銀と赤の狂戦士
空は青く澄み渡り、橙華の季節になり、大分熱を持ち始めた風が僕らの頬を撫でる。
草は青々と茂り、夏の気配が色濃く現れ始めていたこの日、僕たちは城の庭にある演習場に集っていた。
今日はついにファボルの騎士団との合同演習の日。
王子と顔を合わせたあの日から既に三日が経っていた。
しかし、あれからというもの、特に目立ったことはなく。
僕たちは最大限の警戒をしながらも、穏やかな日々を送っていた。
「これより、マリアンの連合騎士団とファボルの近衛騎士による合同演習を行う!」
僕は庭の隅で姿勢を正しながら、前に立つルーンとファボルの近衛騎士団長のエルガーに視線を向けていた。
この位置からは全体が見渡せ、ファボルの騎士達の、朝の日差しを浴びてキラキラと光る甲冑が目に眩しかった。
因みに、対するRMKの面々は殆どが甲冑などは着ていない。
僕もそうだが、甲冑は重く、動きにくいのだ。
力自慢の狼月夜のジオスや赤き巨人のガイルなんかは例外だが、殆どは革鎧や胸や膝などの急所だけを軽鎧を装備していた。
では、何故ファボルの彼らは甲冑を装備をしているのか。
一見、甲冑は重すぎて動きが鈍くなるというデメリットが大き過ぎるように思える。
しかし、そこにはファボルの技術が関係していた。
なんでも、この甲冑はファボルの最新技術を存分に注いだ特注品なのだそうだ。
甲冑には特別な宝石が埋められているらしく、甲冑全体が魔力の消費を抑え、魔力を纏わせられる魔力媒介になっているとか。
しかも、確かに動きは少し鈍くなるが、魔力を込めれば軽量化も出来るそうで。
そのほかにも色々と便利な機能が付いているらしい。
僕はあまり詳しくは知らないが、ある一定の実力が認められると新人騎士は国から支給されるそうだ。
いわば、甲冑は彼らの制服のようなものだった。
因みに僕は少し制服というものに憧れていたりする。
僕は病気のせいで、中々学校に行けなかったのだ。
王立学校にも制服の制度はあったが、それに袖を通す機会は一度もなかった。
まぁ、それでも健康体ならここにいたこともないのかもしれないと思うと、これはこれで良かったのかもしれない。
「では、これより自由に始めてくれ」
と、そんなことを考えていると、エルガーの話は終わったらしい。
内容を要約すると、相手を自分で探して、模擬試合をするらしい。
当たり前だが、使うのは木剣だ。
さて、どうしようか。
誰と試合するか、周囲を見回しながら立ち尽くしていると、早速すぐ側で試合が始まった。
向かい会うのはまだ初々しさの残るファボルの新人騎士五名と、銀髪の狂戦士、ユナだった。
「おらおら、さっさとかかって来い! 一人残らず叩きのめしてやる。エディよりもしょうもない戦いでもしたら、承知しねぇからな!」
ユナは不敵に笑いながら、五人を挑発する。
対する新人騎士達は若干引いたような反応を取りながらも、剣を構える。
というか、なんで基準が僕なのだろうか。
いや、弟子だからなのだろうけど。
僕が苦笑している間にも、試合は始まった。
まずは五人が仕掛けていく。
彼らは見事な連携を取りながら、次々と打ち掛かっていった。
やはり、近衛騎士というだけあってか、新人の動きのクオリティは高い。
彼らは出たり下がったりを繰り返しながら、ユナの体勢を崩さんと苛烈に攻めて居た。
僕なら、ここで魔法を使って、一度間を取るだろう。
でなきゃ、剣はあまり得意でない僕はすぐに打ち負けてしまう。
一応、ユナもレベル4なのだから、それが出来ないわけではない。
しかし、ユナが魔法を使う様子はなかった。
次々に迫る剣を、避け、打ち払い、流しながら攻撃を軽々とかわしてしまう。
そう、ユナの一番の強さはこの回避率の高さにあった。
これには、相手も動揺したようで、少し連携が乱れた。
そこを獣のように目を光らせるユナが見逃す筈がなく。
ユナは好機とみると、彼らの中へ突貫していった。
「甘いッ!」
まず、攻撃を躊躇った騎士に一撃。
慌てた騎士はそれをモロに食らって倒れる。
そして、今度はそれを好機と見た騎士が後ろから攻撃を繰り出した。
しかし、その騎士もユナが振り返りざまに放った蹴りで吹っ飛ばされてしまう。
今度こそ、と襲いかかった三人目の騎士も返り討ちにあうと、残った二人は距離を取った。
だが、怯えた顔をする彼らが攻撃的になれる筈もなく。
逃げ腰の騎士二人もあっという間に切り捨てられてしまった。
ユナの圧倒的な勝利である。
観戦者たる僕も、このユナの狂戦士っぷりに苦笑いを浮かべることしか出来ない。
ユナは硬直したままの僕に近づいてくると、得意げに胸を張った。
「どうだ、師匠たる俺の戦いぶりは?」
「すっ、すごいですね?」
「だろ? とはいえ、相手は骨がない奴らばかりだな。新人だから仕方ねぇけどさ」
「あはは、彼らのトラウマにならなきゃいいですけど」
今のところ、国のトップテンに入るユナにあれだけあっさり負けさせられたのだ。
ようやく正式な騎士になって、自信をつけたばかりなのに、それを折られたかたちになる。
後学の為とはいえ、あのユナには鬼気迫るものを感じさせられた。
もし僕があの立場なら、このあとしばらく立ち直れなさそうだ。
僕が若干、引き気味にユナに受け答えしていると、ユナが不意に目を細めた。
「それなのに、お前は」
「……何でしょう?」
「いや、成長が早いなと思ってな。お前、本当に小さい頃に剣を握っていないのか? まだ未熟とはいえ、短期間の訓練で青バラの試験に受かるとは、普通はありえないことだぞ」
「ううん、僕もわからないんですよね。自分の事があまり。でも、多分剣は持っていなかったと思いますが」
最近は聞かないが、あの謎の声や頭痛の原因は未だにわかっていない。
突然増えた魔力も、上達の早い剣術も僕自身、不思議でならない。
まぁ、そのおかげでここにいるのだが、気になるものは気になる。
ユナにそう伝えると、ユナはそうか、とだけ言って、黙り込んだ。
そして、周りを見渡すと、近くに人がいないことを確認する。
「そうだ、エディ。まだ暫く時間があるみたいだし……」
「おおっ!」
「なんだ?」
ユナの言葉を遮ったのは周囲のどよめきだった。
その騒ぎの先に視線を向けてみると、そこには人だかりが見えた。
その中心に立つのは、神々しいオーラが滲み出る見覚えのある老人。
僕がずっと懸念していた、ゴルド王その人だった。
彼は前の謁見の時とは違い、騎士達と同じように分厚い甲冑を身にまとっていた。
もともと体が大柄なのもあり、筋肉のあるその身は山のようである。
彼の鎧は少し赤味がかっていて、他のものよりも良いものを着ているとわかる。
彼は近衛騎士達に囲まれながら、一際大きな存在感を放っていた。
「陛下、なりません。毎度わたくし共がお止めしているではありませんか。王の身に何かあれば、困るのは貴方だけではないのですよ」
「エルガー、堅いことを言わずともいいではないか。別に死ぬようなことはせんのだ。余の楽しみが戦いであることはお主も知っておろう。止めんでくれ」
「そういう問題ではないのです。どうかお止めください」
エルガーはなんとか王の戦闘をとめさせようとしてくれているようだが、王はまるで聞く耳を持たない。
必死に止めようとするエルガーに困った顔をして、それでも押し切ろうとしていた。
そんな彼は周囲を見回し、なんとか打開策を探している。
僕はなんとなく嫌な予感を覚えて、ユナの陰に隠れようとした。
しかし、その前に王とバッチリ目が合ってしまう。
僕は内心慌てたが、時はもうすでに遅かった。
「おおっ、エディス殿ではないか」
「っ! はいっ」
僕は咄嗟に返事を返し、直立不動の姿勢をとった。
すると、王は皺の刻まれた顔を綻ばせる。
それはもう逃げられない、と確信した瞬間でもあった。
僕は諦めて、王の前に歩み出た。
「丁度いいところに。余はそなたと手合わせがしたくてウズウズしていたのだよ。だが、この通りエルガーが煩くてな。出来れば君からもこの堅物に言って欲しいのだ。なに、そなたに損はさせぬ。良い経験になると思うのだが」
「はっ、はぁ」
と王様に言われては面と向かって断れるはずがない。
助けを求めるようにエルガーを見てみれば、エルガーも肩を竦めるだけだった。
その表情には諦めが浮かんでいる。
どうやら、彼にもどうすることもできないようだ。
僕はそっと息を吐き出すと、顔を上げた。
畏れ多いばかりだが、こうなってしまった以上、やるしかない。
「では、どうかお願いします」
「ほら、エディス殿もこう言っている。エルガー、構わんな」
「ええ。でも、私は止めましたからね」
「わかっている。そなたに迷惑をかけぬようにも、無理はせぬよ。そこそこで終わらせる」
そう言うと、王は自信有り気に笑った。
その瞳には挑戦的な光が宿っている。
どうやら、話に聞いていた戦闘狂は本当のことらしい。
僕は王の「終わらせる」という余裕の言葉に、少しの苛立ちを感じながら、深々と頭を下げた。
すると、周りももう止められないことを悟ったのか、王の周囲から騎士達が離れていく。
王も僕の礼に軽く頷いて返礼すると、剣の柄に手を置いた。
左手には盾も構えている。
それに習って、僕も剣をいつでも抜けるように僅かに腰を落とした。
同時に頭が少しずつ冷静になっていき、周囲の音が遠のいていく。
意識が完全に戦闘モードに切り替わったのを確認して、僕は王の目を見返した。
王のルビーのように赤い瞳は僕の姿を映して、生き生きと輝いていた。
「なるほど、良い目をしている」
「参ります」
「いつでも良い」
僕は勢い良く、抜剣した。
力強く地を蹴って一気に王へと接近する。
僕は剣を上段に構えて、振り下ろした。
単純な攻撃だが、まずは小手調べだ。
王もその意図を察したのか、避けることなく、それを受け止めた。
一応、避けられた時の対処も考えていたが、乗ってきてくれたようで、僕は嬉しかった。
戦いの最中だというのに、自然と笑みが零れる。
王の守りは強固で、中々攻め込むことが出来なかった。
流石は最強の先祖の血が流れているだけのことはある。
王はニヤリと笑うと、僕の剣を打ち払った。
僕はそれを予想していたため、動揺することなく、一歩下がって、直後素早くもう一度踏み込んだ。
ここで下がると、王の追撃は免れないためだ。
僕はそれを予期して、攻撃に転じた。
王はそれに虚を突かれたかのように、慌てて盾でそれを防いだ。
そして、間を取る為か、剣先から魔法を放った。
恐らくレベル4はあるだろう、強力な紅蓮の炎が僕に向かって牙を剥く。
しかし、それは僕相手には悪手だった。
僕は自ら火の中に飛び込むと、同時に魔法を発動させる。
選ぶのは、馬車が襲われた時にも使ったあの魔法、水守甲だ。
僕の周囲を水のベールが包み、それに伴って、襲い来る炎をたちまち消していった。
ジュウという音と共に、視界が煙で真っ白になってしまうが、特に問題はない。
王の気配は既に掴んでいる。
僕は煙の中へ迷うことなく突っ込み、剣を振るった。
だが。
「えっ……」
僕の剣は空を切るだけで、王の気配はいつの間にか消え失せていた。
僕は訳が分からずに、一瞬呆然としてしまう。
しかし、すぐにそれが王の狙いなのだと気がついて、咄嗟に魔法を使った。
この際、向きなど関係ない。
次の一撃を防げるのなら、それで良かった。
先程と同じように、僕は水守甲を使った。
「ほう。魔力がやはり高いな」
「ッ!」
案の定、王は煙の中に潜んでいたらしい。
僕はギリギリで水守甲に守られて、右後ろからの攻撃を防ぐことに成功した。
しかし、王は剣にまた炎を纏わせていたようで、また視界が白く染まってしまう。
王の姿もその中にかき消え、僕はまた王の姿を一瞬見逃してしまった。
そして、すぐに次の一撃がくる。
僕は同じ要領で魔力を放って、またそれを防ぐが、完全に悪循環に陥ってしまっていた。
王の炎の調節がうまく、煙が予想以上に発生するのだ。
でも、そう大きな魔力を使っているわけではないらしい。
それに対する僕は全方向を守っているために、魔力の無駄が大きい。
いくらレベルでは彼より上だとはいえ、魔力量は多分王の方が有利なのだと思う。
でなければ、王はこんな手段はとらないだろうし、このままではジリ貧になってしまう可能性が高い。
何か打開策を練らなくては、負けてしまうことも考えられた。
「さぁ、どうする?」
一撃ごとに、王の速さは増していく。
あの巨体でこれほどの速さで動けるなんて、思いもしていなかった。
だが、この邪魔になる煙さえなければ、ついていけないこともない。
僕は奥歯を噛み締めながら、必死に頭を働かせた。
一体、どうすれば。
「って、そうか」
そういえば、前に本で読んだことがある。
空に浮かぶ雲の出来方を。
確か、あれは海から登っていった小さな水の粒が冷やされて、見えるようになったのだとか。
この煙ももし、水粒が見えるものだったとしたら。
いや、その可能性はかなり高い。
これなら、きっと行けるだろう。
「よし」
僕は最後の水守甲を発動させた。
すると、今度は王が左前方から現れる。
僕は攻撃を防ぐと同時に、すぐにまた別の魔法を発動させた。
純粋に、水を動かすだけの初級の魔法だ。
それで、目の前の煙を、否水蒸気と呼ばれていたものを打ち消した。
その向こうに現れた、王の顔が驚愕に染まる。
「なんと、知っていたのか」
「喰らえ」
僕は一気に踏み込んだ。
剣に魔力を込めて、素早さを上げて、王に接近する。
離脱体勢だった王にそれを防ぐ術は最早ない。
僕の一撃は王の甲冑の隙間に食い込んだ。
「はあっ!」
「そこまで!」
エルガーの声が響き、僕は剣を止める。
王は手を上げた格好で、僕の剣を受けていた。
つまり、勝負はついたということだ。
頭から段々熱気が抜けていくにつれ、そのことを理解すると、ホッと息をついた。
剣をその場に放り捨てて、王に頭を下げる。
王は負けたのにも関わらず、笑みを浮かべていた。
「素晴らしい。余の負けよ」
「はい。お手合わせありがとうございました」
「いやはや、そなたは実力がある上に勤勉でもあるのだな。この自然の理を知るものはそう、おらんよ」
「たまたまです。でも、勝てたのは純粋に嬉しいですね。あの戦い方は初めて見ました。甲冑の能力も素晴らしかったですし」
勉強になりましたと、僕は笑った。
少しでも、自分が強くなれているような気がして、内心ではたまらなく嬉しかったのだ。
王はそんな僕に手を差し出してくる。
「握手だ。余に勝った者はもう友と、きめておるのでな。どうか、この手をとってはくれまいか」
「はい。喜んで」
一瞬、自分がエルガー達を困らせるようなことをしているのではないか。
とも思ったが、次に起こった拍手は僕のそんな不安を吹き飛ばしてくれた。
拍手の波は広がり、演習場が歓声の渦に包まれる。
僕はそんな中心で、王と握手を交わしていた。
少し前ならこれもまた信じられない、光景。
それでも、今はこの歓喜と高揚に身を任せていたかった。




