異例と戸惑い 〜魔術2〜
「次、ルイ!」
「はいっ」
次々に始まる実技試験。
僕とルーンはその様子を横目に、大広間の隅で向かい合っていた。
僕の番はもう少し先らしい。
しかし、僕は自分の順番を待ちながら、ため息をつかざるを得なかった。
「はあっ。もうわかんないや」
「そりゃ、そうだろうな。俺だって信じられないのに、本人たるお前は余計に信じられんだろう」
ルーンは僕に同情するように肩を叩いた。
その様子を周りからは不思議そうな目で見られているが、ルーンがそれを気にする様子はない。
僕もそれを気にしている余裕はなかった。
「信じられない。だって、こんなこと。今までなかったんでしょ?」
「ああ、異例の事態だ。まさか、前回測定した『魔力レベルとの相違』があったなど、少なくともここ千年はない」
「せっ、千年……」
それだけ自分が特別な状況に置かれているなど、誰が思うだろう。
そんなことを言われると、余計に事実を受け入れがたくなってくる。
僕は思わず、ポカンと口を開けたまま硬直してしまった。
ルーンもそんな僕を見て、苦笑する。
「で、もう一度確認するが、前回の数値は?」
「魔力量940、魔力レベル3。狼月夜の仮入団の時に計測したものだから、間違いないよ」
「かなり最近のデータだな。こんな短期間で、ここまで違ってくるなんて、ますます不思議だ」
「だよね」
僕はもう一度、手元のカードに目を落とした。
そこに書かれているのは、
『魔力量1500
魔力レベル4 強』
という数値。
これ実は、かなりの魔力なのだ。
ルーン曰く、「RMK上位1%にはいる」というもの。
因みにこの世界でのレベル4で生まれてくる確率は0.01%以下、加えてレベル4の中でも最も強い「強」となると、その可能性は更にグッと下がる。
なので、その魔力が相当なものという認識はあらかじめ僕にもあった。
だが、それがまさか自分にまわってくるとは、思いもしていない。
それも、千年の間無かった、異例の事態を起こして。
「しかも、これほどの魔力を持っていれば、特殊魔法を持っている可能性が高い。現に基本魔法を持つレベル5もいるが、その可能性はかなり低いのだからな。だが、お前は」
「水だよ。それだけは変わりない」
試しに手に魔力を込めて見せる。
すると、手のひらの上で青い光が輝いた。
群青色の、水の魔法であることを示す光だ。
そこからは前とは違う、より強い魔力が溢れていた。
肌を刺すような荒々しい魔力が光の中で畝っている。
「確かにそのようだな。だが」
キンッ、と甲高い音が響いて、青い光が凍りついた。
手の上にはコロン、と氷の玉が転がる。
僕の水の魔力をルーンが凍らせたのだ。
「力が今までと違いすぎる。それを人に使えば、どうなるかわかっているだろうな?」
ルーンは厳しい目で僕を見た。
まるで、僕を試すかのような、鋭い目つき。
僕はその視線に耐えきれず、目を逸らしながらもコクンと頷いた。
分かってる。
わかっているけれど、僕には……。
「自信がない、か」
「……うん。だって知らないうちに増えてたんだよ。扱いきれず、大切な誰かを傷つけてしまったら。考えるだけでも怖いよ」
「じゃあ、この試験を諦めるか?」
「……ッ!そっ、そんなことっ」
反論しかけて、僕は次の瞬間、言葉を失った。
気が付いたのだ。
ルーンの言う通りだということ。
怖がっていちゃ、この騎士団にはいる資格はない。
ましてや、剣術も中途半端な自分が、魔法も使えずに何が出来るというのだろうか。
一体、誰を守れるというのだろうか。
「今回の相手は人じゃない。エフィのつくった、幻だ。魔力の形を作ることさえミスしなければ、たとえレベル4でも、人に害をなすことはないだろう。だが、今のお前では魔力に振り回されるだけだろうな。当然、今のお前は自分の魔力を怖がっているんだからな」
「じゃあ」
「待て待て。そう、早まるな」
僕は出ない方がいい、そう言いたいのかい?
そう言いかけた僕の声を遮って、ルーンは慌てたように首を振った。
では、なんなのだろう。
僕がルーンの言わんとしていることがわからずに、首をかしげる。
ルーンは少し困ったような顔をしながら言った。
「確かに、お前の魔法は危険だ。けど、俺はあくまでも事実を伝え、お前の意思確認をしたかっただけだ。棄権させるつもりはないよ。まぁ、お前が諦めたいのなら、別だが」
「いや、出たいよ!」
僕は咄嗟に叫んだ。
その瞬間、周囲から視線が集まったが、今の僕にはそれすらも気にならなかった。
出たい、この騎士団に入りたい。
そして、ルーンの隣に立ってみたい。
その思いが喉を、心を震わせた。
「確かに怖いよ。この急に得た力は危険だからね。けど、出たいという思いだけは変わらない。僕は決めたんだ。この騎士団に入るって。だからっ」
僕は諦めたくない。
僕はルーンにそうハッキリと伝えた。
ルーンはそんな僕に驚いた顔をしたものの、その後には安心したように微笑んでくれた。
「そうか。じゃあ、大丈夫だな」
そして、僕の背中をバシッと叩いて言う。
「魔力のことは心配するな。もし万が一のことがあっても俺が止めてやる。俺はお前より強い、レベル5だぞ。止められるに決まってる。まっ、お前の身の保証だけは出来ないから、気をつけろよ」
「ルーン」
「さっ、行け行け。もうすぐお前の番だろ。なに、大丈夫さ。強力な魔力だってきっと、お前の身を助けてくれる」
「うん!」
ルーンの言葉は暖かかった。
その暖かい言葉は僕の胸で渦巻いていた不安を吹き飛ばしてくれた。
僕は彼女に背を向けると、ギュッと拳を握りしめた。
絶対、絶対最後の試験にも受かってやる。
その思いを込めて、前へと一歩踏み出した。
「行ってきます」
「ああ」
この短い言葉さえ、僕の背を押してくれているような気がした。
そして、一人残されたルーンは。
「あーあ。変わったもんだな。俺も」
「そうですね。団長は変わりました」
「ジェイドか」
彼女の独り言に言葉を返したのは、副団長であるジェイドだった。
彼はニコニコと笑いながら、ルーンのそばに並んだ。
「でも、正確には『元に戻った』という表現の方が正しいのかもしれませんね。その、貴女の腰に下がる剣の真の持ち主がいた頃の貴女に」
「……あいつは何処と無く『あの人』に似ている。そのせいかもしれない」
「へぇ、『あの方』にですか」
「どこが、どうとは言えないがな」
ルーンは寂しげな笑いを浮かべて、剣の柄に触れた。
とうの昔にいなくなった人の温もりを感じているかのように。
彼女は顔を少し俯かせながら、呟いた。
「だから、かもな。最近は少し怖いんだ。あいつも、また……」
最後の方はジェイドには聞き取れなかった。
ルーンは怯えたように肩を震わせている。
最強の騎士と謳われる彼女の弱々しい姿は、まるで普通の少女だった。
ジェイドはそれを見て、声をかけずにはいられなくなる。
「団長。きっと大丈夫です」
「ジェイド……?」
ルーンは少しだけ顔をあげた。
彼女は少し驚いた表情をしていた。
そんな彼女にジェイドはいつもの笑みを絶やさずに、堂々と断言する。
なんの根拠もない言葉だが、少しでも彼女を励ませたら良い。
そう思ってのことだった。
「彼はきっと大丈夫です。だって、見てればわかるじゃないですか。彼は変わらない、どこにでもいそうな少年です。その少年に貴女が特別な思いを抱いていたとしても、それは変わらないんです。だから、大丈夫ですよ!」
「とっ、特別な思いとか言うなよ!」
ルーンは先ほどまでの暗い表情を消して、反論した。
もちろん、その顔は真っ赤である。
からかっただけのつもりだったが、もしかしたら本当に気があるのかもしれない。
ジェイドは鬼と恐れられた団長の、案外乙女な一面に、心底驚いていた。
しかし、それ以上にルーンが元気になってくれたことに安堵もしていた。
『言うならば、運命の皮肉かな』
ルーンがその言葉を忘れられず、悩み続けていることも知らずに。
「次、エディ・ユーテス!」
「はいっ!」
大きな返事と共に、舞台に上がると、そこにはエフィが立っていた。
ポニーテールに纏められた白い髪とピンク色の瞳は相変わらず、妖精のように可愛らしい。
しかし、その一方で彼女はあの時とは違う、厳しい雰囲気を漂わせていた。
「ついに貴方もここまで来たのですね」
「ええ。なんとか」
「ふふっ。ここまで来た実力は認めるわ。けれど」
エフィはピンク色の瞳を怪しげに光らせた。
その瞬間、周りにはユラユラと黒い影が立ち上った。
強さの伺える魔力の気配が彼女の背後に現れた。
「最後の試練。簡単に超えられるとは思わないで!」
その影はよく見ると、マントをかぶり宙に浮かんでいるようだった。
袖からはヌッと白く枝のような手が突き出し、顔の部分にはただ暗い闇だけが広がっている。
これがルーンの言っていた幻影の敵だ。
その数は十五体。
「さぁ、魔法だけで何体倒せるかしら? ちなみに、今の最高記録は十体よ」
「じゃあ、全部倒さなきゃ、ですね」
「余裕を見せてられるのも今のうちよ。……行くわよっ!」
「いつでも!」
僕が返事を返すなり、エフィは大きく手を振った。
すると、幻たちは一気に僕をめがけて襲いかかってくる。
「くっ……」
僕はそれらの攻撃をギリギリでかわしながら、水でつくった砲弾をそのうちの一つになんとかぶつけた。
だが、所詮は他に比べてかなり攻撃力の低い水魔法だ。
時間稼ぎ程度にしかならないだろう、と思っていたのだが。
「なっ!」
砲弾をくらった幻は大きく吹っ飛ばされたかと思うと、壁にぶつかる寸前で、その姿を消した。
「まっ、まさか! わたくしのつくった幻を、一撃で?」
「これが、レベル4の力……」
僕もこの力を目の当たりにして、ようやくレベル4の恐ろしさというものを実感した。
牽制のつもりで放った魔法がまさか、ここまでの威力を発揮するとは。
僕は心底自らの力の大きさに震え上がった。
しかし、同時にこの状況に対する希望も生まれた。
この力を使えば……いける!
「水波!」
次は水でつくった刃を連続で飛ばした。
水の刃は凄まじい速さで飛んでいくと、次々に幻を撃破していく。
こんなに間髪いれずに放てば、レベル3だった頃はすぐに魔力が底をついたが、その様子もない。
エフィは幻が次々に消されていくのを目の当たりにして、慌てたように叫んだ。
「その技っ! 団長の?」
「そう。『雪波』を僕にあうように変えた『水波』。そんなことより、もう七体になったね」
「くっ……。そんなに簡単にいくと思って?」
エフィの瞳の光がさらに輝きを増した。
その瞬間、幻たちは今までとは違う気配を纏い始める。
殺気を含んだ、強大な魔力。
それは凄まじいもので、溢れ出た魔力は僕の肌をビリビリと震わせた。
「レベル5のわたくしを舐めないで下さる?」
そう。
また彼女も特殊魔法の使い手だった。




