怒りの咆哮 〜剣術4〜
「もう……負けられないな」
僕は目の前で繰り広げられる試合を眺めながら、ポツリと呟いた。
ここは、試合会場「4」。
僕の試合はこの試合会場の控え「1」に入っていた。
目の前で行われている試合は、僕がたどり着いた時には始まっていたのにも関わらず、もう待つこと数分。
かなりの接戦で中々終わる気配がない。
簡単に終わったりしないあたり、流石一回戦を勝ち抜いてきた者達だ。
全体的にレベルが上がってきている。
「でも、次だ。次さえ勝てれば」
そう。
次さえ勝てれば、もうベスト30。
一次試験は突破だ。
例え、この試験がマリアン最強の騎士団のものだとしても。
ここに集いし者達が一人前の騎士や指導者から推薦を受けている者達だとしても。
次を勝てば、僕もRMK最強の騎士団の入団に一歩近づくことになる。
「よし……!」
「そこまで!」
僕が気合の入った声を上げるのと、目の前で行われていた試合が終わるのとは、ほぼ同時のことだった。
僕は観客席を立って、舞台に上がる。
段差を一段上がるたびに心臓がドクドクと高鳴り、段々と緊張感が高まってきた。
そんな中、舞台の反対側からは僕の対戦相手も上がってきた。
「えっ?」
大きな体格、たくましい腕。
そしてわどこか見覚えのある顔。
僕はその相手を見た瞬間、思わず息を呑んだ。
なぜなら相手はルーンの説明を聞いていた時、隣にいたあの大男だったのだから。
当たりたくはないと願った相手だったのだから。
「はぁ」
「ん?」
当たりたくない相手だっただけに、僕の口からはため息がこぼれた。
にしても、何故僕は一方的に僕が知る相手と当たるのだろうか。
そんな思いから出てきたため息だった。
「おい、お前?」
「はい?」
何気なく男の顔を見上げると、彼はピクピクと眉を痙攣させていた。
何故だかは分からないが、明らかに怒っている。
僕は訳が分からず、首をかしげた。
「あの……?」
「お前、さっきのため息。何が言いたい? 俺がお前に負けるとでも?」
「はあっ?」
さっきのため息、男は別の意味でとったらしい。
退屈な相手と当たってしまった……という意味で。
むしろその逆の理由だというのに、この男はかなり短気で喧嘩っ早い性格のようだ。
男は盛大に唾を撒き散らしながら、大声でほえる。
「ナメるな、痛い目みるぞ!」
「あー……」
もうこうなっては、僕の声も聞こえていないだろう。
既に彼のイライラはもう最高潮に達していて、その怒りの矛先は全く罪のない審判にも向かっていく。
「おい、審判! グズグズしてないでさっさと始めろ! 俺はさっさとこいつをぶちのめしてぇ」
「こっ、これより試合を始めます」
審判は一瞬怯んだものの、マニュアル通りに、試合を始めるために動いた。
僕らはその指示に従って、握手を交わそうとする。
が、怒っている男が真面目に握手を交わすはずもなく。
男は信じられないくらいに強い力で、乱暴に手を握ってきた。
それにはたまらず、
「イタッ!」
と悲鳴を上げてしまう。
慌てて男から離れると、それを見た審判は警告を発した。
「君、やめなさい。失格にするぞ」
「チッ。わーったよ」
流石に失格にされては困ると思ったのか、彼は渋々ながらも指示に従う。
だが、嫌な顔をするあたり、それだけ僕を「ぶちのめしたい」ということなのだろう。
そして、ようやく試合が始まろうとしていた。
「双方、剣を構えて」
男はズッと舌なめずりをしながら無造作に剣を引き抜いた。
獣のように獰猛に目を光らせて、僕を狙う。
僕はそんな彼を見て、少したじろぎながらも、剣を抜きはなつ。
すると、彼は品定めでもするように僕を眺め回して声をもらした。
「ほぅ」
「じゃあ、いくよ」
「ふんっ、負けてから俺を怒らせたことを後悔するんだな」
「多分、そんなことはないと思うよ。だって、負けないからさっ!」
「ヤロウッ!」
気持ちを戦闘モードに切り替えながら、僕は力一杯、地面を蹴った。
男の方も一瞬遅れながらも、反応し、こちらに向かって突進してくる。
闘牛を思わせる単純ながらも素早い攻撃。
僕と彼の体格差は明確。
彼としては力で押し切る算段なのだろう。
単純だが、見かけからしても彼の力は侮れない。
僕はそう判断して、男と接触する寸前で横にステップを踏んだ。
男はそれに咄嗟に気がついたようで、そのままスピードを緩めずに、僕の横をすり抜けて行く。
その場で止まっては、隙だらけの状態になってしまうと判断したのだろう。
流石に一回戦のようには上手くいかない。
そして、十分に距離をとったあとで、彼は振り返った。
「賢明な判断だね」
「貴様もな。だが、力の差は歴然。俺の方が勝っている。余裕ぶっこいて、勝てるとは思うなよ!」
彼はそう咆哮しながら、剣を振るった。
途端、剣は赤い光を纏い、男の感情に呼応するように魔力がふきだした。
離れたところにいる僕でさえ、その剣から溢れる熱気を感じることができる。
それくらい、膨大で強力な魔力だった。
「火の魔法……」
「ハッ、どうだ? 怖気付いたか? だが、これは俺を怒らせた罰だ。大人しくくらうがいい!」
「……ッ!」
彼は炎を纏った剣を振りかざし、再び切りかかってきた。
それも、先程とは比べようのないくらいに速いスピードで。
「水流剣!」
辛うじて反応出来た僕は、咄嗟に剣技を使った。
水と炎。
そんな運もあってか、その攻撃を何とか弾いて、距離をとる。
「何だ、お前は水の魔法の使い手だったか。運が良かったな」
「水の魔法も捨てたもんじゃない。僕は、あなたに勝つ!」
「調子に乗るなぁ!」
「もう、見切ったよ」
「何ッ!?」
更にスピードを上げて突っ込んでくる、男。
けれども、僕はそれを紙一重でかわした。
魔法も何も使わずに。
完全にバランスを崩した彼に、今度こそは油断せずに間髪いれず、攻撃を放つ。
「セアッ!」
「負けるかぁ!」
が、彼はその攻撃を一か八かで振るった剣に当て、僕の攻撃を防いだ。
そして、転がるようにその場を離れ、追撃をかわす。
今のは決まったと思ったが、彼の勝ちに対する執念はまだ折れなかった。
「ハァハァ」
「すごい執念……だね」
息を荒げる彼の瞳はもう、僕だけしか見ていないようだった。
取り巻く魔力も尋常じゃない位に膨れ上がっている。
それはまるで手負いの獣が最後の力を振り絞っているようにも見えた。
「負け……ネェ!」
「守水流!」
突っ込んでくる彼の攻撃は加速していく。
流石にこの速さでは避け切れない。
そう割り切って、僕は「水流剣」よりも更に強力な剣技を使った。
その瞬間、僕の剣は群青色の光を放って、そのまわりを水の渦が巻き始める。
水は勿論、普通の水ではない。
魔力の込められた、骨をも砕くほどの威力を持った水流だ。
「うおぉぉ!」
「クッ……!」
ぶつかり合う、魔力と魔力。
その力は凄まじいモノだった。
ジュウ……という音が響き、煙が立ち上る。
視界がどんどん真っ白に染められていく。
「負けたくネェ! 負けてたまるかぁ!」
「僕だって、負けられない!」
剣に加わる衝撃。
僕の足はそれに押されるように、ズルズルと後退していく。
やはり、パワーでは向こうの方が勝っている。
とはいえ、僕の剣技もまだ破られていなかった。
「押し切る、俺は勝つ!」
「まだまだ。終わらない」
強がってはいるものの、押されているのは事実だった。
足が徐々に後退していく。
体格で劣る僕は、この状況ではどうしても不利だ。
そして、ついに。
「ワアッ!」
ドサリ、と腰から地面に体を打ち付けた。
全身に痛みが走るが、それを振り切って身を起こす。
まだ、剣は当てられていない。
負けてはいない。
だが、顔を上げてみれば、そこにあるのは無情にも赤く光り輝く剣。
今にも振り下ろされようとするそれを防ぐための手段を、一瞬のうちに必死に考えるが思い浮かばない。
「終わりだッ!」
「終わらない…終わりたくない」
剣をかざして、ゼロに等しい一縷の望みにかける。
この攻撃さえ。
この攻撃さえどうにかなってくれれば。
迫り来る攻撃。
触れ合う剣。
腕にかかるはずの、衝撃。
かかる、はず。
そう、かかるはずだった。
「えっ……?」
カラン、と乾いた音が響き、地面に落ちたのは大男の方の木剣だった。
状況が理解できずに頭は混乱していたが、反射的に体が動いて、無防備な男の体をきりつけた。
「そこまで!」
終わった試合。
二回目の勝利にして、またもや嬉しいという感情は湧き上がってこなかった。
あの時。
男の剣は突如、光を失い、軌道はあらぬ方向へと曲がっていった。
そして、今。
僕は勝っている。
「魔力、切れか」
混乱する僕の疑問に答えたのは、背後から聞こえてきた声だった。
振り返ってみれば、見覚えのあるフードをかぶった人影。
「ルーン?」
「またもや、勝利を実感できずにいるようだな。エディ」
「うん。また、偶然に助けられちゃった。」
一回戦も二回戦も。
追い詰められては、まさかまさかの大逆転。
これには素直に喜ぶことが出来なかった。
勝ったはいいが、全部僕の実力とは言えない。
そこに納得がいかなかった。
「偶然はない。全ては必然である。これは、何処かで聞いたような言葉だが、俺はお前の勝利を偶然だとは思わないよ。努力の結晶、必然だ」
「……そんなこと」
「ない、そう思うか?」
ルーンの威厳のある声。
それをきいて、口を開くことは出来なかった。
黙り込んで、次の言葉を待つ。
「相手は魔力切れにされるまで、力を出さなければ勝てなかった。今回の試合、そう考えることも出来ないか? こいつには全ての力を出し切らねば、すぐに負けてしまうのではないか。相手はそう思ったからこそ全力を出し切り、最後には敗れたのではないか?」
未だ納得は出来ないが、ルーンの言っていることは間違ってはいない。
僕は小さく頷いて、ルーンと並ぶと舞台を降りる。
「まぁ、そう落ち込むな。それより、一次試験の合格、おめでとう」
「うん!」
ルーンの笑顔は本当に嬉しそうだった。
そこには、どれだけ僕のことを心配してくれていたのかが分かる。
「ありがとう。僕、絶対に受かって見せるから」
「待ってる」
だからかもしれない。
今回のこのたまたまの勝利も価値あるものに思えた。