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牙の巨狼

今回は説明回です!

読みにくいかもしれませんが、どうかお付き合い下さい!


「……ッ! これは」


僕は大広間の中央に鎮座する『それ』を見た瞬間、言葉を失った。

驚きのあまり、思わず腰の剣に手をのばしかけて、それを隣に立つルーンに制される。


「待て。もう死んでいる」


そう言われて、僕はようやく『それ』が死んでいることを悟った。

『それ』の血走った瞳は既に濁り、光が消え失せていた。

鋭い爪も牙も乾き、傷が付いている。

巨大な体躯からは未だ血が流れ続け、異臭を発していた。

『それ』はもう死んでいる。

そうわかっても、僕は冷静になることができなかった。

それは背後にいるRMK選抜部隊の面々も同じようで、いつもは騒がしい彼らが先ほどから一言も声を発さない。

だが、それもそのはずだ。

だって、目の前にいる『それ』はここにはいてはならぬものだったのだから。

少なくとも、こんな町のど真ん中、ましては城の中になどにはいてはいけないモノだった。


「一体どうして」


多分、アリエの声だったと思う。

僕もその疑問に同意を示して、呟いた。


「どうして、こんなところに『魔物』が」


そう。

目の前で息絶えていたのは、間違いなく『魔物』だった。

宙を漂う背筋が凍るような邪悪な魔力はどう言おうと否定できない、『それ』が『魔物』である証だった。

かつて、僕を死の淵にまで追い詰めたあのドラゴンと同じような暴力的な魔力が主を失った今でも城内には血の匂いと混じり合って、立ち上っていた。

しかし、その力の膨大さはあのドラゴンとは比較にならない。

死んでいるとはいえ、これだけの力を感じるのだからかなり強力な魔物であることがうかがえた。


「一体、これはどういうことです?」


真っ先に動揺から立ち直ったのはやはりと言うべきか、ルーンだった。

彼女は目の前に倒れ伏す獣型の魔物を睨みつけながら、厳しい口調でエルガーを問い詰めた。

エルガーはそんなルーンの気迫に押されながらも、ハッキリとした口調で説明した。


「はい。ご覧の通り、つい昨日。この城は魔物による襲撃を受けました。その日は随分と平凡な日だったのですが、夜になって、魔物が突然現れまして」

「魔物が、突然? 王子は?」

「ご無事でいらっしゃいます。我が国の兵には数十人規模の犠牲者が出ましたが、被害は最小限に抑えることができました。荒らされているのもここと庭のみです」

「ほう」


それを聞いて、僕たちはひとまず安心した。

何はともあれ、護衛対象である王子は無事であるらしい。

にしても、一体で街一つを簡単に壊してしまえる魔物を、この辺りだけで収められたのはさすがは戦士の国と言うべきか。

犠牲者が出たのは痛いが、素晴らしい対応だと思う。

ルーンもそれに関心したのか、わずかに語気を緩めた。

幾分か優しくなった口調で、質問を続けた。


「して、その原因は?」

「それが……」


エルガーはそこで俯いた。

そして、浮かない表情でゆっくりと首を左右に振る。

これはわからない、ということなのだろう。

ルーンは途端に顔を険しくして、できる限りのことを聞こうとしたが、それもエルガーに止められてしまう。


「このことに関しまして、王から直々にお話を頂くことになります。何卒、しばしお待ちください」

「それなら、仕方がないか」


流石に王のことを出されると、頷くほかなくなる。

あちらは王、対してこちらはただの騎士だ。

ルーンなどは素晴らしい肩書きを持っているが、それでもここは異国。

向こうの事情などあまり通用しない。

流石にルーンレベルなら何かと取り計らってくれるかもしれないが、あまり良い印象は与えられないだろう。

そう判断して、僕たちはひとまず口を噤んだ。

エルガーはそれを認めると、深く頷いて先頭を歩き出した。


「では、我々の現状の一端を垣間見ていただけたところで、王の元にご案内致します。どうぞ、こちらへ」

「よろしくお願いします」


ルーンが代表して、丁寧に答えると、僕たちはエルガーの後を付いて歩き出した。

案内されるのは、城のもっと奥まった場所。

廊下を何本も渡った、その先だった。

あの大広間から出た後はエルガーの言う通り、被害が少ないようで綺麗に保たれていた。

この城はかなり複雑な構造を取っているせいで、謁見の間もかなり深いところにあった。

何か儀式をするときに敵襲があっては困るからだろうか。

でも、こんなに複雑で王の私室などはさらに奥にあるのかと思うと、僕なんかは流石にクラクラしてしまった。

一度、父上に連れられ、てマリアンの城を訪ねた時は整然としていて、綺麗だったイメージしかないのだが、やはり国が違うとこうも違うのだ。

途中、武器を預かられたりもしたが、それについては謁見が終わり次第、返却してくれるらしい。

まぁ、これは当然の処置だと言える。

むしろ、いくら王子を守ることが任務だとはいえ、武器を持つことを許されるのは甘いと思った。

だが、それだけこの国には軍事力に対して自信があるに違いない。

それだけ、国同士の信頼関係もあるとも言えるが、もし何かあればこちらのメンツは悪くなってしまう。

最悪、戦争になってしまう可能性も考慮されるため、迂闊には手を出せないという事情もあった。

何かを起こすつもりなど毛頭ないが、ここでの振る舞いは注意が必要だった。


「では、王の準備が整われるまでしばし、ここでお待ちください」


やがて、通されたのは控え室だった。

控え室、と言っても青バラのような、どこにでもあるような部屋ではない。

さすがは城ということもあってか、かなり広々とした部屋だった。

部屋の所々には座り心地の良さそうな椅子が置かれており、思い思いに寛げるようになっている。

部屋の隅には給仕服を着た、メイドまで立っており、席に着くとお茶を出された。

なんとも丁寧な対応だ。

ここの王様はよっぽど僕たちに対し、良い印象を持ってくれているらしい。

僕は低級貴族の身であるせいか、恐々としながら椅子に腰を下ろした。

途端、フワリと体が椅子に沈み込む。

僕はあまりの柔らかさにびっくりして、再び立ち上がってしまいそうになった。

この心地よさなら、ここで寝られるかもしれない。

僕の家は言うほど困窮しているわけではないし、召使たちもいるが、この贅沢さには慣れそうになかった。

旅の疲れから、ウトウトしそうになって、突然上がった大声に慌てて目を開けた。


「全く、とんでも無いものを見ちまったぜ」


そういって、大きくため息をついたのはコールだった。

彼は額に手を当てながら、やれやれと首を振る。

それに次いで、ユナも賛同の声を上げた。


「ああ、全くだ。ありゃとんでもねぇ奴だよ。俺はあいつをライレートの黄金砂漠で見たことがある。間違いねぇ。アイツはあそこにいた獣だ」

「牙の巨狼、ですね」

「牙の巨狼……」


牙の巨狼、どうやらあの魔物の名前らしい言葉を口にしたのは、研究者然とした男。

普段はRMKの職員、現在はRMK選抜部隊の一員である、ウルケスだった。

背が高くヒョロリとした彼はメガネを押し上げながら、その長い足を椅子の上で組む。

ウルケスは人差し指を立てながら、先ほどの魔物についての解説をしてくれた。


「牙の巨狼。ユナさんが仰られた通り、奴は黄金砂漠に住む魔物です。そのお陰からか、熱に強い体質を持っており、攻撃として用いられる火の魔法が効きにくいという厄介な化け物です。また、見かけによらない素早さも持ち合わせており、相手との距離を一瞬にして詰め、その牙にかけるという攻撃方法をとります。性格は極めて凶暴。自分の縄張りに入って来ようものなら何であろうとすぐに襲い掛かってきます。魔物の中の位置付けとしては下位に属しますが、それでも人間にとって脅威なのは変わりありません」


ウルケスの持つ知識はかなり膨大だ。

剣術をほとんど使えない彼が選抜部隊に選ばれたのはそれが最大の理由だった。

その知識は旅の途中でも何度も僕たちを助けてくれたため、既に折り紙つき。

相変わらず、すごい情報量だった。

しかし、僕が驚いたのはそこではない。

驚いたのはあの魔物でも強さが下位だという事実だ。

確かに、魔物が人間より遥かに強いということは僕とて知っていた。

だが、それはあくまでそうである、ということを知っていたにすぎない。

実際に目にしてみると、その強さは圧倒的だった。

死んでもなお漂い続けていた魔力の大きさは僕自身、魔力を多く持つようになってからというもの、よくわかった。

あれは殆ど人間でいうレベル4か、それ以上だったのだ。

それで下位だと言うのだから、魔物の上位の強さはもう測り知れなかった。

僕がルーンに会った時に襲ってきたあのドラゴンは一体、何だったのかと言いたくなるほどに。


「成る程な。確かにあれは、街一つ壊せそうな力を持っていた」

「ええ。歴史の中でも牙の巨狼は黄金砂漠にあるオアシスをいくつも襲い、破壊しています。いくら戦争に特化したガウルとはいえ、対応が遅れていればかなりの被害が出ていたと思われます」


頷くルーンに、ウルケスは更なる補足をつける。

それは聞いているだけでも恐ろしい内容だったが、逆にそうならなくてよかったという安心感をもたらしてくれる。

だが、この先も原因をつとめ切れていない今、魔物に対する意識は持っておかなくてはならないだろう。

僕は自分が覚えている限りの魔物への知識を思い返してみた。


魔物。

それは人類に取って長い間、ずっと脅威であり続けた存在だった。

彼らは基本、日の光を嫌う為、辺境の地である砂漠の中や森の奥、洞窟の底に好んで住んでいる。

だが、稀にそこから出て人を襲うことがあった。

それは手負いになってしまったがために、厳しい環境で生きていけなくなることや強大になりすぎてしまったがために新たな住処を探そうとすることに関係しているらしいが、詳しいことは未だあまりわかっていない。

それはともかく、強力な魔力と屈強な体を持つ彼らに、多くの場合、貧弱な力しか持たない人間は決して敵わなかった。

その為、人間は長年魔物に怯えながら過ごす日々を強いられていた。

そして、そんな事態が改善したのは二千年前のことだった。

ある時、人類は精霊の力が集まる「聖地」と呼ばれる場所を見つけたのだ。

「聖地」は不思議なことに魔物が寄り付かないことが判明した。

人間たちはそれを知って大喜び。

早速そこに街を作って、安全な日々を送れるようになった。

そのうち、聖地からその力を引っ張ってくるという技術も生み出され、今のガウルやウォルティなどの街が出来た。

ちなみにその技術は結界と言って、ある特殊な文様を書くことにより聖地と同じ特性を持つようになるのだ。

ウォルティでは街を空から見ると、街の至る所に流れる水路がその文様になっている。

まぁ、それはともかくその後は聖地は忘れられた。

なんでも、聖地もかなり辺境にあったらしく、行くのにはかなり危険を要したというので、結界が開発された後は誰も寄り付かなくなってしまったのだ。

現在では本当にあったのかさえも定かでないと言われている。

まぁ、結界があるからには聖地もあるとは思うのだが。

と、色々と脱線したが、現在では結界の技術は大分成長を遂げ、国の往来もかなり安全になった。

それでも、魔物と戦うにはまだ人類は弱すぎる。

今回のように一体くらいなら物量で押さえ込めないこともないが、それとてかなりの危険が伴う。

一対一で戦うのは以ての外だ。

それでも、ルーンのように中位程度なら一人で倒せる英雄もいるにはいるのだが、いかんせん数が少ない。

というか、彼女の他にいるのかと疑問に思ってしまう。

そんなこんなで、魔物が相当な脅威であることは確かだった。


「はぁ、本当に全くと言ったところだな。厄介な問題がまた一つ増えるってワケか」

「また一つ?」


ため息を吐くルーンの言葉に目ざとく気がついたのはアリエだった。

何気なく出た言葉だったが、アリエはそこに違和感を覚えたらしい。

その「一つ」に心当たりがある僕としてはドキリとしてしまった。

しかし、ルーンはというと、平然として肩を竦めてみせた。


「王子とのことさ。なにせ、久々に会うんだからな」


シャロン王子とルーンが幼馴染であるのはこの選抜部隊の中でも周知の事実だ。

そう答えれば、反論の余地はない。

疑ってさえいなければ、すぐに納得してしまうだろう。

だが、アリエは今回の護衛の裏に何かが潜んでいることを察しているらしい。

ルーンの反論に悔しそうに僅かに表情を歪めた。

ただ、それ以上に詮索してくることもなく、その話は終わった。


それからは暫く雑談に興じていると、やがて一度いなくなったエルガーが戻ってきた。

どうやら、準備が整ったらしい。

やはり、ルリア様が行った信頼の儀式もそうだが、儀式には時間がかかるものだろう。

その点、今回は待ち時間が少ない。

僕が知らず知らずのうちに緊張していたから、そう感じていたのかもしれないが、あまり待ったという感じはしなかった。


「今までの話で分かったと思うが、我々の任務は王子の護衛だ。王子の身の安全を最優先に行動しろ。周りには細心の注意を配り、何かあれば俺に報告すること。いいな?」

「了解」


各々の返事を返して、僕たちは席を立った。

そして、エルガーについて、部屋をゾロゾロと出て行く。

一番最後になったのは僕と人数の確認をしていたルーンだった。

僕たちは目が合うと、互いに頷きあう。

話し出すことは決まっていた。


「魔物のこと、悪魔に関係あると思う?」

「分からん。なにしろ、魔物の情報が少なすぎる。これからのことを決めるのは王との謁見の後だな。だが、気に留めておく必要はあるだろう。お前も気をつけろよ」

「うん。ルーンもね」

「ああ」


そうして、僕たちも部屋を出た。

ファボルの王、ゴルド様に謁見する為に。

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