信頼の儀式
「ルリア様、何てことを!」
ルーンの悲鳴のような叫び声に、ようやく他の騎士達も我に返ったようだった。
しかし、目の前の光景にまた、呆然としてしまう。
目の前に広がる風景は一瞬前までとは打って変わっていた。
綺麗に整備されていた石畳の道は無残に抉られ。
RMK本部を守るかのようにそびえ立っていた木々は灰に。
もはや、先ほどまでの場所とは思えないほどに破壊し尽くされていた。
なんという破壊力なのだろう。
その魔法を防ぎ切った僕でさえ、その凄まじい力に震えた。
いや、こんな魔法を見せられて恐怖を覚えない方がおかしいのだ。
震える手をギュッと握りしめて、僕はその魔法を放った張本人を睨みつけた。
彼女は……笑っていた。
それは純粋に何かを楽しんでいる笑みだった。
「ふふっ、面白いわね。まさか、あれを防ぐなんて。本当に面白いわ。」
僕はあれを遊び感覚で放ったのだと知って、戦慄した。
もしかしたら、人が死んでいたかもしれないのに。
それを気まぐれで放つなんて。
驚くと同時に怒りがこみ上げてきた。
こんなこと、許されるわけが無い。
その思いをぶつけようと口を開いたところで、他の声に遮られた。
ルーンだった。
「面白いで済まされる問題ですか!?新人騎士が死んでいたかもしれないんですよ。それなのにあんな魔法を放つなんて……。」
「でも、死んでないじゃない?」
なんでもないことのように、けろりとして答えるルリア様。
しかし、それはあくまで結果論だ。
やはり、そんなことでは済まされない。
同じことを思っているらしいルーンは反論を続けた。
「それはそうですが、その可能性は大いにあったということです。もし、エディの壁が一瞬でも遅れていたら、今頃はきっと。」
「死んでいた……と?いや、そんなことはあり得ないわ。彼は100%、今の攻撃を防いでいたわ。それは変えられない運命なのだから。」
「だから、それは今、こういう結果になったからこそ言えることです。」
「でも彼はレベル5なのでしょう?そして、あなたの。」
そこで、ルリア様は僕を見て、目を細めた。
それはまるで、自分が品定めされているようで、僕は動じることなく彼女を見返した。
やがて、しばらくその状態が続くと、ルリア様はそんな僕を見て、フッと口元を緩めた。
一体、何が言いたいのだろう?
僕がルーンの何だ?
どうして100%防ぎ切ることが出来るというのだ?
実際、あれを防ぐのはかなりギリギリだったというのに。
次々と疑問が浮かぶものの、それを口にしようとしたところで、彼女はルーンに向き直ってしまった。
「いや、今それを言うのはやめましょう。彼が例の?」
「……エディス・ユーテスです。」
「ふぅん。覚えておくわ。……まぁ、それはともあれ、今回は流石に悪かったかもしれないわね。遊びが過ぎたみたい。」
「えっ?」
先ほどまではあれだけ、悪びれもなく振舞っていた彼女が急に態度を改めた。
あまりの変わりように怒っていたルーンも驚いたように声をあげる。
今までの噂通り、気まぐれな人……ということなのだろうか。
僕はそう思って、無理やり自分を納得させようとした。
どうにも腑に落ちない点は確かにある。
だが、ルリア様の態度を見る限り、この話はもう打ち切りたいらしい。
何かを隠したがっているのは丸わかりだったが、ここで変に聞き返したりしてまた魔法をぶっ放されては、今度こそ防ぎ切れる自信がない。
現状ではそうすることが最善策なのだと、ルリア様の無言の圧力とそれに従った本能が告げていた。
それに、僕はまだルリア様のことを知らなさすぎる。
ここで手探りで進んでも危険なだけだ。
わかったことといえば、第一印象は最悪、ということだけなのだから。
まぁ、何はともあれここはルーンに任せることにした。
辺りを見渡してみると、他の騎士達も同意見らしい。
何も言わず、ルーンとルリア様のやりとりを見つめていた。
「ごめんなさい。本当に殺すつもりはなかったのよ?ただ、今年の騎士達の実力を試してみたかっただけなの。」
「……では、今後は一切このようなことはなさらないでください。今回は死者も出なかったのでそれで許すこととします。」
「ありがたいわ。……色々待たせたわね。遅くなったけれど、ようこそRMK本部へ。さぁ、伝統行事を済ませましょう?」
ルリア様は一礼した後、ニコリと笑って言った。
そう、まだ用は終わっていないのだ。
そのことを知らされ、僕は思わずため息をついた。
まだ、こんな危険人物といなくてはならないのか。
目上の人には失礼な考えだとは思うが、そう思わずにはいられなかった。
だが、ここで逃げ出すわけにはいかない。
ここで逃げ出しては、正式な青バラの騎士にはなれないのだ。
僕は最後にもう一度大きく息を吐き出すと、他の騎士とともに憂鬱な気分で本部に足を踏み入れた。
「うっはぁ〜!怖かったぁ。」
「全くね。まさか、いきなり魔法を放つなんて思いもしなかったわよ。」
「僕も気まぐれな人とは聞いていたけれど、ここまでとは思わなかったなぁ。」
今はルリア様との「正式な」面会の待ち時間。
どうやら少し準備があるようで、僕たちはルリア様がいる部屋とは別の部屋で待機していた。
しかし、あんなことがあった後なのだ。
静かに待っていることなどできようもなかった。
室内はザワザワとざわめき、「ルリア様」というワードが飛び交う。
もちろん、僕も例に違わず、アリエやルイとともに先程の出来事について話していた。
「あの魔法の威力、半端じゃなかったよな。俺、本気で死ぬかと思った。」
「辺りも酷いことになっていたものね。っていうか、エディ。あなた、よく反応できたわね。」
「あはは、ぐっ……偶然だよ。偶然。なんというか……その、反射的にやっちゃったというか。」
二人から好奇の視線を向けられて、僕は思わずしどろもどろになりながらも、誤魔化そうとする。
でもまぁ、半分は真実だ。
というか、もう一度あんなことをやれと言われても出来る気がしない。
二人はそんな僕の心情を知って知らずか、話題を次へと進めた。
「でもよぉ、伝統行事ってなにやるんだろうな?まさか、また魔法をぶっ放されるとかはないよなぁ。」
「流石にそれはないでしょう。フィラ団長と約束したし。……というより、貴方今までフィラ団長の話聞いてた?何回も伝統行事の説明を受けたじゃない。重要なことだからって。」
「悪い悪い。寝てた。」
「バカね。でも、しょうがないわ。教えてあげる。貴方が儀式の途中でやらかして私達まで恥をかくなんてこと、したくないし。」
アリエは言い方こそ怒っているようだったが、丁寧にルイに教えていた。
今日は僕達新人騎士を正式に騎士と認める儀式が行われる。
普通、他の騎士団ならばそのような面倒な手順は無視するのだが、青バラは特別だ。
なんと言ったって、青バラは王家に直々に仕える唯一の騎士団だからだ。
それと、儀式のするしないがどう関係するのかときかれると、まずはこの国の騎士団の在り方から説明しなくてはならない。
この国の騎士団はRMK……つまり、王立魔法騎士団に所属している。
しかし、王立だからと言って、王家が全ての騎士団を操れるわけではない。
それぞれの騎士団を持つ貴族だけにその権限が与えられるのだ。
なら何故、王立なのか。
それは、その権限を持つ貴族が王家の下にいる者だからだ。
騎士団は、もともと王の所有物であり、貴族の持つ騎士団は王より与えられし武力権限である。
そういう考え方の元に作られ、実際そのシステムにも影響を及ぼしている。
例えば、王家に近い上級貴族ほど大きな騎士団を持っているし、低級貴族……つまり僕の家のような者に至っては持っていないことが多い。
それは、王家からの信頼の証なのだ。
つまり、騎士団の大きさは、強さは、王家にどれだけ貢献したか、という証拠なのだ。
まぁ、だからと言って、大きな武力を持ち過ぎてもそれは危険なので、それらを管理、監視するためにRMKは作られたというのが一般論なのだが。
と、この国の騎士団のシステムをザッと説明すると、そこでようやくこの儀式の説明に戻った。
「この伝統行事は今説明したシステム上、大切なことなのよ。」
「どういうことだ?」
「つまり、王家が操ることの出来る騎士団は一つしかない。それは、王家を守る者は私達しかいないということなのよ。」
「……?」
「ああっ、もう!理解しなさいよ、この脳筋頭!つまり、私達が王家を裏切ればそれを守る盾はもうないってことよ!青バラの騎士は一人一人が厳しい試験をくぐり抜けてきたツワモノよ。いくら王を守る者も同等の強さを持つとはいえ、そいつを倒せるとは限らない。だから、青バラの騎士になるためには絶対的な「信頼」が必要になる。この儀式はその信頼を確かめるためのもの。……そして、この国が平和であり続けた秘密。」
最後の一言は本当に小さな声で呟かれた。
僕にはその言葉の意味がわからなかったが、聞く間も無く、その声が聞こえてなかったらしいルイが質問を重ねた。
「で、肝心の儀式はなにすんだ?」
「忠誠を誓い、青バラの紋章を体の何処かに刻む。それだけよ。忠誠を誓う言葉は……。」
「青バラの皆さん、ルリア様との面会の準備が出来ました。ご案内します。」
ようやく儀式でやるべきことをアリエが伝えようとしたところで、ルリア様の部下らしい男性が現れた。
皆が次々と立ち上がり、部屋を出て行く中、アリエは早口で重要な部分を説明をする。
時間はあまりないが、アリエのことだから儀式までには間に合せられるだろう。
そう思い、僕もそれを横目に部屋を出ると、ルリア様の部下に連れられ、本部の奥へと進んだ。
少し歩くと、やがて大きな扉の前にたどり着いた。
どうやらこの先がルリア様との「正式な」面会会場らしい。
その頃、ようやくアリエとルイも僕達に追いついた。
二人の顔を見る限り、説明は終えられたようだ。
まぁ、そこまで難しいことをやれと言われているわけでもないので、特に問題は起きないはずだ。
「さぁ、中へ。」
部下の男に入室を促され、ルーンは先程のこともあり、少しためらいながらもドアに手をかけた。
そして、ゆっくりと押し開けた。
今度こそは魔法は飛んでこなかった。
中に足を踏み入れると、そこは大きなホールになっており、その奥にある舞台の中央にはルリア様が立っていた。
彼女は目を閉じて、静かに佇んでいた。
そこに先程までの危険な気配はない。
むしろその逆、お淑やかな雰囲気を纏ってそこに立っていた。
「青きバラの騎士達よ。」
僕達がそんな彼女の前に片膝をつくと、頭上からは威厳のある声が降り注いだ。
力強くも優しげなその声に、騎士達の間には緊張が走る。
そして、思った。
今、目の前にいるのはあの気まぐれで魔法を放つ、危険人物ではない。
彼女は自分たちが王を守る騎士であるということを保証する、王の保証人なのだと。
「あなた方は。」
そんな事を考えていると、再び彼女の声がした。
「あなた方は、王であるアラルド様を。この美しき都、ウォルティを。守ると宣言するか?」
「はい、誓います。」
代表して答えるのはルーンだ。
ルーンもいつも以上に堂々とした声で答える。
「ここにいる全ての騎士は王とこの都を守ることを誓います。」
「よろしい。では、この我らが愛する国、マリアンを。そして、そこに住まう民達を守ることを宣言するか?」
「はい、誓います。」
「では、それを示しなさい。」
それを聞くと、僕は腰に携えた儀式用の青いバラの装飾が施された剣を抜きはなった。
そして、それを地面に突き立て、もう片方の手を胸に当てる。
他の騎士達も同様のポーズを取りながら頭を垂れた。
これはルリア様の言う、示すということ。
国と王と民を守ると言うことを示す態度なのだ。
僕は、純粋に守りたいと思う。
この国や人々も。
青バラの騎士となって守りたいのだ。
大切な人を守れるくらいに強くなって、この平和と幸せを繋げていきたい。
今じゃ無理かもしれないけれど、いつかはそんな騎士になりたい。
そんな思いを胸に、僕は剣を握る手に力をこめた。
「あなた達の思いと忠誠。確かに。あなた方を正式な青きバラの騎士と認め、紋章を授けましょう。」
ふと、剣を握った手の甲に熱いものを感じた。
それはほんの一瞬のことだったが、思わずその手の甲を見て、驚いた。
そこには一瞬前までには存在しなかったものがあったのだ。
「青いバラの紋章」だ。
ルーンやジェイド、青バラの皆が刻んでいた紋章が今、僕自身に刻まれていた。
憧れ続けていた、あの印が。
しばらくそれを呆然と眺め続けていると、ルリア様は最後に柔らかく微笑みながら言った。
「では。そんなあなた方の力を、私達に。この国に貸してください。」
「はい!」
こうして、伝統行事である「信頼の儀式」は終わり、僕達は晴れて青きバラの騎士となった。
そして、全てが新たに始まるスタート地点だった。
それは良い方向にも、悪い方向にも始まっていた。




