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舞姫の真意は 〜剣術7〜

「あっ……あの? これは一体どういう?」


僕たちの立つ舞台。

そのまわりを取り囲む観客席はこれまでにないくらいの熱気に包まれていた。

そこには見渡す限りの人……人……人。

観客席はほぼ満席で、その大半は男が占めていた。


「うーんと、私にもよくわからないのよねぇ。一回戦の時はガラガラだったっていうのに、試合を重ねるごとに増えてきちゃって。今じゃこんなに」


これには本人も困り顔。

まぁ、こんなに群がる男たちの気持ちが分からなくもないが。


彼女の容姿は茶色くウェーブした髪を後ろで一つにまとめ、瞳は深い海を思わせる青。

スラリとした体型には無駄は一切なく、ルーンやエフィに負けず劣らず、美しかった。


「でもまさか、それを自覚してないとはねぇ」

「えっ? どういうこと?」

「あっ、いや。別に!」

「これより試合を始めます」


ちょっとしたおしゃべりは審判の試合開始を告げる声と、大勢の観客達の歓声によって、中断することとなった。

耳の鼓膜が破れるかと思ってしまうほどの大きな歓声が会場を震わせる。

会場のボルテージは既に最高潮に達していた。


「この美しき舞姫に勝利を!」

「あの舞うように美しい剣術を見せてください!」


その歓声を聞いていてみれば、中にはそんな聞いてて恥ずかしいセリフなんかもあった。

言われている当の本人は顔を赤らめ、うつむく。

僕はそんな彼女の様子に苦笑しながらも、剣を構えて、試合開始を待った。

彼女もそれに気がついたようで、赤らめていた顔を引き締めて剣を抜いた。

その立ち姿ももちろん、凛々しく美しいものではあったが、それに気を取られている訳にもいかない。

僕も気持ちを戦闘モードへ切り替えて、試合に集中する。

そのうち、あんなに煩かった歓声もたちまち聞こえなくなり、集中は彼女の姿一点に集まった。


「始め!」

「先手必勝!」


先制攻撃をしかけてきたのは、彼女の方だった。

目では追えないほどの凄まじいスピードで、彼女はこちらに向かって突っ込んでくる。


「速い!」


気がつけば、頭で考えるよりも早く身体が動いていて、彼女の振るった剣に僅かにかすりながらも、何とか横に転がってよけた。

咄嗟に態勢をとりなおして、彼女と距離を取ると、次は反撃へと転じる。


「ハッ!」

「遅い」


僕の振り下ろした剣。

それは、カンッという気持ちのいい音と共に彼女に跳ね返された。

とても女性のものとは思えないほどの力で、攻撃を防がれた僕は剣だけでなく、身体ごと吹っ飛ばされる。


「ゴホッ、ゴホッ……」


地面に強く背中を打ち付けた僕は、肺から無理やり空気を押し出されて、思わず咳き込む。

強い。

彼女はかなり強い。


「ヒットアンドアウェイ。と、そのスタイル」

「……ッ!」


倒れ、中々起き上がることの出来ない僕に、彼女は容赦無く剣を突き立てようとした。

が、その攻撃には「躊躇い」があった。


そして、その「躊躇い」は一瞬の遅れにつながる。


僕はその一瞬を見逃さずに、その場からを素早く離れた。

再び立ち上がる。


「強い。こんな相手と戦うことになるなんて、ついてないな」

「……ッ! ウソつき! 貴方、手加減してるでしょう?」

「そんなことない! どうして?」


褒めたつもり……だったのだが、彼女が見せたのは怒りの形相だった。

怒っているはずなのに、悲しげな。

僕には理解し難い複雑な表情だった。


「なら、見せて。貴方の魔法を」

「あっ!」


僕は、彼女の剣が放つ光を見て、思わず息をのんだ。

それは、僕と同じ……群青色の光だったのだ。


「水の魔法……」

「そうよ。もしかして、水の力を侮ってる?」

「そんなわけない。僕だって」

「なっ……!」


僕も剣に力を込める。

剣は青い光に包まれて、彼女と同様、水の力が発現する。

すると、彼女は驚いたように目を見開いた。


「僕だって、水魔法を扱う者だからさ」

「そんなっ、まさか!」

「何? 僕が水魔法を使っちゃいけない?」

「違う。違うわ……」

「じゃあ」

「セアアッ!」


何、とは続かず、彼女は僕の質問に答えることなく、突如切りかかってきた。

何連打と続く、急所を狙った的確な攻撃。

ただでさえパワーがあるのに、それが連続で攻撃されると僕は防ぐだけで精一杯だった。


水波連舞撃(すいはれんぶげき)!」


止まない攻撃の雨。

舞を踊るように剣を振りかざす彼女の姿は、まさに「舞姫」に相応しかった。


けれども。

この時の僕は余裕がなかったはずなのに、『何処かボンヤリとしていた』のはなぜだろう。

こんな状況なのに、『彼女の戦う姿を美しい』と思ってしまったのはなぜだろう。

そして、何より。

『彼女が酷く悲しげな表情だった』のはどうしてなのだろう。


「君は……?」


不意に心臓を掴まれたような息苦しさが襲って、思わずギュッと目をつむる。

なんだか、今の彼女は見ているだけでも、辛くなる。

そう思ったが故に、スキは生まれた。


「ヤアッ!」


この一瞬のスキ。

それを彼女は見逃さなかった。

僕の胸元に、彼女の剣は吸い込まれるように放たれた。

その刃先は心臓が真下にあるあたりの皮膚に浅く食い込んで。


「そこまで!」


審判の声が響くと、僕はその場にドサリと尻もちをついた。

観客席からは一瞬遅れて、歓声が上がった。

歓喜の声が上がる中。

勝った彼女はというと、この場にいる誰よりも浮かない顔をしていた。


「わからない……あなた……ディ……?」

「……あなたは?」


まだ負けたことを未だ信じられないながらも、僕の口をついて出たのはそんな言葉だった。

そこで、ようやく彼女はハッとしたように首を振る。

そしてぎこちないながらも、再び笑顔を浮かべた。


「私の名はアリエ。エディ、あなたもこの試験に合格して、同じ騎士団に入れることを願ってる」


アリエはそう言い残して、クルリと踵を返すと、観客には目もくれず、そのままスタスタと舞台を降りて行った。

彼女の後ろ姿を見送ってから、そこでようやく自分がまだ地面に座り込んでいる事に気がついた。

ズボンについた汚れをパンパンと払って立ち上がると、空を仰ぐ。


「負けた、のか」


未だ現実と思えてないのか、不思議と悔しいとは思わなかった。

ただ、アリエのあの表情が目に焼き付いていた。

憤怒と哀愁と歓喜と、いろんな感情が綯い交ぜになっていた彼女の表情。

どこか懐かしさを覚えるとともに、見ている僕まで胸が苦しくなった。


「アリエ…か」


小さく呟いて、何度か口の中でその名を転がす。

馴染みはないが、気になる彼女。

もちろん、好意などではない。

ただ、気になるのだ。

彼女のあの、笑顔の翳りが。


「でもまぁ……同じ騎士団にいれば、そのうちわかるかな。」


その為にも、明日の馬術と明後日の魔術をいい成績を残していかなければならない。

この試験に合格しなければいけないのだ。

そう思うと、ようやく「負け」が現実になってきたような気がした。


「うん。負けた。負けたんだ」


確かに悔しい。

けれども、終わったわけじゃない。

これからなのだ。

これから、頑張って行けば合格出来る。

この負けを引きずっていてはいけない。


「よし、明日から頑張るか!」


おー、と拳を空に向かって突き上げる。

そんな意気込む僕の肩を誰かがトントンと叩いた。

振り返ってみれば、苦笑いした審判が。


「君、次の試合がもうすぐ始まるんだ。降りてくれないかな」

「あっ、あう」


カッと火がついたように顔が熱くなるのを感じた。

考え事に耽るあまり、周りを見るのを忘れていた。


「ごっ、ごめんなさ〜いっ!」


ようやく剣術編が終わります。


もう一話挟んで、次は馬術へはいります。

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