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月夜狼の警鐘

魔力媒介。

それは魔力使用時の無駄を軽減するものである。

魔力レベルや魔力量が低い者でも魔力媒介を使うことで、効率よく魔法が使える。

例えば、魔力媒介を使わずに火の玉を八発撃てる者がいるとすると、魔力媒介を使った場合は十発撃つことが出来る、ということだ。

その技術は主に剣や杖、盾、鎧といった武器や防具に使われていて、今や魔力媒介のない武器はほとんどない。

故に、自分で魔力コントロールをする鍛錬に時間をかけるより、その時間で剣術を身につける方が良いということで、近年は魔力媒介に頼りきりである。

問題点としては、魔力媒介の許容量を超える魔法は行使できないことだが、それも稀であるためにそう大きな問題とも言えない。

つまり、傭兵や冒険者、騎士になるにしろ、魔力の扱い方は必ずしも必要という訳ではない、ということだ。

流石に一流ともなれば必要とされる場合もあるが、それでもその場凌ぎ程度で済む。

その後、必要とされる場面は少ないだろう。

よって、魔力の自律コントロールの方法は益々失われつつある傾向がある。

で、あるからして……。


「はぁ、これもダメか」


ファボル王城の入り組んだ通路の奥の奥の方にある、とある一室で。

僕は人気のないファボル王城図書館で一人ため息をついていた。

ここは王からの入室許可が必要だということで、滅多に人が来ない。

それに、夜だということも相まって、図書館周辺はやけに静まり返っていた。

僕は本棚の間を行ったり来たりしながら、唸り声を上げる。

それも、調べ物がどうしても捗らないせいだった。


「これで三十冊目。なのに、まだ見つからないなんて!」


僕はげんなりとしながらズラリと並ぶ本棚の群れを睨みつけた。

そう、この図書館はこんなにも人が来ないくせして、蔵書の数が本当に多いのだ。

本、というもでさえ珍しいのに、この数はかなり凄まじかった。

いくら本好きの僕とはいえ、ギブアップしてしまうほどである。

僕は本棚に背を預けて、ズルズルとその場に座り込んだ。


「やっぱり、失われたってことか」


今、僕が探しているのは魔力を自力でコントロールする方法だ。

さっき読んだ本の裏表紙を見てみれば、これが書かれたのは五十年前と記されている。

タイトルは『自律魔力コントロールは失われた』。

かなり古い本なのに、その前でさえ魔力のコントロール方法は失われているようだった。

僕の魔力ではこの本では稀とされている、魔力媒介の許容量を超えてしまうため、僕はどうしてもその情報が必要なのだが、やはり需要がないのかその情報量は少ない。

この本に至ってはマシな方で、自力のコントロールについて一切記述がない物もあった。


「っていうか、ルーンはずるいよ」


思わずそう言いたくなる理由は、ルーンも自力のコントロール方法を知らないということにあった。

なんでも、ルーンは持っている剣が特殊なようで、それに頼っているとのことだ。

では、他のレベル5に聞けば、ということになるにだろうが、何しろここは異国だ。

そう気安く聞ける人などいやしない。

ということで、結果的に僕がこうして調べる他なかった。

国に戻ってから、というのではいつ悪魔が襲ってきてもおかしくはないこの状況ではのんびりすぎる。

今日の王との対決でも実感したが、魔力のコントロールというのは重要だ。

まだまだ尽きるのは先だったとはいえ、相手がたがもっと強力な魔法を持っていた場合はこう上手くはいかないだろう。

僕には出来るだけ早く、その方法を知る必要があった。


「なんだかなぁ」

「おいっ」

「わああっ!」


再び立ち上がろうとしたところで、唐突に声をかけられた。

誰かがいるとは思っていなかった僕は、驚きのあまり飛び上がってしまう。

必死にその場から飛び退くと、そこには呆れ顔のジオスが立っていた。


「なっ、なんだ。ジオスさんじゃないですか。驚かせないで下さいよ」

「おお、悪い。驚かすつもりはなかったんだがな。……久しぶりだな。エディ」

「お久しぶりですね。ジオス団長」


まさに数ヶ月ぶりの再会である。

一応同じ選抜部隊に選ばれていたとはいえ、お互い忙しかったこともあり、会話を交わす機会は少なかった。

こうして話すのは僕がまだ狼月夜に仮入団していた時以来になる。

ジオスは敬礼する僕を見ると、眩しそうに僕を見た。

そして、しみじみと呟く。


「お前、この数ヶ月間で何があったんだ? あの頃はまだまだヒヨッコだったってのに、もうこんなところにいるなんてなぁ。幾ら何でも早すぎないか」

「あはは、ちょっとかくかくしかじか、理由がありましてね。僕も未だにこの現実が夢なんじゃないかって思います」

「かくかくしかじか、か。なんか相当凄いことがあったんだろう? でなきゃ、ここにいるのはあり得ないからな。今日の王との決闘を見るに、実力も相応だったし。信じられないことだが、分かる気がせんでもない」


ジオスはやれやれと首を振りながらも、詮索はしてこなかった。

まぁ、ルーンとの仲も良いようなので、ある程度知っているのかもしれないが。

僕は曖昧な笑みで誤魔化しながら、それでも懐かしさを感じずにはいられなかった。

ジオスと会った頃の自分は本当に未熟で、剣もろくに使えないような病み上がりの少年でしかなかったのだ。

それに比べて、今はそれなりに強くなったと自負している。

それも、数ヶ月前の自分が聞けば、多分信じないであろうくらいに。

ジオスと僕は互いに他愛もない会話を交わしながら、しばらく時を過ごした。

しかし、ふとジオスが何かを思い出したのか、尋ねてきた。


「ああ、いや、そうだった。お前、一体ここで何しているんだ? 俺は久々にお前と話してみたいと思って、『奴』に聞いてみたんだが」

「奴……ですか?」

「すまん、ルーンのことさ。ルーンに聞いたら、図書館で調べ物をしてるって言われたものでな。一体何を調べているんだ? よければ手伝うが」

「そうなんですか。ありがとうごさいます。では、魔力の自力コントロールについて調べたいんですけど」


多分、この辺ですねと、僕は本棚の一角を指差した。

この数時間探し回った結果、おおよその見当はつけていたのだ。

とはいえ、まだはっきりとしたことは言えないし、あるとも限らないのだが。

ジオスは意外と多いその量に一瞬、顔を顰めたものの、すぐに頷いてくれた。


「確かに、大変そうだ。手を貸そう」

「助かります」

「にしても、自力コントロールか。それだと、失われた魔法(ロストマジック)の領域に入るんじゃないか? そうなると、探すのは中々骨が折れるな」

「ええ。でも、見つかれば大儲けですよ。これくらい大きいんですから、一冊くらい見つかるかもしれませんし」


失われた魔法(ロストマジック)

それは、古代に発展したという現代の魔法よりも効力の高い魔法のことだ。

なんでも、中には山一つ吹き飛ばしたり、人を呪ったりという術もあったというのだから、驚きだ。

今は国がそれぞれ厳重に管理している数個の魔法が残るのみで、殆どは消えてしまっている。

稀に遺跡などから発掘されているものもあるが、発動方法がわからないなどの難点も多い。

創り出され続けている無の魔法とは対極にある魔法とも言われていて、こちらも研究が進められている。

まぁ、そんな本があるところに僕たちを王も入れないと思うので、可能性は低いが、そう思うだけでも俄然やる気が出る。

僕は気持ちを新たに、一番近くにあって本を手に取った。


「ところで、だが」


しばらく、お互いに黙々と作業を続けていたが、特に収穫もなく時間は過ぎた。

そんな時、集中力が切れてきたのか、ジオスが再び声をかけてくる。

僕も休憩を兼ねて、その会話に付き合うことにした。

もしかしたら、今日はもう見つからないかもしれない。

そんな諦めもそろそろ入り混じってきている。


「はい、なんでしょう?」

「お前、アイツのこと、どれだけ知っている?」

「アイツ、とは?」

「例のお前達が任されている件だ。ここにも来ているかもしれないんだろう?」


もしかしたら、ジオスは悪魔のことを言っているのだろうか。

僕はそう思い当たると、一気に警戒心を高めた。

しかし、それを表情に出すことはせずに、惚けた返事を返した。


「ええと。僕は何の話をされているのか、サッパリ」

「分かっているだろう。ここまで言えば。別に隠す必要はない。俺は知っている。元々、俺も関わっていた件だからな」

「えっ」


予想外の言葉に、僕は間抜けな声を出してしまった。

すると、ジオスはそんな僕を見て苦笑する。

おもむろに本を棚に戻すと、空いた手で服の袖をまくった。

と、目に飛び込んできたのは。


「その印はっ!」


そこにあったのは銀の妖精の紋章だった。

見間違えることのない、僕の腕にも刻まれている国の駒であることを示す紋章だ。

レベル5や王族に近い者、高位貴族に刻まれているとは事前に聞いていたが、まさかジオスにも刻まれているとは思いもしなかった。

完全に惚けてしまった僕に、ジオスは言った。


「おや、俺のことは聞いてなかったのか。俺も一応、騎士団長としてこの紋章を刻まれているのさ。騎士を率いる者として、反乱は起こしやすいからな。まぁ、小規模な騎士団では滅多にそんなことはないが、俺は少し例外もあってな。これをつけることを命じられた」

「そう、だったんですか」

「ああ。これなら、俺のことも信じてもらえるだろう。それに、俺はルリア様からお前達の面倒を見ることを言われている。ルーンもなんだかんだで甘いところがあるから、心配なんだろう。で、どこまで知っているか、だが」


ジオスは試すかのような目つきで僕を見た。

僕はそれならば、とひとまず安心して知っていることを打ち明ける。

悪魔が残虐な殺人鬼であること、見たこともない魔法を使うこと、赤い瞳を持つこと。

あとはヴェルエーヌ家に関連している者が狙われていて、王子もその一人であることなど。

ルーンの過去などは微妙にぼかしたが、ジオスもそこは汲み取ってくれるだろうと、思った。

ジオスは全て聴き終えると、納得したように頷いた。


「なるほど。それだけか」

「それだけ?」


まだ僕の知らない何かがあるのだろうか。

まぁ、そうであってもおかしくはない。

なにせ、僕はつい最近そういうところに関わりあうようになったのだし、教えられていないこともあるだろう。

信用だってまだ足りていないに違いない。

しかし、不安は不安でもあった。

悪魔とのことならば、ルーンを守ると思った以上、余計に気になる。

ジオスは僕の気持ちを見透かしたかのように、尋ねてきた。


「ああ。お前は『容疑者』の存在を知らないのだな」

「容疑者って、悪魔のですか?」

「もちろんだ。こちらとて五年間何もしていなかったわけじゃない。怪しい人物は既に何人かリサーチしている。そいつらが誰か、とまではルリア様やルーンが伝えていない以上は言えないが、それは確かだ」


まさか、そんな者がいたなんて。

僕は信じられない気持ちで一杯だった。

どうして彼女達は言ってくれなかったのだろうという思いがグルグルと胸中を渦巻く。

何か隠されていたのはとうにわかっていたが、そんな重要な情報を隠されていたのはやっぱり少しショックだった。

言葉を失い、僕は思わず黙り込んでしまう。

きっと、彼女達は僕をそういうことを知らせないことで、僕を守ろうとしてくれていたのだ。

それは僕だって重々承知している。

そう思っても、やっぱり胸がチクチクと傷んだ。


「おい、気にするなよ。大丈夫だ。きっと、時が来れば教えてくれる」


見かねたのだろう、ジオスが声をかけてくれる。

僕は咄嗟に愛想笑いを浮かべて、心配をかけてしまったことをジオスに詫びた。

そう、でもジオスの言うことは一理ある。

ジオスはそんな僕に心配そうな表情をしていたが、やがて再び聞いてきた。


「あの、な。少し傷ついているところ悪いんだが、聞いてもいいか?」

「大丈夫ですよ」

「なら、聞くがな。お前、最近は大丈夫なのか? 体とか、無理してないか? あんなにすぐ強くなったのにも、何かわけがあるんじゃないか?」

「強くなってきたのは特に、何も。それと、病気は治ったので平気です。ただ」


時々、幻聴を聞きます。

とは、はっきり言えなかった。

何故かジオスの目が今一瞬、すごく怖く見えたのだ。

まるで、何か暗い奥底を覗き込んでいるかのような、ゾッとする殺気を含んだ目。

僕は本能的な恐怖を覚えて、思わず顔を伏せてしまった。


「いえ、何も」

「そうか。ならいいのだが。それと、言っておくが、ルーンのことはくれぐれも傷つけないでくれよ」

「……ッ! 当たり前じゃないですか!」

「分かっているんなら、それでいい。なにせ、『奴』は俺の友人の忘れ形見でな。俺は『奴』を娘同然に思っている。だから、念のためだ。何もするつもりがないのなら、構わない」


ジオスはそう言うと、クルリと背を向けた。

それでもまだ、緊張は解けない。

ジオスは熟練の戦士を象徴する、圧倒的な威圧感を放っていた。

僕は口を開くことすら出来ずに、その場で固まってしまっていた。

厳かで、怒りを含んだその声は僕の心に打ち込まれた。


「『奴』は脆い。最強の騎士と謳われる影で、いつだって彼女こそが救いを求めている。だから、『奴』は光を見ると縋り付きたくなってしまうのだ。愛を知らないから、それを信じてみたくなるのだ。純粋で、優しい『奴』の魂はどれだけ血を浴びても、その色には染まらないかもしれない。彼女なりの正義がある限りは光り続けるのかもしれない。けれど、いつかは確実に、それは徐々に壊れていく。いつかは戻れなくなるほど大きな傷を負ってしまう」


ジオスは歩き出した。

そして、そのまま図書館を後にしていく。

彼は最後に扉の前で立ち止まると、一言だけ言い残した。


「だから、俺は。彼女のそれを早めるものは全力で殺しに行く。疑わしきは罰せよ。それが俺のポリシーだからな」


扉は軋んだ音を立てて、閉じられた。


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