眠い朝と愛馬 〜馬術1〜
「これより、二日目、馬術の試験を始める。」
ルーンの女性にしては少し低めの声が、朝の広い草原に響き渡ると、受験者たちの間には緊張感が張り詰めた。
今、僕たちがいるのは、ウォルティから少し離れたところにあるフォーロ草原。
ここが今日、二日目の試験会場である。
先程までは、朝早くに叩き起こされたせいで不機嫌そうにしている者や、眠そうに目をこすっている者が多かった。
しかし、今はそんな雰囲気から一転。
ルーンの声が合図になったのか、皆は既に気合十分で、殺気だっていた。
だが、そんな中で。
「ふぁ〜あ。眠い」
僕はというと、まだ目をこすっていた。
というのも、昨日は全くと言っていいほど眠れなかったせいである。
その理由は、やはり昨晩のことで。
あの突き放すような、冷たいルーンの表情が忘れられなかったのだった。
ベットに入ってうずくまっていても、その表情が頭から離れず、とうとう朝を迎えてしまったというわけだ。
意識は朦朧としていて、このまま馬に乗っても落馬してしまうことは目に見えている。
それがわかっていても、どうしても睡魔には勝てないのだった。
「では、ルールを説明する」
ルールか。
聞いとかなきゃな。
しかし、分かるだろうか。
説明されている最中ほど、眠くなってしまうのだということを。
ああ、もうダメだ。
眠い、眠すぎる。
とうとう、聞くことを放棄して、寝てしまいそうになる……その時だった。
バッシーン!
「いったぁ!」
突如、誰かに思い切り背中を叩かれて、僕は飛び跳ねた。
眠気も忘れて、大声で叫ぶ。
「もう、バカね!」
背後を振り返ってみれば、そこにいたのはあの女騎士、アリエだった。
彼女は仁王立ちして、あきれ顔で僕を見つめていた。
「アッ、アリエさん!?」
「アリエで良いわ。にしても、あなた、ルールを説明されてる最中に寝てるなんてどういう根性してるのよ」
「ええっ! えっ〜と」
さっき、叩かれて叫んだせいで、相当視線が集まっている。
それなのに寝ていたことを暴露されて、周りからはかなり鋭い視線が飛んできていた。
中には、笑いを押し殺したような声も聞こえる。
僕は顔が熱くなるのを感じて、必死に逃げ場所を探していた。
しかし、アリエがそれを許さない。
「逃げようとしないの! もう、しょうがない子ねぇ。あっ、皆さんすいません。フィラ様も、どうぞお話を続けてください」
「あっ、ああ。そうさせてもらう。」
人前ではいつも冷静なルーンでさえ、この状況には戸惑っていた。
でも、とりあえずは皆、元の話を聞く態勢に戻ってくれたことに、ホッとする。
「で、あなた」
が、まだホッと出来ないことがあることに気がついて、僕はビクッと体を震わせる。
アリエは厳しい眼差しでしばらく僕を見つめていたけれど、やがて、フッと視線を緩めた。
「寝てたことに関するお説教はまだ……一度しか会ってないあなたにするのもどうかと思うから、今回は見逃してあげるわ。ただし、私もあなたもこの騎士団に入って、今度何かあったら、そのときは覚悟しておきなさいよね」
「うっ……はい」
有無を言わせない口調に、僕は頷くしかなかった。
アリエはそんな僕を見て、満足そうに笑うと、聞きそびれたルールを説明してくれた。
話をまとめると、どうやら勝ち残り戦になるようだ。
それぞれに設定されたスタートポイントから出発し、敵を倒して行く。
そして、最後の一人になれば勝ち、ということらしい。
相手を倒した人数によって、順位が変動することもあるようだが、とりあえずは生き残ればいいらしい。
ようは、馬をどれだけあやつり、動け、尚且つ相手を倒せるかが評価されるということだ。
使用するのは昨日と同じく木剣。
しかし、昨日と違うのは、魔法が禁止だという点だ。
最後に明日、三日目の魔術の試験を受ける権利をえられるのは二十人。
つまり、今日は十人が削られることになる。
「で、このマップに書いてあるのがあなたのスタートポイントよ。他者には見えない魔法がかかってるみたいだから、私には見えてないわ。安心してね」
「ありがとう、アリエ」
「うん」
「それでは、馬に乗ってもらおうか」
アリエからカードを受け取るのと、ルーンが説明を終えるのはほぼ同時だった。
その瞬間、背後からは複数の馬の蹄の音がして、その場にいた全員が背後を振り返った。
そこで目にしたのは、丘の上に並ぶ三十もの馬たち。
「あっ」
その中に、見覚えのある馬の姿を見て、僕は思わず声を上げた。
僕の愛馬、リリアの姿だ。
「今回はお前たちの乗り慣れているであろう、馬を用意した。本物の戦があれば、そんな余裕などは無いだろうが、今回だけは特別だ。存分に自分の馬を操って欲しい」
そう話すルーンの顔は、眠気の覚めた目で改めてみると、いつも通り冷静だった。
まるで、昨日あったことなど、大したことでもないかのように。
僕の胸は、そのことに少しだけズキリと疼いた。
「では、それぞれのスタートポイントへ向かってくれ」
とりあえず、気持ちを切り替えなければ。
試験に集中しなければ。
そう自分に言いつけるほどに、また脳裏にあの表情が浮かぶ。
それでもなんとか振り払おうと、僕はリリアの元に走った。
忘れろ、今は集中するんだ。
僕は呪文のように唱えて、足を進める。
そんな僕をリリアはどこか心配そうに待っていた。
僕がリリアのそばにたどり着くなり、リリアは顔を寄せてきた。
「リリア、ごめん。心配かけて」
集中しろ、集中しろ。
こんなのじゃ、この試験は勝てない。
僕が雑念ばかり抱えていちゃ、リリアの力を最大限に引き出すことなんてできないじゃないか。
僕はそっとリリアを撫でると、彼にまたがった。
マップを確認して、スタートポイントへと向かう。
「リリア、頑張ろうね」
スタートポイントへ向かう途中、僕は何度もそう呼びかけた。
でも、分かっていた。
今、本当に頑張らなくちゃいけないのは僕自身だってこと。
ようやくスタートポイントに着くと、僕はもう一度リリアに同じことを言った。
「リリア、頑張ろう」
するとリリアは人の言語を理解したかのように、小さくいなないた。
それはまた、「頑張ろう」と励ましてくれているようで。
馬なのに、その表情が心なしか優しく微笑んでいるようにみえた。
僕はそんなリリアの様子に、思わず笑みをこぼす。
リリアがこんなに張りきってるんだ。
自分も頑張らなくちゃ。
第一、試験に受かって、青きバラの騎士団に入れば、これからもルーンと話す機会はいくらだって出来る。
そしたらいつかきっと、彼女も話してくれるかもしれない。
それに僕だって、いつかきっと……自分の全てを知ることが出来るかもしれない。
僕は「よし」と気合をいれると、気持ちを集中させた。
やがて、気持ちを切り替えが出来ると、頭の中にルーンの声が響いた。
『これより、二次試験、馬術を開始する。それでは君たちの健闘を祈る』
ルーンの声が消えた瞬間、空に赤い花火が打ち上がった。
試験開始の合図だ。
僕は手綱を握り、リリアの足を進ませる。
試験に受かるため、青きバラの騎士となるために。




