戦士の血を継ぐ者
「はぁ、立派な扉ね」
「本当だよ、どれ位の価値があるんだろうね、これ」
僕たち低級貴族組は謁見の間の大きな両開きの扉を見上げながら、圧倒されていた。
黒塗りの鉄で出来たその扉は、僕たちの身長の五倍近くはある。
その上、表面には細かな装飾が施されており、大地の人……つまりはドワーフと人間が手を取り合う様が刻まれていた。
本当に、凄い。
こんなに手間がかかっていて、こんなにも大きな扉を見たのは僕にとっては初めてだった。
それは同じ低級貴族のアリエも同じようで、呆れたようにため息をついている。
ルーンはそんな僕たちを苦笑しながら、窘めた。
「お前達。確かにこの扉は凄いかもしれんが、もうすぐ謁見なんだぞ。騒ぐのはそれくらいにしておけ」
「ああ、ごめんなさい」
「申し訳ありません」
そうだ、もうすぐで王との謁見だった。
僕は扉に驚いて、つかの間忘れていた緊張が再び湧き上がってくるのを感じた。
心臓の音が聞こえ、手が少し震える。
今、僕は青バラの試験と同じくらい、いや、それ以上に緊張していた。
もしルーンにそれを言えば、緊張し過ぎだと笑われてしまうに違いない。
しかし、それもしょうがないことだ。
僕は数ヶ月前までは低級貴族の子息、というわりとありふれた肩書しか持たない、ただの十六の少年でしかなかったのだから。
王との謁見なんぞ言われても、数ヶ月前の僕なら笑い飛ばしていただろう。
そんな訳はないと。
だが、現時点では青バラの騎士となり、マリアンで七人目のレベル5となり、ここにいる。
それは幾ら現実逃避しても、変わらぬ現実だった。
そんな訳で、ドクドクと音をたてる心臓の音をどうにか押さえ込もうとしていると、ついにエルガーから合図が上がった。
「では、お入り下さい」
エルガーの声と同時に、大きな扉がゴゴゴッと音を立て開き始めた。
それも、手動ではなく魔法の一種……恐らくは無の魔法によって開かれた。
扉がゆっくりと動くにつれ、中の様子が段々露わになった。
まずは、目の前に長く続く、毛の長い赤いカーペット。
かつて、マリアンの神殿で見た時以上に立派な、白亜の大柱がその両サイドにズラリと並んでいる。
床は綺麗に磨かれており、柱と同様に幾つも並ぶ大窓から差し込む光が反射して、キラキラと光っていた。
そして、その最奥には恐らくファボルで採れたのであろう、宝石がふんだんにあしらわれた玉座が鎮座していた。
その前にはいくつか人影があり、甲冑を着込んでいる兵士がいることから、彼等は近衛騎士たちなのだろう。
僕はその彼等に守られるようにして立つ、一人に圧倒的な存在感を感じて思わず息をのんだ。
遠目からだというのに、その人物から溢れ出るオーラは凄まじかった。
それはたまにルーンからも感じることのある、なんというか、この浮世の上に立つ存在から感じる覇気だった。
僕は更に高鳴る鼓動を聞きながら、ルーンに続いて一歩踏み出した。
その足は震えていて、少しでも気を抜こうものなら、崩れ落ちてしまいそうだった。
玉座との距離はゆっくりと近づきつつあった。
それに比例して、王から感じられる何かが大きくなる。
玉座の前に着く頃には、僕たちは自然と膝をついていた。
そんな中、物怖じする様子の無い、ハッキリとした声が聞こえた。
ルーンの声だ。
彼女は堂々とした口調で口上を述べた。
「王。突然の訪問、大変な時期であるにも関わらず、歓迎して頂いたこと、感謝致します。我々はマリアンの王立魔法騎士団選抜部隊。私は隊長を務めさせていただいているフィラ・エーレルと申します。今回は我が国の王子、シャロン様の護衛の任を受けて参りました。どうか、王には城での我々の滞在を許可して頂きたく、この機会を設けて頂きました」
「おお、良く来た。面を挙げて良いぞ」
「はっ」
頭上から降ってきた声は予想以上に優しげだった。
威厳もあるが、親しみが滲み出ているのがわかる。
僕はそのことに驚きながら、言われた通りに顔を挙げた。
そこには良く日に焼けた、シワの深い老人が立っていた。
彼は髪が白く、それなりの歳をとっていることは確かだったが、その腰は曲がっていないし、肉体も相当に引き締まっている。
日々鍛錬していることが伺える立ち姿だった。
流石は戦士の国というべきか、上に立つ者こそ強くあらねばならないのだろう。
僕も毎日ユナに修行させられているせいか、王の強さは彼の周りを取り囲む近衛騎士以上なのだとわかった。
それこそ、どんな奴が来ても太刀打ち出来るくらいには強い。
エルガーやルーンには敵わないだろうが……。
王はルーンに向き合うと、笑顔で深く頷いた。
「うむ。長旅ご苦労であったな。水の庭園の高貴なる騎士達よ。その名声はこの国の城の中まで聞こえて来ておる。特に、エーレル家の令嬢よ。そなたの強さはよく耳にしておる」
「私の名を知っていらっしゃるとは、至極光栄でございます」
「ほほぅ、そんなに硬くならずとも良い。この国は強き者が上に立つのが掟というもの。そちは余よりも強い。昔ならば、膝をつく必要さえないのだよ。今は堅苦しい世の中になってしまったが。しかしながら、言葉くらい少し砕いたとして、誰が責められる?」
それは言外にこの場の者に、彼女の言葉遣いを改めさせることを認めろと言っていた。
当然、彼の言う掟通りならば、この場にいる近衛騎士達は彼の発言には逆らえない。
だが、彼らもこういうことに慣れているのか、少し呆れながらも異論を唱えることはなかった。
王はそんな周りの様子に満足したのか、ルーンに言った。
「では、フィラ殿。そう無理はせずとも良いよ。そなたの気性も知っておる。その堅苦しい言葉は苦手なのであろう?」
「はぁ、全てお見通しでいらっしゃるのですね。そうです。俺はそういうのが苦手です。だから、少しだけ崩させて貰います。最低限の礼節は必要でしょうから」
「ああ。それで良い。その方がフィラ殿には似合っている。……と、さて。滞在の許可の話であったな」
そう言って、思い出したように手を打つ、ゴルド王。
そんな王に対し、ルーンは未だ少し戸惑っているようだった。
王に気に入られるのは良いことなのだろうが、ここまで親しげにされると逆に距離感に戸惑ってしまう、といった気持ちがその表情に滲み出ていた。
僕としても、逆の立場なら間違いなく戸惑っていただろうから、ルーンの気持ちは察することが出来た。
僕はぼうっとそんな大物二人の会話を眺めていたが、そんな中ふと王と目があった。
ヤバい、まだ新人騎士の僕が目を合わせるなんて不敬だったかもしれない。
そんなことを思いながら、内心大慌てで目をそらそうとしていると、その前に王から声がかかった。
「そなた。そこの茶髪の若者」
「あっ、はい! 僕……じゃなくて、私でしょうか?」
僕はあまりに唐突なことに、普段の言葉遣いのまま返事を返してしまった。
顔が熱くなるのを感じながら、必死に訂正していると、王は幸いにして微笑んでくれた。
どうやら、怒ってはいないらしい。
不安を感じ始めていた僕は、ひとまず安心した。
「そうじゃ。そなたの名はなんという?」
「えっと、私はエディス・ユーテスという者です。この間、青きバラの騎士団に入団しました新人騎士であります」
「ほう、青バラの新人騎士とな。成る程。覚えておこう。そなたには未来の可能性が秘められておる気がするのでな。特に、その魔力量。魔術ではフィラ殿さえも追い抜かしておるのではないか?」
「はっ、はぁ……」
王の瞳が自信ありげにキラリと光った。
しかし、僕はどう答えて良いものか迷って、口ごもってしまう。
確かに自分の魔力量が多いのは事実だ。
だが、僕はそれをまだ使いこなせていないし、剣術だってまだまだそれなりだ。
それに、身体能力強化魔法だって、まだ出来ない。
それらを加味すると、僕の魔力量が幾ら多いとはいえ、自分が未熟者だという事実からは逃れられなかった。
そんな僕を見てか、ルーンが咄嗟にフォローを入れてくれた。
「彼は確かに潜在能力は高いのですがね。まだ新人騎士です。経験が他に比べてもまだ足りない。まだまだ精進してもらわなくては」
「ほう。そうなのかね。なら、丁度良い。我が近衛騎士団と合同演習でもしてみたらどうだ? 良い経験になると思うのだが」
「本当ですか? もし、やらせてもらえるのでしたら、喜んで」
「エルガー、どうだ?」
「我々も喜んで。マリアンの騎士達はお強いとのことですので、光栄です」
どうやら、僕の未熟さから話が発展して演習をすることになったようだった。
これは、確かに良い話だった。
他国の強いと呼ばれる騎士達と戦うのは、間違いなく良い経験になる。
いつかルーンさえも守りたい。
そんな無謀とも言える夢を持つ僕としては、願っても無いチャンスだった。
隣の戦闘狂のユナもそれを聞いて興奮したのか、僕の肩を強く叩いた。
「エディ、やったな。これで、やっと楽しめそうな相手と戦えそうだぜ。この十日間、雑魚ばかりの盗賊くらいしか戦ってないもんな。今から腕が鳴るぜ」
「ユナさん、痛いんですけど」
最早、王の御前での会話ではない。
そう思いながらも、僕も似たような感想を持っていた為、咎めることも出来ない。
最近はユナといる時間が長いせいか、思考が似てきているのは気のせいだろうか?
ユナとは反対の隣にいるアリエはそんな僕たちにため息をついていた。
「そうそう、そなた達の護衛対象であるシャロン王子のことじゃが」
「はい、なんでしょう?」
しかし、そんな緩んだ空気も王子の名前が出た瞬間、払拭されてしまった。
僕たちの間にピリッとした緊張が走る。
僕も思考を切り替えて、話を聞く態勢に入った。
王はそんな僕たちを見て、感心した様子を見せる一方、呆れたように苦笑していた。
「そんなに警戒する必要はあらんよ。今はお前達に会うことが出来んということを伝えようとしただけよ。今そなた達の王子はこの国の大きな商会と話をしておる。王子が連れてきた護衛と我が国の護衛でしっかり守りを固めておるから、安心して良い」
「そうなのですか? それでは安心です。王子はいつお戻りに?」
「うむ。晩餐の頃には戻ろうて。そなたたちはそれまでに長旅で疲れた体を休めると良い。本当ならば、城の客室でもてなしても良いのだが、それではそなたたちは肩身が狭いであろう? 客室の一つを休憩室として提供し、寝泊りは我が騎士団の寄宿舎でしてもらおうか。城の滞在はいつでも認めよう。しかし、出来るだけ単独行動は控えた方が良い。立ち入り禁止の場所もあるのでな。何より、ここは造りが複雑なのだ。迷わぬようにもな」
「はい。わかりました」
しっかりと王の忠告を頭に叩き込み、ルーンが僕たちを代表して返事を返した。
それにしても、王は随分と優遇としてくれている。
こうして色々と考えてくれているあたり、この国にとっても、かなり良い王様なのだろうな、と僕は思った。
もちろん、マリアンのアラルド王も平和な国づくりに尽力しているし、そこまで高い税も敷いていない。
そういう意味では、やはりアラルド様も良い王様だ。
だが、このゴルド王はなんというか、民と近い位置にいる王様だと感じた。
この国の王を決める基準は強さにあるせいで、あまり血筋に拘っていないからかもしれない。
今でこそ、強さ一択というわけでもなくなってきたが、昔はもっと強さに対する執着が強かったという。
つまり、ゴルド王の先祖は普通の平民だったわけだ。
だから、こういう平民に近い人々にも配慮が出来るのかもしれない。
僕はそんなことを漠然と考えながら、謁見が終わった為、立ち上がった。
これから、エルガーが寄宿舎を案内してくれるそうだ。
僕たちは王と挨拶を交わして、謁見の間を出た。
部屋を出ると、ようやく謁見が終わって気が抜けたのか、皆ため息をついていた。
幾ら親しみやすいとはいえ、やはり相手は王様だ。
知らず知らずのうちに気を張っていたらしかった。
「良い王でしたね。ゴルド様は。エルガー殿は良い王につけて幸せですね」
メンバーが肩をグルグルと回している中、ルーンは先頭を歩くエルガーに声をかけていた。
エルガーはルーンの王を褒める言葉に笑顔で応じた。
「ええ。とても優しいお方です。我ら騎士にも毎日、忘れずに声をかけてくださりますし。でも………」
あの方には一つ困ったところがあるんです。
と、エルガーは頬を掻きながら言った。
僕は今までの王のやりとりを思い出してみたが、それらしい問題があったとは思えない。
ルーンもそれは同じようで、首を傾げていた。
「この国が実力主義なのはすでに知っていらっしゃると思います。当然、我らの王もその中で実力で王にのし上がってきたことも想像できると思います。ですが、我らの王の先祖がその中でどれほど強さを求め、努力してきたのか、私には想像出来ません。なにせ、国で一番の力の持ち主でなくてはならなかったのですからね」
「確かに、そうですね」
そこまでは僕にも考えなくたって、わかる。
だがそれに、王の困った点がどう繋がってくるのかが想像できない。
二人の会話に混ざって曖昧に相槌を打ちながら、エルガーの話の続きを待った。
「その先祖の血はゴルド様にも流れています。あの方の強さを求める意識はとても高い。それこそ、悪い例えかもしれませんが、魔物のように強さに対して貪欲です。だからなんでしょう。あの人は自らの身の安全よりも戦いを好んでしまう。そう端的に言えば……あの方は戦闘狂なのです」
その言葉に我が選抜部隊を代表する戦闘狂、ユナがビクリと反応した。
当然、その弟子である僕も内心でどきりとした。
いや、まだ大丈夫なはず、と自分に言い聞かせてみるも、最近は少し危ない気がしていた。
なんというか、入団試験の時もそうだったが、戦いになると違うスイッチが入ってしまうのだ。
一人で悶々としていると、そんな僕をよそにエルガーが話の続きを話し始めた。
「強い者を見ると、戦いたくてたまらなくなる。というのは、本人の談です。でも、あの方は王という重大な地位に就いていらっしゃる。我々近衛騎士たちは王を守るのが使命なので、そういう戦いで死なれるのは困るのです。だから、全力で止めているのですが。恐らく、我々の合同演習にもいらっしゃっては戦いを申し込まれるでしょう」
「それは……」
ルーンはそこで言葉を止めたものの、その先は想像できた。
幾ら何でも無茶な、という意味のことを言おうとしたのだろう。
だが、驚きと呆れでそれ以上に言うことが出来ない、というのが僕が想像したルーンの心境だった。
エルガーに至っては最早、何か悟ったかのような遠い目をしていた。
「だから、気をつけてください。特に、エディス殿」
「ぼっ、僕ですか?」
「ええ、今日の王の様子だと、王はあなたを気に入ったようですから。王が幾ら戦闘狂だとはいえ、フィラ殿に戦いを申し込むというような無謀なことはしないと思いますし、多分あなたに声がかかると思います。だから」
頑張ってくださいね。
僕はその言葉を呆然としたまま受け止めることしかできなかった。




