魅せられた者
「申し訳、ありませんでした」
「エディス殿?」
「エディ、どうしたんだ?」
二人は突如、頭を下げた僕に揃って不思議そうな顔をした。
が、僕の額には冷や汗が滲むばかり。
僕は声を絞り出すようにして、謝罪の内容を口にした。
「僕は……いえ、私は殿下に不敬な言葉を幾度となく、口にしてしまいました。殿下のお気持ちも鑑みず、傷を抉るような真似を。一時の感情を制御できずに誠に申し訳ありません」
「エディス殿もやめてくれ。僕もあの時は冷静じゃなくて、君にも酷いことを言ってしまった。だから、おあいこだ。僕の方こそすまない」
そう言って、恥ずかしそうに微笑むのをみれば、先程までの王子は一体誰だったのかと言いたくなる。
僕は先ほどまでの焦りも忘れて、呆然とした。
いや、幾ら冷静じゃなかったとはいえ、ここまでくると詐欺にすら思える。
そこはやっぱり、王子様といったところか。
それとも、ミルネが忘れられていたことを怒っていたのか。
どちらにせよ、僕にとっては違和感バリバリだった。
逆に内心では凄い怒っているのかもしれない。
そんな僕の引きつった笑顔に気がついたのだろう。
王子が苦笑した。
「すまない。今のは不気味だったな。やはり、レベル5だからか、『魅了』は効かないらしいな」
「当たり前だ。エディは俺の『魅了』さえ効かなかったのだからな。ルリア様もそれを知っているから、悪魔の話をしたのだ」
「なるほど、納得した」
「あの?」
二人は勝手に納得しているが、僕は完全に置いてけぼりをくらっている。
王子もあのあまりに変容した態度ではなく、いつの間にかその以前に近い口調に戻っている。
とはいえ、ルーンとの険悪さは既に薄れているが。
僕が首を傾げていると、王子が再び「すまない」と繰り返した。
そして、事情を説明してくれる。
「少し確かめたかったことがあってな。先ほどの言葉の内容は本心だが、今の時点でレベル5の力を確認して起きたかったのだ。繰り返し言うが、言葉の内容に嘘偽りはない。これからは機密を共有することになるのから、仕方のなかったことなのだ」
「わかります。そういうことなら、気にしていません」
「感謝する。だが、今ので本当だと確認出来たから、事情を説明しよう。試すような真似をして済まない。ではまず、基礎知識について聞こうか。エディス殿は俺たちが『魅了体質』だというのは知っているか?」
「そうなんですか? 魅了体質というのは書物で目にしたことはありますが、殿下やルーンが魅了体質持ちだとは知りませんでした」
魅了体質。
それは稀に生まれ持つことのある、人を自然と惹きつける魔力を纏った体質のことだ。
主に上位貴族が持つものとして知られており、王族に近いほど生まれ持つ確率が高い。
明確なその原因はわかっていないが、これは体質の為、操ることが出来ないそうだ。
思い返してみれば、ルーンの魅了体質は僕もエフィの幻の中で経験済みだ。
少し注目を浴びただけで、あっという間に囲まれてしまった恐怖は未だ記憶に新しい。
あの時は色々と大変だったせいで、思い出すことはなかったが、言われてみればあれは魅了体質の所為なのだろう。
王子は僕の持つ知識を知ると、魅了体質について、更に説明してくれた。
「魅了体質にはそれぞれ特徴があってな。ルーンはどんな時でも魅了の魔力を纏ってしまう、常時魅了型。しかし、俺は特異魅了型と言ってな。表情によって、その効果が違うのだ。俺の場合は笑顔の時が最も効力を発揮する。つまり、先ほどのように言えば、大抵のやつは怪しむことなく、頷いてしまうのだ」
「へぇ、そうなんですか」
「相手の魔力によってもその効果は違う。レベル3までなら、誰にでも効くが、レベル4以降は殆ど効かない。しかし、それ以下でも稀に効かないこともあるから、『魅了』は未知ばかりだ」
「僕がレベル3の時もルーンの魅了は効かなかったですからね。確かに、ルーンは綺麗だし強いし、尊敬はしましたけど」
「おい、そんなに褒めてくれるな。世辞とわかっていても恥ずかしい」
ルーンは照れくさそうにいうが、僕としてはそれが本心だ。
お世辞じゃないよ、と笑いかけてから、僕は少し考え込んだ。
魅了体質は話を聞く限り、本当に興味深い。
だが、そこに運命の悪戯を感じて、少し不安に思った。
だって、魅了体質は不平等なシステムにしか聞こえないからだ。
人に好意を持って貰えるということは社会的地位を高めることに繋がる。
詳しく説明すると、まず良い印象を持って貰えれば、ああしてあげようとかこうしてあげようとか、その人にとってプラスの行為を周囲に促しやすくなる。
そして、周りのサポートがあればその人が成功する可能性は徐々に上がってくるわけで。
結果として、王の目にとまることとなり、地位を得るというわけだ。
また、領民からの信頼も得られやすいので領地経営も楽になる。
とすると、魅了体質を持ちやすい上位貴族ばかりが得をするばかりで、下はあまり顧みられなくなってしまうのだ。
実際は結果がきちんとでている以上、低級貴族はそれに文句は言えない。
それはちょっとズルいと、低級貴族の身である僕は思ってしまった。
そのほかにも、民の抱く貴族への信頼が魅了体質故にもたらされた偽りの感情なのだとしたら、と考えると更に恐ろしくなる。
思わず身を震わせると、王子も僕の考えが行き着いた先を見抜いたらしい。
「確かに理不尽だとは俺も思う。だが、俺たちとてそういう風に生まれたかったわけではない。政治だって好き嫌いで進めているわけではないしな。最近では魅了体質を隠す魔法も生まれてきている。じきにこの体質は皆封じられてしまう時代も来るだろう」
「そう……ですね」
多分、魅了がもたらすのは利益だけではないと思う。
ルーンが良い例で、彼女は特別な目で見られることを毛嫌いしていた。
確かにあんな風に追い回されてはたまったもんじゃない。
それでもこの世の中では、ルーンの考えは少数派に違いないから、何処か釈然としないのだが。
その所為で返事が曖昧になってしまったが、王子もルーンも何も言わなかった。
むしろ、他に考えるべきところがあるようで、彼らは微妙な表情で僕を見ていた。
「どうかしましたか?」
「いや、エディス殿は魅了体質のことを完全ではないといえ、知っているのかと。本来、魅了体質は上位貴族だけが持つ機密情報だ。知られて仕舞えば民の不信を買ってしまうことになるからな。書物で目にしたということだが」
「ああ、確かに。でも、多分うちの書庫にあった書物で魅了体質に触れた文面を見つけました。いつ読んだかは忘れてしまいましたが」
「ユーテス家、確か地方の特殊な民族を先祖に持つ家だったな」
「うん。そうだと聞いてる。詳しくは僕も知らないけど」
そこらへんは、当主を継げば教えてやると父に言われていたので、僕もわからない。
けど、機密情報があったなんて、かなり大変なことだ。
僕も国の駒となった以上、そういうところに敏感になった方がいい。
帰ったら調べて見よう、と心に決めていると、ルーンが心配そうに言った。
「まぁ、そんなに気負う必要はないだろうよ。お前のご両親は話を聞く限り、良い方々だ。マズイことはしていないと思うが、な」
「うん。僕もそう信じたい。多分、大丈夫だとは思うけどね。ルーンこそ、魅了体質は大変そうだから、無理しないようにね」
「それこそ、心配する必要はない。俺は慣れているし、お前もいるからな」
ルーンと僕は笑いあった。
やっぱり、ルーンとはこういう関係でいたい。
堅苦しかったり、ぎこちないやりとりはもう嫌だ。
これで僕がもっと強くなって、彼女と互いに高め合えるようになったら、なお良いのだが。
その為にも、合同演習は頑張らなくてはいけない。
そう思うと不安の種でしかなかった演習も、俄然やる気が湧いてきた。
これは良い機会なのだから、学べることは吸収し、糧にしていくべきだ。
「よし、合同演習も頑張らなきゃな」
「そうだな。俺も久々に骨のある相手が見つかったことだし、頑張らなくては」
「ふふっ、君たちは本当に仲が良いのだな」
気合いを入れる僕たちを王子は微笑ましそうに見守る。
しばらくそんな、和やかな雰囲気が続いたが、やがてそれも終わりつつあった。
王子は明日の政務があるし、僕たちも任務がある。
夜が更けるまで話し合うのはあまり良いとは言えなかった。
既にもう遅いので、城内は静かだ。
話を聞かれる危険性もそれだけ薄まってきているので、丁度頃合いだろう。
まぁ、仮に聞き耳を立てているものがいても、最強の騎士がいるので、心配は無用だ。
「さて、悪魔のことだが」
口火を切ったのはルーンだった。
それに従って、僕たちも気を引き締める。
悪魔。
未だルリア様からの連絡はない為、あれからウォルティで事件は起こっていないらしかった。
もう粗方ヴェルエーヌ家に関連深い貴族は減ってきているので、その頻度も最近は少ない、とのこと。
今は関連深い者といえば、ここにいる二人くらいなもので、悪魔がファボルに来ている可能性は高くはないが、あり得る話だった。
その為、幾ら他国とはいえ、細心の注意を払う必要がある。
何しろ悪魔のことは何もわからないのだ。
警戒しておくに越したことにない。
王子は何もわからないと聞くと眉を顰めた。
「あれから五年も経つのに何もわからないのか」
「ああ。奴の目撃者は片っ端から殺されたしな。ミルネ以外は全員、証拠さえ残らないような無惨な姿だったし」
「そうか。ミルネ以外か。少し引っかかるな。初めての事件だったからか? それとも、何か他の理由が……」
「ミルネ様だけ、死因はナイフで刺されたことによる失血死らしいですね。他は魔法だった、と聞いています」
僕も悪魔の話を聞いて、色々調べたのだ。
そこでわかったのが、ルリア様も言っていたようにミルネ以外が魔法による死を遂げている、ということ。
なんの魔法か、ということまでは詳しくわかっていないが、恐らく特殊魔法だと言われている。
精霊の気配が無く、魔物に似た邪悪な魔力が現場に満ちていたこともわかっているので、それは確かだろう。
ヴェルエーヌ家に関連深い者を狙っているあたり、知能が高そうなので、魔物では無い。
となると、人と言うことになるが、それだけ大きな魔力の持ち主はすぐにばれる。
既に国の駒となるか、殺されているかが選ばされているはずだ。
そうなると、僕の中にはある一つの可能性が浮かび上がってきていた。
「悪魔は魔人なんでしょうか?」
「魔人、か。その可能性もあるな。もしそうだとしたら、かなり厄介なことになる」
「足もつかなさそうだし、相手の力は未知なのは確実。そのうえ、ファボルで魔人が現れたと言われているからな」
本当に、厄介だ。
王子もルーンも疲れたように天井を仰いでいた。
僕も最悪な事態を想定して、ため息をつきたくなる。
しかし、ここで僕まで落ち込めば、空気は余計酷くなる。
ならせめて、悪魔の対象外たる僕は元気でいようと思った。
あえて、明るい声で二人を励ました。
「まぁまぁ、それならそれで、好都合かもしれないし。ここで悪魔を倒せば今後の憂いは晴れます。幾ら悪魔といえど、ルーンの実力があればそう負けないよ。力になれるかはわからないけれど、僕もいるし」
きっとなんとかなるはず。
根拠は無いが、そんな風に思えた。
もちろん、懸念材料はたくさんある。
これまでRMKから悉く逃げている強者だし、魔人ともなればどうなるかは想像も出来ない。
だが、ここには最強の騎士とそれに次ぐ者たちがたくさんいる。
どうにもなら無い、なんてことはそうそうないはずだ。
「結局は俺なのな」
「そのようだ、ルーン。君の強さはこの大陸中が認めている。仕方が無いといえば、仕方ないが。頑張ってくれるか? 俺も悪魔のことは憎い。ミルネのことを殺したのは奴が捕まった後も許せないだろう。だから、協力が必要であれば、こちらも出来る限りのことをする。すまないが、力を貸してくれ」
「ああ、もちろん。俺はこの国の盾であり剣だからな。当然だ」
「あは、ごめんね。ルーン任せみたいになっちゃって」
「何を言っている。お前もだぞ」
「だよね」
ルーンは呆れたように言った。
僕はそれを頭を掻きながら、受け入れた。
うん、やっぱりルーンは心強い。
いつかは彼女と肩を並べなくてはならないとわかっていても、ルーンという存在は大きかった。
何より、彼女は優しいのだ。
力もあるから、たくさんのものを抱え、守ろうとしてしまう。
今もそうで、国をも揺るがす王子を守ろうとしていた。
その一見華奢にも見える肩にどれほどのものが乗っかっているのか。
僕にはわからないが、その一端を背負えるものなら本望だった。
僕がヘマをすることに対する不安はあるが、彼女の為になるのなら構わない。
いずれは「共有」さえ出来ればな、というのが今の僕の目指す目標だ。
だって、彼女は友達だから。
「あれ?」
「どうした、エディ?」
一瞬、友達という言葉に引っかかりを覚えた。
友達だから、助けたいのだろうか。
そんなわかりきった疑問が僕の頭をよぎった。
しかし、それもルーンに声をかけられると、すぐに忘れてしまった。
怪訝そうな表情を向けてくる、ルーンに首を振って答える。
「いや、なんでもない」
「そうか。なら、とりあえずは厳重注意ということでいこう。下手に動くわけにはいかないからな」
「そうだな。……そうそう、これを君には預けておこう」
王子は思い出したように、立ち上がった。
そして、部屋の隅にあった引き出しから、何かを取り出してくると、ルーンに差し出した。
そのなにかは布に包まれていて、わからない。
「これは、なんだ?」
「君ならわかると思うけど、それには魔法がかけられている。下手には布を広げないほうがいい。なんの魔法かはわからないが、危険な気配がする」
「確かに、魔物に似た魔力が感じられるな」
意識を集中させてみると、僕にもその気配が感じられた。
あの牙の巨狼の魔力に確かに似ている。
ルーンは丁寧にそれを受け取ると、何かを小さく呟いた。
途端に、邪悪な気配が薄れ、僕にはそれが感じられなくなった。
もともと微弱にしか感じられなかったが、それすらなくなってしまったのだ。
僕は驚いて、ルーンに聞いた。
「今、何をしたの?」
「えっと、軽い封印魔法をかけた。俺の氷はそういう魔法と相性が良いからな。多分これで不用意には布を広げられなくなるだろう」
「へぇっ、凄いね」
多分、封印魔法も無の魔法だったと思うが、詳しい知識はない。
それは後で聞くとして、それよりも気になることがあった。
王子がそんなものを持っていた理由だ。
それはルーンも同じようで、不思議そうにしていた。
「シャロン、これは何処で?」
「これはミルネのモノだ。焼け落ちた館から出て、気がついたらこれを握っていた」
「気がつかなかったな」
「仕方ないさ。君はあの時『僕』を助けることに必死だったのだから」
王子は少し遠い目をした。
彼は昔のことを話す時、自分のことを「僕」という。
今の自分と区切りをつけたいのか、語っている時はまるで他人事だ。
唯一、表情だけはそのままの感情を出しているため、王子の話だとはわかるのだが。
「中にはミルネのアクセサリーの一つが入っている。今の話を考えるに、ミルネは悪魔との関連がありそうだからな。君が持っていてくれ」
「その……良いのか? そんな大切なモノを。ミルネの形見なのだろう?」
「俺が持っていても、仕方ないさ。ミルネも悪魔を倒すことを願っているはずだから、きっとその方が良い」
それが、彼女の最期の言葉だったから。
そう言って、王子は儚く笑った。




