旧知の仲
「ふむ、なかなかうまいな。」
「あっ、ああ。結構イケるだろ?」
と返しながらも、つい目がいってしまうのはズボンのポケット。
その中には、寂しいくらいのお金しか入っていない。
今日こなした任務の報酬が入ればかなりマシになるだろうが、そうもいかないらしい。
この女、よく食べるのだ。
見た目は華奢なのだが、その体のどこに入るのかというほどよく食べる。
すでにテーブルの上には十枚もの皿が積み上がっていた。
これではせっかくの報酬が全てパーだ。
まぁ、ルーンが助けてくれなければ今頃はあの世行きだったのだから、何も言えないのだが。
「にしても何だ。お前、貴族なんだろ?名字持ちってことは。」
ようやく腹を満たしたのか、手を止めて息をつくルーンはそう切り出してきた。
一瞬、頷くかどうか迷ったのだが、森にいた時も聞いてこなかったのだから、今回も詮索してこないだろう。
そう思って頷くと、ルーンは「そうか。」とだけ呟いて、窓の外に視線を向けてしまった。
結局、何が言いたかったのかイマイチ分からなかったのだが、逆に聞かれても困る。
素直にそこは納得しておくことにした。
取りあえず、支払いを終えようと、席を立つと、ルーンは驚いたように僕を見た。
「何をしに行くのだ?」
「何って…お金を支払いにだけど?」
突然そう聞かれて、思わず「ハァッ?」と言いそうになるのを必死に堪える。
驚きたいのはこっちだ。
食べたら、金がかかる。
これは酷く常識的なことではないか。
そう思っていると、ルーンは荷物をまとめていた。
不可解な行動に、ようやくルーンが何をしようとしているかに気がつく。
荷物から出したのは、財布だ。
「俺が払うよ。こんなに食べてしまったしな。」
「えっ…そんな。別に構わないよ。君は命の恩人だし。お礼だよ。」
「でも、お前は見習いなのだろう?貴族といえど、お前には事情があるようだしな。見習いの収入などたかがしれてる。懐は温められる時に温めておいた方がいいぞ。」
妙に説得力のある言葉だ。
もしかしたら、本人は何か経験したのかもしれない。
断り続けるのもなんだか悪いような気がして、ついには頷いてしまった。
「まぁ…そういうことなら。」
「いいぞ。先輩のアドバイスは心して聞くもんだ。」
ルーンは満足気に笑うと、ポンと僕の頭を軽く叩いてお金を払いに行った。
何だか同い年位なのに、僕が弟みたいだ。
そんなことを考えているうちに、ルーンはすぐに戻ってきて、店を出る。
外の通りはさすが首都ということもあって、とても賑わっていた。
そう。
ここは通称「水の庭園」とも言われるほど、綺麗な水で有名な国、「マリアン」。
そして、中でも城の立つ首都、「ウォルティ」だ。
綺麗に舗装された石畳の上をカラカラと荷車が行き交い、物流も盛んだ。
人々の顔は常に活気で満ちている。
ここは何年もそうだ。
幸せで平和な国。
「ご馳走様。とっても美味しかった。」
「構わない。ところで、お前はこれから何処へ行くのだ?ドラゴンにやられそうになっていた時、隊長の名を叫んでいた気もするのだが、何処かの騎士団にいるのか?」
「うっ、うん。まぁね。仮入団したばかりだけど、『狼月夜の騎士団』ってとこにいる。でも、帰りにくいな。団長の警告を無視してあの任務を受けちゃったもんだから。」
あの時、警告を聞いとけば良かった。
という後悔が再び湧き上がってくる。
今、こうやって帰ったら、何を言われるのだろう。
何時間も怒鳴り散らされるのだろうか。
嫌な考えを巡らせながら、ルーンを見ると、驚いたことに納得したように頷いていた。
「なるほど。ジオスの所か。」
「団長のこと、知ってるの?」
「ああ、旧知の仲だ。」
ルーンは平然と言ってのけるが、僕は呆然とするばかりだった。
隊長も一つの騎士団の頭をはるほどの実力者だ。
普段は団員に顔を見せず、警告を受けたのだって、たまたまそこを通りがかっただけなのだ。
そんな人と、齢14、5の少女が親しいとはどういうことなのだろうか。
「どうだ、俺も行ってもいいか?久しく話もしたいしな。」
「うっ、うん。別にいいけど、団長となんて、どうやって知り合ったのさ?」
「まぁ、色々だ。」
そうやって、はぐらかすところがますます怪しい。
ルーンはこちらのことなど気にかけない様子で、スタスタと行ってしまう。
その背中を見て思った。
この人は只者ではない。
あの強さといい、知り合いのレベルといい。
あまりにも桁外れなのだ。
「どうした、来ないのか?」
そんなことを考えているうちに、いつの間にかルーンとの差が開いてしまっていたらしい。
ルーンは怪訝そうな表情で此方を見ていた。
僕は慌てて駆け出すと、ルーンの隣に並んだ。
そして、騎士団の本部への道を歩き始めたのだった。
コンコン
「失礼します。」
今まで一度も入ったことの無い、団長室。
それを前にしてドキドキと胸の高鳴る気持ちと、団長の警告を無視してしまった気まずさが混ざり合って、複雑な気分だった。
それに反して、隣に立つルーンは憎らしいほど冷静だから、余計に緊張してくる。
そして、ドアが開くなり、ルーンは軽々と中に踏み込んでしまった。
こうなったら、いつまでも立っているわけにもいかず、僕も中に入る。
中は驚くほど豪華だった。
床は柔らかいカーペットが敷かれ、壁には美しい絵や、高級感溢れる宝剣なんかが飾られていた。
そして、中央の座り心地良さそうな椅子にもたれるは、威厳を放つ団長の姿が。
「おおっ、ルーンじゃないか!久しいな、元気にしていたか?」
「ああ、おかげさまでな。」
「うむ。ルーンも立派になったもんだ。俺があそこにいた時は、まだちびっこだったというのに。」
親しげに話す二人は、一見、親子のようにも見える。
こんなに和やかな雰囲気の中で、ビクビクしているのは僕くらいだろう。
「にしても、どうしてこんなところに…お前も忙しいのだろう?」
「いや、最近はそうでもないさ。平和すぎるからな。連中がサボらないかだけが心配だが…。で、ここに来た理由だったな。」
と、ようやく、団長は僕の存在に気がついたようだった。
すると、無表情のまま、僕の元に近づいてくる。
ポカーン
次の瞬間、気持ちのいいほどいい音がして、僕の頭に団長の拳が飛んできた。
「痛った〜!」
あまりの痛さにうずくまっていると、頭上からは団長の声が降ってきた。
「バカタレ!だから言っただろうが。お前一人では無理だと。」
「ごっ、ごめんなさい。」
必死に謝っていると、意外なことに救いの手を差し伸べてくれたのはルーンだった。
「まぁ、ジオス。そのくらいにしておいてやれ。エディも反省しているようだしな。」
「ルーン、迷惑をかけて本当にすまない。何かできることはないか?お礼がしたい。」
「ふむ。特には思い当たらんが…。そうだ、ジオス。お前と決闘がしたい。」
「決闘!?」
僕が思わず素っ頓狂な声をあげると、再び頭に団長の拳骨が降ってきた。
涙目になりながらも、ルーンをみやると、ルーンはコクリと頷く。
「勿論、寸止めで行う。だが、本気の勝負だ。技の使用も認める。いいだろう?久々に戦ってみたい。」
「ああ、いいだろう。受けて立つ。」
どうやら大変なことになってしまったようだ。