表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/65

幼き声と決着 〜馬術4〜

太陽が山の向こうに沈む頃になっても、僕らの戦いはまだ、終わっていなかった。

さすがのアリエも先程まで浮かべていた笑みを消し、剣をひたすらに振るい続けている。


「いい加減、倒れなさいよ!」

「そっちこそ!」


アリエはうんざりしたように言うが、僕も負けじと言い返す。

はじめこそ、剣術の時のように防戦一方だったものの、今では時々反撃出来るようになっていた。

徐々にアリエの攻撃のペースに慣れてきている。

ここまで来たからには負けたくはない。


「ヤアッ!」

「フッ!」


僕からの攻撃。

久々に繰り出すことの出来た反撃だが、アリエはことごとく防いでしまう。

さすが剣術一位は伊達じゃない。

でも、何かこの状況を打開する策を練らなくては。

いくらアリエの攻撃に慣れてきたとはいえ、攻撃の数では圧倒的にアリエの方が有利だ。

このままでは、僕の体力の方が先に尽きて倒されてしまうだろう。

剣術に劣る僕は、リリアに頼るしかない。

なんていったって、これは馬術の試験なのだから。


「リリア」


僕はアリエの攻撃を弾き返すと、彼女から逃げるように、リリアを使って猛スピードで駆けた。

急に走り出した僕に、アリエは一瞬驚いた表情を見せるものの、すぐに追ってくる。

アリエもここまで勝ち抜いてきただけあって、乗馬はお手の物だ。

僕から距離を離さずについてくる。


しばらくある程度の距離を保ったまま、駆けていると、やがて目的地が見えてきた。

草原の端。

また、あの森だ。

アリエのことだから、森の障害物のことなど気にも止めないだろうが、僕の狙いはそこにない。

僕は森の中に入ると、アリエがついて来るのを確かめながら、そのまま走り続けた。

本当の目的地はもう少し先だ。


そして、たどり着いたのは少し森が開けたところ。

そこだけ木々のない小さな広場だ。

そう。

ここはまさにドラゴンと戦った場所だ。

今はもうその姿はないが、この空間だけはまだ残っていた。

僕はそこにたどり着くと、振り返って、アリエを待ち構えた。

アリエは僕の前に姿を現すなり、少し離れたところで馬を止めた。

おそらく、ここに連れてきたことに警戒しているのだろう。


「なんのつもり?」

「さぁ?」

「とぼけないで。こんなところに連れてきたって事は、何か企んでるんでしょう? そんなの誰だって分かるわ。」

「そう思う?」

「ええ。ここはどこなのよ?」


アリエはこちらを油断なく睨みつけながら、剣を向けてくる。

何かしようものなら、すぐに襲いかかるつもりだろう。


「ここは、ルー……いや、フィラ団長と会ったところだよ」

「団長と? そんな方と、こんなところで?」

「うん。僕、彼女がかの有名なフィラ様だって、気付かなくて。そのあと、色々と大変なことになっちゃったんだ。今は」

「そんな話をして、私を油断させるつもり?」

「まさか。目的は一応、別にある。……何って事は言わないけどね。ただ、言いたいのは、君には負けたくない。ってことさ」

「長い話を始める前にそう言って頂戴。でも、それは私だって同じよ。青バラは誰もが憧れる騎士団。そうでしょ?」

「そう、だね」


僕は、アリエの問いかけに一瞬、答えるに迷った。

問いを投げかけてくる彼女の瞳には、ただならぬ深い悲しみがあるように見えたからだ。


『どうして……』


それは、剣術のときに見せたあの表情に重なっていた。

何かを訴えかけてくるような、苦しげな表情。

きっと、彼女の中には何かあるのだ。

この騎士団に入らなければならない理由が。

けれども。


「君には負けられないよ。きっと、何か辛いことがあったのは察する。けど、情けはかけられない。それは君だって同じはずだろ」

「……そう。そうね」


彼女は一度は弱々しげに頷いたものの、もう一度強く頷いた。

悲しげだった瞳には強い勝気な光が再び宿り、僕に剣を向け直す。

そして、ハッキリと力強い声で言った。


「あなたには負けない。負けられない。ずっと……ずっとね」


アリエはこちらに向かって一気に突進してきた。

僕はそれに反応して、リリアを動かし、攻撃をかわす。

この狭い空間では、小回りがききにくい馬を操縦するのは難しい。

ましては、このアリエのスピードでは、木に直撃することだろう。

それが、僕が企んでいたことだった。


しかし、アリエは一筋縄ではいかせてはくれない。

彼女はギリギリで木から進路をそらし、直撃を避けていた。

が、こちらのチャンスは続く。

今のアリエは、こちらに背を向けていて、隙だらけだった。

僕とてここでの無闇な攻撃は禁物だったが、今は絶好のチャンスだった。

僕はアリエに切り込むと、勝利を確信した。


「ヤアッ!」


彼女は振り返らない。

僕の剣が間違いなくアリエの体を捉える……はずだった。


彼女はまたしても予想の斜め上をいく行動を起こしてくれた。

僕の剣がアリエにぶつかる寸前、アリエは宙に飛び上がった。

手を馬の首と背の境目あたりに手をついて、それを支えに体を持ち上げ、剣の軌道から逃れる。

結果として、僕の剣は空を切ることとなった。


「アリエはやっぱり、強いよ」


もうもはや、僕は笑うしかなかった。

あんなよけ方をするなんて、誰が予想していただろうか。

向き直った彼女は、ウェーブした長い髪を払って、さも楽しげに笑う。


「ふんっ、当たり前じゃない。もう何年も前から、憧れていたんだから」

「青バラに……かい?」


僕の問いかけに彼女は答えない。

ただ、ずっと笑っているだけだった。

相変わらず、僕相手では余裕のようだ。

そのことに、多少の苛立ちを覚えながらも、僕は不思議な感覚を味わっていた。

その感覚とは「楽しい」だった。

そのことに僕自身が一番驚いていた。

だって、そんな感情を抱いているはずがないのだ。

一度ボロ負けさせられた相手と戦っていて、楽しいだなんて思うはずがない。

けど、この感情は嘘じゃない。


「なんで……だろう」

「ん、なに。独り言? 呑気ねっ!」

「わわっ!」


アリエは不意に突きを放ってきた。

それを必死に防いで、崩しかけた態勢を立て直す。

そうだ、今は考えている場合じゃなかった。


「けど、だからって、不意打ちは……!」

「あら、そんな甘いこと言っちゃ、戦場じゃ命は無いわよ」

「クッ」


悔しいが事実だ。

油断していた僕が百パーセント悪い。

僕は再び気持ちを集中させると、アリエに攻撃を当てることに専念した。

しばらく、木剣がぶつかり合う音と馬の蹄の音だけが響いた。

アリエの素早い攻撃は一向に遅くなったりはしない。

たとえ、おそくなっていたとしても、こちらもかなり体力を消耗している。

たぶん、それに気がつけないだろう。

早く決着をつけなければならない。

けど、焦ってもいけない。

僕は冷静にアリエの剣を捌き続ける。


と、一瞬、今まで衰えを見せなかったアリエの剣がわずかにタイミングが遅れて出た。

彼女も、表情には出さないが、かなり疲れていたのだろう。

なにしろ、もう何時間と戦っている。


僕はその一瞬をを見逃さなかった。

その隙に攻撃を滑り込ませる。

そして。


「あっ……」


剣はついに彼女の体を捉えた。

アリエは微かな悲鳴をあげて、バランスを崩す。

僕はそこに今度こそ油断なく追撃をしかけた。


後ろから迫る、もう一つの剣のことを知らずに。


「エディ!」


彼女の剣が遅れた理由は、僕の後ろから迫る敵に気がついていたからだったのだろう。

というのは、全てが終わった後に知ったことだ。

この時の僕の視界にはアリエしか映っていなかった。


届く。

アリエにもう少しで剣が届く。


もう少し……もう少しで。




ガンッ!


剣が届く寸前、僕の後頭部には凄まじい衝撃が走った。

たまらず剣を落とし、バランスを崩す。

視界がグニャリと歪み、その中でアリエの長い髪が舞う。

手綱から手が離れ、意識が遠のく。


ああ、まだ一人残っていたっけ。

僕とアリエの他に、もう一人。

きっと、そいつに……。


全てを理解するのに、そう時間はかからなかった。

ひどく時間が遅く感じられ、一秒のうちの出来事の中、ゆっくりと意識は闇に飲まれて行く。

完全に飲み込まれる寸前、どこからか幼い声が聞こえた気がした。

それも、アリエから聞いた同じ言葉を。

何の深い意味もなさそうなあの言葉を。


『あなたにはまけない! まけられない。ずっと……ずっとね!』


これで馬術編は終了です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ