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手の平の温度 〜魔術1〜


「うう〜っ。たんこぶ出来たかなぁ」

「大丈夫? 今日の試験に支障はなさそう?」


三日目。

魔術の試験会場である、青バラ本部の大広間には次々に受験者達が集まってきていた。

最後の試験とあり、皆これまでに増して緊張感を漂わせている。

そんな中、僕は昨日木剣で殴りつけられた頭をさすっていた。

それを見て、隣に立つアリエは、頭に包帯を巻いた僕に心配そうに声をかけてくれる。


「平気。試験にも支障は出ないよ。僕の頭は意外と頑丈なんだ。それより、アリエの方は大丈夫なの? あの後、君も落とされたんだろう?」

「私も平気よ。あなたみたいにガツンと頭を殴られたわけじゃないしね。……にしても、なんなのよ! アイツ!」


アリエの燃えるような怒りの眼差しの先には自分の髪をいじっている、二十代前半と見られる青年がいた。

彼は試験前だというのに、自分の容姿ばかりを気にかけている。

一つ一つの仕草が気障で、自己陶酔しているのが見て取れる。

僕でさえ少し引いてしまうレベルの、ナルシストさだった。

でもまぁ、顔は整っているが。


「あんの、男! 男なら正々堂々真っ正面からぶつかってきなさいよね! 背後から不意打ちとか、どんだけ根性捻じ曲がってるのよ」

「まぁまぁ。気づかなかった僕らも油断してたってことだし。彼だけが悪いとは言えないよ。戦じゃ、そんなのよくあることだしね」

「分かってるけど……」


大人びた容姿のわりに、アリエは子供っぽい仕草で口をとがらせた。

僕はそんな負けず嫌いな彼女を見て、苦笑いを浮かべた。


「にしても、アリエはもう入団はほぼ確定だよね。剣術一位、馬術二位だったわけだしね」

「そうねぇ。まぁ、そこらへんでポイント稼いでおかなきゃ、私は魔術が絶望的だから」

「アリエ、魔術苦手なんだ……」

「まぁね」


これは意外だった。

アリエといえば、これまでの戦いを見てきた限り、苦手なんてなさそうだ。

剣でいかなる相手をも切り伏せ、自由自在に馬をかり。

おまけに、非の打ち所がないような容姿だ。

そんな彼女も人間なのだから、弱点の一つや二つがあってもおかしくはないのだが、魔術がその弱点の一つに当てはまるなんて、思いもしなかった。


「だって、私。そんなに魔力量多くないのよね。それに、私にとっての魔術は剣のスピードを早くしたり、威力を強めることだけが目的だもの。魔力媒介の剣がない時に魔力のみで応戦するなんて、出来っこないわ。一番使えない水だしね」

「確かに魔力を媒介するものがなきゃ、魔法を具現化することはかなり難しくなるよね。慣れてないと、魔力の出し方に無駄がでるから、四方八方に魔力を放出してることになって、魔力切れなんてあっと言う間になっちゃうし。僕もアリエと同じく、魔術は苦手かなぁ。魔力量も少ないし、水魔法だし」

「まぁ、水魔法を持ってしまった者同士、頑張りましょう。魔術を本当に自由自在に操れる人なんて、この世界じゃ少数なんだから。これから、頑張ればいいし、剣で勝ちゃいいのよ」

「開き直ったね。でも、僕も頑張らなくちゃなぁ。剣術が十五位だから、そこそこ稼いどかないと」


厳しいなぁ、と僕は頭を掻く。

そんな僕の言葉に、アリエはギョッとしたように目を見開いた。

そして、僕の肩をつかむと、焦ったように僕を前後に揺らした。


「わわっ、何?」

「あなた、絶対に青バラに入りなさいよ」

「うん。分かってるけど、急にどうしたの?」

「どうしたの? じゃないでしょ! 結構今、ギリギリじゃない! このままだと落ちる可能性のほうが高いわよ」


アリエは相当僕のことを気にかけてくれているらしい。

まだ会って二日の僕を何故そこまで気にかけてくれるのかはわからなかったが、気持ちは嬉しかった。

僕はアリエにそっと笑いかけると、自信満々に言う。


「大丈夫。僕、いざという時は強いから。それに……」

「人数は揃ったようだな」


僕の言葉を遮ったのは、ルーンの声だった。

僕たちはそろって前を向く。

その視線の先でルーンは広間の前方に用意された壇上に上がった。


「これより、最終試験を始める。これを抜けることができれば、お前達はもう青きバラの騎士だ。今日ここで十二名の騎士が誕生する。精一杯、自分の力をふるってくれ」


十二名。

ということは、ここから八名が削られるということだ。

今の成績を鑑みるにかなりキツイが、ここまで来たからには落ちたくない。

僕は気合いを入れなおした。


「まずは魔力量と魔力レベルを測る。もう、自分の数値を知っているものがほとんどだろうが、念のため確認させて欲しい。一人一人、奥の個室に来てくれ。全員が測り終え次第、実技を始めることにする」


魔力レベルとは生まれつき決まった、魔力濃度のことだ。

同じ魔法を放ったときの威力で五段階にレベル分けされる。

この世界での割合は「3」が一般的で、最も多く、逆に「1」や「5」といった、端々の数値が出る人は滅多にいない。

なにもかも極々一般的な僕はというと、当然「3」に分類されていた。

魔力量も平均よりわずかに少ない僕は、かなり弱い。

それに、いくら魔力量が多かったところで濃度のレベルが高くなければ、さほど強い魔法は使えないのだから、僕が魔術において強くなることは一生かかっても出来ない、ということだ。


そのことを再確認していると、僕が魔力を測定する番は刻々と近づいて来ていた。

ああ、奇跡でも起きて、上がってたりしないかな。

そんなことを願っていると、僕の番の一つ前、アリエが測定する番になった。

彼女はドアの前でギュッと目をつむり、胸の前で手を組み合わせると、


「ああっ、どうか上がってますように」


と祈るように言って、個室へ入っていった。

どうやら、僕と同じことを考えていたらしい。


やがて、アリエはげんなりした顔で広間に戻ってきた。

やはり、結果は変わっていなかったようだ。

僕はそんな彼女を横目に、僕もドアの前に立つ。

次は僕の番だ。

ガチャリ、とドアを開けると、部屋の中にはルーンとジェイドが待っていた。

部屋の中央にはテーブルが置かれていて、その上にはトランプくらいの大きさの一枚のカードがのせられていた。

あれが、魔力測定機だ。


「ああ、次はエディス様でしたか。さぁ、このカードに魔力を流し込んでくれますか?」


ジェイドはニコニコとそう言うが、対照的にルーンの方は僕と目を合わせようともしなかった。

何もないはずの宙をボンヤリと見つめていて、如何にも心ここに在らずといった感じだ。

何を考えているのだろう。

また、何かあったのかな。

そこまで考えて、今のままでは彼女にそれを聞くことは出来ないのだと思い出す。

これ以上、彼女に辛そうな顔をさせてしまうことも、それに僕が必要以上に関わって、更に傷つけてしまうこともしたくなかった。


「エディス様?」

「あっ、ハイ!」


完全に考え込んでいた僕に、ジェイドは不思議そうに声をかけてくる。

僕は思考を止めると、とっさに返事を返して、急いでテーブルの前に駆け寄った。

そして、カードの上に右手をかざすと、魔力を流し込んだ。

すると、カードが淡く光だした。

あと、三秒もすれば、僕の魔力測定は終わることだろう。

必死に上がってることを祈りながら、僕は光が収まるのを待つ。

残り二秒、一秒、零秒。


「あれ、おかしいですね」

「光がおさまらない?」


そう。

もう三秒以上経ったというのに、一向に光がおさまる気配が現れなかった。

浮かび上がってくるはずの数値も中々現れない。

それは十秒以上経った、今でも変わらなかった。


「これは確かに変だな」


今までずっと口を閉ざしていたルーンもようやく何かがおかしいのに気がついたのか、虚ろな目をカードに移す。

その隣でジェイドも首を傾げていた。


「ええ。おかしいです。普通なら、こんなに時間がかかるはずがない。まるで、カードが何かを迷っているみたいだ」


カードが迷っている?

まさか、カードに意思があるわけじゃあるまいし。

そう思って、カードに何か異常があるのではないかと意見しようとした。

その時だった。


ズキン。


不意に頭に痛みがはしった。

身に覚えのある、あの締め付けられるような鈍い痛みだ。


『ねぇ、母上。聞いて?』


続いて聞こえてきたのは少女の声だった。

何も恐ろしいことはないはずなのに、心臓はバクバクと脈打ち、汗が吹き出る。

視界がぼうっと霞み、意識もその霞みの中にのまれそうになる。


『あの子ったら、また私をバカにしてくるのよ。自分が凄いものを持ってるからって。まぁ、確かに私のはあまり良いとは言えないけどね』


ああ、思い出そうとするな。

父上と母上と約束したじゃないか。

もう忘れるって。

この声の正体を確かめることはしないって。

考えるな、何も考えるな。


『でも、全く。いつまでそんな負け惜しみを言ってられるんでしょうね。他じゃ、私には敵わないっていうのに』


少女はクスクスと楽しそうに笑った。

しかし、その声も少しずつ遠ざかっていく。

そう、何も考えてはいけないのだ。

全て忘れよう。


『けど……いつかは私なんてあっという間に負けちゃうようになっちゃうのかなぁ。その日が楽しみでしょうがないの』


あと少し。

あと少しで声は消えるはず。


『でもね、その日まで。私はあの子のことを絶対に……ぜっ……に……ま……』


「……ディ。エディ!」


ハッと目を開くと、そこにはルーンが心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。

さっきまでの雰囲気は消えて、その目には僕を心配する思いだけがあった。


「僕は……」

「ようやく気付いたのか。どうしたんだ、急に倒れて?」

「そうか、約束。守れたんだ」

「約束? 何のことだ?」

「ううん。なんでもない」


僕は机を支えに立ち上がると、まだぼんやりとする頭を振った。

そう。

あれは思い出しちゃいけないものなんだ。

母上と父上を悲しませるから。


すると、立ち上がった僕の手を、何か温かいものが包み込んだ。

驚いて視線を向けると、そこにはルーンの手があった。

座りこんだままの彼女は、顔を伏せていて、表情は見えない。


「ルーン?」

「同じだな」

「えっ?」

「俺もお前も、同じだ」

「……どういうこと?」


彼女は何が言いたいのだろう?

相変わらず表情は見えないし、口調も淡々としていて、ルーンの感情を汲み取ることすら出来なかった。


「本当のこと。俺はお前に言えなかった。でも、それはお前も同じだ」

「う、うん」

「まだ、一昨日のこと怒ってるか?」

「いや、そんなことはない。確かに、少しさみしかったけど、後から考えたらそりゃ言いたくないことだってあるかな、と思って」

「そうか」


ルーンはそこでようやく顔をあげた。

彼女は笑っていた。

ただし、いつもよりも弱々しく、儚げで。

何かを怖がっているようにも見えた。


「なぁ。俺たちはこのままでいいのか? こんな、危うく、言いたいことも言えない関係で。本当に、俺たちは友人のままでいいのか?」

「どうだろう? 多分、良くはないのかな」

「どうして」

「それは言っても仕方ないことだよ。言うならば、運命の皮肉かな? 僕たちは立つ場所が違う。君もそれは望もうが望ままいが、事実としては重々承知しているはずだ。違うかい?」

「そう、だな」


しばらくの沈黙。

その沈黙を破ったのは、僕だった。


「でも、僕は良いと思うよ。例え、そうだとしても」

「そうなのか?」

「うん。だって、僕にとってのルーンは変わらないもの。僕も僕だし。それを決めるのは他人じゃなくて、僕らだ。今のところは、ね」


僕はそこで、大きく息を吸った。

そして、気持ちと共に吐き出す。


「僕はルーンと友達でありたいと思うよ。これからも、ずっと」

「とっ、友達……友達か。まぁ、いい。お前ほど純粋なやつは早々いないしな」


友達、というワードにルーンの顔が少々引きつった気がしたが、それも気のせいだったようで、すぐに笑顔を向けてきた。

そして、ルーンは掴んだままの手に、ギュッと力を込めてきて、


「よろしくな。これからも」

「うん!」


と花が咲くような笑みを浮かべた。

握ってくる手は氷の魔法の使い手とは思えないほどに暖かい。

僕はもう、この暖かさを手放すようなことはしない。

と、心の中で強く誓った。


しかし、それと同時に重大なことを思い出す。


「あっ、魔力測定」


もう流石に結果は出ただろうと、机の上のカードを探すが、そのカードは机の上になかった。

何処かに落ちたのだろうか、と至る所に目を走らせて、見つける。

カードがあったのはジェイドの手の中だった。

それを食い入るように見つめる彼の顔は必死で、よく見れば、手も震えている。


「あっ、あの?」

「ジェイド、どうした」


声をかけると、ようやく彼は顔をあげた。

そして、震える手でカードを差し出してきた。

それを受け取った、ルーンもそこに目を通すなり、硬直する。


「しっ、信じられん!」


まさかそんなに悪かったのだろうかと、気になって、僕はルーンの手から慌ててカードを取り上げた。

しかし、僕も目の前の数値に固まることしかできなくなっていた。


「なっ……」


あり得ない数値の羅列。

僕はその数が僕の魔力なのだと、受け入れることが出来なかった。


「ええっー!」


それから、青バラ本部に絶叫が響き渡ったのはそれから数分後のことである。

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