけられるのだが、大地の人の魔力も人よりも多いので、少し手間取ってしまったのだ。

なんとか探り出した先は広場の端にある、小さな店だった。

そこは加工に使えない宝石やそれらを使ったあまり高額でないアクセサリーなどが売られている店らしい。

ルーンはそんな店先に立って、商品をジッと見つめていた。


「ルーン」


僕が声をかけると、ルーンは驚いたようにビクリと肩を震わせた。

そして、なにやら慌てたように振り返る。

ルーンの顔は少し赤くなっていた。


「なっ、なんだ。エディか」

「うん、そうだけど。これ、買ってきたよ」

「そうだったな。ありがとう」


串を差し出すと、ルーンはお礼を言ってそれを受け取った。

しかし、まだ落ち着かないようで、どこかその仕草がオドオドとしていた。

僕は思わず気になって、聞いてみた。


「えっと、どうしたの?」

「いや、なんでもない。少し、な」


ルーンは曖昧に首を振ってから、チラリと背後を振り返った。

そこにかかっているのは、青い宝石がはまったネックレスだ。

宝石は銀色の枠に縁取られ、控えめながらも素朴な美しさを魅せていた。

ルーンによく似合いそうなそれを見て、僕は得心した。

なるほど、わかりやすい反応だった。

値段を見てみれば、それなりにはするが低級貴族兼新人騎士の僕が見ても、そう高いわけでもなかった。

僕はそれを見て、意を決すると店員を呼んだ。


「すみません!」

「はいー」

「えっ、エディ?」


店の奥に声をかけてみると、返事はすぐに返ってきた。

その様子を見て、ルーンが困惑したように声を上げる。

しかし、僕はそれに構わず店の奥から出てきた女性店員と話を進めた。


「これが欲しいのですけど」

「これですね。銀貨三枚になります」

「はい。これでいいですか」

「確かに。では、どうぞ」


代金を払うと、僕はそのネックレスを手に取った。

そして、ルーンの前に立つ。

ルーンは驚いたようにこちらを見上げた。

僕は少しだけ、視線を低くすると、ルーンの首にそれをかけた。

すると、それ一つでルーンの印象が変わる。

彼女は最近、いつも少し疲れた表情をしていたのだが、それをつけた途端、彼女の顔が輝いて見えたのだ。

事実、彼女は花が咲いたような、輝かしい笑顔を浮かべていた。


「エディ……これ」

「欲しかったんでしょう? なら、受け取ってよ。ルーンは僕の友人で、命の恩人でもあるんだから。普段、何も返せていない分のお礼のつもりでもある。だから、ね」

「でも、俺は剣を振ることしか能のない奴で、ちっとも女らしくないし。俺には似合わないかもって……」


不安そうにルーンはそう言って、俯いた。

僕はそんなルーンの様子に不謹慎かもしれないが、笑ってしまった。

プッと吹き出した途端、笑いが止まらなくなる。

そんな感じで唐突に笑い出した僕に、ルーンは戸惑いを見せた。


「エディ?」

「ごめんよ。でも、可笑しくって。ルーンが女の子らしくないなんて、そんなわけないのに」

「えっ、でも」


そうだろう、と上目遣いで問いかけてくるルーンに、僕はようやく笑いを止めた。

頬の筋肉を引き締めて、ルーンの瞳をジッと見つめる。

アイスブルーの瞳に潜む微かな不安を捕らえて、僕は言葉を紡いだ。

そこにある傷を見逃してしまえば、それはやがて大きな損傷になってしまうような気がしたから。


「ルーン、君は普通の女の子だよ」


動揺、なのだろう。

ルーンの表情が僅かに揺らいだ。

それは静かな水面に小石を落としたかのような、小さな変化だった。

でも、きっと今、僕は彼女という核に触れたのだと思う。

それを感じ取って、慎重に言葉を選びとった。


「確かに、君は小さな頃から騎士団にいたせいか、少し周りとは違うかもしれない。それは事実だ。環境が普通とはあまりにも違いすぎるから。でも、ドレスを着てはしゃでいる君やアクセサリーを楽しそうに選ぶ君を見て、僕は女の子じゃないなんて思えないよ。そんな時の君、とても生き生きしているんだ。僕には輝いて見えるんだ」

「でも、俺。言葉は粗雑だし、貴族令嬢らしいことも何一つ、出来やしない。そんなの」

「そんなの、庶民に生まれていたらわりと当たり前のことだよ。貴族として生まれてしまったからそう思うだけで。……君はね、ちょっと強すぎただけの優しい女の子なんだ。心も戦う力も少し強すぎただけなんだ。少なくとも僕は君が魅力的な女の子に見えるよ。でなきゃ」


と、僕はそこで口を閉ざした。

でなきゃ、のその先。

自分が何を言おうとしたのか、不意に分からなくなってしまった。

でなきゃ、なんだろう?

それは途轍もなく大切なことであるはずなのに、思い出せなかった。

僕が一人、首を傾げていると、ルーンはハアッと大きなため息をついた。

まさか、呆れられてしまっただろうか。

僕はドキリとした。

しかし、ルーンはそんなため息から一転、優しげな笑みを浮かべた。


「全く、お前という奴は」

「ごめん、上手く言葉に出来ないや」

「いや、いい。お前が励まそうとしてくれているのはわかったからな。俺の方こそごめん。最近は疲れていて、少し弱気になってしまったみたいだ」


そう言って、顔を上げたルーンの顔は心なしかスッキリしているように見えた。

瞳にはまた強い光が宿っている。

どうやら、こんな僕でも少しはルーンの為になれたようだ。

僕はそのことにホッと息をついた。

良かった、彼女の心はまだそこまで遠くには行っていない。

そうして胸を撫で下ろしていると、ルーンがふと何かを思い出したかのように、視線を宙に向けた。


「そういえば、お前にまだ言っていなかったことが……」


なんだろう、とそう思った瞬間だった。


「うわわっ!」

「おっと」


ドン、という爆音と同時に地面が揺れた。

あまりに突然の出来事に、僕たちはふらついてしまった。

慌てて、バランスを取り直すと、店の外へと走り出る。

そして、音のした方へ視線を向けた。


「一体……」

「何があった?」


広場の人々は皆一様に呆然としていた。

どの人も動きを止めて、一点を注視している。

家々が連なる、その方角。

ここからちょうど二、三ほど通りを行った先では黒煙が立ち上っていた。

次いで、何かの叫び声。

人のものでない、鼓膜を破るような悍ましい声は、ある怪物を連想させた。

こんなに離れたところでも感じられる禍々しい魔力は間違いない。

僕はサッと青ざめた。


「まさか、今のは。しかも、あの方角は」

「王子の場所、だろうな。それと、この気配は間違いなく」


ルーンはそこで悔しそうに、唇をギリリと噛んだ。


「魔物だ」


その言葉を肯定するように、再び獣の咆哮がガウルに響き渡った。

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