試験の終わりと全ての始まり
トントントン。
今、会場は驚く程に静まり返っていた。
皆が一様に息を潜め、聞こえる音といえばルーンが壇上に上がる足音だけ。
緊迫した雰囲気が張り詰め、僕自身も緊張に手が震えていた。
ついに。
ついに青きバラの騎士になる者が決まるのだ。
あの、誰もが憧れる騎士に。
「諸君、この三日間それぞれの力、見させてもらった。これから、合格者の発表を行う」
ルーンの言葉に会場の緊張は更に増す。
僕はギュッと震える手を握りしめ、必死に祈った。
どうか、どうか。
僕はルーンの元へ、近づきたいんだ。
だから、お願いします、神様。
僕をどうかあの子の元へ。
「一人目」
ルーンはそっと口を開いて、合格者一人目の名を紡ぐ。
「剣術一位、馬術二位、魔術八位。アリエ・ウォーネ」
アリエだ!
いきなりの知った名に、僕は緊張も忘れて驚いた。
部屋の隅にいたはずの彼女を振り返ると、アリエは壁に寄りかかりながら笑顔を浮かべていた。
そして、僕の視線に気がつくと、ウィンクをしてくる。
「当然よ。あなたもがんばって」
まるでそう言っているようで、僕にも自然と笑みが浮かんだ。
それで、ようやく自分のしてきたことに気がつく。
そうだ。
僕は全力を尽くした。
もっと自信を持ってたっていいじゃないか。
そう思うことで幾分か緊張が和らいだ気がした。
気を入れ直して、ルーンの声に耳を傾ける。
「では、二人目だ」
再び合格者の発表を始めたルーンに向き直った僕には、先ほどまでの緊張は既になかった。
決してゼロなわけではないが、幾分か気持ちに余裕が持てる。
深く息を吐き出しながら、僕はルーンが自分の名を呼んでくれる瞬間を待ちわびた。
「剣術三位、馬術一位、魔術六位。ヴァルト・ラフォード」
続いて呼ばれたのは、馬術試験で僕とアリエを不意打ちしたあの男だった。
相変わらず、一つ一つの仕草が気障だ。
試験の結果は凄い成績であるはずなのに、そのせいか周りからの視線は少し冷めたものである。
多分、僕の気のせいではないだろう。
そんなことを考えている間にも、ルーンは次の合格者の名を読み上げようとしていた。
「続いて三人目だ」
そこで、何故かルーンとバッチリと目が合った。
僕がそのままそらせずにいると、ルーンが次の合格者を読み上げる。
「剣術十五位、馬術三位……」
と、ここまで聞き覚えのある成績に僕はハッとする。
もしかして、という期待が胸の内に溢れた。
胸がドキドキして、息が苦しくなる。
「魔術一位」
まだ公表されていない魔術の結果はトップだった。
そしていよいよ、その名が呼ばれる。
「エディス・ユーテス!」
僕の……名だ。
歓喜と驚きのあまり、何もできずに数秒が過ぎた。
これは現実なのだろうか。
まだ上手く現実が飲み込めずに、多少頭が混乱していた。
「ここまで各試験の一位をとった合格者を発表した。続いて残り九人の……」
そして、ようやく再びルーンが発表を始めたところで、事態を理解し始めた。
ルーンの自分の名を呼ぶ声がストンと胸の中に落としこまれる。
ああ、僕は騎士になれた。
それも、青きバラの騎士に。
これで、約束を守れるのだ。
「おめでとっ! エディ、私たち騎士になれたわ。」
それを真っ先に祝福してくれたのはアリエだった。
まだ発表が続いているので、小声ではあるが、その声音からは喜びが感じられた。
「アリエこそおめでとう。これからよろしくね」
「うん。よろしく」
「にしても、良かったよ。受かってさ」
「あなた、魔術の試験凄かったもの。……あれがレベル3の魔力には見えなかったけどね」
「あっ……あはは」
アリエは皮肉を込めて言うものの、僕はそれに曖昧に笑うことしかできない。
何しろ、自分でもあの魔力の正体がわからないのだ。
答えようがない。
アリエも何かあると察したのか、それ以上の追求はしてこなかった。
「まっ、ともかく私も嬉しいわ。あなたが受かってくれて」
「アリエ、心配してくれて、ありがとう」
「当然でしょ。だって、馬術じゃこの私を苦戦させてくれてくれたのよ。そのあなたが落ちるなんて、私が許さないわ」
彼女は自信満々に胸を張る。
僕自身をあまり凄いとは思わないが、こうやって評価されているのは素直に嬉しかった。
それに、こんな彼女がこれから仲間となるのだから、心強くもある。
まぁ、何はともあれ。
「以上、十二名を今日から青きバラの騎士とする。おめでとう。今日から諸君は我らの仲間だ」
目標は達せられたのである。
この喜びを今はひたすらに噛み締めていた。
「よし、休憩だ。休んでいいぞ、新人」
「はぁ〜、きっついな。団長、鬼だぁ」
「うへぇ。もう、走れねぇ」
「おいそこ、もう一度走ってこい。そんな無駄口叩く余裕があるなら、その方が効率的だ」
「ええっ!」
そんなこんなで、青きバラの騎士団に入った僕たちは、日々ルーンにしごかれていた。
ちなみにここは馬術の試験が行われたフォーロ草原である。
ここで毎日行われる訓練はもう地獄と言ってもいい程で、毎日クタクタになるまで鍛えさせられた。
しかし、それにもキチンとしたわけがあるようで。
地面に倒れこんでいる僕らに、ルーンは厳しい表情で告げた。
「毎日毎日、こんな厳しい訓練をしているのもきちんとしたわけがある。それは、これから教える魔法だ」
「魔法? でも、こんな訓練じゃ魔力量は上がりませんよ? 瞑想とかの方がよっぽど効果的なはずです」
ルーンの言葉に異議を唱えたのはアリエだ。
確かにアリエの言っていることは最もであり、周りも彼女の意見に頷いた。
しかし、ルーンは首を振って答える。
「違う。これから教えることになる魔法は体が元となるんだ。生半可な体力では最悪死ぬ。それこそ、国一のこの騎士団だから使用許可の下りている魔法だ」
それを聞いて、皆は一斉に黙った。
それもそのはず。
命に関わる魔法など、そうそう公表されないからだ。
つまり、その魔法は危険を伴うが、それ以上のメリットのある強力な魔法だと言うこと。
同時に国でトップの騎士団にしか知り得てはいけない危険な魔法でもあるのだ。
「身体強化魔法だ」
しばらくの沈黙。
皆、ルーンの次の言葉を待っているようだ。
ルーンもそれを察して、続きを話す。
「これはその名の通り、自身の体を強化する魔法だ。……ふむ。実際にやって見せた方が速いか。よし、ルイ。そこに立って、俺の攻撃を受け止めてみろ」
「了解ッ。」
ルーンに指された少年、ルイはアリエにつぐ剣術二位の実力者だ。
性格もよく、誰とでも分け隔てなく話すので、皆からも好かれている。
まぁ、魔法の方にアリエと同じく難点があるが、それを含めても優秀な騎士である。
「それじゃあ、見てろよ」
互いが剣を構えたところで、ルーンは合図した。
そして、ルーンが一歩踏み出し、ルイに切りかかろうとする……その瞬間だった。
「えっ」
その場の誰もが目を疑った。
ルーンが足を踏み出した瞬間、彼女の姿がかき消えたかと思うと、いつの間にかルイの首元に剣を当てていたのである。
あまりに速すぎる一瞬の出来事に、皆唖然とするしかなかった。
「まぁ、こんなもんだな。
しかし、本人はというと実にあっけらかんとしていた。
まぁ、当然のことかもしれないが、あれだけのことをされた後にここまで冷静だと、反応に困ってしまう。
剣を向けられたルイはショックだったのか、今だに固まったままであった。
「ここまでにするにはそれなりの技術と経験が必要になるが、これをお前たちに教えることになる。でも、今見たとおり、これは体にかなりの無茶をさせている。なんたって、本来できるはずもない動きを魔法で無理やりやらせているわけだからな。この魔法は体に相当な負担がかかる。だから、丈夫な体を今、作っているんだ」
そういうことだったのか。
ルーンの説明に皆はようやく、これまでの訓練に納得した。
確かにそんな魔法ならばこの過酷な体づくりをしているのにも、頷ける。
ルーンはただ、自分たちをいじめたいがために厳しくしていたわけではない。
自分たちを思ってのことだったのだ。
「と、ここまでの説明でこの魔法の危険性を分かってもらえたと思う。だからこの魔法はこちら側が許可を出さない限りは基本、使用禁止だ。お前たちにとっても危険であるし、騎士以外の人間に知られて使われるのも危険だ。使うのは非常事態と訓練時だけだ。分かったな」
「はい!」
「よし。じゃあ、早速次の訓練だ。ノルマから少しでも遅れたやつはもうワンセット追加だからな!」
「ひえ〜、団長の鬼ィ!」
「ひどいッスよ〜!」
「こら、お前達! 問答無用でツーセット追加だ!」
「げっ」
言わなきゃいいのに、と思うのに、いつもこのやりとりが続く。
これが騎士団に入ってからの日常になりつつあった。
しかし、それを悪いだとか、面倒くさいだとかは一度も思っていない。
今日もこんな日々を送れることに幸せを感じている。
色々、自分について知らなくちゃいけないこともある。
ルーンとの関係もある。
けれど、この騎士団に入って後悔は一つもない。
全てがまだ始まったばかり。
まだ、始まったばかりなのだ。
だから、今は。
少しでも長く、こんな時を過ごしていたかった。




