表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/65

邂逅とトラウマ


「はぁ、なるほど。そういう訳か」


王子は皿の上のいかにも柔らかそうな肉を切り分けながら、それを優雅に口に運んだ。

その流れるかのような一連の動作の中、王子の表情は険しい。

今は王子が帰った、その後の晩餐の時間だった。

王子は王家特有の青みがかかった黒い瞳に冷たい光を宿しながら、膝をつく僕たちを見下ろしていた。


「はい。今回はファボルで少し怪しい動きが出ている為とのことで、調査を兼ねて王子の護衛に遣わされました。先日は魔物も出現したようですので、ルリア様の判断は賢明でしたかと」

「そうだな。あの人も歴戦の魔術師だ。何か勘が働いたのかもしれんな」

「……そうかもしれませんね」


その受け答えをするルーンの声は何時もより、何処か堅かった。

王子とは事前に幼馴染みだと聞いていた為、こんなに儀式的な会話を交わしているとは少し意外だ。

やっぱり、王家となると違うのだろうか。

僕はそんなことを思ったりしたが、どうもそれにしてはしっくりこなかった。

何より、あのゴルド王とでさえ物怖じせずに話していたルーンが、此処まで緊張している様子はどう見たっておかしい。

僕が首をかしげていると、再び王子の淡々とした声が頭の上から降ってきた。


「事前に寄越してきた使いの者によって、大体の事情はわかっている。あとは好きにしてくれたらいい」

「はっ。ではこれより任務に就かさせて頂きます」


僕らは深く頭を下げると、事前に決めていた役割で護衛についた。

僕は初めの護衛のメンバーに選ばれている為、食事をする王子の左後ろに立つ。

右後ろにはルーン、その他数名を警戒にあたらせ、残りはゴルド王が用意してくれた部屋にて待機する。

役割は時間によって交代されることが決まっていた。


周りがテキパキと動く中、僕は周囲を見回しながら、隣のルーンを伺った。

ちゃんと王子の周りを警戒しなくては、と思うものの、何時もとは違うルーンの様子が如何しても気になってしまう。

少しだけ視線を向けてみれば、案の定、ルーンは浮かない顔で王子を見つめていた。

時折フッとため息を吐きながら、ふと遠い目をする。

その様子はまるで記憶の中の何かを、王子から見つけようとしているようで、見ているこっちが切なくなった。

しかし、対する王子はただ黙々と食事を続けるのみ。

こちらからは亜麻色の柔らかそうな髪しか見えないが、その背後には話しかけ難い空気を纏っていた。


「そろそろ、いいかね」


束の間の沈黙を破ったのは長いテーブルの奥に座る、ゴルド王だった。

ゴルド様はルーンと王子の間の雰囲気を何処となく感じとっていたのか、少し困ったように、白い髭を撫でつける。

ルーンはハッとしたように、表情を固めたが、王子はゆっくりと首を動かすだけだ。

此処にも両者の間にできた溝の一端が垣間見えた。


「はい。お話いただけませんか? この間の事件のことを」

「おお、良いのかね?」

「ええ、何も問題はありません」


王子は平然と言い切る。

ルーンはそれに一瞬、顔を顰めたものの、同様に頷いた。

戸惑ってはいるが、此処が王の御前だということを思い出したのだろう。

ルーンはキュッと真剣な表情を作ってみせた。


「俺の方も大丈夫です」

「そうか。なら、あの事件のことについて話させて貰おう。とはいえ、事前に説明しておいたこと以上のことは、未だあまりわかっておらんのだが」

「構いません。今は少しでも情報が欲しいだけですから」


王子は先ほどからニコリとも笑わない。

まるで感情が抜け落ちているかのように、ひたすら淡々と話を進めていく。

王もこの数日間でその反応に慣れているのか、特に気に留める様子もなく話し出した。


「なら話そう。数日前のあの日のことを。とはいえ、ことが起こるまではなんてことのない、普通の日だったのだがな」

「何かの予兆があったわけではないと?」

「そうだな。王子が来て三日目のことだったが……王子もそう思われたであろう?」

「はい。そうでした。特筆すべきことは何も無かったと思います」


ということは、少なくとも大きな動きは無かったことになる。

情勢が不安定だとか王家の反抗勢力が活発だとか、思いつく原因を列挙してみたものの、そんなものは特に何も無いらしい。

だとすれば、何かしらの無差別的なテロ、もしくは天災ということになるが……。

何れにせよ、何も根拠や前例が無いために原因は未だ分からないそうだ。

僕も色んな可能性を考慮した上で、考えてみたが何も思い浮かば無かった。

まぁ、粗方のことは、研究者たちに調べ尽くされているだろうし、凡人の僕に分かるはずがない。

では、此処までかと諦めかけていると、そこで王が顔色を変えた。


「だが、ここ数日で一つ、新たな情報が出たのだ。といっても、これに関係しているかはわからんが、ある目撃情報を入手した」

「それは、一体?」

「女が、いたそうだ」

「女、ですか」


ルーンが怪訝そうな顔で繰り返すと、王は深く頷いた。

関係があるかは分からないとしていながら、自信はあるらしい。

王は核心に迫るように、声を低くした。


「ああ。魔物の第一発見者が魔物の側に立つ女の姿を見たというのだ。普通はそんなことはあり得ないはずだ。魔物は滅多に人を寄せ付けない。魔物が強者を求める本能は、少しでも魔力を感知しようものなら途端にその生き物を殺そうとするのだからな。更に牙の巨狼の性格は凶暴ときている。全てを踏まえると、魔物の側に立つという行為は出来ない」

「だから、その女が魔物に対して何かしらの強制力を持ち、魔物にここを襲わせたと」

「少なくとも、余はそう思っておるよ。研究者の中でもその説は有力だ。遠い海の向こう、暗黒大陸にはそのような力を持つ魔人もいるそうであるから、何もあり得ないというわけではあるまい」


どうだ、と言わんばかりの表情で王は首を傾げた。

なるほど、確かに可能性としてはあるかもしれない。

僕の意見はそんな感じだった。

確かに、王の言う意見が真実である可能性はあるだろう。

しかし、それはあくまでも「そうかもしれない」という域を出ない。

それを否定する材料も肯定する証拠も何もないのだから。

その中で出てきたこの案が有力視されるのも、当然だと言えた。


「なるほど、魔人ですか」

「ああ。でも、あくまでも可能性だ。相変わらず捜査が難航していることに変わりはない。この城にいる際に、何かの情報を得たら、どんな些細なことでもいい。教えてくれないか」

「わかりました。こちらとしても、その事件の解決は望ましいことです。是非、そうさせて頂きましょう。良いな、フィラ」

「ええ」


王子はやけにフィラの部分を強調したように聞こえた。

ただ聞こえただけかもしれないが、ルーンが少し寂しげな表情をしたことを考えると、少なくともルーンもそう聞こえたのだろう。

そんなルーンの様子を知って知らずか、王子は最後の肉を一切れを口に入れると席を立った。

既に話も終わり、料理も少なくなっている。

もうお開きどき、ということらしい。

王もそれを咎めることなく、目だけで挨拶をした。

王子も深々と頭を下げてから、大きな食堂を退室する。

ルーンと僕の他、護衛の面々も当然その後に続いた。


「さて、お前たちのことだが」

「はい、なんでしょう?」


王子に用意されている部屋へ道すがら、今まで無言だった王子が声をかけてきた。

それにルーンが堅い声で応ずる。

その場にいた全員の中に小さな緊張の波が広がった。


「王の手前、ああいう風に言ったが、お前たちはそう俺につきまとわなくてもいいぞ」

「えと、それは」


一体、どいういうことですか?

ルーンが戸惑いながら、その言葉の真意を問い直した。

僕もあまりに予想外な展開に、動揺してしまう。

しかし、王子の方は平然としていて、眉一つ動かさずに答えた。


「どういうことも何も、そのままの意味だ。それとも、はっきり言った方がいいか? お前たちは邪魔なだけだと」

「ですが、王子はマリアンにとって大切なお方です。そういうわけにはいきません」

「それはわかっている。最低限のことはするさ。でも、お前達は要らない。RMKなんぞに頼らなくても十分だ。現に、この間の魔物の襲撃だって大丈夫だったのだからな」

「だからと言って、次も大丈夫だという保証はありません。我々にも王子を守るという責務があります」


ルーンは必死に言い募るが、王子はひたすら首を振るのみ。

その頑なな態度には取りつく島もなかった。

これには、周囲もどうしていいのやらわからない。

任せられた任務を愚直にこなすのか、王子の意思を尊重することを考えるべきか。

ルーンは前者を選択したいみたいだが、王子の今の様子を見るに、それは叶いそうになかった。

互いに譲り合わない両者に空気が徐々に険悪になっていく。

王子の冷たい瞳には刺々しさが現れつつあった。


「フィラ。それくらいにしないか。迷惑だと言っている」


その声音はゾッとするほど残酷で、低かった。

僕の直感がこのままではマズイと警笛を鳴らしはじめる。

しかし、こうなったら頑固なルーンが引くはずがない。

そう長くはないが友人の僕にはそれが分かっていた。

ルーンはそこでさらなる言葉を重ねてしまった。


「なりません。王子はそんな判断が出来ない程、愚かな方なのですか? あなたは次代の王なのですよ」

「わかっている」

「いいえ、あなたはまるでわかっておられない。そんな自分勝手な行動が許されるとでも? それなりの理由があるなら、まだしもあなたは何も言わない。魔物が出ているというのに、自分の身の大切さもわからないのなど、愚か以外のなんでもありません」

「それをエーレル家の令嬢ながら、騎士をやっているお前が言えるか? 今すぐに発言を取り消せ。そうすれば、何も言わないでおいてやる。だが、それ以上言えばどうなるかわかっているだろうな」

「お好きにどうぞ。俺は間違ったことを言っているつもりはない」


数秒の睨み合いが続いた。

緊張感のあまり、僕も周りも何も言葉が出ない。

ルーンの強い意思が伺えるアイスブルーの瞳と、王子の冷たい王家特有の色をした瞳が、ぶつかり合っていた。

その気まずい時間がどれほど過ぎただろうか。

先に目を逸らしたのは王子だった。

シャロン王子はさっと身を翻して、自身に与えられた部屋のドアを開いた。


「ならいいだろう。好きにしろ。この頑固者の、『災厄』め」

「……ッ!」

「お前さえ、いなければ」


王子はそう意味深な言葉を残すと、バタリとドアを閉めた。

そうして、呆気にとられる僕たちだけが残される。

僕たちの間には王子が残していった、気まずさの余韻がまだ残っていた。

そのせいか、そのうち一人、また一人とその場を去っていく。

寄宿舎へ戻る者、持ち場につく者。

それはそれぞれだったが、皆、己のすべきことを思い出したようにその場を離れていった。

これを見て、もしかしたら薄情だと言う人がいるかもしれない。

だが、それも仕方のないことだったのだ。

だって、王子とルーンの世界はあまりに遠く、触れられないものだったから。

それは地位だけのせいじゃない。

恐らく先ほどの言葉には二人しか知り得ない「過去」が関わっていた。

だから、皆、深入りを避けたのだろう。

嫌な過去ほど触れられたくないものは多分、ないから。


結局、最後には僕とルーンだけになってしまった。


「ルーン」


そんな中それでも、僕は逃げられなかった。

絶望したように立ちすくむルーンを置いては置けなかった。

ここで逃げたら、またルーンとの距離は開いてしまう。

今度こそ手の届かないところに行ってしまうと、そう思った。

僕が声をかけてみると、ルーンは怯えたように、肩をビクリと震わせた。


「大丈夫……じゃないよね」

「ああ。少し、辛い、かもしれないな」


そういうルーンの声は震えていた。

まるで、自嘲するかのような、今にも泣き出してしまいそうな、不安定な声。

振り返ったルーンは弱々しげに笑っていた。

その笑みはあまりにも儚くて、僕はぎゅっと胸を掴まれたかのような苦しみに襲われた。

ああ、ルーンはまた強がろうとしているんだ。

それが一目でわかってしまった。

でも、その余裕はないのか、ルーンの頬は少し引きつっていた。


「俺、最近お前と会えて幸せだったんだ。久々にこんなに気楽に話せる奴が出来て、ちょっと浮かれていた。本当はそんな資格、俺にはないのに。忘れていたんだ。俺が一体何だったのか」

「ルーン、そんなこと言わないでよ」

「ごめんな。でも、これだけは忘れてちゃいけなかったんだ。俺が……その、『災厄』だったってこと」


災厄。

それは、最後に王子が残していった言葉だった。

その意味は僕にはわからなかったけれど、ルーンにとっては重要な言葉だったらしい。

ルーンはもう一度笑おうとして、それが出来ないことに気がつくと、今度は僕から視線を逸らした。


「俺、アイツが変わっていて、本当に戸惑ってたんだ。やっぱり、あの事件のことがアイツを変えてしまったのかなと。だから、アイツが護衛がいらないと行った時、なんとなく怖かった。また、幼馴染がいなくなるんじゃないかって」


だから、あんなにルーンは頑固になっていたのか。

またミルネ・ヴェルエーヌが悪魔に殺されてしまったように、王子も死んでしまうかもしれないという恐怖に、彼女は囚われていた。

僕はそれを聞いた瞬間、全て納得した。

同時に、自分自身に失望した。

だって、僕は事前にルーンと王子の関係、ミルネの事件のことを知っていたのだから。

知っていながら、それに気がつけなかった。

ルーンを守るとか抜かしておきながら、追い詰められていた彼女の不安に気がつけなかったのだ。


「ごめん」

「どうして、お前が謝るんだ。むしろ、謝るのは勝手に落ち込んでいる俺の方で」

「いや、違うよ。僕が何も考えていなかったせいだ。僕が、何も出来なかったから」


僕はルーンの手を取った。

すると、ルーンはきょとんとした表情を浮かべる。

僕は、驚くと同時に顔を上げたルーンを、真正面から見つめた。

もう、逃げない。

そう自分に言い聞かせて。


「だから、僕がその責任を取るよ。もう、ルーンを不安にはさせないから」

「責任? お前、何をするつもりだ」

「僕が」


僕はそこで大きく息を吸った。


「僕が王子に全て伝えるから」


その時のルーンの顔は印象深く、記憶に焼きつくようだった。

彼女は目を丸くするという言葉の文字通りに、目を大きく見開いていた。

僕は顔が熱くなるのを感じながら、大丈夫とルーンに微笑みかけた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ