試験を阻む者 〜剣術6〜
試験の説明を受けた、あの一室。
三回戦を勝ち抜いた僕たちはそこに集っていた。
一段上がったところでは、ルーンが立っている。
「これより抽選を始める」
そう言って、ルーンが長机の上においたのは、拳が入る位の大きさの穴が空いた木箱だった。
そう、いたって普通の木箱だ。
中には当たりやらハズレやら、はたまた数字やらが書かれた紙が入っているに違いないだろう。
だが、誰もその前に並ぼうとはしないし、誰も動かなかった。
僕でさえ、その場からは動こうとはしなかった。
皆はただ困惑したように。
また、警戒したようにその木箱を眺めるだけ。
沈黙。
そんな中、ルーンはハァとため息をついた。
そして、やれやれと首を振る。
「やはり、簡単には誤魔化せまいか」
「では、質問させていただきます。あの……何故抽選なんか?」
単刀直入にルーンに聞いたのは、凛と響く高く涼やかな声だった。
振り返ってみれば、僕よりは一、二個上だろうと思われる少女が挙手していた。
珍しくも、僕の知る限りでは三人目の女騎士。
彼女はこの場にいる全員の疑問をルーンに投げかけた。
「この試験はトーナメント戦だったはずです。四回戦を戦わずして勝ち抜く者など、トーナメント表が決まった時には、もう決まっていたはず。この抽選は行なう意味がないのではないでしょうか」
そうなのだ。
まず、ここに僕たちが連れて来られた理由。
それは、「四回戦を戦わずして勝ち抜く者を決める」というものだった。
だが、この女騎士が言うとおり、そんなのはもう決まっていること。
だから、この抽選は行なう意味がない。
その事実にこの場にいる全員が、気がついていたのだった。
「……ワケがある」
少しの間をおいて、ルーンの口から零れたのはそんな言葉だった。
しっかりとした、冷静を装った声。
けれども、その中に不安げな色があるのを、僕は聞き逃さなかった。
思わず、一歩踏み出してルーンに近づく。
きっと何かが彼女にあった。
それを知らねば。
「ルーン……」
「エディ、そこを動くな」
「……ッ!」
小さくも迫力のある声が、僕の足をその場に止めた。
まるで、彼女のその言葉は悲痛な叫びのようだった。
触れれば壊れてしまいそうな程に弱々しいその姿に、さっきまで飽きれたように笑ってくれていた彼女の面影は無かった。
触れられない。
触れてはいけない。
そう直感するのに、彼女を助けなければと思う自分がいる。
数瞬の間の葛藤。
いつもは見せない彼女の弱々しい姿を遮ったのは、ジェイドだった。
あの、団長室の前で会った、額の一角に青いバラの紋章を刻んだ茶色い髪と瞳の持ち主。
だが、その時と違ったのは表情だった。
「フィラ団長。ここは僕が説明いたしましょう」
真剣な表情。
今の彼には、あの無邪気な笑顔はない。
彼はルーンに変わって立つと、ハッキリとした口調で告げた。
「まず、この部屋にいるのは、十五人ではないということに気がついていらっしゃる方は少なくないでしょう。」
「えっ?」
あたりを見回して数えてみれば、確かに十五人もいなかった。
ここにいるのは二人が欠けた、僅か十三人。
そして、その中でその事実に気がついていなかったのが僕一人だということにも気がついた。
そのせいか、「お前、まさか気がついてなかったのかよ!」的な視線がグサグサと突き刺さっているような気がするのは、あながち、気のせいではないのだろう。
「彼ら二人がいない理由。それは、我が団長に向けての暴行が原因です。彼らは我が家団長に首を取るつもりで、剣を向けてきました。団長に幸い怪我はなかったようですが、彼らには然るべき処置を施しました。もちろん、殺してなどはいませんが、失格のうえに他の騎士団へ引き渡しました。彼らには罰を受けてもらうつもりです」
ハッと息を呑む音が何処からか聞こえた。
僕も思わずツバを飲み込む。
ようやく分かった気がした。
ルーンが落ち込んでいる理由が。
それに皆も気がついて、空気が一気に重くなった。
そりゃあ、ショックだっただろう。
怖かっただろう。
いくら強いとはいえ、彼女は十六の少女なのだから。
しかし、そんな中で、不意にジェイドは笑顔を向けた。
そして場を作り直すように、パンパンと手を叩く。
「ハイハーイ! 皆さん、大丈夫ですよ。フィラ団長はそのせいで、少しお疲れになっているようですがね。代わりに僕がこれから先の試合進行を仕切っていきたいと思います。四回戦、気合を入れ直してくださいね!」
急にハイテンションになったジェイド。
それに、僕らの方が付いていけずに、ポカンと呆気に取られてしまう。
けれども、彼はそれを一切気にしていないようで、次々に話を進めて行く。
「まぁ、彼らがいなくなったことで、試合進行にも影響が出てしまってですね。対戦相手がいらっしゃらないって方が何人か出てきてしまったワケなんです、が」
「だから、抽選をして、対戦相手を組み直そうと……?」
「そういうわけです。このままじゃ、試験結果に関わる、剣術の順位が決めにくくなっちゃいますからね」
いち早く我に返ったのは、女騎士だった。
それに続くように皆も次々と我に返り、状況を理解していく。
僕も最後にようやく理解して、小さく頷いた。
「ではでは、引いてください。剣術の試験、今日中に終わらせなきゃならないんで!」
ようやく箱の前に列をなす僕たち。
僕は流れで列の中ほどに並ぶこととなった。
一人、また一人とクジを引いて行く中、僕にも番が回ってきて、目の前の箱に手を突っ込んだ。
直感で掴んだ、折りたたまれた紙切れを握って列の横にそれると、間も無く全員が引き終えた。
ジェイドが箱の中に何も残っていないことを確認すると、僕たちは指示に従って、紙切れを開いた。
「どうですか? その紙に『シード』って書いてある人は……」
「おおっ! おれだぁ!」
残念ながら僕ではなく、シードを得ることが出来たのは長身の男だった。
確かに彼の掲げる紙切れには『SEED』と書かれている。
対する、僕の紙に書かれていたのは、『1』という数字。
「んじゃあ、ハズレの方々は、同じ番号の人を探してください。その人が、四回戦の相手ですから」
「二番の人! いませんか?」
「俺、三番でーす!」
騒がしくなる中、僕も自分の番号を確認して、目一杯声を張り上げる。
「一番……。一番っと。一番の方! いらっしゃいませんか?」
「ああ。君ね。一番は私よ」
凛と響く、涼やかな声。
肩を叩かれて、振り返ると、そこにはあの女騎士がニコニコと笑って立っていた。
「よろしくっ! 『エディ君』」
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いします。ところで、どうして僕の名前を?」
「そりゃあ、決まってるじゃない。さっき、フィラ団長が君の名前、言ってたもん。さては、あの人と仲いいのね? ズルとかしてない?」
彼女は悪戯っぽく言うが、目はわりと本気だった。
僕は勘違いされていることに、慌てて首を振る。
確かに剣を握り始めてから、異例の速さで試験を受けられたのはルーンの推薦のおかげだが、それ以外は何もしていない。
「してませんよ」
「本当に?」
「だ・か・ら、してませんって! なんなら、実力で示しますよ。」
「あら、ムキになっちゃって。カワイイ!」
「あー、なんかもういいです」
「あーっ! それ、かわいくない!」
「かわいくなくて結構です」
「ムムッ」
こうして、彼女との試合は既に低レベルな言い合いで始まっていたのだった。